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【連載】石黒邦宏の「日米デジタル論考」:テレグラムはメッセージアプリなのか? それともプラットフォームなのか?
テレグラム創設者の逮捕
テレグラム(Telegram)の創設者でありCEOでもあるパベル・ドゥーロフ氏(以下、パベル氏)が、2024年8月24日、フランスの空港で逮捕された。
テレグラムは、日本では「ルフィ」と名乗る指示役が主導した強盗・致死傷事件で使われた通信アプリということで知られているのではないだろうか。最近では闇バイトや、違法な取引にもよく使われていると報道されており、ダークなイメージが付きまとっている。
パベル氏は、元々はロシアにおいて、兄のニコライ・ドゥーロフ氏(以下、ニコライ氏)と一緒にロシア版Facebookともいわれる「フ コンタクテ(VKontakte〔英語表記〕、後にVKに名称変更)」を作り上げ、東欧圏で非常に人気のあるSNSとして運用していた。しかし、2011年から2013年にかけて、反政府デモのメンバーやウクライナの反ロシア勢力の情報を提出するようにロシア政府から求められる。ロシア政府にユーザーの個人情報を渡すことを拒んだドゥーロフ兄弟は、最終的には会社の株式をほぼ強制的に売却せざるを得なくなり、政府の圧力および介入を避けるために、ロシアを出国して、ドイツ、アメリカ、イギリスやシンガポールなど各国を経由した後に、今はドバイで事業を行っている。
ちなみに筆者が最初にテレグラムを知ったのは2014年頃。ロシア政府の圧力によって祖国を追われ、自由と安全と中立を保つために開発した、セキュリティ性の高いメッセージアプリということが興味をもったきっかけだった。そもそもは、抑圧的な政府の検閲に対抗して、個人の言論の自由と通信の秘密を担保するためのアプリだったのだ。その秘匿性の高さから、むしろ反社会的な用途に利用されて有名になるとは、なんと皮肉なことだろうか。
テレグラムを使ったことのない方もいらっしゃると思うが、説明するのは非常に簡単だ。テレグラムには主な機能として、1対1のチャットと、グループチャットがあるのだが、どちらも「LINE」とほぼ一緒だと考えてもらえばいい。類似アプリに、北米で人気のある「ワッツアップ(WhatsApp)」や、韓国でシェアの高い「カカオトーク(KakaoTalk)」、中国で広く使われている「ウィーチャット(WeChat)」などがある。どのアプリもメッセージの機能はほぼ同一で、そういう意味ではすでに成熟したアプリケーション分野だと言えるだろう。
政治的な利用も加速
上で触れたようにテレグラムにはLINEのグループチャットと類似の機能がある。近年このグループチャットが、一種のメディアの役割を果たすようになってきているのではないかといわれている。一番有名な例はウクライナのゼレンスキー大統領だろう。ロシアの侵攻直後から、ゼレンスキー大統領は、直接テレグラム上で現在の状況や、今後の方針について発信してきた。当然ウクライナ語なので、内容は分からないのだが、ゼレンスキー大統領のビデオメッセージを直接自分のスマートフォンなどで見ると、やはり感慨深いものがある。ロシアの侵攻直後、政府幹部と一緒に「私たちはここにいる、独立を守る」と伝えた有名なビデオメッセージもいまだにテレグラムで視聴できる。
ロシア政府もテレグラムを活用していることで有名だ。元々は2018年に個人情報の引き渡しを拒んだことを理由にロシア国内でのテレグラムの利用を禁止し、アクセスを遮断したが、2020年にそれを撤回。ロシア国内から再びテレグラムが使えるようになった。
ウクライナ侵攻後は、むしろロシア政府自体が積極的にテレグラムを活用しており、さまざまな情報を提供している。いわゆる「特別軍事作戦」(ロシアのウクライナ侵攻)で戦う兵士たちもテレグラムを使っているといわれている。いったんは遮断したアプリを積極的に使う理由は定かではないが、東欧圏でのユーザー数が抜群に多いことと、運営主体がいわゆる西側の管理下に置かれていないことが理由なのではないか。
イスラム組織「ハマス」はテロ組織ということで、多くの欧米のSNSから排除されているが、テレグラムのアカウントは維持できているため、イスラエルへのテロ以降、ハマス関連のアカウントのフォロワーが急増した。先日イギリス各地で起きた暴動でも、X(旧Twitter)、TikTokと並んでテレグラムがデマの拡散に利用された。政治的なメッセージだけではなく、犯罪行為へのリクルーティングあるいはターゲティングに使われているという報告もある。
アクティブユーザー数が9億5000万人を超え、世界最大級のアプリとなったテレグラムは、ある時点でメッセージアプリというよりも、一つの巨大なメディアやプラットフォームになったと言えるのではないだろうか。単なるメッセージアプリがこのように巨大プラットフォームへ変貌するとはまったく予想もつかないことだった。
CNNの報道によれば、パリ検察当局は以下のようにパベル氏の拘束理由を説明しているようだ。
「パリ検察当局は月曜日(逮捕の2日後の8月26日*訳註*)、7月8日に開始した捜査の一環としてドゥーロフ氏が拘留されていると発表した。同氏は、自身のオンラインプラットフォームがマネーロンダリング、麻薬密売人、児童ポルノ拡散者の手助けに加担していたとの疑惑を含む、多数の犯罪に関連した容疑で捜査を受けている。検察はまた、違法の可能性がある通信の傍受に協力するよう求めたフランス当局の要請に応じなかったとしてドゥーロフ氏を非難し、拘留を水曜日まで延長した」(*1)
これだけだと、具体的にどういう法律に基づいた拘束なのかは分からないが、フランスはEU加盟国なので、EUのデジタルサービス法をはじめとする各種法令との整合性を、パリ検察当局は説明する必要があるだろう。
EUデジタルサービス法との整合性
今回のパベル氏の逮捕を聞いて、EUのデジタル規制に知識のある人間がまず思いつくのは、2024年2月17日から全面適用された「EUデジタルサービス法(Digital Services Act、以下DSA)」との関連だろう。
DSAは違法コンテンツへの対応や、未成年者への保護措置をオンラインサービス業者へ義務付ける画期的な法律である。EU内にユーザーがいる全てのオンラインプラットフォームが対象となっているが、特に「VLOPs(Very Large Online Platforms)」と呼ばれる巨大なサービスプロバイダーに関してはより厳密な制限が課されている。
VLOPsには、これまでに以下の21社が指定されている。
<2023年4月25日に指定されたVLOPs 17社>
* Alibaba AliExpress
* Amazon Store
* Apple AppStore
* Booking.com
* Google Play
* Google Maps
* Google Shopping
* Snapchat
* TikTok
* Wikipedia
* YouTube
* Zalando
<同年12月20日に追加指定されたVLOPs3社(主に成人向けサービス)>
* Pornhub
* Stripchat
* XVideos
ご覧になって分かる通り、メッセージサービスは一つも対象になっていない。これはEU域内での利用者が4500万人(EUの人口の10%)以上という基準に達していないことがまずあるだろう。
そもそもメッセージサービスがEUのデジタルサービス法でいう「ホスティングサービス」に該当するのかという根本的な疑問がある。仮にパリ検察当局がDSAを根拠としてパベル氏を逮捕するのであれば、テレグラムがDSAでいうホスティングサービスに該当し、なおかつVLOPsに認定されるべきだと主張する必要があるだろう。
さらにDSAの実施に関しては、EU加盟国それぞれに「DSC(Digital Services Coordinators:デジタルサービスコーディネーター、以下DSC)」と呼ばれる認定組織を置き、DSCが実際の監督に当たるとしている。フランスは「Arcom」という組織がDSCとして認定されている(*2)が、これまでのところArcomがパベル氏の逮捕に関与したという報道はされていない。
パベル氏逮捕の報道が流れた後、Xのイーロン・マスク氏をはじめ、パベル氏の逮捕は言論の自由に対する抑圧なので、すぐに釈放すべきだというメッセージが多く発せられた。もちろん、私もパベル氏の逮捕は不当だと思うし、すぐに釈放されるべきだと思う。ただし、そのことと、今や巨大なプラットフォームになったテレグラムが、反社会的なメッセージの一種の拡散器になっており、そうした違法コンテンツのモデレーションの責任を負うべきだという議論とは分けて考える必要があるだろう。
個人的な意見としては、EUのDSAは、言論の自由と、違法コンテンツと未成年保護といった社会的な価値観をギリギリまで擦り合わせた、今時点でのベストなフレームワークだと思う。テレグラムもDSAのホスティングサービスとして、VLOPsに認定し、XやFacebook、TikTokと同等のモデレーションの基準を課すのが最適解ではないだろうか。
インターネットの未来はまだ変えられる
前回触れたTikTokもそうだが、成功したプラットフォームはそれによって得た巨大なユーザーたちへ群がる、ありとあらゆる欲望と悪意と犯罪に対処せざるを得ない立場に追い込まれている。個人の言論の自由を守るため、政府による個人情報の提供の強制に対して徹底的に抵抗したパベル氏が、その自由の一番の犠牲者になっているのは、なんというアイロニーだろうか。
パベル氏の逮捕によって、テレグラムが今抱えているさまざまな課題を「言論の自由」か、その否定かといった、粗雑な2元論に収斂させてしまうのは、一番してはいけないことだろう。
かつて私たちはインターネットによって、一人一人が自分自身をエンパワーできるツールを手にし、素晴らしい未来を夢見たことだろう。個人と個人が直接つながることによる、これまでにない価値の創造。一人一人が制約のない情報発信ができる明るい未来。
今その未来に立って私たちが目の当たりにしているのは、陰謀論が飛び交い、誹謗中傷の嵐が巻き起こるプラットフォームだ。しかしそれでも、それでもまだ私たちは善悪のバランスを取ることができる。一ミリでも良い方向にバランスを傾けられるはずだと信じている。
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