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人工知能の未来 ChatGPTを超えて

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私の研究室では、人工知能を主なテーマとしています。大学というと基礎研究のイメージがありますが、私たちは企業との共同研究や研究成果の社会実装にも積極的に取り組んでいる点が特徴です。また、私たち自身で複数のスタートアップの立ち上げや企業との共同研究をベースとしたさまざまな書籍の出版も手掛けています。



※この記事は、『Veriserve Academic Initiative 2024』の講演内容を基にした内容です。

川村 秀憲 氏

北海道大学
大学院情報科学研究院
教授
川村 秀憲 氏 

人工知能とは

人工知能とは、を簡単に表すと「コンピューターを用いて人間のような知能の実現を目指す技術の総称」となります。私たち研究者は人間と同じように考えることのできる本物の知能を作ることを目指していますが、現在活用されているのは一部のタスクに特化した人工知能で、前者を「強い人工知能」、後者を「弱い人工知能」と呼んで区別します。強い人工知能が完成すればAGI(Artificial General Intelligence)、つまり汎用的な本物の人工知能が実現することになります。

人工知能の中でも現在ホットな話題となっているのが、2022年12月に公開されたOpenAIのChatGPTです。私たち研究者の間では以前から知られていましたが、言語が英語に限定され、実際に触れる機会もなかったために日本では大きな話題にはなりませんでした。しかし、公開後は誰でもアカウントが作れ、さらに日本語の出力も可能になったことから、非常に盛り上がりを見せています。このChatGPTは、かつての蒸気機関や電気、コンピューター、インターネット、に匹敵するインパクトを持ったテクノロジーと言うことができるでしょう。

ChatGPTの仕組み

ChatGPTの計算原理には「ニューラルネットワーク」が使われています。これは人間の脳細胞をシミュレートしたモデルで、いくつかの数字のインプットに対して「重み」と呼ばれる数字を掛け算し、その合計値を求めます。その合計値がある閾値以上に達した時、さらに大きい数字を出力する基本ユニットを多数つなげることで、ニューラルネットワークが構成されます。このように、ある数字に対して掛け算・足し算を膨大に繰り返すことによってアウトプットを決めるのがChatGPTの仕組みです(図表1)。

ニューラルネットワークとは?

図表1:ChatGPTの計算原理には「ニューラルネットワーク」が使われている

ここで問題になるのは、どんな数字を掛け算・足し算すると望む出力が得られるかですが、言葉の入力と出力を例に説明しましょう。ここでは「吾輩は」という言葉を数字に置き換えたものを入力することをイメージしてください。ニューラルネットワーク内部のさまざまなパラメーターがこの数字に掛け算・足し算されることによって、左から右へ計算が流れていきます。一番右には各出力に対応する言葉が割り当てられていて、その中のどれが次に続く確率が高いかが計算されます。その結果、「吾輩は」という入力に続く一番確率の高い言葉として「猫」という文字が選択・出力されます。

この際、重みを調整する過程を「学習」と言い、これには初めから答えが分かっているデータを使います。「吾輩は」という入力に対する答えが「猫」だとすると、この「猫」が出力される確率が高くなるように内部のパラメーターを数学的に調整することが、ニューラルネットワークにおける学習になります(図表2)。

ニューラルネットワークの学習

図表2:さまざまなパラメーターが掛け算・足し算され、一番確率の高い言葉を出力

このように、ChatGPTはある言葉の入力に対して、それに続く言葉を出力するというモデルです。通常の使用では、何か質問をすると回答を出力するというのが一般的で、一見すると質問と回答の膨大な組み合わせを学習しているように感じますが、実はそうではありません。

西暦2250年、巨大なビルが立ち並ぶ未来のトウキョウシティ。人々はサイバーテクノロジーと共生し、日々の暮らしを送っていました。ある日、?

上記のように、人間が作った小説や新聞記事、SNSなどから取得した文章を途中まで読み込ませた後に穴埋め問題を作り、ここに続く文字は何かということを学習させます。つまり、ChatGPTは質問に対する答えではなく、文章の続きを学習しているのです。質問が文章の出だし、回答がその続きとなるわけです。

次に、このモデルに対して人間がフィードバックを与えます。質問に上手に答えられたらその出力を強化する、間違った出力をした時には叱る、と言う具合にパラメーターを繰り返し調整します。このように、人間の質問に答えるのではなく、質問に対して一番もっともらしい文章を予測して出力するというのがChatGPTの仕組みです。

ChatGPT 4.0の使用例

ChatGPT4.0の使用例をご紹介します。図表3の左側は、ChatGPTに「小学生になったつもりで桃太郎の感想文を書いてください」と指示したもので、小学生らしい文章が出力されています。次に、「では、大学教授になったつもりで桃太郎の感想文を書いてください」と指示すると、いかにも大学の先生が話しそうな小難しい考察を書きました。そして三つ目は桃太郎の感想文をギャル風に書いてみてくださいと指示したもので、かなり高度な情報処理が行われていることが分かります。

ChatGPTの使用例 ~ 桃太郎の感想文

小学生になったつもりで。
桃太郎の感想文を書いてください。
題名:「桃太郎」の感想文

私は今日、「桃太郎」という昔話を読みました。桃太郎はとても勇敢な人で、私も憧れのヒーローです。話は、一つの大きな桃から生まれた桃太郎が、悪い鬼たちを退治しに行くお話です。

桃太郎が生まれた時、おじいさんとおばあさんはすごく喜びました。それは、桃太郎が元気で強い子だったからです。私もおじいさんとおばあさんみたいに、いつも元気で優しい人になりたいです。

お話の中で、桃太郎は犬、猿、キジと出会って、友達になります。その動物たちは、桃太郎が鬼退治に行くのを手伝ってくれました。桃太郎はみんなにおにぎりを分け与えました。私もみんなと仲良くして、助け合いたいです。

最後に、桃太郎たちは鬼の住む島に行って、鬼たちをやっつけます。そして、たくさんのお宝を持って帰りました。おじいさんとおばあさんはとてもうれしそうでした。私もいつか大きくなって、みんなを助けることができる人になりたいです。

桃太郎のお話は、勇敢で優しい心を持っていることが大切だと教えてくれました。私も桃太郎みたいに、強くて優しい人になりたいです。これからも、桃太郎のような立派な人を目指してがんばります。

では、大学教授になったつもりで、
桃太郎の感想文を書いてください。
題名:「桃太郎」における文化的価値と教訓の考察

日本の伝統的な民話である「桃太郎」は、古くから子どもたちに親しまれてきた物語です。その中には、文化的価値や社会的教訓が詰まっており、現代の私たちにも大切なメッセージが込められています。

「桃太郎」の物語は、高齢の夫婦が出会った巨大な桃から生まれた桃太郎が、悪しき鬼たちを退治する過程を描いています。この物語には、世代を超えて共感できる要素が多く存在します。例えば、家族の絆、友情、勇敢さ、そして共同体の支えなどが描かれています。

桃太郎は、犬、猿、キジと出会い、友達になります。この動物たちとの交流を通じて、桃太郎は協力と共生の重要性を学びます。また、彼らとの友情は、異なる立場や背景を持つ者同士でも理解し合い、力を合わせることができることを示唆しています。

また、物語の中で桃太郎が鬼退治に成功するのは、彼が持っている勇敢さや正義感だけでなく、周囲の支えがあったからこそです。このことは、個人の力だけでは難しい問題にも、共同体やチームワークを通じて取り組むことで解決できる可能性を示しています。

さらに、「桃太郎」の物語は、善悪の二元論的な視点からも考察することができます。桃太郎は善の象徴であり、鬼たちは悪の象徴として描かれています。しかし、現実の世界では善悪は単純な二元論では捉えられないことが多いため、この物語が持つ教訓は、善悪を見極める力や複雑な問題に対処する能力を育むきっかけとなることが期待されます。
総じて、「桃太郎」の物語は、文化的価値や教訓を伝えるだけでなく、現代の私たちにとっても多くの示唆を与えてくれます。

ギャル風に感想文を書いてください。

題名:「桃太郎」ってマジでキュン♡な話よね~

さてさて、今回は超有名な昔話「桃太郎」について語りたいと思うの!この話、マジでずっと昔からみんな大好きだし、今でもイケてる話だよね♡

ほら、まずさ、桃太郎ってどんだけかわいいの?!巨大な桃から生まれてきたんだもん♡おじいさんとおばあさんもビックリだし、絶対可愛がっちゃうよね~。なんかもう、ほっこりする感じがマジでキュン♡だよね!

で、話の中でさ、桃太郎が犬、猿、キジと出会って、みんな仲良くなるんだけど、これって超ポイント高いよね。なんかみんな違うけど、桃太郎のために力を合わせて鬼退治に協力するって感じが、マジで仲間愛が詰まっててグッとくるよね!

で、最後にさ、みんなで鬼たちをやっつけて、お宝を手に入れちゃうんだけど、これもマジでスゴイ!みんなで協力して頑張った結果がちゃんと報われるって感じで、胸キュン♡だよね。

「桃太郎」の話は、マジで勇敢で可愛くて、友達も大切にするっていうのがキュン♡だし、この話を読んで、私も友達を大事にしなくちゃって思うよね!みんなも、桃太郎みたいな心を持って友達を大事にしようよ♡これからも桃太郎のような素敵な人を目指して頑張るぞ~!

図表3:ChatGPT4.0の使用例「桃太郎の感想文」

桃太郎のストーリーを知っていることはもちろんですが、それぞれの立場の人がどんな感想を持ち、どんな表現をするかを理解していないと、この感想文は書けません。実際、私がギャル風に桃太郎の感想文が書けるかというとなかなか難しいと感じますが、ChatGPTはこれをサラリとやってのけるわけです。

プロンプトエンジニアリング

ChatGPTをはじめとする生成AIや大規模言語モデルは、使い方に大きな特徴があります。従来のコンピューターはソフトウェアやプログラムを与えて、厳密に決められた動作を繰り返すものでしたが、生成AIは言葉で作業を指示します。また、ChatGPTは人間の指示を正しく理解するわけではなく、人間が作ったテキストの先を予測して質問に答えるという仕組み上、間違いやミスを犯すこともあります。

ChatGPTを使うためには「プロンプト」、つまり指示を正しく与えるということが重要になります。当然ですが、学習データに含まれていないのに、知っていることを前提に指示を与えても期待する出力は得られません。何か作業をさせる際には十分な知識やノウハウ、必要な情報をきちんと与えた上で、どう処理するのかという手順を指示することが大事で、これが「プロンプトエンジニアリング」の考え方です。

プロンプトエンジニアリングでは、最初に「あなたは○○です」というような役割を持たせたり、いくつかの例を与えたりします。面白い例としては、「段階的に考えよう」とか「落ち着いて考えよう」というようなことを最初に提示すると、回答の精度が上がることが知られています。AIは人間のように考えているわけではないので奇妙に思えますが、おそらく学習データに含まれる文章の中に「落ち着いて考えてみると、~~」、あるいは「ゆっくり考えてみると、~~」というものがあり、こうした枕ことばが付くと後に続く文章の傾向が変わることが影響していると考えられます。

ChatGPTの効果

ハーバード大学の研究グループが、ChatGPTの利用がコンサルティング業務のパフォーマンスへ与える影響を調査した論文を発表しました。ここでは生産性が12.2%、タスクのスピードが25.1%、そして品質は40%も向上したことが報告されています。もちろん、全ての業務で一概に当てはまるわけではありませんが、この中のタスクには文書の要約や翻訳、調査などが含まれていると考えられ、こうした仕事にChatGPTは非常に有用であることが分かります。

また、2024年3月にある企業が発表したデータでは、大学の入学共通テストをChatGPTに解かせると、数学を除く全ての科目で受験生の平均点を超えるという結果が出ました。さらに、最新版の「ChatGPT o1」では推論や数学的思考に関するさまざまな機能が追加されていて、数学テストにおける実力は米国の学生の上位500名に入るレベル、問題の性質によっては博士課程の学生を超える科学知識があることも分かっています。おそらく来年の大学共通テストでは全科目で受験生の平均を超えることになるでしょう。

GPTの先に何があるのか

図表4の左側のグラフは、有名な「ムーアの法則」を表したものです。ムーアの法則は、半導体の1チップに集積されるトランジスタの数が約18カ月で2倍になることを予測したもので、これをグラフ化すると左側のように直線上に伸びていくことが分かります。この法則はスマートフォンのメモリや通信速度、カメラの画素数など、他の先進テクノロジーにも当てはまることが知られていて、AIの進歩も何らかの指針で数値化すると、おそらく同様のグラフになると考えられます。

テクノロジーの進化

図表4:AIの進歩を数値化するとムーアの法則

ただし、実はこのグラフが直線ではないということをご存じでしょうか。このグラフは横軸が年代、縦軸が1チップに入っているトランジスタ数で、横軸は10年分を等間隔に目盛りを振っています。問題は縦軸で、こちらは10、100、1000、10000、100000と1目盛りごとにゼロが増えています。このようなグラフを「片対数グラフ」と呼びますが、縦軸の目盛りを横軸と同様に等間隔に振り直すと、実は右側のような曲線を描くグラフになります。

AIは1960年代から数多く研究されていますが、2022年にChatGPTが登場してから一気に性能が加速しました。そして今後は、右側のグラフのようにゼロに近いところから垂直的に性能が加速する、そうした状況が間もなく訪れると予測され、今われわれはその入り口に立っていると言えます。

人と人工知能の役割分担

現在のAIは何か一つの指標を設定し、これを徹底的に追求することで作られています。ChatGPTの場合は前半に続く文章の精度を上げていくことが指標で、われわれの専門用語ではこの指標を「目的関数」、単一の目的関数を最適化することで表せる問題を「単最適化問題」と呼びます。この単最適化問題は、もはや人間はAIにはかなわなくなる、そんな状況が目前に迫っています。これを踏まえて、われわれ人間と人工知能との向き合い方を考える上で二つの観点を提示します。

■多様な価値観、能力の追求

経済合理性の観点では、世界中で汎用的に必要とされる能力はAIが担う、今後はそういう社会になっていくと考えられます。ChatGPTには莫大な予算が投入されていますが、その開発費は世界中にサービスを広げることで回収されるからです。

では、世界で汎用的に必要とされる能力とは何かというと、人間が学校教育で学ぶ基礎能力に他なりません。今の社会は、皆が学校で同じ勉強をして身に付けた基礎能力を会社や組織を支えるために使い、その対価を受け取るという仕組みで成り立っています。つまり、学校教育によって得た基礎能力にはそれだけのニーズがあるということですが、AIの収益化もそこが一番のターゲットになるわけで、人間に取って代わる方向に向かうのは避けられないのです。

一方で、世界中で自分しか考えていない、自分しか興味を持っていない、ある種「尖ったこと」というのは、AIではなく人間がカバーする領域です。たとえ技術的には代替可能だとしても、そんなニッチな領域へ巨大な予算を投入するのは経済合理性に反するからです。他人とは違うことを考え、興味を持つというのはAIには不向きですが、人間なら簡単にできることで、こうした部分を追求することが今後大きな価値を持つでしょう。

■人間が自ら意志決定することの重要性

先述の通り、単最適化問題はAIが人間をしのいでいくと考えられますが、では全てがこれで片付くかと言えばそんなことはありません。例えば、皆さんが引っ越し先を決めようとする場合、家賃や広さ、アクセスなど複数の指標が大事になるはずです。多くの場合、あちらを立てればこちらが立たずの状況で、残った候補も簡単には一つに絞れない、こうしたものを「多目的最適化問題」と呼びます。

こんな時、誰かにアドバイスを求めたり、AIに推薦してもらったりすることもできますが、最終的には自分で決める必要があり、結果責任は自分が負うことになります。引っ越しなら失敗しても住み替えれば済む話ですが、例えばどんな会社に入り、どんな仕事をするのか、どんな趣味を持ち、自分の給与を何に使うのかなど、人生にはいろいろな選択肢があります。そして、それもおそらくはあちらを立てればこちらが立たずの連続で、それでも何かを決めなければならないはずです。

より良い人生を送るための意思決定をどうするのか、そしてその結果を自分がどう引き受けていくのか、これはAIに任せられる問題ではありません。汎用的な能力でAIと張り合うのではなく、人間が多くの選択肢に向き合い、考え、解像度の高い意思決定をしていくために、学校教育も含めた「学び」や「教養」が重要になると考えます。

おわりに

AIに対しては著作権や倫理、責任の問題など、さまざまな議論があります。しかし、例えば馬車しかなかった時代に初めて自動車が現れた時、全てのルールが現在の状況を予想して決められた訳ではなかったはずです。自動車の台数が増えるにつれて道路や交通法規、事故の解決方法など、さまざまな環境の整備が段階的に行われてきたのです。AIには良い面も悪い面もありますが、自動車の例と同様に普及していく中でルールや倫理、マナーなどが整備されていくでしょう。

すでに存在するAIを、なかったものにすることはできません。特に未来の子どもたちは生まれた時からAIがある社会で生きていくのですから、規制の側面ばかりを議論しても意味はなく、AIをどう活用するかを考えるべきです。これからは人間と人工知能が共に大きな社会システムの構成員として、AIがあるからこそ実現できる社会と価値観を柔軟に考えていくことが重要です。

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