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生成AI時代に求められるDX推進に必要な人材育成

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近年世界中に大きなインパクトを与え続ける「生成AI」。生産性や付加価値の向上等を通じて新たなビジネス機会を引き出すとともに、さまざまな社会課題の解決に資することが期待されています。しかし、その導入や活用をめぐってはさまざまな課題が提示され議論が交わされているのが現状です。こうした状況を背景に経済産業省は2024年6月、「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方2024~変革のための生成AIへの向き合い方~」を取りまとめ、公開しました。本稿では、そのポイントと今求められるDX人材育成について解説します。

※この記事は、『ベリサーブ アカデミック イニシアティブ 2024』の講演内容を基にした内容です。

島田 雄介 氏

経済産業省 商務情報制作局 
情報技術利用促進課
島田 雄介 氏 

DX推進、デジタル人材育成に向けたビジョンと政策

現在、経済産業省(以下、当省)では「企業のDX推進」および「デジタル人材の育成・確保」という大きく二つの軸を中心に政策を進めています。

「企業のDX推進」活動としては、デジタルガバナンス・コード(DX時代の経営の要諦集)の策定・公開、企業が取り組むDXを認定する仕組みの運用、そしてDX銘柄(上場企業)・DXセレクション(中堅・中小企業等)といった優良事例の選定や周知などを行っています。
また、企業がDXを進める上で不可欠なのがデジタル人材であり、その育成と確保について、デジタルスキル情報の蓄積・可視化(「デジタルスキル標準」の策定・公開)、情報処理技術者試験の運用、デジタル人材育成プラットフォームの構築など、さまざまな政策を進めています。

デジタル人材の育成については、トップ層(デジタル技術の可能性を広げ、デジタル社会の未来を切り開く日本トップレベルの人材)からボリューム層(デジタル技術を活用し付加価値を生み出すDX推進人材)まで網羅的にデジタル人材育成政策を実施しています。特に企業DXに大きな役割を果たすボリューム層の質・量的拡充を重点施策とし、2026年度までに政府全体で230万人を育成する目標を掲げ、各省庁が連携して政策を進めています。

各層のデジタル人材拡充を目指す

図表1:ボリューム層の育成目標は2026年度までに政府全体で230万人。トップ層は2027年度までに500人/年まで拡大することを目標にしている(現在は70人/年)。

デジタルスキル情報の蓄積・可視化 ~デジタルスキル標準~

デジタル人材の育成のための当省の政策の一つが、DX・AI時代に必要な人材像を定義した「デジタルスキル標準(DSS)」の策定と公開です。国内におけるDX人材の不足は喫緊の課題であり、当省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)によって、2022年12月に策定されました。
経営層を含む全てのビジネスパーソンを対象とした「DXリテラシー標準(DSS-L)」と、より専門的な観点からDXを推進する特定の人材を対象とした「DX推進スキル標準(DSS-P)」に整理し、それぞれの役割や習得すべき知識やスキルを定義しています。

■DXリテラシー標準(DSS-L)

DXリテラシー標準は、個人の学びの指針として使うことができ、リテラシーに関して学習すべき事項が定義されています。これは、企業における社員のデジタルリテラシー教育にも有効です。

DXリテラシー標準では、ビジネスパーソン一人一人がDXに参画し、その成果を仕事や生活で役立てる上で必要となるマインド・スタンス(DXを通じて新たな価値を生み出すために必要な意識・姿勢・行動)と、三本柱(Why=なぜ学ぶのか、What=どういった技術があるのか、How=データ・技術の利活用)からなる知識・スキルを定義し、それらの行動例や学習項目を提示しています。

※2023年8月に、昨今の生成AIの普及を見据え、AI利用時における倫理的な課題、情報漏洩やモラル等リスクに関連したポイントなどを追記するなど一部改訂が行われました。

DXリテラシー標準

図表2:土台(マインド・スタンス)と3本の柱(Why、What、How)で構成。DXリテラシーを身に付けることで、DXを自分事として捉え、変革に向けて行動できるようになることを目指す。

■DX推進スキル標準(DSS-P)

DX推進スキル標準は、人材をビジネスアーキテクト、デザイナー、データサイエンティスト、ソフトウェアエンジニア、サイバーセキュリティという5つの類型に分類しています。類型ごとに活躍する場面や役割の違いを想定した15ロール(役割)を設定し、それぞれに必要なスキル(共通スキル標準)とスキルの重要度を定義した上で、各スキルの学習項目例を提示しています。この15ロールを参考に、各企業が独自の状況や環境に応じた人材育成に取り組むことを想定しています。

DX推進スキル標準

図表3:DXを推進する人材は、他の類型との連携が重要で、さまざまな場面で2つ(またはそれ以上)の類型が、協働関係を構築し、連携することが重要なことであることを表現している。

「生成AIのDX推進に必要な人材・スキルの考え方2024」より

ここ数年、生成AI技術が急速に進展し、ビジネス・社会課題解決に資する有用なツールとして期待を集めています。一方、生成AIの本格的利活用にはいまだ課題も多く、生成AIを適切かつ積極的に利用する人材・スキルについてもさまざまな議論が交わされています。
こうした中、当省ではデジタル時代の人材政策に関する検討会での議論を踏まえ「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方2024 ~変革のための生成AIへの向き合い方~」を取りまとめました。
「とりまとめ」より、4つのポイントについてご紹介します。

(1)日本における生成AI利活用の現在地

まず日本における生成AI利活用の現状についての検証です。
図表4は企業における生成AI活用の進展状況に関するアンケート調査結果です。2024年春の調査では「生成AIを活用・推進中」と回答した企業が67%を占めており、1年前の2023年春に比べて飛躍的に増加していることが分かります。
「生成AIとはどういったものかを試すために、まずは導入してみる」、このような動きが多くの企業で積極的に行われたものと考えられます。

生成AIの活用および認識等に関する過去1年間の推移

図表4:生成AIを活用・推進中と回答した企業は1年間で大幅に増加し、企業が生成AI導入に前向きであることが分かる。
※出典:PwCコンサルティング合同会社「生成AIに関する実態調査 2024 春」

また、図表5は日本と外国(世界平均)における生成AI活用に関する比較グラフですが、「知的労働者の生成AIの業務利用割合(図表の左側)」では、世界平均の75%に対して日本は32%であり顕著な差が表れています。日本における生成AIの業務利用は世界平均に比べ大きく遅れ、生成AIを業務にしっかり取り入れていくという観点が弱いことが見てとれます。

企業における生成AI利用の現状比較

図表5:生成AIの業務利用割合(図表左端)は、世界平均75%に対し、日本は32%(調査対象国で最下位)である。
※出典:Microsoft and LinkedIn release the 2024 Work Trend Index on the state AI at work

■生成AI利活用の段階

企業における生成AIの利活用の進展度合いについて、大きく3つのフェーズに分類し整理しています(図表6)。

  1. フェーズ1 「生成AI利用基盤の導入と業務上の活用」
    個人レベルで単一の業務・タスクが生成AIによって代替・補完・高度化されている段階。例えば、議事録の作成、意見やアイデア創出の壁打ち、文書の要約・翻訳、画像・動画・音楽の作成など。
  2. フェーズ2 「生成AIを活用した業務の高度化・効率化」
    社内業務プロセスについて生成AIを前提として再定義し、時に複数の業務を横断する形で対象業務の品質、コスト、スピードを向上させる段階。例えば、設備の稼働状況の自動監視、保守オペレーションにおける知見の集約・実施すべき対応の初期判断など。
  3. フェーズ3 「生成AIを活用した ビジネスモデル変革・価値創造」
    生成AIを活用した既存製品・サービスの価値向上や新規製品・サービスを提供し顧客体験を変革する段階。例えば、CtoC売買サービスにおける商品説明文の作成アシスタント、生成AIと人間のハイブリッド型コールセンターサービスなど。

しかし、実際には図表5のように日本における企業の生成AIの業務利活用割合は低く、取り組みに関しては、個人レベルでの生成AI利用(フェーズ1)が多く、高度な利活用(フェーズ2~3)には至っていないと言えます。

生成AI利活用の段階

図表6:企業における生成AI導入の現状を3段階に分類

(2)生成AI利活用の課題、解決策と今後

生成AIの利活用を妨げている要因にはどのようなものがあるのでしょうか。
「とりまとめ」では生成AI利活用において多くの企業が直面する課題と解決策(示唆)についてまとめています。生成AIを組織として日常業務に組み込んで利用する、あるいは新たなサービス創出につなげるためには次のような視点や対応が求められます。

  1. 生成AIへの理解不足と向き合い方
    多くの企業が生成AI導入に意欲的である一方、生成AIを理解し、具体的にどのように使うのか計画段階でつまずいている、あるいは一定のリスクを内包する技術であるため、生成AIの利活用を躊躇してしまうケースが少なくありません。
    このような課題に対しては「目的志向のアプローチを徹底する」という視点が必要です。多くの企業では生成AIを使うこと自体が目的になってしまう現状がありますが、「そもそも何を実現したいのか」を考えることが重要です。

    また、生成AI自体も完璧ではなく「向き・不向き」があります。生成AIの適性を整理し、効果が発揮できる業務に生かすこと、生成AIを利活用する際に、「答えを得る」だけではなく、「問いを深める」ために利活用するという観点も大切です。
  2. 経営層の姿勢・関与
    経営層が生成AIのリスクやコストなどのデメリットにばかり目を向けてしまう、あるいは経営側の関与が不十分で、組織全体で活用する体制に至らないケースもあります。
    このような課題に対しては、経営層の姿勢の転換が不可欠で、自ら生成AIの積極的推進を後押しする姿勢での関与が求められます。
    変革の推進体制についてはトップダウン・ボトムアップのどちらも重要ですが、実際には経営層にとって現場を詳細に理解することは難しく、一方現場からは全体の構造が見えにくいのが現状です。ここで求められるのが、経営の戦略を実行に落とし込む専門的組織の設置と変革を専門的に行えるビジネスアナリストの育成・確保です。
  3. 推進人材とスキル
    定型業務や一部の不定型業務においては生成AIに代替することが想定されています。人間が求められる役割やスキルが大きく変化しますので、企業は市場のスキルトレンドをデータドリブンに捉え、先を見据えた人材定義や教育、活躍の場を提供するなどの取り組みを実施していく必要があります。
  4. データの整備
    データの無秩序な拡散、業務部門ごとでのサイロ化(データの孤立化・非共有化)など、データ品質に関する問題も顕在化しています。同様に、生成AIもデータがあればすぐに使えるわけではなく、品質が担保されたデータを使うことが非常に重要です。

このような課題に対しては、企業全体でのデータマネジメントが重要で、データの「目利き」人材の育成も併せて考える必要があります。
既にデータマネジメントについては多くの企業が取り組んでいますが、前提となるデータの品質確保についてはまだまだ不十分と考えられます。特に、システムの分散化やデータの部分最適化は、Conflict Data(矛盾したデータ)を生じさせ、データ活用の大きな阻害要因になっています。
また、データマネジメントを担う人材も圧倒的に不足しており、これらの体制確立と人材の育成・確保は非常に重要です。

(3)生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキル

「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキル」については次のようにまとめています。

●共通的な示唆

  1. 生成AI時代には、リーダーシップや批判的思考などのパーソナルスキルやビジネス・デザインスキルがより重要になります。
  2. 生成AIがさまざまな業務をこなしてゆく中で、人間には「問いを立てる力」や「仮説を立てる・検証する力」、さらには成果物を「評価する力・選択する力」が求められるようになります。
  3. 生成AIを使いこなしてゆくという意味で、生成AIにかかる非構造的データ処理、各種生成AIモデルなどの基本的な知識やスキルも重要です。

●各類型に求められるスキル

「DX推進スキル標準」で示した5類型で、それぞれ求められるスキルは次の通りです。

ビジネスアーキテクト

選択肢から適切なものを選択・評価する力。倫理・権利・社会的受容性等も含めた対応。さらにプロダクトマネジメント・ビジネスプロセスマネジメント。

デザイナー

独自の視点による問題解決能力。顧客体験の追求・新しい体験への理解。

データサイエンティスト

生成AI利活用スキル(使う・作る・企画)。背景理解・対応スキル(倫理・推進の各課題対応)。

ソフトウェアエンジニア

コーディングツールを効果的に使いこなすAIスキル。設計や技術面でビジネス側をけん引する上流スキル。対人スキル。

サイバーセキュリティ

生成サービス利用の利益とリスクを評価するスキル。利用ポリシーを定め、自組織に周知・研修するなどの管理スキル。セキュリティリスク拡大に対応するためのコミュニケーションスキル。

(4)経済産業省における政策対応

これまでの議論や検証を踏まえ、当省では「デジタルスキル標準」「デジタルガバナンス・コード」の見直し、生成AI時代に求められる継続的な学びの実現に向けた環境整備など、政策対応を進めています。

■「デジタルスキル標準」の改定

「DX推進スキル標準」は2024年7月に改訂されました。新たに追記された補記、追加・変更箇所は次の通りです。

●生成AIを含む新技術への向き合い方・行動の起こし方(補記の追記)
  1. 新技術に触れた上でのインパクト・リスクの見極め
  2. 新技術を用いるための仕組み構築と、DXを推進する組織・人材への変革促進
  3. 新技術の変化のスピードに合わせたスキルの継続的な習得
●DX推進人材における生成AIに対するアクション(補記の追記)
  1. DX推進人材の自身の業務における生成AIの活用例(調査、デザイン作成、データ生成・プログラミング支援、セキュリティ検知等)
  2. DX推進人材が顧客・ユーザーへ生成AIを組み込んだ製品・サービスを開発・提供する際の行動例(生成AIのもたらす価値定義、データの収集・整備、生成AIモデルの設定、ガイドラインの策定等)
●共通スキルリスト
  1. 生成AIの影響を踏まえて、カテゴリー「データ活用」「テクノロジー」の学習項目例を追加・変更。
  2. 大規模言語モデル・画像生成モデル・オーディオ生成モデル等への理解を追加・変更
  3. プロンプトエンジニアリング、コーディング支援、ファインチューニング、生成AIの技術活用・開発等の関連スキルを追加・変更。

■デジタルスキル情報の蓄積・可視化を通じた継続的な学びの実践

生成AIの時代においては変化を厭わず学び続けることが必要で、一人一人が目標に向かってスキルアップできる環境作り、デジタル人材がより一層活躍できる環境の整備は急務です。

当省ではデジタルスキル情報の蓄積・可視化(「デジタルスキル標準」の策定)を通じた継続的な学びの実現を進める他、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)と共に、個人・研修事業社・企業をつなぐ「デジタル人材育成・DX推進プラットフォーム」を構築し、個人のスキルアップを支援する取り組みを進めています。

個人のスキルアップを支援するプラットフォーム作り

図表7:研修事業社、企業が連携して個人のリスキリング機会の拡大とキャリア形成を支援する環境を整備する。

おわりに

本稿では、生成AI時代におけるDX推進ならびにデジタル人材の育成政策についてご紹介しました。
現状、各個人がスキルで評価されることは少なく企業の中での取り組みを評価されるケースも多いのですが、今後は個人のスキルを明確にして伸ばしてゆく=リスキリングがより重要になります。
当省では「生成AI時代に求められるDX推進に必要な人材育成」のために、個人の持っているスキル情報を蓄積・可視化した上で、スキルアップを目指し、さらに活躍の場につながるような環境作りを支援、デジタル人材育成政策を実施します。

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