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「iPodの中身は空っぽ」の衝撃から反転、経済産業省が明言する日本版DXの勝算

経済産業省商務情報政策局情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室室長和泉憲明

静岡大学情報学部助手、産業技術総合研究所(産総研)サイバーアシスト研究センター研究員、産総研情報技術研究部門の上級主任研究員等を経て、2017年8月より経済産業省商務情報政策局情報産業課企画官。2020年7月より現職。商務情報政策局情報産業課ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)を兼務。慶應義塾大学 博士(工学)。

日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)推進を目的に経済産業省が2018年9月に発表した「DXレポート」は、世に出た当初から多くの人々の耳目を引いた。その後もDXレポートはアップデートを重ね、現在のバージョン2.2が最新となっている。

前回の記事では、実際にDXレポートの発行を担当した経済産業省の商務情報政策局情報経済課アーキテクチャ戦略企画室室長を務める和泉憲明さんに、DXレポート発行の背景と狙いを聞いた。そこでは日本企業の深刻な課題などが改めて浮き彫りになった。

では、そうした現状を打破するために、わが国はどのような選択をすべきなのか。日本のDXには「十分勝算がある」と語る和泉さんにその理由を尋ねた。

さまざまな場面に見られるエンジニアの「ズレ」

日本の基幹産業である製造業には、IoTなどのテクノロジーの活用を前提に、海外から大きな転換の要請がなされている。特に意識されているのはドイツの「インダストリー4.0」である。

インダストリー4.0とは第4次産業革命の意味合いを持つ名称で、水力・蒸気機関を活用した機械製造設備が導入された第1次産業革命、石油と電力を活用した大量生産が始まった第2次産業革命、IT技術を活用し出した第3次産業革命に続く歴史的な変化として位置付けられている。

和泉さんは、このような海外の動きを過度に意識する人々を「ドイツ出羽の守(かみ)」と皮肉を込めて呼んでいる。「現在の日本の製造業は外を見てばかりいて、自分たちの戦略でいかに儲けるのかの議論が二の次になっている」と指摘する。

日本の鉄道インフラ輸出が直面すること

日本企業に自ら儲ける視点が不足していることの一例として、昨今世界への輸出で苦戦が続いている日本の鉄道事業を挙げる。新幹線を典型として、関連した日本の技術力は世界最高であることは間違いないものの、導入する国のニーズをつかみ切れていないようだ。

「日本は、高度な運行管理による安全性の確立や、ICカードと連動した特急券等の発券業務の効率化など、モノを導入する提案にとどまる傾向がある」

一方で、「東南アジアの国々が欲しいのは高速鉄道そのものではなく、豊かな生活のための提案」(和泉さん)だ。具体的に言えば、スマートシティ等の実現による新たな生活の形を提案する必要がある。実際に、東南アジア各国が受注したサービスを見てみると、ショッピングモールや金融機関と連携するための標準規格など、都市の機能として何を構築するかを含んでいることが多い。

iPodの中身は「すっからかん」だった

目の前にあるものだけを見て、大局が見えずに敗北した例として、「カセットテープのプレイヤーを小型化したウォークマンまでは作れたものの、メモリ型オーディオプレイヤーのiPodは作れなかった日本の経験が教材になるのでは」と和泉さんは述べる。

レコード、カセットテープ、CD、MDと音楽プレイヤーが変遷をたどる中で、音楽をデータで聴くメモリ型プレイヤーは日本の各社も目指していた。しかし、メモリ型プレイヤーを作ろうとしても、音飛びや不正コピーなどの課題に頭を悩ませることになっていた。

そんな折りに、米国から登場したのがアップルのiPodだった。日本のメーカー各社がベンチマークのためにiPodのふたを開けてみると、衝撃が走った。

「中身はすっからかんだったわけです」

主たる機能のほとんどは、インターネット越しにアクセスするアプリケーションであるiTunesで処理する設計になっていた。世界の産業が、目の前のハードウェアではなく、ネットワーク越しに構築するソフトウェアを次々と改善していくことで、商品の優位性を獲得するという大きな潮流の変化に日本企業は注意を払っていなかった。

和泉さんはこうした傾向について「ハンマーマン」「とんかち男」現象と呼んでいる。

「とんかちを持って考える人はどんなものも釘に見える。大きな流れを意識せず、目の前にあるものをとんかちでたたく。すなわち、置かれている環境や時流を見ずに、自分の世界だけの高度化にこだわるのが、日本のエンジニアの課題です」

世界一の技術者はクラウドを作れなかったのか

これは情報システム周りでも、同様の事象が起きている。日本のエンジニアの技術力は、価格さえ度外視すれば、ホストコンピュータに関しては、システムの安定性や、プログラムの不具合修正、例外処理への対応など、世界一の水準だとする一方で、「ホストコンピュータを改良し続けていても、クラウドコンピューティングの開発にはつながらない」。

そうした現状から脱却するため、日本のエンジニアに必要なのは、「フォーキャスティングからバックキャスティングへの転換」だと和泉さんは力を込める。バックキャスティングとは、想定すべき未来を起点として、現状では不可避の課題を抽出し、その未来を実現する視点で現状を打破するための戦い方を考えること。現状の業務を必ずしも是とせず、変化を前提に考えた未来から自らを変革させる感覚だ。

和泉さんは「日本の人材は優秀ですが、その優秀さを発揮するやり方は、ズレているかもしれません」と言葉を選びながら、現状の課題についての私見を述べる。

経済産業省が持つ勝算とは

ここまで見たような認識を踏まえつつも、経産省はDXにおける日本の勝算を持っているという。それを明確に示したのが、経産省が主導するアーキテクチャ政策「デジタルライフライン全国総合整備計画」である。

これは、社会課題の解決やデジタルによる産業発展のため、2023年度内に約10カ年の計画を策定するというもので、経産省は、官民で集中的に大規模な投資を実施し、自動運転やAIによるイノベーションにより、働き手の賃金の向上、人手不足の解消、災害激甚化の防止といった社会課題の解決を図ると説明。並行して、経済産業大臣の西村康稔さんを議長に、経産省、デジタル庁、国交省、警察庁、総務省などの局長や、民間の経営トップが参加する「デジタルライフライン全国総合整備実現会議」を立ち上げた。

「デジタル田園都市国家構想実現会議」(2023年3月31日)資料より抜粋

デジタルライフライン全国総合整備計画を策定した背景に、DXレポートを公表したものの、「DXとはレガシーマイグレーション」といったように意図とは異なる解釈が進んでしまったことへの反省があるという。

「“現場の実情”にどうしても引っ張られて伝わらないのであれば、民は民、官は官として、官の役割をしっかり示すことが重要と考えました。官民の連携を目指すのが正しい姿だと考えます」

ドイツのアウトバーンから得た気付き

官民連携のイメージは、ドイツ政府が構築したスピード制限のない高速道路「アウトバーン」だという。交通事故が発生するリスクがあるものの、当初から一部を除いてスピードを制限しなかった。一方で、一定以上のスピードで走行して事故を起こした場合は、損害保険会社が保険金を支払わなくてもいいといった仕組みで対応したという。

それにより、高速走行でも安定する車体を開発することに目が向き、それが健全な競争原理として働いた。結果として、メルセデス・ベンツ、アウディ、BMWなど世界的に人気のある高価格帯の自動車ブランドがグローバル市場を勝ち抜いた。

「ドイツ政府が(アウトバーンという)特徴的な社会インフラを用意した結果、強い産業が育ったわけです」

官民連携を強調する和泉さん

ドイツの成功例にならい、和泉さんが注目するのが通信インフラである。それを自動運転やドローンなどの最新技術に最大限活用する構想を持つ。例えば、通信インフラの整備により高度化するシステムの典型が非圧縮のテレビ会議システムだ。

現状のテレビ会議の仕組みは、細い通信網であっても、いかに情報を効率的に送受信するかが前提になっているため、動画と音声を分けて圧縮して送る必要があり、さらに圧縮したデータを復号して同期を取らなければならない。

TeamsやSkypeなど、最新のパッケージであっても遅延が発生する理由もここにある。また、Zoomの通信品質が少し良く感じるのは、圧縮と復号といった作業をユーザー側のデバイス(PCやスマートフォン)も動員しているからであって、本質的なインフラ技術の成果ではないだろう、と説明する。

「今後の日本の通信インフラは土管(帯域)が太くなっていくので、圧縮して復号する必要がなくなるはず。一度試してみると驚きますが、東京と札幌を高速回線で結んで、4Kや8Kの非圧縮型テレビ会議システムを使うと、本当に目の前で話しているように会話できます。もちろん、ジャンケンも普通にできます(笑)」

このような非圧縮システムは自動運転やドローンなどさまざまな場面への応用が考えられる。

「非圧縮、低遅延のインフラを積極的に整備して、その上にアプリケーションを構築する。このインフラを活用すれば、工場や自動運転などその上に載る産業をデジタル産業として創出できます。さらには、将来のインフラ輸出まで期待できます」

勝算の裏付け

日本が過去に成功を収めた事例として、地上デジタルテレビ放送を挙げる。日本は地デジ普及のために“面積”を取りにいった結果、広大な土地を持つブラジルを含めた南米各国が日本方式を採用するに至ったという。

和泉さんは「あれが正しい政策だと考えています」と指摘する。今後は、自動運転やドローンの普及を見据えて、デジタルライフラインを官が整備し、その上で民がビジネスを展開するという役割分担が望ましいと話す。

現在は、国際競争力の観点でも有利だという。

「米国や欧州各国は広大な面積を有するため、いきなり、自動運転の仕組みとして光ファイバーを整備し、スマートポールを立て、高精細な画像で事故防止を図るといった取り組みは難しいでしょう。中国であれば同様のことを試みるかもしれませんが、低遅延かつリアルタイムの仕組みや、群制御など、繊細な仕組みは日本の技術力・エンジニアでないと実現できないと考えています」

このように、経済産業省はDXレポートシリーズを発行するだけでなく、5年間で得た知見を基に、日本の産業に変革を起こすための戦略を立案していることが見えてきた。特に、通信インフラを軸に改革を図るデジタルライフライン構想は、さまざまな分野に波及する可能性のある、興味深い政策といえる。

経済産業省

インタビューで和泉さんからは、自動運転にまつわる国の政策の在り方について、さまざまな事情があることなど、この記事では書き切れない内容も話も聞くことができた。

日本の産業は「失われた30年」などの指摘もあり、これまでは基本的に閉塞(へいそく)感があった。だが、今回は自動運転やドローン、AIなど通信インフラが強みになる産業を軸に、密度の濃い、明るい未来が描ける話を多く聞く機会となった。

経済産業省商務情報政策局情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室室長和泉憲明

静岡大学情報学部助手、産業技術総合研究所(産総研)サイバーアシスト研究センター研究員、産総研情報技術研究部門の上級主任研究員等を経て、2017年8月より経済産業省商務情報政策局情報産業課企画官。2020年7月より現職。商務情報政策局情報産業課ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)を兼務。慶應義塾大学 博士(工学)。

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