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「プログラム設計できる人材をもっと日本に」千葉工業大学・小笠原秀人教授が抱く課題意識(後編)

「プログラム設計できる人材をもっと日本に」千葉工業大学・小笠原秀人教授が抱く課題意識(後編)

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千葉工業大学 情報変革科学部 認知情報科学科の小笠原秀人教授は、かつて株式会社東芝(以下、東芝)のソフトウェア技術センターで仲間と共に製品の品質向上に努め、東芝グループに広がるようなツール開発にも貢献してきた。このことは前回お伝えした通りだ。

「研究所の環境は悪くなかったし、管理職への昇格も順調でした。そのままいても十分楽しかっただろうなと思います」と語るように、働きがいのある職場だった。それなのになぜ小笠原教授は東芝を退社して、大学教員という道を選んだのか。

そこには、東京理科大学時代の恩師・菅野文友教授の影響が多分にあった。

世の中に役立つ実学を

「菅野先生は夜間の大学を卒業して日本電信電話公社(現NTT:日本電信電話株式会社)に入りました。その後、日立製作所で働いてから大学の教授になるというステップを踏みました。それが私の中ではキャリアのロールモデルになっていました。先生は45歳頃に大学へ移ったので、自分もそのくらいにはと思っていましたが、うまくはいかず53歳でこちら(千葉工業大学)に来ました」

菅野文友教授の著書「ソフトウェア・エンジニアリング」に書いてもらった直筆サイン

菅野教授を恩師として慕うゆえん。それは次のような教えが強く印象に残っているからだ。

「学会だけではなくて産業系の団体も束ねていたため、いろいろな企業とのコネクションがありました。学者なので当然、論理的な話とか数式とかはすごく得意なのですが、『そればかりをやっているような研究者になってはいかん。本当に世の中に役立つ実学をやりなさい』とよく言われました」

また、当時はまだ珍しかった中国の留学生などを積極的に受け入れていた。「よく衝突していましたけど、外から人を呼んできてはきちんと育てていました。その情熱は後から振り返ってみるとすごいなと思います」と小笠原教授は話す。

小笠原教授がQA(Quality Assurance)・テスト業界のコミュニティー活動に精力的なのも、学生時代から菅野教授と共にさまざまな学会や会議などに参加していたことが大いに関係している。既にその頃には外に出て、いろいろな人たちとつながる習慣がごく自然と身に付いていたのだという。

学生はChatGPTを当たり前に使いこなす

千葉工業大学には2018年に着任。それまでは同大学とはほとんど関係性がなかったものの、公募内容が「プロジェクトマネジメント学科で品質管理などを専門とする教員」という、まさに小笠原教授のためにあるような募集だったことが縁を結んだ。

大学ではどのような教えを施しているのだろうか。一般学生を対象とした担当科目は「コンピュータサイエンス入門」や「品質マネジメント」など。ゼミナールは3〜4年生が中心で、各学年に12人ほど。3年生は学生自身でテーマを決める課題研究のほか、PBL(Project Based Learning)によってソフトウェア開発プロジェクトに取り組み、PHPやSQLなどのプログラミング言語でシステムを構築する。それらを経て4年生では卒業研究に打ち込む。

学生の研究内容はさまざまだが、最近は生成AIやドローンを活用したものが増えているそうだ。また、PBLのプロジェクトを見ていると、ChatGPTを使ってソースコードを作成している学生も多い。この辺りに小笠原教授は時代の変化を感じている。

日本にもプログラムを設計できる人材が必要

翻って、小笠原教授自身は現在、どのような研究テーマを掲げているのか。

「メインはやはりプロセス改善です。受託研究などで企業の方々と話をする機会は非常に多いのですが、現場は今でも問題を多く抱えているし、何とかうまく改善しなくてはいけないという思いを持っている人はたくさんいます。ですから、この分野は継続してやらねばと考えています」

小笠原教授は続ける。

「それとプロセス設計について。私が今まで主に取り組んできたのは開発プロセスですけど、もっと広い意味で、業務プロセスや組織プロセスなどもきちんと考えていくべきだという課題意識はあります。そして、その時のプロセスの品質はどう捉えるのか、どういった手法で分析するのかを体系化しないといけません。そこは大学在籍中にやってみたいと思っています」

加えて、その先の大きな展望も抱いている。

「プロジェクトの上位概念にプログラムがあって、それがいくつかのプロジェクトを束ねているわけです。日本でもプロジェクトエンジニアやPMO(Project Management Office)はそれなりに定義されていますが、その上位概念、つまりプログラムレベルできちんと全体を設計するような役割は、管理職にお任せといった感じになっているのが現状です。その辺りをエンジニアリングとして根付かせて、定義するのは大事だと感じています」

日本ではまだまだだが、海外では当たり前のように定着が進んでいるという。例えば、プログラムマネジャーやプログラムエンジニアリングはビジネススキルの一つとして確立されており、キャリアチェンジの評価基準にもなっている。

まずは認識し、議論するところから

数十年にわたり、一貫してプロセス改善を専門としてきた小笠原教授。改めて今思うこととは何だろうか。

「私自体が無駄だらけだという気もするのですけれど(笑)、まずはどう変えるかよりも、そこに気付いて皆で認識するのが第一歩だと思いました。改善自体はケースバイケースで、うまくいくこともあれば、そうならないこともある。そこに行き着くまでに『現状はこうだよね』『こういうところまで目指していこうね』と議論することがやはり楽しいですね。人と共有したり、共感したり」

その上で浮かび上がってきた問題を解決する手段として、例えばテスト管理ツールなどを活用する。しかし、あくまでもその前のコミュニケーションやコラボレーションが面白い。これが小笠原教授のプロセス改善に対する興味の源になっている。

スリランカから留学している学生と談笑する小笠原教授

長年身を置いているQA・テストの世界。まだまだ可能性は広がると小笠原教授は力強く話す。

「中でも東芝時代の最後にやったテスト管理領域は非常に将来性があると思っています。そのためのツールや技術はきちんと体系化して、研究として取り組んでいきたいです。ちょうどスリランカから留学生も来てくれました。学生たちと一緒に議論しながら、海外の国際会議などでも広く発信していきたい」

これまで多くの人たちにプロセス改善や業務効率化を広めてきた小笠原教授の“普及活動”はまだまだ終わることはないだろう。

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