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ゲームビジネスとリアルタイムコミュニケーションによる革新

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新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な感染拡大)を機に、ゲームとコミュニケーションの世界は新たなステージに向かおうとしています。そこにはゲーム業界に限らず、さまざまなビジネスに対するヒントが詰まっています。本講演では、ゲームビジネスの進化と変遷を振り返った上で、他のビジネス領域へのゲーム技術の応用と、現在、注目を集めているリアルタイムコミュニケーション技術の取り組みをご紹介します。

※この記事は、『ベリサーブ アカデミック イニシアティブ 2021』の講演内容を基にした内容です。

押見 正雄

株式会社CRI・ミドルウェア
代表取締役社長
押見  正雄 氏 

CRI・ミドルウェアとは

CRI・ミドルウェアの概要

最初に私たちの会社について説明します。CRI・ミドルウェア(以下、CRI)は、映像と音声分野に特化したミドルウェア製品の許諾販売事業を手掛ける会社です。1983年に設立されたCSK総合研究所を前身とし、2001年8月の独立を経て、長年にわたりゲーム業界を中心にビジネスを展開してきました。

CSK総合研究所では、1990年頃から映像と音声の技術開発を行っており、1995年には当時のグループ企業であったセガ・エンタープライゼスのゲーム機「セガサターン」向けに初めてのミドルウェア「CRI ADX」を開発しました。これが現在のビジネスを始める契機となり、独立後は各社のゲーム機やスマートフォン向けにもミドルウェアを提供しています。

ミドルウェアにはさまざまな機能を持つものがありますが、CRIが提供するのは、映像と音声に特化したもので、一度作った映像や音声のデータを、異なるプラットフォームで同じように再生することが可能です。

現在では国内のゲーム会社のほぼ全てと取引しており、ゲーム分野での採用ライセンス数は累計約6,300に上ります。ゲームのパッケージや起動画面に表示される「CRIWARE」のロゴは、ゲームをする人なら誰でも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。家庭用ゲーム機ではデファクトスタンダードと言える存在になっており、数百万本を売り上げるようなビッグタイトルにも採用されています。ゲーム業界以外にも、家電や自動車などの組み込みや医療・ヘルスケアなど幅広い分野への参入を果たしています。

CRI・ミドルウェア社のブランドロゴ

図1:CRI・ミドルウェア社のブランドロゴ

映像と音声の独自の「組み合わせ再生」技術

映画やドラマでは、場面ごとに流す音や映像は最初から決まっているので、あらかじめ全てミックスしておけばそれで完成です。一方、ゲームではその時々の展開やプレイヤーの操作に対してインタラクティブ(双方向)に音や映像を作っていく必要があります。こうした技術こそ、
CRIのミドルウェアが得意とするところです(図2)。

映像と音声の「組み合わせ再生」技術のイメージ

図2:映像と音声の「組み合わせ再生」技術のイメージ

音声や映像を状況に応じて再生する技術を他分野に適用した事例が、車載システムへの活用です。自動運転車両はセンサーの塊のようなもので、そこから送られる無数の情報をドライバーへ的確に知らせる必要があります。実はこれがゲームの中の状況に酷似していて、例えば敵がどの方向にいるか、自分がどういう状態にあるかといった情報を音声や映像でプレイヤーに伝達する技術が応用できるのです(図3)。

現在、ドライバーへの情報伝達に使われるデジタルパネルはUIの高度化が進んでいます。それに伴って頻繁に変更される仕様に対し、どのようにテスト・検証をすれば品質を担保できるかが目下の課題となっています。私たちはゲーム技術の応用によって設計の効率化を実現しようとしていますが、今後は上流工程だけでなく、下流の検証工程についても効率化に取り組む予定です。

ゲーム技術を活用したドライバーへの情報伝達

図3:ゲーム技術を活用したドライバーへの情報伝達

ゲームビジネスの変遷

ゲームの歴史は、ありとあらゆる創意工夫の繰り返しとも言え、他分野のビジネスの現在、そして将来の展望を考える上で参考になる部分が多々あります。ここからは、ゲームビジネスの変遷を簡単に振り返っていきます。

家庭用ゲームの誕生

現在の家庭用ゲーム機の原型は、1977年に米アタリ社が発売した「Atari 2600」です。ソフトをカセット型にしてハードから分離することによって、ソフトウェアビジネスを生み出しました。これが、1983年に登場し世界的にもヒットした任天堂の「ファミリーコンピュータ」に受け継がれ、ソフトのロイヤリティで収益を上げるビジネスモデルが完成しました。その後、1988年に「メガドライブ」(セガ)、1990年には「スーパーファミコン」(任天堂)も発売され、家庭用ゲームの世界的なブームへとつながっていきます。

ゲームの大容量化

1994年に発売された「セガサターン」(セガ)と「プレイステーション」(ソニー)では、ソフトウェアはカセットからCD-ROMに変わりました。それまでのゲームはプログラマーが1人で作り上げることもあったのですが、扱うデータ量が100倍以上となったことで大作化が進み、ゲーム開発の分業体制が確立されました。

この頃、私たちが開発したのが前述のCRI ADXで、マルチストリーミングに対応したオーディオ用ミドルウェアです。ゲーム音楽はそれまで、容量の問題からほとんどがMIDI※1 再生で、6~10和音という極端な制約の中で作られていました。それが、記録媒体がCDになったことで録音楽曲のストリーム再生が可能になり、ゲーム音楽の自由度が大幅に高まりました。

※1:Musical Instrument Digital Interfaceの略。メーカーや機種の違いに関わらず、電子楽器・コンピュータ間で演奏データをやり取りするための統一規格。

セガの家庭用ゲーム機撤退

1998年には、私も開発に携わったセガの「ドリームキャスト」が発売されます。ここではCRIのミドルウェアが標準採用され、
「CRI Sofdec」というビデオのミドルウェアなども提供を開始しました。

ドリームキャストが画期的だったのは、当時セガの会長だった大川功氏の号令の下、ネットワークモデムを標準搭載したことです。しかし、それに合わせてネットワークゲームを作れ、という話になって皆が考え込んでしまいました。ドライブゲームやスポーツゲーム、RPGなどはそれぞれゲームの一ジャンルですが、ネットワークは技術であり、ジャンルではありません。前例のない中で、混乱しつつもさまざまな試行錯誤が繰り返されました。

結果として、サードパーティの参入が思うように進まなかったことや、ソフトでの回収に期待して原価を割る価格で販売したこともあり、ドリームキャストは2001年に販売停止となります。この時に行われたネットワーク活用の研究と努力は、その後20年余りを経てオンラインゲームが隆盛を極めるようになるための礎になったのではないかと思っています。

PS2による市場拡大

2000年にソニーから発売された「プレイステーション2(PS2)」は、全世界で1億5000万台を超える大ヒットとなりました。セガとソニーが明暗を分けた理由の1つは、新しいジャンルである音楽ゲームがPS2で数多くリリースされたことにあると思います。かつてのコアゲーマーとは違うライトユーザーを開拓したことでゲーム市場の裾野が広がり、PS2の売上を押し上げる結果につながったのではないかと思います。

当時は家庭用ゲームが非常に好調で、中規模タイトル(販売目安が年間15万本のもの)の標準的な開発予算は3億円程度でした。
この時期にCRIも家庭用ゲーム機向けのロイヤリティビジネスを確立し、売上は2007年で約7.5億円、利益は2.5億円に達しました。

ビジネスモデルの変化~「遊びのプラットフォーム」へ

その後、ゲームビジネスに大きな転機が訪れます。そのきっかけとなったのが、共闘型ネットワークゲームです。その名の通り、皆で戦い、勝利するとさまざまな報酬が得られる仕組みです。この、皆のために頑張るというのが大きなモチベーションになり、ゲームの寿命と継続率が飛躍的に向上しました。

以降、ゲームの評価基準は販売の「本数」から「継続年数」に取って代わります。「パズル&ドラゴンズ」は販売開始から9年目、「モンスターストライク」も8年目を迎えていて、それまでの売り切りから「サービス化」というビジネスモデルが定着しています。

プレイスタイルも時代とともに変わっています。家庭用ゲーム機のRPGでは何十時間もプレイして作品世界を楽しんでいましたが、今のスマホゲームでは1回5分程度のプレイを1日に7回繰り返すといった遊び方が主流です。作品の中に別の作品のキャラクターが出現することも珍しくなく、人気アニメなどとのコラボが実施され、そのたびに大きな収益を生んでいます。もはやゲームは作品ではなく、遊び方だけが統一された「プラットフォーム」となっているのです。

リアルタイムコミュニケーションによる革新

ゲームは最新ITのプロトタイプ

「人はなぜゲームをするのか」。動機の大きな割合を占めるのが「人と語り合いたい」という思い、つまり「コミュニケーション」です。1人でも楽しめる高品質なゲームは数多くありますが、体験を共有し、誰かと語り合えば、楽しさは何倍にも増加します。可処分時間をどう過ごすかを考える上でコミュニケーションは非常に大きな要素となります。スマホゲームの最大のライバルが「LINE」だというのも、コミュニケーションを求めるという観点から自然なことだったりします。

新型コロナウイルスの影響でこの傾向は一層顕著になり、仮想空間上でリアルタイムコミュニケーションを楽しむという新しいゲームスタイルを生み出しています。例えば、大ヒットしている「フォートナイト」は大勢で参加するバトルロワイヤルゲームです。こういった種類のたくさんの仲間と楽しめるゲームは小学生にも支持されています。放課後に皆で集まることが難しいため、「家に帰った後、17時からオンラインゲームで遊ぼうよ」と約束し合い、オンライン上でボイスチャットを使いながらプレイするのです。

Facebook(現Meta)のザッカーバーグCEOは最近、「メタバース」というキーワードで仮想空間サービスの展開に乗り出しました。実は、このメタバースとフォートナイトには類似点が多く見られます。先日、米国の歌手、アリアナ・グランデがフォートナイトの中で音楽ライブを開催しました。仮想空間に皆が集まって共に可処分時間を楽しむというメタバース構想に近い出来事が、フォートナイトではすでにゲームの枠を超えて行われています。このことは、技術面だけでなく、「誰が、何のために集まるのか」という行動の動機を考える上でも、メタバースの成功に向けた大きなヒントになるでしょう。

もう1つ、ゲームの基礎要素に「交換」があります。ゲーム内でのキャラクターやアイテムの交換は非常に楽しい体験です。現在、デジタル資産の取引で「NFT(Non-Fungible Token)」が注目を集めています。仮想空間内での価値ある資産のやり取りも、技術的にはすでに、ゲームの中である程度実現していることがお分かりいただけるでしょう。

また、オンラインゲームではおなじみで、ビジネス分野でも普及してきたビデオチャットに関しても、私たちはリアルタイムコミュニケーションの技術を提供しています(図4)。現在の一般的なオンラインコミュニケーションツールは、同時に2人以上は発言できない、音声がモノラルなので位置関係が不明で発言者が特定できない、動画のスムーズな再生が困難など、さまざまな問題を抱えています。私たちが開発したリアルタイムコミュニケーションのミドルウェア※2 では、数千人レベルの同時発声やマルチチャンネルによるリッチな音響空間の実現、さらに映像や音声以外のデータの送受信などをサポートしており、すでにオンラインのカラオケルームで利用されています。「その場所にいる」という感覚を音響技術によっていかにリアルに表現するか。このことが、広大なメタバース空間では一層、重要になると考えています。

※2:本講演収録後の決算発表時に名称を「CRI TeleXus」と公表

数千人レベルの同時発音が可能なリアルタイムコミュニケーション技術

図4:数千人レベルの同時発音が可能なリアルタイムコミュニケーション技術

コミュニケーションの原点は「ヒトとヒトがつながる」ことにあります。当然それには相手が必要です。そこで重要になるのが相手の探し方で、やはり新たな技術が登場しています。

オンラインゲームのチャットをサポートする「Discord」というアプリには、「サーバー」と呼ばれるコミュニティ作成機能があります。これは仮想空間に常設された場所で、クラブやサークルの部室のように、そこに行けば同好の仲間に会うことができるという設定です。これはメタバースの基本コンセプトと同じです。

前述のリアルタイムコミュニケーションのミドルウェアも同様に、相手を指定しなくてもある場所へ行くと会話ができる機能を実装しています。「ルーム機能」と名付けているもので、オンラインカラオケの場合も中に仮想の部屋を作り、そこに入ると他の人と言葉を交わすことができます(図5)。従来の通信では最初にセッションを確立する、ビデオチャットで言えばURLを発行して相手に届ける作業が必要ですが、これを大幅に簡素化すると同時に、「いつでもそこにある」という信頼感の醸成にもつながると考えています。

誰もが入室・会話可能な仮想の場所を提供する「ルーム機能」

図5:誰もが入室・会話可能な仮想の場所を提供する「ルーム機能」

おわりに

1970年代から現在に至るまでの間、ゲームとコミュニケーションは驚くほどの進化を遂げてきました。ゲームビジネスはITの進化を先取りしており、多くの業界に対するビジネスのヒントが隠されていることがお分かりいただけたのではないかと思います。この先の10年は仮想空間を舞台に一層の技術革新が起こり、そこで生まれるコミュニケーションがまた新たな経済価値を創造していくでしょう。私たちCRIも映像や音声を専業とする会社として、これらを活用したリアルタイムコミュニケーションの場所を提供していくため、今後もさらなる技術の革新に努めていきたいと考えています。


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