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経済産業省「DXレポート」の裏側、国がデジタルで目指す真の未来像とは?

経済産業省商務情報政策局情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室室長和泉憲明

静岡大学情報学部助手、産業技術総合研究所(産総研)サイバーアシスト研究センター研究員、産総研情報技術研究部門の上級主任研究員等を経て、2017年8月より経済産業省商務情報政策局情報産業課企画官。2020年7月より現職。商務情報政策局情報産業課ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)を兼務。慶應義塾大学 博士(工学)。

日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を目的に経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート」。企業が抱える課題の本質をズバッと指摘する内容が書かれていたことなどもあり、産業界に大きなインパクトを与えた。それから5年の月日が経つ中で、DXレポートはバージョンアップを繰り返し、22年7月に出たバージョン2.2が最新となっている。今でも同レポートへの注目度は高く、企業がDXを語る際には常に参照される資料だ。

だが、どのような問題に意識を持ってDXレポートの作成に至ったのかについては、レポートの内容以外、経済産業省の本音に近い部分はなかなか見えてこない。そこで今回、実際にDXレポートの発行を担当した経済産業省の商務情報政策局情報経済課で、アーキテクチャ戦略企画室室長を務める和泉憲明さんに話を聞いたところ、DXレポートの背景と現状への認識、今後の展望について、生々しい事情も含めて見えてきた。

エンジニアは「医者」であるべき

和泉さんがDXレポート発行の際に持った問題意識は「システムエンジニアは情報システム領域の専門家なのに、なぜ要件を顧客に尋ねているのか」だったという。例えば、医療従事者は患者の病状を確認して最適な治療方法を導き出し、それを実行していく。

それと同様に、本来システムエンジニアもその専門性を背景に、顧客企業のビジネスを理解した上で、課題をあぶり出し、最新のテクノロジーの採用を視野に入れながら、企業のIT環境の在り方をリードしていくべきであるというのが和泉さんの考えだ。それがDXレポート発行の動機になったという。

しかしながら、現代のIT業界の実態は、そうした理想像とは掛け離れている。18年に発行した最初のDXレポートでは、具体的なマイナスのインパクトを定量値で指摘するために、「日本企業がDXを推進しなければ、2025年以降の5年間で、最大で年間12兆円の経済損失が生じる」とする、いわゆる2025年の崖という言葉を示し、長年蓄積してきた基幹システムであるレガシーシステムから脱却するべきというメッセージを出した。

だが「レガシーシステムの刷新こそがDXの本質」という認識が広まってしまったことで、皮肉にも既存のレガシーシステムのお守りをするITベンダー企業に、より多くの仕事が向かうことになった。その結果、本来であれば新規ビジネスを生み出すような変革を起こすべきところを、DXレポート発行後も、「デジタル投資の8割が既存ビジネスの維持・運営に充てられている」という状況が継続してしまっているのである。

デジタルは収益構造の改革にこそ活用すべき

目指すべき方向性は、収益に直結する既存ビジネスの付加価値向上であり、さらにはデジタルでしかできない新たなビジネスの創出であるにもかかわらず、依然として既存ビジネスに対して効率化と省力化を提案し続ける旧来からのIT導入ビジネスにとどまっていないだろうか。そこには、顧客に要件を尋ね、それに沿って受注していれば、ITベンダー企業としてのビジネスを安定的に継続できる実態がある。

レガシーシステムを手掛けるITベンダー企業が「顧客の御用聞きのようなイメージでシステムに関わり続けるだけで、着々と収益を維持できるような構造が定着してしまった」と和泉さんは振り返る。もちろん、そこにはユーザー企業の変革意識の薄さも無関係ではないだろう。

そうした反省から、20年12月に公表したDXレポート2では「レガシー企業文化から脱却し、本質的なDXの推進へ」とメッセージを修正した。既存事業の延長ではなく、新たな産業構造の姿を示すことの重要性を強調したのである。

さらに、21年8月にはDXレポート2.1で「目指すべきデジタル産業の姿・企業の姿」をテーマとして提示。22年7月のDXレポート2.2では「デジタル産業への変革に向けた具体的な方向性やアクション」を示した。このようなバージョンアップを通じて、「DXは収益構造の改革にこそ活用すべきもの」であるとの認識を明確に打ち出したのだ。

(出典:経済産業省)

だが、それでも「収益向上というコンセプトは、やはり伝わらなかった」と和泉さんは吐露する。

例えば、「渋滞回避の画期的なソリューション」など、デジタルによる新たなサービス提案が、経済産業省に持ち込まれることが多い。その際に和泉さんは「そこまで素晴らしいアイデアならば、銀行などから資金を調達して自ら事業化すれば、大きな収益を得られますよ」といった回答をする。それこそが意図するDXの本質だからだ。だが、その回答に言葉を詰まらせてしまう企業や組織がほとんどだという。おそらく、企画を持ち込む担当者の目的は、ソリューション開発を受託することに矮小化しているのではないか。

こうした事実からも、デジタルで収益化するという考え方を、実際にイメージできる人が限られているという実態が浮き彫りになったとのこと。

「足し算」ではなく「引き算」こそDXの本質

なぜそのようなことが起きてしまうのか。現状の日本のITの在り方について、和泉さんは構造的な課題が存在していると指摘する。その課題とは「より良い製品やサービスを作ろうとしているのは分かるものの、既存のものに足し算するというアプローチにとどまっている」という実態である。

和泉さんは、マッサージを例えに出し、独特の解説を加える。

マッサージというサービス(プロセス)を変革するために、センサーなどデジタルによる特殊な機能を取り付ければ高度化するし、もしそれによって危険性が高まるようであれば、非常停止ボタンを押すなど安全を監視する人材を追加すれば良い。だが、このようなアプローチ自体は期待されているビジネス提案にはほど遠い――。

つまり、既存の製品やサービスを基に、過剰なほどのカスタマイズを施してでも導入を達成することこそが変革への道だと勘違いしている企業や組織が多いというのが、和泉さんの持論だ。単位時間当たりに対応できる顧客の数は変わらないにもかかわらず、デジタルと銘打った新たな要素を足し算してしまい、結果として製品やサービスを肥大化させてしまっている。

あるべき姿はそうではない。単純に言えば、デジタルによって単位時間当たりに対応できる顧客の数を増やすことで、人材を追加しなくても収益を向上させるような方向性だ。ITを導入することによって、自動化の仕組みを使いながら、人が担当するべき物理的なプロセスを削減させ、結果として従来1人分だった収益を3人、5人分獲得できるようにする。そうした引き算の論理が働くようにしたい。

余談だが、インタビュー中の和泉さんは、独特の表現でさまざまな事象を解説するのが印象的だった。IT業界でよく指摘されるのが3文字英語の分かりにくさである。これまでならERP(基幹業務システム)、CRM(顧客関係管理)、SCM(サプライチェーンマネジメント) 、和泉さんは最近の例として、RPA(Robotic Process Automation)や生成AIで話題のChatGPTのGPTやLLM (Large Language Model)などを挙げている。そして、この3文字英語を「アルファベットスープ」と呼ぶ。

その心は「いつメインディッシュを持ってきてくれますか」。すなわち、DXという話題の中で、ツールなどの前菜ばかりに焦点が当たり、肝心の目的である収益向上の実現にはなかなか話が進んでいかないことを、皮肉を込めて表現している。

「野村ノート」に学びたい、技術者の在り方

システムエンジニアやデジタル人材についても、DXが求める意図と現状にギャップがあると和泉さんは違和感を隠さない。

「DXについては、明治維新や産業革命のような大きな変革を想定しているにもかかわらず、話を聞くと東海道や中山道を走る飛脚がいかに大変かといった目先の課題を提示してくるケースが少なくない。また、そうした現場の苦労を生々しく話すコンサルタントほど高く評価されるような雰囲気がある、という実態もあるのではないか」(和泉さん)

DXが目指すものと現在の日本の状況にギャップがあると和泉さんはいう

そうではなく、「デジタルによってあらゆるビジネスの世界に、従来はなかった新幹線や高速道路に例えられるような高度なインフラが整備できるので、そのイメージを持ってデジタル変革を進めてもらえるような流れを作ろうとしている」のが本来の意図だと和泉さんは語気を強める。

そのイメージを具体化するヒントは意外にも、東京ヤクルトスワローズの野村克也元監督が1990年代に実践して話題となったID野球にあるという。これは、とにかくデータを分析して野球で勝とうというもの。例えば、ストライクゾーンの考え方について通常は縦横3×3のマスに分けて議論していたが、この粒度だとイチロー選手のような好打者は、投手がどこに投げてもヒットを打たれてしまう、という分析結果になってしまう。

そこで、ストライクゾーンをさらに細かく5×5に、投球範囲全体を9×9に分けて分析し直したところ、例えば、当時のイチロー選手の場合、インハイ(身体に近く、高め)のボール球を使うとファールでカウントを取りやすい、という分析に。結果、インハイでファールを誘うことで2ストライクまで持ち込み、最後の決め球で好打者と対等に勝負するという考え方を、スワローズの投手に徹底させたという。ポイントは、何かの仕組みを導入したというよりは、「データ分析の結果を活用しながら、いかに勝つのか」を全員で考えるようになったことにある。

和泉さんは「それこそがDX推進のあるべき姿であり、DX成功のために経営者やエンジニアに求められる姿勢だ」と強調している。

成功を勝ち取ったゲーム・アニメ業界、NASAに認められた製造業も

ここまで、日本のDXの実態にモノを申すといった話が中心だったが、既に成功している日本の産業や個別の製造企業なども確認している。具体的に「ゲームやアニメ業界など日本のコンテンツ産業は既にDXをベースにした在り方への変革を完了している」と指摘する。

もともと日本のコンテンツ産業は強かったものの、その中身としての経営は変化しているという。かつては「有名なディレクターやクリエイターなど能力のある人を呼んできて、その人の世界観が再現できるように人員や予算を付けるというアプローチだった」(和泉さん)が、現在は真逆になっているそうだ。

いま伸びているのは、リアルタイムのダウンロード数や課金額を見ながら、成長しそうなコンテンツへ臨機応変に経営資源を投下するようなやり方を実施している企業だとする。「素晴らしい世界観」で作品制作に没頭し続け、こだわりを捨てられないような従来型の企業は、市場を失ってしまう。今売れているものを伸ばすことに徹している企業が、結果として成功しているのである。

「私のような古い人間が、企画書を見て、“世界観がダメ”などと言ってすぐに却下してしまうようなコンテンツが、結果的に莫大な収益を稼ぐことになっているのが今のゲーム業界です」と和泉さんは解説する。

どうやら、キーワードとして、データ活用、しかもリアルタイムのデータ活用が見えてきたようだ。和泉さんはさらに、日本の基幹産業である製造業からも成功例を話してくれた。

中小製造業の1社で、精密機器部品の機械加工を手掛けるHILLTOPだ。1980年に設立し、京都府宇治市に本社を置く同社は、もともと自動車部品を量産する、いわゆる町工場だった。だが、現在は海外進出を実現し、カリフォルニア州アーバインに米国本社を構えるまでに成功している。

(出典:HILLTOP)

HILLTOPの創業家に話を聞いたという和泉さん。大量に作って値引きするという勝負では会社がもたないと判断した経営層は、職人中心の企業文化を転換することに着手した。職人を呼び、どの治具にどの歯を付けたらどんなふうに削れるのかというデータを集めさせた。

その上で、顧客からの注文を受けたら、機械加工の対象物を3D CADでデジタルデータ化する。さらに、先ほどの職人から集めたデータを使いながら、どの治具にどの歯をつけて、どんな順番で削るとうまく加工できるのかを、デスクワークで考える。

「これは実質的にプログラミングそのものです。削り出すシーケンスを考えているのですから。このシーケンスを使ってマシニングセンタが自動で作業するため、職人が製造時に立ち会う必要がなく、夜間バッチで作業を完了させます」(和泉さん)

翌日に職員(職人ではない!)が出社したら、品質をチェックして、問題がなければ顧客に納品するというプロセスを一週間以内に完了するように徹底し、それを継続した。スピードの速さが評価され、次第に受注が増えていっただけでなく、難しい形の加工をしてほしいなどの特殊な要求も増えた。現在は取引量の60%がたった1個の納品なのだという。

これはまさに、職人の単位時間当たりに生み出す収益を大幅に拡大させる、DXの本質そのものと言っていい。こうしたビジネスを続けているうちに、NASA(米航空宇宙局)からも注文が入るようになった。HILLTOPの経営者は「米国でも一週間で納品する」という固い決意をし、米国本社を設立して成功を勝ち取った。

和泉さんは「もはや町工場であることや、製造業であるかどうかですらあまり関係ない。DXの可能性はそういうことだと考えている」と話す。

以上のように、DXレポートを中心に経済産業省が主導してきたDXの裏側には、従来の枠組みから大きな転換を目指す国としての強い意図が存在することが見えてきた。

既存の姿の延長線上ではなく、デジタルによる新たな産業の創出というひときわ大きなテーマについて、企業は今一度ゼロから考えてみると、思わぬ発想による成功への道筋が見えてくるかもしれない。

経済産業省商務情報政策局情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室室長和泉憲明

静岡大学情報学部助手、産業技術総合研究所(産総研)サイバーアシスト研究センター研究員、産総研情報技術研究部門の上級主任研究員等を経て、2017年8月より経済産業省商務情報政策局情報産業課企画官。2020年7月より現職。商務情報政策局情報産業課ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)を兼務。慶應義塾大学 博士(工学)。

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