Technical Information

われわれは進歩したAIとどう付き合っていくべきか

column-advanced-tech-ai08_hero.jpg

私は2000年から公立はこだて未来大学で教授を務めた後、現在は東京大学に移り、一貫してAIの研究に従事しています。本講演では、AIの基礎的な知識と実際の活用例をご紹介しながら、今後の人間とAIの関係性について論考します。




※この記事は、『ベリサーブ アカデミック イニシアティブ 2023』の講演内容を基にした内容です。

松原 仁 氏

東京大学
次世代知能科学センター 教授
松原 仁 氏 

AIとは何か

AI=人工知能について最初にお断りしておかなければいけないのは、「人工知能とは何か」という問いに対する明確な定義が存在しないことです。

これは「知能」という言葉に原因があります。人工知能の目的というのは比較的分かりやすく、例えば人間のような知能を持った人工物を作りたい、あるいはコンピュータやロボットを題材に知能について探求するというのが主な目的です。ところが、知能とは何を指すかを考えた時、まず思い浮かぶのは目で見たものを理解する、もしくは耳で聞いた音を理解するといったことですが、実際は他にもいろいろなものを知能と呼んでいるため、何をもって知能が実現したと言えるのかは不明瞭です。そういう意味で、人工知能というのは未定義であると言えるのです。

私自身は、幼少期に日本初の本格的なテレビアニメ「鉄腕アトム」を見て、こういうロボットを作ってみたいと考えたことがAI研究者になったきっかけです。手塚治虫先生が描いたアトムのような知能を持つロボットができたら人工知能の研究は完結し、成功を遂げたと言えるのかもしれません。

身近にあるAIの応用例

ここ10年ほどは第3次AIブームといわれていて、AIが世の中のさまざまな領域で使われるようになっています。

■音声対話

スマートフォンに何か語りかけると、それを理解して応答してくれます。あるいはAIスピーカーでは自分の好みに合った音楽を流してくれますが、これらはAIの最近の成果です。

■リコメンド

インターネットで買い物をしていると、「これはいかがですか」とお勧めの品を提示してきます。これもAIがその人の購入履歴から嗜好を判断して推薦しています。

■乗り換え案内

目的の駅まで最も早く、あるいは安く行ける経路をアプリで教えてくれます。また、事故情報をリアルタイムで検知し、適切な迂回経路なども提示してくれます。

■運転支援

完全に人間の操作が不要な自動運転はまだ時間がかかりそうですが、不意の障害物に対する自動ブレーキや、レーンをはみ出した際のアラート、自動的なハンドル操作など、AIによる運転支援はかなりのレベルに到達しています。

■囲碁・将棋

ここまでの例とは趣が異なりますが、将棋や囲碁はAIの進歩をいち早く実感するきっかけだったと思います。現在、将棋の世界では藤井聡太氏がタイトルを総ナメして無敵に近い存在ですが、その藤井さんですら残念ながらAIにはかないません。将棋やゲームのようにルールが明確で範囲が限定されたもの、つまり一定の条件下で限られた時間の中で最適な答えを出すという問題では、もはやAIの方が人間より得意であるということです。

一方で、実は世の中にある事象の多くはルールが不明確で範囲も限定されていません。皆さんが仕事やプライベートで日頃対処している問題も、どこまで考えれば良いのかが事前に明らかな場合など皆無に近く、誰もが一生懸命考え、工夫して答えを出しています。こうした問題については、まだAIは苦手です。

AIの歴史と進歩

■AIの歩み

人工知能の研究は、コンピュータの誕生から間もない1950年代から始まりました。当初は研究分野としての名前もない状態でしたが、1956年にジョン・マッカーシーという若手研究者が「Artificial Intelligence=AI」と呼ぶことを提唱します。その後何度かの盛衰を経て、2010年代に深層学習=ディープラーニングという機械学習の有力な手法が確立したことで、先に挙げたような実際の活用例が次々と生まれました。最近では生成AIも登場し、入力文=プロンプトに呼応して画像や文章を出力することが可能になっています。

■生成AIの能力

2022年11月に発表された生成AI「ChatGPT」は、人間と対話するAIとして非常に注目を集めており、最新版のGPT-4は米国の司法試験と医師国家試験で合格点を取るほどのレベルに達しています。弁護士と医者というのは人間の知性の象徴のようなもので、社会的成功の典型と言える職業ですから、その能力は相当なものと考えてよいでしょう。

ただ、なぜこれが可能かといえば、米国の司法試験や医師国家試験に関する情報がインターネット上に大量に出回っていて、学習データにそれが含まれているからです。つまり、よくある問いには良い回答ができるというのは当たり前で、模擬試験の問題と模範解答を知っているということです。

また、GPT-4は日本の医師国家試験もクリアしていますが、司法試験にはまだ合格していません。これも試験の難易度というよりは、現状のGPTは主に欧米圏の情報を使用しているため、日本の法律や司法についての学習データが不足しているのが理由だと思います。現在、日本独自の生成AIが各社で盛んに作られているので、日本の司法試験に合格したと発表されるのも時間の問題ではないかと考えています。

・GPTの欠点

GPTの回答は統計に基づくものであるため、確実に正しいという保証はなく、間違っていることもあります。非常に賢く便利な道具ではありますが、回答をうのみにはできないので注意が必要です。

また、別の欠点として空間認識能力が弱いという指摘があります。例えば、「やや左後方」と言った時、人間にはそれがどの程度を意味するのかが何となく把握できます。しかし、生成AIは言葉だけで世の中を認識しているので、「やや左後方」という言葉の意味自体は理解できても、それが常識的にどこを指すかというのは分かりません。こうしたものは、やはりロボットなどを使わないと難しい問題だと思います。

■生成AIをどう使うか

ChatGPTとの向き合い方についてはさまざまな意見がありますが、私は自動車の比喩でこれを説明しています。世界初の量産車であるT型フォードが発売されて数十年のうちに、それまでの馬車に代わって自動車での移動が一般的となりました。最初は免許も制限速度も標識もなく、道路も整備されていない状態だったのが、自動車が大変便利なので、使っていく中で少しずつ制度を固めていった訳です。

生成AIも便利な道具として、ルールを整えながら使っていくことになると思います。AIを危険視する意見もありますが、それを言うなら自動車も同じで、今でも使い方を誤れば死亡事故が起こる訳です。しかし、メリットがデメリットを大きく上回ること、そして運用ルールをしっかりと作ったことで、それをみんなが理解して使っています。生成AIも、同様の方法を採りながら発展させていくべきものと考えています。

最近のAIの活用事例

ここからは、私の研究におけるAIの活用と社会実装について、その一部をご紹介します。

■AIで挑む手塚治虫の世界

先に鉄腕アトムについての思いを少しお話ししましたが、作者である手塚先生がもし存命であったならどんな漫画を描いただろうか、それをAIと人間が共同して制作しようと試みたのが「Tezuka2020」というプロジェクトです(図表1)。

手塚プロの協力を得て、先生が過去に生み出したキャラクターやストーリーをAIで分析、それを人間が漫画化しました。こうして完成したのが「ぱいどん」という作品で、ファンの方に見ていただければ何となく手塚タッチかなと思えるマンガにはなったかなと思います。ただ、2020年当時はAIのレベルがまだ低く、その作業比率は全体の1割程度でした。

AIで手塚治虫を蘇らせる「Tezuka2020」プロジェクト

参考:https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000343815
図表1:AIと人間による共同制作マンガ「ぱいどん」は、人間が9割、AIが1割の比率で制作された

その後、最近の生成AIの技術進化を受けて、新たに「Tezuka2023」を進めています。NEDO=国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構の支援の下、慶應義塾大学の栗原聡教授を中心として手塚先生の代表作の1つ「ブラック・ジャック」の新作を作っています。

今回はGPT-4も活用してAIの貢献度がより高い作品となっています。「ブラック・ジャック」の元々の掲載誌である「週刊少年チャンピオン」の2023年11月22日発売号に掲載されていますので、ぜひご覧ください。

■AIによる公共交通の変革

函館の大学に在籍していた際に実感したことですが、地方の交通事情は大変厳しい状況です。公共交通は疲弊が進んで維持が難しく、移動は主に自家用車に依存していますが、最近では高齢者による事故が社会問題化しており、新たな移動手段の確保が急務となっています。

そこで、AI技術を駆使した新たなモビリティサービスの創出を目指し、はこだて未来大学発のAIベンチャー企業として「株式会社 未来シェア」を2016年7月に設立、私も会長として名を連ねています。ここでは、路線バスよりも便利でタクシーより安い公共交通を実現するためのプロジェクトを進めています。

図表2は、SAVS=Smart Access Vehicle Serviceと命名したわれわれのシステムの運行イメージです。いわゆる「乗合」の形で、複数の乗客をそれぞれの目的地に送り届けます。

Smart Access Vehicle Service(SAVS)の仕組み

図表2:SAVS の魅力はルートや時刻を固定せず、利用者の好きなタイミングで利用できる点だ

実際の運行では、まず乗客であるAさんがスマホのアプリで車を呼びます。ここでポイントになるのが、現在地と目的地、乗車人数に加え、到着希望時間も指定することです(図表3)。

Smart Access Vehicle Serviceの利用方法(操作画面)

図表3:乗車用アプリで人数と希望する希望到着時刻を指定するとAIが希望ルートに合った最適な配車を行う

入力された情報が近隣を走る車両に送られ、Aさんを乗車させます。ここまでは普通の無線配車タクシーと変わりませんが、この後に別のBさんという人から乗車のリクエストが入ります。Bさんは違う場所にいるのですが、目的地は同じ方向です。ここでAIが2人の希望到着時刻を計算し、乗合してもそれに間に合うと判断すると、新たな走行ルートを作成して運転手に知らせます。運転手は少し回り道をしてBさんをピックアップし、2人を相乗りさせて各々の目的地に送り届けます。

東京のお台場でNTTドコモと共同で実施した車両10台によるテストでは、延べ1300回のリクエストに支障なく対応できることを確認しました。

・SAVSのメリット


利便性

デマンド交通は過疎地を中心に各所で実験が行われていますが、路線が固定されているものや、前日あるいは当日でも1時間前に予約が必要といったものが大半です。われわれのシステムはリアルタイムかつDoor to Doorなので、タクシーを呼ぶのと同じ感覚で利用できますし、バスのように停留所まで行く必要もありません。

経済性

先ほどの例では2人でしたが、8人乗りくらいの車を使えば3~4組の乗り合いも可能です。運行事業者はおのおのの乗客から1人分の料金を頂かなくても、例えば2人なら半分の料金でペイできる計算になります。乗客から見ると、タクシーを1人で占有する場合より安く移動できます。

交通資源の有効活用

都市交通や物流の世界では運転手不足が深刻化していますが、スクールバスや病院・スーパーマーケットの送迎車など、特定の時間や用途に拘束された運転手と車は意外に多いのです。われわれのシステムを使えば、例えば朝は子供たちを学校へ、昼は高齢者を病院やスーパーへ、夕方には再び子供たちの帰宅にと、同じ車と運転手を複数の目的に活用することが可能になります。また、1台当たりの稼働率を高めることで車の数自体を減らし、渋滞の緩和やCO2排出削減にも貢献できます。

・全国への展開と事業化の進展

現在、SAVSは全国各地100カ所以上の自治体で実証実験を展開しています。さらに一部地域では事業化も始まっており、図表4は、その一部を抜粋したものです。現状では特に交通事情が深刻な過疎地が中心のため車両数は少な目ですが、函館市内では40台での実験も行っているほか、システムとしては数百~数千台に対応可能です。

自治体が取り組むSAVSの実績例

図表4:実証実験を経て、事業化している地域もある

このサービスではスマホを利用するため、アプリの入力に不安のある年配者の多い地域ではコールセンターと併用した運用を行っています。センターに電話をすれば入力を代行し、迎えの時間も音声で教えてくれるので、スマホを持たない、あるいは操作に不安のある高齢者でも簡単に利用可能です。

各地での運用に関しては、初期段階ではわれわれのスタッフが現地で稼働確認を実施しますが、運用開始後は函館の本社のほか、横浜やつくばなどにある事業所で集中管理を行っています。全国各地のどのサービスの何号車に誰が乗ったという情報が全て入るようになっていて、小さなトラブルであればリモート対応が可能となっています。

ここでご紹介した移動支援の他にも、観光地の来訪者向けや福祉施設のリハビリ送迎、さらにはフードデリバリーまで、さまざまな用途・目的でのサービス展開が始まっています。

おわりに

AIには社会を根本的に変える力があり、特に生成AIの影響は絶大です。人間社会は言葉によって成り立つものであり、その言葉をあれだけうまく扱えるわけですから、産業・教育・芸術・政治など社会のほぼ全てを変えていく可能性があります。逆に言えば、われわれ人間がAIに対応して変わっていく必要があるのです。
時にAIが人間を滅ぼすとか、人間対AIのどちらが勝つかといった対決図式が論じられますが、それはナンセンスです。そもそもAIは人間が作ったものであり、いくら進歩しても道具に過ぎません。その道具をうまく使って、人間がより幸福な社会の実現を目指していくのが正しい道です。

最近ではAIにおける倫理の在り方も議論されていますが、AIが反乱を起こすという欧米の映画にありがちなシナリオが現実化する可能性は非常に少ないと思います。むしろ、AIを悪用する人間が現れる懸念の方がはるかに大きく、それを防ぐ対応が重要になります。

私自身は、AIは「執事」であるべきと考えています。普段は物静かに主人の横に寄り添い、いざという時には適切な助言をして正しい方向へ導いてくれる、そんな存在がAIであると思っています。ここでのポイントは「人間の自己決定感の担保」で、たとえAIの進言に従ったとしても、それは自身が最終決断を下したのだと感じさせてくれること。そんなAIの実現が、われわれ研究者の今後の目的になっていくと考えています。

この記事をシェアする

Facebook  Twiter