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ソフトウェア工学の第一人者、早稲田大学・鷲崎弘宜教授が明かす「AI×品質保証」の本質(前編)

早稲田大学基幹理工学部情報理工学科教授鷲崎弘宜さん
1976年生まれ。99年早稲田大学理工学部情報学科卒業、01年同大学院理工学研究科情報科学専攻修士前期課程修了、03年博士後期課程修了、博士(情報科学)。02年同大学助手、04年国立情報学研究所助手。05年総合研究大学院大学助手。07年同研究所助教および同大学助教。08年早稲田大学理工学術院准教授および国立情報学研究所客員准教授。16年早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。他の活動にIEEE Computer Society 2025 President、ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenor、情報処理学会ソフトウェア工学研究会主査、日本科学技術連盟ソフトウェア品質管理研究会運営委員長、IoT/AI/DXリカレント教育プログラム スマートエスイー(Smart SE)事業責任者ほか。
2023年9月、日本のコンピューティング業界が歓喜に沸くニュースが飛び込んできた。世界を代表する計算機学会「IEEE Computer Society(Institute of Electrical and Electronics Engineers, Computer Society)」の次期会長に、早稲田大学 基幹理工学部情報理工学科の鷲崎弘宜教授が選出されたのだ。約80年の歴史においてアジアから2人目、日本人としても同大学の笠原博徳教授に続き2人目の快挙である。
それから約8カ月後、「HQW!」編集部は鷲崎教授に直接話を聞く機会を得た。新会長としての抱負は、これまで培ってきた知見を学会内に広げるとともに、できるだけ外に開かれた活動を推進したいと意気込む。
「ソフトウェアエンジニアリング知識体系ガイド『SWEBOK Guide』をはじめ、知識の体系化や人材育成ほか、関連する活動をリードしてきました。それに関連するセミナーなどプロフェッショナルの活動に力を入れていきたい。しかもそれをオープンに。つまり専門家だけが知識や技術にアクセスできるのではなく、皆が必要なものにアクセス可能な形にしたいですね」
IEEE Computer Societyでの活躍は今後も注視していくとして、本稿では鷲崎教授が研究者として注力するテーマや成果などをお伝えする。
3つの研究テーマに注力
まずは鷲崎教授のプロフィールを簡単に紹介しよう。専門分野はソフトウェア工学で、2008年に母校である早稲田大学 基幹理工学部の准教授、および10年には同大グローバルソフトウェアエンジニアリング研究所の所長に就任した。16年から現職。一方、IEEE Computer Societyでは21年に副会長の職に就き、23年からは第一副会長を務めている。そして25年に新たな会長になるというわけだ。

そんな鷲崎教授が目下取り組んでいるテーマは3つ。AIをいかにソフトウェアエンジニアリングに活用し、特にプロダクトやナレッジなどの部品化再利用や開発効率化を進められるかという「AI for SE」(ソフトウェア工学のためのAI)、AIベースのソフトウェアシステムの品質を担保、向上させることを目指す「SE for AI」(AIのためのソフトウェア工学)、そして次世代の「人材育成」である。
これらの中で今回は、AIシステムの品質保証、さらには問題や品質の管理に関するAI応用に焦点を当てる。
部分最適ではなく全体を俯瞰せよ
AIシステムに関する品質保証とは、一体どのようなものか。鷲崎教授はクルマの「自動運転」を例に出して説明した。
自動運転におけるAI活用は切ってもきれない関係である。例えば、車両に搭載されたカメラやセンサーによって通行人、道路標識など周囲のオブジェクトを自動で認識し、安心・安全な走行を実現する。
ただし、鷲崎教授によると、その仕組みにフォーカスする際、ありがちなのはAIモデルの良しあしばかりを気にしてしまうことだという。例えば、画像分類について通行人の認識率を高めようとすると、道路標識の認識率が下がってしまうことが往々にしてある。このような「部分最適」ではなく、プロジェクト全体を捉える視点が不可欠だとする。
「機械学習システムの品質というと、そのモデルの細部にばかりに目が行きがちですが、きちんとプロジェクト全体として何を達成したいのかを見える形にし、エンジニアリングに持ち込むことが重要です」
そのためには、上位のプロジェクト要求や価値、どういったステークホルダーがいるのかなど、いわゆる「ビジネスモデルキャンバス」のAI版を描いて、そこから機械学習のモデルと、その周辺のアーキテクチャ設計を行うべきだという。
ビジネスモデルキャンバスとは、ビジネスモデルを考えるためのフレームワークで、顧客セグメントや価値提案、コスト構造といった9つの要素から成る。鷲崎教授らはそのAI版である「AIプロジェクトキャンバス」や「機械学習キャンバス」を用いて分析する。
「その上で、機械学習の部分などを中心に、例えば信頼性ですとか、セーフティですとか、どういった品質上の要求があるのかをきちんと整理する。そして、そこに対して機械学習のアルゴリズムやモデルを比較することが大切」
鷲崎教授らが開発した仕組みでは、各種の要求に対する結果を可視化できるため、どこが不完全なのかが一目瞭然で、そこを即座に改善することが可能だ。ここで重要なのは、検証と修正を繰り返すことだと鷲崎教授は強調する。
「要求・アーキテクチャのモデリングと、機械学習パイプラインの行き来をさせる。つまり、実証済みのパターン等を参照しつつ要求や分析設計、リスク解析をきちんとして、機械学習のモデルの訓練や評価をするということ。きちんと可視化して、こういう修正をすべきだという戦略を立て、それに基づいて修正を行う。そうするとだいぶ改善されるので、その結果をまた可視化する。こういう行き来をするエンジニアリングの基盤をわれわれは研究しています」

アイシンや日立との共同研究も
これに関する応用事例も出ている。一つが、トヨタ自動車グループの部品メーカー大手・アイシンとの共同研究である。
現在、同社はパーソナルモビリティの商用化に向けて力を入れている。その研究開発に鷲崎教授たちも加わり、AIシステムの品質面などで関わっている。
「例えば、シニアの方などが歩道でも使える、そういうパーソナルモビリティ開発に参画しています。特に品質を高めるための仕組み作りに、一緒に取り組んでいます。これがうまくいけばパーソナルモビリティ以外にも、さまざまなAI活用のシステム開発に横展開できるはず」
この研究開発の一部として、多面的なモデリングとパイプライン統合について論文「Metamodel-Based Multi-View Modeling Framework for Machine Learning Systems」を国際会議MODELSWARDにて発表。また設計に当たり再利用可能な機械学習デザインパターンについて、論文「Software Engineering Design Patterns for Machine Learning Applications」をIEEE Computer Societyの旗艦誌Computerにて発表し、年間を通じてのBest Paper Awardを受賞した。

もう一つが、日立製作所との取り組みだ。オープンソース開発や実開発プロジェクトなどにおいて品質等の問題報告やバグレポートを作成する活動がある。開発のスピードを上げていく中で、それをいかに効率良く、効果的に使うのかが非常に重要なのだが、同じバグレポートでも、その報告の仕方で対応がだいぶ異なることが課題である。
「1年も放置されるレポートもあれば、1週間ぐらいで扱ってもらえるものもある」と鷲崎教授は話す。その課題を解消すべく、AIの働きを分析した。次の例文を基に解説する。
using 19990914 build on win98 using the new account wizard if I add multiple accounts with the same server…
this mean the problem was with their web page and its cool now or we still need to figure out what the actual bug was and fix that…
「実際に上のテキストは早く処理されたもの。対して、下のテキストは処理されるまでにかなりの時間を要してしまったものです。これらをまず、深層学習モデルを使って、要する時間を予測できるように訓練します。下線は、AIが予測に当たりどこに着目したのかを自動で可視化した部分です。ここでAIは19990914 buildのような具体的な記述に着目して早く扱われると予測し、対してproblem wasとか、figure outとか、抽象的なことを言っている場合に駄目だと振り分けています」
鷲崎教授は続ける。
「ある程度人間でも分かっていたことではありますけれど、問題報告に当たり具体的な情報を入れるのは基本。それを改めてAIがどこに着目したかということから根拠を示しました。これによって実際にバグレポートを書いたり、提出したりするときに、『ここはもっとしっかり書いてください』などとアドバイスできるようになります。さらに今後は生成AIを使ってバグレポートを自動的に修正、補強する研究も進めているところです」
次回の記事ではもう一つの注力テーマである、若年層を中心とした次世代の「人材育成」について詳しく見ていく。
(後編に続く)

早稲田大学基幹理工学部情報理工学科教授鷲崎弘宜さん
1976年生まれ。99年早稲田大学理工学部情報学科卒業、01年同大学院理工学研究科情報科学専攻修士前期課程修了、03年博士後期課程修了、博士(情報科学)。02年同大学助手、04年国立情報学研究所助手。05年総合研究大学院大学助手。07年同研究所助教および同大学助教。08年早稲田大学理工学術院准教授および国立情報学研究所客員准教授。16年早稲田大学教授、国立情報学研究所客員教授。他の活動にIEEE Computer Society 2025 President、ISO/IEC/JTC1 SC7/WG20 Convenor、情報処理学会ソフトウェア工学研究会主査、日本科学技術連盟ソフトウェア品質管理研究会運営委員長、IoT/AI/DXリカレント教育プログラム スマートエスイー(Smart SE)事業責任者ほか。
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