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日本企業はどう戦う!? 及川卓也さんが語るデジタル時代の道しるべ

Tably株式会社代表取締役 Technology Enabler 及川卓也

大学を卒業後、外資系コンピューターメーカーに就職。営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事し、その後、別の外資系企業にてOSの開発に携わる。その後、3社目となる外資系企業にてプロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャーとして勤務後、スタートアップを経て、独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。著書『ソフトウェア・ファースト~あらゆるビジネスを一変させる最強戦略~』(日経BP)。

コロナ禍をようやく切り抜けたように見える中で、焦点は日本企業がその後の世界において、どのように勝っていくのかに移りつつある。働き方に変化が見られることに加え、デジタルトランスフォーメーション(DX)を中心としたテクノロジーへの対応、組織の在り方など、重要な論点がある。

そこで本稿では、かつてマイクロソフトでWindowsの開発に当たり、グーグルでも主要な製品やエンジニアリングにおけるマネージャーを務めた経験を持ち、日経ビジネスで「次代を創る100人」に選出されたことでも知られる及川卓也さんに話を聞く。及川さんは、テクノロジーによる課題解決と価値創造を掲げ、企業や社会の変革を支援するために2019年にTably株式会社を設立。今、大きな課題に直面している日本企業に、的確なアドバイスができる数少ない人物の一人である。

コロナ禍で変わった働き方

コロナ禍を経た現在のビジネスシーンについて、「人々の働くことに対する意識が世界的に変わりつつある」と及川さんは指摘する。パンデミックの状況下で健康や家族の価値が高まり、経済的な安定よりも個人の生き方や働き方を重視する人々が増えた。米国を中心に働き方の多様性を受け入れる企業が増加し、個人もそのような環境を求めるようになってきている。

実際には、オフィスなどリアルの場への回帰と、自宅とオフィスというハイブリッドな働き方が現実解となっているという。いずれにしても、リモートワークを尊重するという手法は残った。及川さんが技術顧問を務めるNTTコミュニケーションズをはじめとしたNTTグループも、「勤務場所は社員の自宅」と公式に発表するなどリモートワークを重視する。新しい働き方を不可逆的な変化と捉え、優秀な人材を呼び込むために欠かせない取り組みと考える企業が増えている。

一方で、3年余りにわたったコロナ禍における変化の裏側には、テクノロジーの進展がある。リモートワークを支えるビデオ会議システム、営業活動のデジタル化、セキュリティにおけるゼロトラスト(ユーザーを信頼せずに都度認証する)モデルへの急速な転換など、枚挙にいとまがない。及川さんは確かに新たなテクノロジーへの転換があったとした上で、「思考が硬直化している人々は、得てしてテクノロジーに対して保守的な傾向がある」と指摘する。

「ビッグテック」に対抗できない構造的な問題

テクノロジーへの柔軟な対応が重要であることは、既に米国におけるIT企業の取り組みが証明している。ビッグテックと呼ばれる米テクノロジー企業は、優秀なエンジニアに働きやすい環境を提供することに以前から注力してきた。ビッグテックは、及川さんが所属したグーグルをはじめ、アップル、メタ、アマゾン、マイクロソフトを合わせた5社を指す。ビッグテックの特徴は優秀なエンジニアを正しく評価し、それに見合う報酬がたとえ高額であっても払う・払えるということにあるという。

及川さんは「外資系企業のような“黒船”が、日本企業のテクノロジー、場合によっては組織文化を大きく変える側面がある」といい、「今はスタートアップの存在が大きくなり、面白い事業を手掛ける企業が日本でもどんどん出てきています」と述べる。既にスタートアップの規模ではなくなったものの、楽天が社内公用語を英語にしたことなどを一つの例として挙げている。

だが、ビッグテックのような取り組みを簡単にはマネできない構造的な問題あるのも現実だという。そのキーワードがプラットフォームである。

「日本企業もビックテックのようにエンジニアに高額報酬を出せればいいのだが、実際には難しい。なぜなら、それだけの報酬に見合う収益を上げにくいからです」

グーグル、アマゾン、マイクロソフトなどは、いずれも世界市場をターゲットとし、各分野の胴元ともいえるプラットフォームを提供する企業だ。ネットユーザーは検索時にはグーグルを使い、あまり意識しないかもしれないが、連動した広告が表示されるのは、中国を除く世界の消費者の共通理解といえる。そうしたビッグテックのエンジニアであれば、たとえ1億円の報酬を受け取ったとしても、そのエンジニアのコードによって3億円、10億円といった収益を自社にもたらすことができる。つまり、スケールするビジネスモデルが確立されているわけだ。

一方で、残念ながら多くの日本企業はそうなってはいない。ビッグテックのようなプラットフォーマーを目指すのは多くの企業にとっては難しいのが現実だ。

「あらゆる企業はソフトウェア企業になる」

ただし、世界的なプラットフォームを構築できなくても、戦う方法は十分あると及川さんは力を込める。ポイントとなるのが、及川さんの専門領域でもあるソフトウェアの構築である。ソフトウェアの特性は、1つ作ればそれを無限に複製し、n人に同じ品質で提供できることだ。そのため、スタートアップのような小規模企業でも、素晴らしいソフトウェアを構築すれば、それを世界中の市場に提供できる。

「プラットフォームでなくても、1人のソフトウェアエンジニアの貢献が最大のスケールを生み出すようなビジネスモデルを考えることが重要。そのためには、今はソフトウェアを中心としたITが必須になってきています」

米ソフトウェア開発者のマーク・アンドリーセン氏は「あらゆる企業はソフトウェア企業になる」と述べた。その言葉を引用しながら、今後活躍するのはIT企業だけではなく、各分野でソフトウェアを活用したビジネスモデルを構築した者であると及川さんは強調する。

それを実現すべく、今まさに動きが活発化しているのがデジタルトランスフォーメーション(DX)である。

国によるDXのリードは良い動き

DXについては、いわゆるバズワードになり、実態が伴っていないとの指摘がある。だが、及川さんは一定の評価をしている。「DXという言葉を使うかどうかはともかく、ソフトウェアを採り入れて、スケールするようなビジネスモデルを確立している企業が確実に出てきています」と話す。

一方で、コンサルタントに勧められて何となく始めようとしている、社長の一声で突然DXチームを結成したがやるべきことが分からないといった企業もあり、DXへの態度が二極化しているのが実態だという。

それでも及川さんは「DXの良いところは、経済産業省やIPA(独立行政法人 情報処理推進機構)を中心に国がしっかりと状況を把握しており、音頭を取っていること。国自身が危機感を持っている」ことを、これまでになく良い流れだと評価している。

また、及川さんが最近注目している企業の多くが、外部からトップ人材を招いてDXを進めているという。もし従来の人事制度がDXにそぐわなければ、江戸時代に長崎に置かれた出島に例えた「出島戦略」を採る。これは、出島に本社とは別の拠点を作り、そこに社内の有力人材や専門知識を持つ転職者を中心としたエンジニアを集め、DXへの試行錯誤を実践するような戦略のことを指す。

CIOとCDO論争を解決し得るデザイン思考

DXに関連する話として、CIO(最高情報責任者)とCDO(最高デジタル責任者)は同じ人間でいいのかという議論がある。そこで焦点になるのが、DXを実践するには、斬新なアイデアをデジタルでサービス化するという視点が必要になる点だ。

及川さんは、IT調査会社のガートナーが提唱する「バイモーダル」、すなわち、伝統的な安定性が求められるシステムをサポートする「モード1」と、急速に変化する市場や新しいビジネス機会に迅速に対応し、イノベーションを推進する「モード2」という2つのアプローチを組み合わせることで、組織が効果的に情報技術を運用し、イノベーションを進めるための戦略を紹介しながら、話を進める。

CIOは、限られた予算で既存業務を継続することが仕事である一方で、CDOはデジタルを採り入れて変革を起こす役割を担うと考えるのが一般的だ。

「CIOとCDOは同じ人でもできるが、役割に明確な違いがあるため注意が必要」

両者の間には、マインドセットに明確なギャップがある。そのギャップを埋めるために、及川さんが指摘するのは、顧客視点である。安定性を求めるシステムであっても、実際に使われる現場を理解し、使いやすさを追求するという、その視点や志向さえあれば、それを組織的に埋めることは可能だ。そこで必要になるのは、特定のプロセス、ツール、方法を用いて、人間中心のアプローチで課題に取り組み、創造的な解決策を見つけ出すことを目的としたクリエイティブな思考だ。

及川さんはこのクリエイティブな思考について、経済産業省も交えてさまざまな取り組みが実施されており、「デザイン経営」などの言葉と共に、アートなどのクリエイティブ能力を採り入れることが必要であると強調する。

内製化という大きな目標に欠かせないのが知識の習得

DXの本質が、システムの安定だけでなくビジネスの革新を目指している限り、DXを他者に任せきることはできない。自社のビジネスを誰よりも知っているのは、システムインテグレーターではなく自社の社員だからである。

そのためDXを考える上で、支えるシステムを自社で構築し、運用する「内製化」が大きなテーマになってくるという。及川さんは内製化の重要性を指摘しながら、家電量販店やリテール業界の事業者が内製化によってDXに取り組んでいる事例などを紹介する。

その上で「何よりも、知識を持っていなければ何も始まらない」と話す。経営陣であれば、テクノロジーの可能性の知識がなければ、競合他社にディスラプトされるリスクをつかめない。DXを雰囲気で語っていたりするようなら要注意だ。

「ITの潮流、シェアリングエコノミー、クリエイティブやUXへの重要性など、さまざまな知識を理解していかなくてはならないでしょう」

また、機械学習やニューラネットワークなどの要素技術を理解すること重要だとしている。その中でも、具体的に生成AIやノーコード/ローコード技術に及川さんは言及する。豊富な知識を前提に、自社が競争優位性を得られるサービスを提供するのが、今後最も重要な企業行動となる。

ソフトウェア品質をいかに担保するのか

そうした形でサービスを提供できる目処が付いたら、最終的に考えるべきことは、サービスを提供するためのソフトウェアの品質をいかに担保するかだ。ユーザーが期待している機能が期待しているように動作するか、無用な機能を盛り込んでいないかなど、ソフトウェア品質にはいくつかの視点がある。

サービス提供における重要な役割を担うソフトウェア品質だが、それを定義するためにはどんなチームを編成するべきなのか。「製品やサービスの品質には機能が充足しているかという視点が含まれると考えると、それはプロダクト責任者の仕事である」と及川さんと断言する。

及川さん自身、顧客にプロダクト戦略の立案を支援する中で、「プロダクトマネジメント」という言葉を用いて、それを組織に根付かせようとしている。それを実施するための専門職がプロダクトマネージャーであり、そうした職種を社内に置くようにアドバイスしている。

コードの向こうにいるユーザーを見る

ここまで見てきたように、及川さんは日本企業の現状を理解した上で、DXを実践する上での重要な考え方、技術活用や人材開発の必要性を述べてきた。及川さんは、あるCTOから「コードの向こうにユーザーを見てほしい」という言葉を聞き、印象深かったと振り返る。

「誰がどういうときに製品やサービスを使うかを考えたなら、コードの書き方も自ずと変わってくるはず」と及川さんは話す。求められたコードを書くのは当たり前であり、それを超えて、そのコードがどのように使われるかをエンジニアは考えるべきだと及川さんは訴える。

Tably株式会社代表取締役 Technology Enabler 及川卓也

大学を卒業後、外資系コンピューターメーカーに就職。営業サポート、ソフトウェア開発、研究開発に従事し、その後、別の外資系企業にてOSの開発に携わる。その後、3社目となる外資系企業にてプロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャーとして勤務後、スタートアップを経て、独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。著書『ソフトウェア・ファースト~あらゆるビジネスを一変させる最強戦略~』(日経BP)。

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