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8割のテスト未経験者を育て上げる独自システム、LINEヤフーコミュニケーションズが開発した「スキルマップシート」とは何か?

8割のテスト未経験者を育て上げる独自システム、LINEヤフーコミュニケーションズが開発した「スキルマップシート」とは何か?

LINEおよび関連サービスの品質向上に日夜取り組む、LINEヤフーコミュニケーションズ株式会社 サービステスト本部。この組織には330人の社員が所属している。事業会社でここまでの人員規模のテストチームを持つのはあまり類を見ないだろう。

これほどのテスト関連人材をそろえるには、どうしてもトレードオフが必要となる。それが既存スキルである。同組織の場合、実に8割がテスト未経験で入社している。

しかし、LINEといえば月間ユーザー数9600万人のプラットフォームサービスである。サービス品質に対する要件は極めて高い。一体どうやって未経験者が大多数を占める組織をマネジメントし、安定運用を図っているのだろうか。

その秘密は、同社独自の「育成システム」にある。いかにしてこの仕組みが作られたのか。関係者を取材した。

経験者の採用は至難の業

福岡市に拠点を構えるLINEヤフーコミュニケーションズ サービステスト本部の成り立ちについては、別記事に詳しいため、そちらを参照していただきたい。

2014年前後を境にテスト業務が急拡大したことで、テスト人材をゆっくりと育てている余裕がなくなった。サービステスト本部 コアサービステスト部部長の東野亜矢さんが当時の様子を振り返る。

「業務内容が多岐にわたり、立ち上げ当初からハイレベルな仕事も多く、とてもじゃないけれど育成の時間は取れませんでした。本部であらかじめ、(指導書のような)フォーマットを用意しましたが、結局はそれぞれのプロジェクト現場任せになってしまっていました」

もちろん、経験者が採用できるに越したことはないが、福岡でそうしたスペックの人材を見つけるのは難しかった。

「福岡にはテスト関連の会社が少ないので、経験者も少ないです。私たちもテスト管理層の社員採用を始めたものの、経験豊富な人材はなかなか採用できませんでした」(東野さん)

コアサービステスト部部長の東野亜矢さん

さらにコロナ禍をきっかけにリモートワークが当たり前に。仮に福岡に経験者がいたとしても、例えば、給料などの条件が良い東京の企業に勤められるようになってしまった。

「日本全体でも派遣会社やテスト専門ベンダーが次々と人材を確保しています。私たちが狙っているような経験者に入ってもらうのは至難の業です」と、グロースサービステスト部部長の菅康裕さんは述べる。

つまり、育てるという選択肢しかなかったのだ。

しかも課題はそれだけではなかった。せっかく採用して育てたスタッフが辞めてしまうケースも少なくない。離職の理由はさまざまだが、その一つに、キャリアパスを描きにくいという点があるという。ストラテジー&プラットフォームサービステスト部部長の野原優己さんが説明する。

「テストのスキルは積み重ねで身に付けていくものですが、目の前にある業務だけを見ていると、その先のキャリアに対するイメージが湧きません。その中でスキルを磨くのは結構つらいことだと思います」

このような内情とは裏腹に、LINE関連のサービスは成長の一途をたどり、テストチームに任せられる業務も加速度的に増え続けた。もはや改革は待ったなしの状態だった。

「スキルマップシート」の狙いとは?

2020年、テストチームの組織改革プロジェクト「Reborn Project」が立ち上がった。きっかけはこうだ。

「LINEグループ全体の品質保証の在り方について、長らくQA(Quality Assurance)=品質保証・テストとひとくくりになっていたので、テストチームがやるべきことを明確にすると共に、もう少し上位工程の開発や企画においてもできることを模索しようという趣旨のプロジェクトです」(菅さん)

まずは、「品質とは何か?」という根本的な定義を考えるところからスタートした。その後、改革を具体的に進めるため「品質」「人」「業務プロセス」の3つの観点でタスクフォースが結成された。その中で「人」のグループを指揮したのが野原さんだった。

ストラテジー&プラットフォームサービステスト部部長の野原優己さん

人材育成に向けた個々人のスキルアップや、それにひも付く研修制度の構築などの方法を検討。そこで導き出されたのが「スキルマップシート」だった。大きな狙いは、キャリアとスキルの関連性を可視化することである。

「当社では通常テストオペレーター(TO)から始まり、ポジションが少しずつ上がります。どのくらいの期間で昇格するのかという目安や、目標に対する自分の現在地などが一目で分かるようにして、一人一人にキャリアアップのイメージを持ってもらえるような仕組みを目指しました」と野原さんは意図を説明する。

スキルマップシートを作る上で、まずはポジションを明確に定義して、それぞれに必要なスキルセットを洗い出した。以前はポジションについても正確な呼称が無かったそうだ。特色の一つは、各ポジションで10段階にレベルを細分化したことだろう。

その際に参照したのは、テストプロセス改善モデルの「TPI NEXT」やソフトウェアテスト技術者資格の「JSTQB」など。ただし最後は「このポジションならこのスキルが必要だよね」と主観で決めていった。

従って、最も苦労したのはその内容の擦り合わせだった。完成イメージに対して「ここがずれている」など、時間をかけてメンバー同士で何度も議論した。菅さんが回想する。

「各現場で担当サービスの種類や期待品質、開発プロセスが異なることによってテストの価値観や、実務として担っている範囲が異なります。例えば、テスト実行というプロセスだけでもレベル1から10までを用意しましたが、そこまでは必要ないという声もあれば、逆もしかり。さらにレベル分けでも、自分の業務範囲内で考えている人や、自分のスキルを可視化しただけの人などとバラバラでした。そこに対してうまく期待値を持たせつつ、組織として目指すべきゴールを示しながら擦り合わせしないといけませんでした」

早期のキャリアアップを目指すスタッフも出てきた

また、提示されたスキルを身に付ける上で必要な教材や資料も用意した。タスクフォースに所属するメンバーたちが奮起したが、それでも1年以上の時間を要することとなった。

野原さんの言葉を借りると「アナログ的で泥臭いコミュニケーション」を繰り返した末、2022年にスキルマップシートの完成にこぎ着けた。バージョン1.0としてリリースし、すぐさま現場に展開した。

「未経験だとこの業種のキャリアはよく分からないはず。そこに対して情報を与え、組織が目指すロードマップを示せたのは大きいと思います」(野原さん)

狙い通り、スタッフのモチベーションアップにもつながっているようだ。

「契約社員から準社員に登用する方を面談する際に、『このスキルマップシートには1.5年と書いてあるけれど、自分はもっと早くキャリアアップできるように頑張りました』などと話す人がチラホラと出てきました。ちゃんと見てくれているのだと、私たちの自信にもなっています」

キャリアアップに要する期間の目安(提供:LINEヤフーコミュニケーションズ)

東野さんも続く。

「以前から無かったわけではないのですが、スキルマップシートの提供後、明確なキャリアビジョンを掲げたスタッフと話をする機会は増えましたね」

欠陥除去率は99%に上昇

個々人のスキルアップは、テストチーム全体の品質向上にもつながっている。それを示す格好の数字がある。一つはテスト管理者層が増えたことだ。

「Reborn Projectを立ち上げた時に、テスト工程の上流(テスト計画・設計)を担う役割比率を増やして、人海戦術ではないテストをしていこうとなりました。そのためには、それを担うテスト管理者層がどのくらい必要なのかを議論しました。以前はテスト管理者とテスト実行者の比率が4:6でしたが、現在は7:3と理想的な割合に変わりました」(菅さん)

グロースサービステスト部部長の菅康裕さん

もう一つは、サービス活動の不足による不具合の抑止力の上昇である。同社ではKGI(Key Goal Indicator)として、テスト期間中にどれだけの欠陥を検知し、プロダクトの品質担保に寄与したかを示す「DRE (Defect Removal Efficiency)」(欠陥除去率)と、サービスローンチ前のテスト活動が十分でないことに起因する不具合の発生割合を主な指標にしている。目標値は前者が95%以上、後者が10%未満。2020年と23年10月を比較したとき、DREは90.0%から99.0%に上昇。後者は14.0%から0.0%へと大幅に改善された。菅さんはこの事実に手応えを感じている。

「こうした指標を設けたのが一番の成果です。今までは良いテスト、悪いテストの認識がバラバラでしたから。例えば、単純にテスト実行をたくさんすれば褒められるのかというと、そうでもない。それよりも最小限のテストで重大なバグが見つかるようなテスト項目を作れたかどうかが大切です。共通の目標値を組織としてきちんと定めた上で、それぞれの数字を追いかければ自ずと品質が上がるように整備していきました。また、この基準があるので、各部門のマネジャーたちもどういう組織マネジメントをしていけば良いのかが明確になりました」

テストにとどまらない組織を目指す

今後もスキルマップシートは進化していく。現在はバージョン2.0だが、当然これで終わりではない。

「私たちはテストの専門組織という位置付けにはなっていますが、目指すのはサービスやプロダクトの品質が良くなることであって、ひいてはユーザーにすごく喜ばれるサービスを一緒に作り上げること。そこが一番の目標です。もしかしたらこの先、テストの役割を超えた新しい業務が生まれるかもしれません。その時にはスキルマップシートをさらにバージョンアップして、期待に応えられるような組織にならないといけません」(菅さん)

常にアップデートしていく姿勢を崩さない。その点では、ヤフーとの経営統合も追い風になっている。「ヤフー側のサービスの品質向上に何かしら寄与していきたい、貢献していきたいと思っています」と菅さんは意気込む。

スキルマップシートのグループ内展開も模索したい。福岡でやりたいこと、やるべきことはまだまだたくさんある。

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