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「モビリティDX戦略」について

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経済産業省では、2024年5月に国土交通省と共同で「モビリティDX戦略」を策定しました。本講演では、日本が自動車DXにおける国際競争を勝ち抜くための施策をまとめた、本戦略の概要をご紹介します。


※この記事は、『Veriserve Mobility Initiative 2024』の講演内容を基にした内容です。

伊藤 建 氏

経済産業省 製造産業局
自動車課 モビリティDX室 室長
伊藤 建 氏 

戦略策定の背景

現在の自動車産業では、GX(グリーントランスフォーメーション)とDX(デジタルトランスフォーメーション)という2つの軸で国際的な競争が激化しています。GXの分野では、カーボンニュートラルの実現に向けた施策として、EVに対する税制優遇や補助金拡充による需要喚起などの支援を政府として行ってきました。

一方、今回の戦略では、自動車のデジタル化に関する取り組みを推進します。具体的には、今後の自動車産業の主流となるSDV(Software Defined Vehicle)を中心に、自動運転技術・MaaS、データ利活用が対象領域となります。これらは欧米や中国と比較して日本がやや立ち遅れてきた分野であり、ここからの巻き返しに官民が協力して取り組んでいくことになります。

海外の動向

今回の戦略で対象となる3つの領域に関し、先行する欧米や中国の動向をご紹介します。

■SDV

SDVでは、自動車の価値を決める判断基準がハードウェアからソフトウェアへと変わり、搭載する機能が無線ネットワーク(OTA)経由でアップデート可能になります。すでに米国のテスラでは安全に関わるブレーキなどの制御系にもアップデートが行われているほか、中国では自動車のエンターテイメント化にも注力していて、ゲームや映画、カラオケなどを車内で楽しめるサービスが現れています。購入後も継続的に車の性能が上がっていく、あるいは購入者の嗜好に合わせてカスタマイズできる、こうした部分が海外の若い世代を中心に高い支持を得ています。

■自動運転・MaaS

米国の西海岸や中国の大都市圏では、すでにロボットタクシーサービスが始まっています。2023年夏の時点で、米国ではGoogle系のWaymoがサンフランシスコやロサンゼルスなどで250台規模、中国では新興IT企業のBaiduが自動車産業に参入し、北京や上海、重慶などで無人のタクシーサービスを1,000台規模で展開しています。

■データ利活用

欧州では、自動車産業に関わるサプライチェーン全体でのデータ連携基盤である「Catena-X」の構築・運用が進められています。同時に、EVのバッテリー規制がスタートする予定となっており、これは欧州市場で自動車を販売する企業に対してカーボンフットプリント、つまりバッテリーの製造工程とCO2の総排出量を可視化し、報告する義務を課すものです。この報告にあたって、欧州自動車業界としてはCatena-Xの活用を検討しており、データの利活用と規制をセットにしたこの施策は、EVで先行する米国や中国とのグローバルな競争を意識したもので、欧州のしたたかな戦略がうかがえます。

デジタル化による自動車産業の変化

■バリューチェーンの変化

従来の自動車産業は新車の販売に注力し、5年程度の長い開発期間をかけて市場に投入していました。SDV化によってそのサイクルが早まるとともに、販売後も継続的に性能のアップデートが可能になるため、販売後にどのような価値を付加し、サービスを拡充していくかが重要になってくると考えられます。

■売上構造の変化

販売後のサービスが競争上のポイントになると、保険やテレマティクス、エンターテイメント、エネルギーマネジメントなど、従来の自動車に+αとして付加する要素が大きな収益を生み出します。ここでは自動車産業だけでなく、他業界とのデータ連携も必要となります。

■産業構造の変化

米国や中国で自動車のデジタル化を先導しているのは、新興のIT企業です。既存のOEMには過去の開発で蓄積した技術やリソースがある一方、新たなビジネスモデルへの転換では、こうしたレガシー資産が足かせとなる側面もあります。フットワークが軽く、優秀なソフトウェア人材も多く抱えるスタートアップや異業種からの参入企業が自動車産業に刺激を与えて新たな付加価値を生み出し、それがデジタル化の流れとなって、中長期的には従来のOEMとサプライヤーという構造も大きく変わることが考えられます。

デジタル化が自動車産業に与えるインパクトは非常に大きく、このような業界の構造や勢力図にも影響することが予想されています。ここに官民のリソースを結集し、一定の目標に向けた取り組みを推進するのが、今回のモビリティDX戦略の基本的な考えです。

SDVへの取り組み

SDVは今回の戦略の中核となる存在で、これまで各社が独自で進めてきた取り組みに対し、官民一体の協調領域を広げていくことが基本的なコンセプトになっています。海外メーカーへの対抗には膨大な投資が必要なため、1社が全て自前で賄うのは厳しい状況になってくると思います。そのため、各社が競争する領域と、協調すべき領域をしっかりと見極めることが重要で、協調領域は政府の予算も投入しながら研究開発を進めていく予定です。

■SDVの定義

「SDVとは何か」についてはさまざまな意見がありますが、モビリティDX検討会で産業界・大学・研究機関の方々と議論を行い、図表1の赤点線で囲った部分がSDVであると結論付けました。日本のSDVは、これまでの日本車の強みを生かしたものである必要があります。それは、走る・曲がる・止まるといった制御や操作性で、これらの性能をデジタル技術によってアップデート可能なものをSDVと定義し、支援に取り組むこととしました。その際、パワトレも含め多様なSDV化を目指すことが重要です。

SDVの定義

図表1:SDVの定義

■協調領域の設定

SDVの定義を踏まえ、モビリティDX検討会で特定した官民で取り組む協調領域が図表2内のピンク色で示した部分です。縦軸として車内(In-Car)、外部との接続部分(Out-Car)、開発環境の3つ、横軸には外部の情報を収集する認知、それを元にした予測・判断、そして実際の制御部分の3つを設定し、各レイヤーでSDVに重要な技術整理を行っています。

競争領域と協調領域

図表2:SDV開発の構成要素を、協調領域と競争領域に分類。今後の技術動向やシステム・オブ・システムズの概念なども踏まえ継続的に議論・見直しを行う

・車載用半導体の共同開発

車載用半導体は、SDVのコアとなる最も重要な部品です。経産省では、2023年末にOEMや部品メーカー、半導体関連企業など12社が参画する「自動車用先端SoC技術研究組合(ASRA)」を設立、新たな車載用半導体の研究開発を支援しています。

・APIの標準化

SDVではソフトウェアが競争力の鍵を握ります。社内での開発はもちろん、必要に応じて社外からも調達することになりますが、その際にソフトウェア同士をつなぐ仕組みが統一されていないと、大きな手間とコストが発生します。このためAPIの標準化は非常に重要だと考えていて、車載電子制御システムの標準化団体であるJASPAR(Japan Automotive Software Platform and Architecture)などと連携し、2024年夏ごろに結論を出す予定です。

・シミュレーションの活用

SDVの開発に際しては、実機を使った開発工程では、修正による手戻りが大きな負荷となりますが、ここにシミュレーション技術を導入することで、全体の開発期間が約1年短縮できると期待されています。OEMだけでなく、中小の部品メーカーなどでも共通の課題となるため、サプライチェーン全体での対応が求められます。

・生成AIの事例作成

生成AIは自動車産業においても有効活用が期待されていますが、比較的新しい技術であるため、まずは具体的な事例を作ることが重要だと考えています。具体的には、製造プロセスや安全評価などへの活用で、先進事例の創出支援を進めていく予定です。

・次世代LiDAR技術の開発

外部情報の収集をつかさどるLiDAR(ライダー)は、SDVや自動運転で非常に重要な技術です。この分野では日本勢は若干後れを取っていますが、NEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)を中心に、より遠くの情報を正確かつ低コストでキャッチできる次世代のLiDAR技術の研究開発に取り組んでいます。

・高精度三次元地図の整備

自動運転では、自車の現在位置を正確に把握するために高精度な三次元地図が必要になります。2016年に官民共同で設立したダイナミックマッププラットフォーム株式会社では、すでに高速道路などについて高精度三次元地図サービスの提供を開始しています。経済産業省として、競争力を維持するため、コスト効率や更新頻度などを一層高めていくための取り組みを支援しています。また、並行して、AIがリアルタイムで全てを判断・操作する、地図が不要な自動運転技術の研究も国際的に進んでおり注視しているところです。

・サイバーセキュリティの確保

無線ネットワークによるアップデートを行うSDVでは、サイバー攻撃の脅威回避が必要となります。自動車に関連したセキュリティの国際標準への対応など、国土交通省等とも連携しながら自動車業界とともに取り組んでいきたいと考えています。

自動運転・MaaSへの取り組み

地方での移動手段や物流問題などの社会的ニーズへの対応と、グローバルな開発競争の2つをテーマに、この両面に応えられるビジネスモデルの構築と社会実装の加速を図っていきます。

■高速道路での無人トラック走行

2024年6月に策定した「デジタルライフライン全国総合整備計画」では、物流問題の解決策として実施してきた高速道路での無人トラックの実証実験をさらに強化していきます。ここでは、トラックの開発補助に加え、道路上に設置したインフラとの協調など、より安全な走行を実現するための取り組みを進めています。さらに、自動運転トラック実装に当たり、コストがネックとなるため、事業性の確保を目的とした共同運行会社の設立なども検討しています。

■レベル4自動運転サービスの拡張

2023年5月、福井県永平寺町で、カート型車両を使った日本初の自動運転レベル4による無人自動運転移動サービスを運用開始しました。経済産業省としても、エリア拡張や車種増加を含めた同様のサービスの全国展開を目指しており、デジタル田園都市国家構想総合戦略(2023改訂版)では、「2025年度を目処に50か所程度、2027年度までに100か所以上」という目標を掲げています。

■事業者と関係省庁による環境整備

トヨタや日産、ホンダなどの各メーカーも自動運転に関する実証実験を進めており、経済産業省と国土交通省では「レベル4モビリティ・アクセラレーション・コミッティ(L4コミッティ)」を設置し、メーカー各社への支援のほか、道路交通法や道路運送車両法、道路運送法など、関係法令の許認可について関係省庁が一体となって環境整備を進めています。

その他、地域の新たな移動サービス創出に向けては、医療やエネルギーなど、異業種との連携によって生み出す新しいビジネスへの支援も実施しています。

データ利活用への取り組み

デジタル化の取り組みの中で、これまでも社内や系列間でのデータ連携は個別に進められてきていましたが、今後は企業を横断したデータの利活用を可能にする仕組みが一層必要になります。

■企業の枠を超えた連携基盤の整備

サプライチェーンの情報は企業における競争力の源泉であり、他社と共有するのは難しい側面もあります。一方で、日本の自動車産業全体で考えた時には、例えば震災やパンデミックのような大規模なインシデントが起きた際に、生産ラインを迅速に回復することが求められます。また、カーボンフットプリントの情報開示や人権デューディリジェンスなど、社会的要請への対応も業界全体で取り組む必要があり、企業の枠を超えたデータ連携と利活用が重要になってくると考えます。

企業の枠を超えた連携を実現するため、経済産業省が主導し「ウラノスエコシステム」と呼ばれるデータ連携の取り組みを推進しています。ここでは、OEM各社やTier1、Tier2といったサプライヤーも含んだデータ共有の仕組みを構築、データの透明性や可視性を高めつつ、セキュアな環境の整備を目指しています。現在、産業界と一体でニーズの確認と整理を進めていて、CO2排出量の把握や物流システムの効率化、在庫情報の共有など、さまざまなユースケースの拡張を目指しています。

また、先出の欧州におけるEVのバッテリー規制への対応に加え、相互接続の取り組みも現在進めています。Catena-Xは欧州のデータ連携基盤であり、こうしたプラットフォーム同士での連携は今後、重要になると考えています。

ウラノスエコシステムの概要

図表3:サプライチェーン全体の可視化に関して、協調領域として解決すべき課題に対応する

戦略を横断する新たなプラットフォームの構築

この戦略の取り組みを横断的に支える新たな仕組みとして、「モビリティDXプラットフォーム」の立ち上げを2024年秋に予定しています。ここでは情報の共有や連携の促進に加え、ソフトウェア人材の確保も大きなテーマとしています。自動車産業ではソフトウェア人材が不足している上、グローバルな獲得競争が発生し、日本企業は非常に苦戦している状況です。これを解消するため、OEMはもちろん、スタートアップや異業種も一体となって、国内外の優秀な人材を確保するためのさまざまな施策を展開する予定です。

戦略の目標とロードマップ

SDV市場の見通しには多様な意見があり、現時点で正確に予想するのは困難ですが、中長期的な目標としては2030年・2035年におけるSDV市場の日系シェア3割と設定しています。これは現在の世界の自動車市場における日本のシェアとほぼ同等の数字で、SDV市場でやや出遅れ感のある現状を踏まえると野心的な目標と認識していますが、「SDVでも日本が勝つ」を戦略の最重要テーマとしています。

この目標を踏まえ、モビリティDX戦略のロードマップをまとめたのが図表4です。ただし、検討会でも議論になりましたが、デジタル技術の進展は非常に早いため、戦略を進めていく中でもグローバルの動向はしっかりと継続して捉えていく必要があります。このロードマップも順次改定、あるいはフォローアップしていくことを考えています。

モビリティDX戦略のロードマップ

図表4:2030年・2035年に世界市場でのSDV日系シェア3割を目指す

おわりに

自動車産業に押し寄せるDXの潮流に対し、日本の各メーカーは相当な危機感を持って、大規模な投資とともに積極的に前へ出て行く動きを見せています。グローバルな競争を勝ち抜くため、官民が協調するオールジャパンとしての姿勢を今回、打ち出すことができましたので、経済産業省としても本戦略を着実に実行してまいります。

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