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【連載】アジャイル経営への第一歩:ビジネスは複雑であり、誰も正解を知らない(第1回)

【連載】アジャイル経営への第一歩:ビジネスは複雑であり、誰も正解を知らない(第1回)

はじめに

「アジャイル開発」のムーブメントから20年以上が経過しました。ビジネスにおいてのアジャイル活用が進む現状において、なぜアジャイルへの必然性が高まってきているのか。そして、アジャイルをどう会社の文化として、戦略として“手の内化”すればよいのかについて、「第一歩」となる秘訣を本連載ではお伝えしていきます。

なぜあえて第一歩という表現をしているのかというと、アジャイルとは、あらかじめ決めたやり方をやればよいというものではないからです。連載の中でその理由にも触れていきますが、既知の正解に既知のやり方で到達可能ならば、それはアジャイルでない実践方法でも成功に導くことができます。

ここで簡単に自己紹介を。筆者は、ITエンジニアとしてソフトウェア開発・導入・運用・保守のライフサイクル全般を経験しました。その後、開発プロセスや組織成熟度に関連したコンサルタントとして、日本のあらゆる業種におけるソフトウェア開発の現場を見てきました。

さらに、エバンジェリストとして、アジャイルやモダンなテクノロジーの訴求活動を10年以上にわたり担当しながら、外資系企業のコンセプトやプロセス、ツールを日本企業に導入するなどしました。現在は独立・起業し、不確実性の中で変化していく組織とプロダクト、そしてチームを伴走支援しています。

今回は、連載の主なトピックのうち、ビジネスの背景に当たるトピックの概要を紹介していきます。

●ビジネスの複雑さを捉える

●誰もが明確な正解を知らない(脱予算経営)

●チームで取り組む

●アウトカムを重視する

●計画駆動からゴール駆動に変えていく

●マネジメントは環境を作る役回りへ

次回以降は、アジャイルを実践する際のアプローチに当たる主なトピックの概要を紹介する予定です。

●すべてがソフトウェアになっていくとはどういうことか

●“発展途上な”ソフトウェア開発の背景を知る

●ソフトウェアから学べること

●アジャイルとは

●アジャイルを手の内に収めるアプローチ

●まず動くことから始める

今後どのトピックをどのように深掘りしていくかは、読んでくださった皆さんのアウトカムに役に立ったかどうかで変わっていきます。ぜひ「HQW!」編集部までフィードバックをお送りください。

ビジネスの複雑さを捉える

ビジネスである以上、大なり小なりの複雑さがあることは誰でも承知のはずです。しかしながら、その複雑さが自分たちの過去の成功や今のやり方でも対処できるものなのか、それとも、その複雑さが未知の未知とも呼ばれるような「何が分からないのかは、分かるまで分からない」ものなのかを判断する作業は、意外となされていません。

現在のビジネスは多様化と異業種の進出などが相まって、今まで想定していた以上の複雑さが襲ってきているといっても過言ではありません。この状況をけん引しているのは、テクノロジーの進化と、「ファーストムーバー」とも呼ばれるテクノロジーを味方に付けたテックカンパニーの台頭ではないでしょうか。

彼らは変化を味方に付けるべく、ソフトウェアのチカラをフルに生かして競争相手や顧客の期待よりも「速く動く」ことで台頭してきました。この「動く」は、たとえ大成している企業や業界であっても静観している状況ではなくなってきているでしょう。要するに、ビジネスの複雑さは自分たちが思っている以上に進行しているかもしれないということです。

また、硬直化したやり方、あるいは効率化など突き詰めた結果が引き起こす、内部から湧き起こる複雑さにも目を向ける必要があります。ビジネスの複雑さを捉えること、見つめ直すことはやり過ぎても無駄にはなりません。企業が生き残り、発展していくための新陳代謝としても不可欠なものだからです。

誰もが明確な正解を知らない

過去の成功体験や現在の成功に一喜一憂するのはとても素晴らしいことです。ただ、この変化が激しい時代では、それと同じくらい「次の一手」にも力を注ぐ必要があります。次の一手では、まだ結果を出せていないことが多く、誰も正解を知らないかもしれません。もしくは、どのようなやり方をしても正解なのかもしれません。

他方、企業では、既存の意思決定とやり方を重視する傾向があります。それは、過去にこの方法で成功した強烈な体験があるからです。でも、次の一手では、その意思決定とやり方がそぐわないかもしれません。もしかしたら過去の意思決定とやり方が通用するかもしれませんが、それ以上に効果を発揮する意思決定とやり方がある場合もあるのです。

従って、「誰も正解を知らない」「これから新しいやり方を作っていく」という覚悟がより求められるでしょう。

正解を知らないということは、あらかじめ決めた計画や予算の通りにいかないかもしれないことを意味しています。通常、企業では、年初に年間計画と予算策定を行うことが多いでしょう。しかし、変化が激しければ、多くの時間と人員をかけて練りに練った計画をすぐに立て直す必要も出てきます。このように、常に見直しをすることが求められます。とはいえ、少なくとも、今取り組んでいるビジネスに既存のやり方が適切なのかを判断することは無意味ではないはずです。

ここで言いたいのは、経営における意思決定の頻度が変わってきているということです。現状は、年間で意思決定をしておき、進捗を確認すればいいビジネスと、変化に対応する適切な頻度で意思決定をし、成果(アウトカム)で軌道修正していくビジネスに大別されます。しかし、これから先も同じモデルでうまくいくとは断言できないのです。

チームで取り組む

複雑で、変化の激しい状況下では、チームで取り組むことが求められます。これは、「効率化の前に効果性を高める」という言い方ができるでしょう。次の一手となる新しい取り組みは、やったことがないため、一丸となって取り組み、できるだけ早期に成果を出さなければなりません。成功であれ失敗であれ、早期に分かれば軌道修正できます。

複雑な問題とは、必ず一人で解決できるような作業に落とし込めるものではありません。状況に応じて、ペアやチーム全員で取り組むべきものです。これを非効率と捉えた結果、かえって状況を悪化させてしまったケースを多く見てきました。チームとは、同じ目的、やり方、そして、お互いの良さを生かし、弱さをフォローする共同体なのです。

アウトカムを重視する

アウトカムとは、そのビジネスの対象となる人や企業が期待している効果を指します。例えば、スマホアプリならば、「そのアプリを使ったユーザーがどんな能力を得られて、どんな体験ができているか」というものです。DXの文脈でも「顧客体験」というキーワードが出てくるでしょう。まさにこれがアウトカムを重視するということです。

「何をやったか」(アクティビティ)、「何ができたか」(アウトプット)ではなく、「何を成し得たか」(アウトカム)、「その結果、どんな変化が起きたか」(インパクト)を見ていくべきです。

正解が明確であれば、アクティビティとアウトプットの数や質で見ることもできるでしょう。例えば、必ず売れる製品ならば、大量生産して大量販売すれば顧客も企業も満足なわけです。正解が分からない状況下では、顧客にどんな体験をしてもらうと企業の結果にもつながるのかを試していくしかありません。いわゆる実験です。実験は、インプットとなる情報と、実験の結果でしか判断ができません。

計画駆動からゴール駆動に変えていく

複雑で変化が激しい中では、アウトカムを重視していく必要があり、アウトカムは計画通りにはいかないものであると述べました。「ならば、やみくもにやってみろというのか? そんなリスクは負えるわけがない」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。その通りですね。

「計画駆動」でできないことは、どのようにすべきか。それは、「ゴール駆動」にすることで対応できます。ゴールとは目標のことですが、「方向性」と言った方が適切かもしれません。

実際には、現在分かっているわずかな「事実」を元にして方向性を定めます。これはマネジメントの仕事です。できるだけ事実に基づいていることが重要です。事実を伴わない仮説とは妄想や願望でしかありません。しかしながら、必要以上に事実の収集に時間をかけすぎては、競争相手にも顧客にも置いていかれてしまいます。

ゴールに「売り上げ30%向上」や「市場シェア30%拡大」を設定することは適切ではありません。これはゴールに到達した際に起きるべくして起きたインパクトだからです。また、これらは数字操作が可能であったり、不適切な手段で増加させてしまったりすることもできてしまいます。

例えば、本来売るべきでない顧客に売ってしまうことで数字を稼ぐなどです。もしくは、過剰にコストを削減して利益率を追求するなどもあるかもしれません。ゴールを設定する際は、「ゴールに到達した際にどのような状態になっているのか」について、顧客、競争相手、自分たちの会社、事業部門、従業員、さらには株主とステークホルダーの数だけ考え、仮でもいいので挙げていくことが肝要です。

ゴールによって方向性のコンセンサスが取れれば、そこに行き着くために何をすべきかは、会社、事業部門、チーム、メンバー一人一人で考えることができます。

マネジメントは環境を作る役回りへ

今まで全ての重責を担い、部下を管理し、作業を細かく監督していたマネジメントの役回りにも変化が出てくるでしょう。成功に導いた経験豊富なマネジメントとはいえ、やったことがないものに対してたった一人で対処できるかというと、そんなに複雑さは甘くありません。

従って、マネジメントが一人で頑張っていた仕事はチームに権限委譲していくことが求められます。複数のチームを束ね、指揮し、関係者と調整してと、自分の時間すらないマネジメントの肩の荷をチームに委ねるのです。変化が激しいと、マネジメントに判断を仰ぐ時間すら惜しくなります。それをチームに判断してもらうことで、より迅速に変化に反応できるようになります。

では、マネジメントは不要かというと、決してそんなことはありません。ゴールを設定し(目的)、自律したチームに委ね、チームが成長し、成果を上げ続けられるような環境を整えるのがマネジメントの新たな役回りとなります。もちろん、ゴールへ一歩でも近づいているかをチームと共に考え、議論し、アドバイスを送ることも、引き続きマネジメントの大切な仕事です。

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