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プロトタイプにコストをかけず、“ダンボールのニワトリ”を作ろう ambie株式会社・三原良太代表が説くイノベーションの起こし方(前編)

ambie株式会社代表取締役三原良太さん

2010年にソニー入社後、ヘッドマウントディスプレイやBluetoothイヤホンの設計を担当。2017年「ambie sound earcuffs」を開発し、ソニーとWiLのジョイントベンチャーとしてambie株式会社を立ち上げ出向。プロジェクトリーダーとして開発から流通、マーケティングまでを中心となって行い、2020年CEOに就任。

2017年2月、耳の穴を塞がずに音楽を聴くことができるイヤホン「ambie sound earcuffs」を世の中に送り出し、“ながら聴き”というスタイルを定着させた先駆者であるambie株式会社(以下、ambie)。

創業者の三原良太さんは、ソニーのハードウェアエンジニア時代にこの新規事業プロジェクトに携わることとなった。その後、ソニーと投資会社・WiLのジョイントベンチャーとしてambieを立ち上げ、独立した。

これまでに誰も考えつかなかった新しい価値観を作り、マーケットに浸透させていくために、一体どのようなことに取り組んできたのか。また、一人のエンジニアとして、製品開発あるいは製品そのものに対する品質へのこだわりなどを聞いた。

iPhoneが壊れたら、ユーザーが謝る

——いきなりですが、日頃からどのくらい「品質」を意識して仕事をしていますか?

僕らにとって品質は2軸あると考えています。一つは、既に売り出されている商品に対する品質。これについては常に底上げができるよう、毎日のように真摯に向き合っています。

もう一つは、開発における品質です。新しいものを作り出す際には、クオリティの良し悪しをどのような基準で評価するのかを考えなくてはいけません。これが難しいのです。

——具体的にどういうことでしょうか?

ユーザーへの提供価値が何かによって、品質の基準は変わるという点です。新規事業は新しい提供価値をユーザーに届けるものなので、それに合わせて品質の基準を考える必要があります。

2つの製品を例に説明します。一つは「iPhone」です。iPhoneはタッチパネルがガラスですよね。初期のモデルでは背面も繊細なガラスでできていました 。僕はハードウェアのエンジニアだったので、ガラス製で落とすと簡単に割れてしまうような製品は、落下試験によるNGで品質問題になるのではないかと、iPhoneが登場した時に思ったわけです。でも、ユーザーはそんなiPhoneを不良品だとか、この仕様をどうにかしてくれとは言っていなくて、逆に「落としてごめんなさい」などと申し訳ない気持ちをネットに書き込んでいました。

要するに、製品ではなく自分のミスを責めているのです。これは実に意外で、いわゆる凝り固まった考え方で決めた品質基準と、ユーザーが期待する品質にはギャップがあると痛感しました。iPhoneの提供価値はスマートな体験で、大切にするのはユーザーの責任ということが繊細なガラスのデザインを通じてユーザーにも伝わっていたのだと思っています。

もう一つは「ルンバ」です。家中を自動で掃除するAIロボットとしてこの製品を捉えると、性能や品質に対する期待値は高まります。ただ、実際には段差を越えられなかったり、床に荷物があると引っかかってしまったり、充電器にうまくたどり着けずに電源がオフになってしまったり。僕はルンバが大好きなんですが、エンジニア目線では品質問題にならないかと、心配に思うところがありました。

でも、ルンバを購入したある知り合いは、「ルンちゃん」という名前をつけて、ルンバが途中で止まっていたら、「お腹が減って倒れていた」とわざわざ充電器まで抱えて運びます。さらにはルンバが掃除しやすいように、家の中の荷物を整理整頓しているそうです。ユーザーは一緒に掃除をしてくれる、掃除のキカッケをくれるパートナーとしてルンバを考えていたのです。そうなってくると、プロダクト側にできないことがあっても、製品の品質が悪いとはなりません。

ルンバはデザインや意匠によって、この提供価値が正確にユーザーに伝わっていたのだと思います。もしあれが人型ロボット「Pepper」のような形をしていたら「棚や机の上も拭いてくれ」と言いたくなるはずです。幅30~40センチ程度のルンバは、明らかに段差を越えられなさそうな見た目です。でも、そんな製品がすごく頑張っているのが健気に伝わってくる。

新しいプロダクトを市場に出すときに、ユーザーに「何でもできます(一部例外あり)」と言うのか、「ここは任せて、でもこれはあなたを頼りたい 」と言うのか。コンセプトが絞られていて、ユーザーに頼れる関係性があるプロダクトのほうが、品質に対するコミュニケーションエラーが発生しないということを、この2つの製品で学びました。

そこで難しいのは、ターゲットユーザーと、提供価値をどうやって決めるかです。困ったことに、ユーザーにどんな掃除機がいいかを事前にアンケートで聞くと、段差を越えて、棚を拭ける掃除機と答えるでしょう。

——そうした中で、ambieのイヤホンはどのように提供価値を定め、開発していったのですか?

元々イヤホンは没入感を得るためのもので、ambieが世に出る前は、ハイレゾ対応をはじめ、どれだけ元の音楽コンテンツをきれいに再生できるかが重要な指標でした。つまり、コンテンツが神様のようになっていて、その音質をデバイスが高いレベルで再現し、ユーザーは長時間没入して聴く。そういった関係性でした。

でも、ストリーミングサービスが流行り出したころにプレイリストを見ると、アーティスト別やジャンル別ではなく、パーティー、BBQ、リラックスなど、ユーザーの望むシーンや、その時になりたい気分をベースに曲がラインナップされていました。

これは、音楽に対するリスペクトがないわけではなく、ユーザーが自分の生活自体をコンテンツとして楽しみたくて、それをエンハンスするために音楽を使いたいということです。この領域を提供価値にしたいと思ったのがambieを開発したきっかけです。

音楽ではなく日常生活をコンテンツにする。そうなると、デバイスに必要なクオリティや要件は変わってきます。ambieが登場する以前は、音楽を聴くデバイスは、イヤホンかスピーカーの2択でした。イヤホンは自分だけに音楽が聴こえるけど、周囲の音は聞こえなくなります。一方、スピーカーは周囲の音は聞こえるけど、他人にも音楽が聞こえてしまうといった制約があります。このように音楽を聴く環境はすごく限られていました。

没入前提だったら従来のイヤホンで良かったけれど、自分の生活をコンテンツとして楽しむのであれば、音楽を聴くために生活に制約ができるのはおかしなことですよね。そこでambieは、新しい提供価値を実現する方法として、自分だけに音楽が聞こえて、かつ周囲の音も聞こえる、耳をふさがない形を考案しました。

自信を深めた重鎮からの一言

——今でこそ“ながら聴き”は市民権を得ていますが、ambieの発売当時はデバイスを含めて、そうしたコンセプトは存在しなかったのでしょうか?

無かったですね。骨伝導イヤホンは有りましたが、どちらかというと技術面がフォーカスされていて、用途としてもスポーツなどの一部に特化したものでした。

——ambieが目指す新しい価値観を伝えるのに苦労したのでは?

はい、今までのイヤホンとはコンセプトが違うものであると、丁寧にコミュニケーションを取る必要がありました。そのためにマーケティングや販路もかなりこだわりました。音楽に没入したい人にとっては、周囲の音が聞こえるのはノイズでしかありません。そういう人たちを誤解させないようにしようと思いました。

後は、日常に音楽を添えて楽しみたいという考え方が、ファッションやライフスタイル雑貨の分野に近かったので、デザインはなるべくファッションアイテムに見えるようにしました。販路も発売当初はアパレル系のショップなどに絞り、あえて家電量販店のような場所には置きませんでした。マーケティング上でもスペックの訴求は極力控え、代わりにデザイン性や日々の生活が楽しくなりそうなイメージを積極的に伝えるようにしました。

——音質を追求した従来のイヤホンとは一線を画す製品に対して、周囲からはいろいろな声があったと思います。印象に残っていることはありますか?

オーディオの世界で重鎮と呼ばれる人に、試作品をレビューしてもらった時のことです。一通り試してもらった後に「もうちょっと音楽のためになることをやろうね」と言われました。

音楽をカルチャーとして大事にしている人からすれば、“ながら聴き”はユーザーを向き過ぎているという意味だったと思っています。でも、これを聞いたとき、自分たちのコンセプトがちゃんと製品に反映されていると感じました。つまり、ambieは音楽よりもユーザーの生活水準を上げるためのプロダクトだから、そう感じてもらえたことに自信を深めました。

提供価値で優先順位が変わる

——開発における品質基準はどのように構築していったのですか?

今までの音質や音量の評価方法は、耳型のマイクにイヤホンを挿して、音のクオリティが100パーセント再現できているかどうかでした。ながら聴きになると、単純に音質といっても、イヤホンの付け方や耳の形で変わってくるため評価がすごく難しい。さらに、どちらかといえば、周囲の音がきちんと聞こえる点を評価しないといけません。

僕らの品質基準に関して、例えば、音質は「音の良さ」よりも「不快感のなさ」を大事にしました。基本的にはずっと付けっぱなしで生活してもらう製品なので、少しでも周囲の音の聞こえ方が変わってしまうと、ユーザーはすぐに外したくなります。この部分の品質に対するハードルは高くしました。

音楽を聴いてない時にも付けてもらうには、装着していることを忘れてしまうくらいにしないといけません。日常生活はこれまで通り100パーセント変わらずに、そこにちょっとだけ音楽が聞こえてくる状態に持っていく。そのクオリティの管理にこだわりましたね。

具体的には、即時装着性や安定性、長時間付けていても耳が痛くないことなどの優先順位を高くしています。逆に、音質については不快感がなく、カフェのBGMのような聞こえ方を重視しました。最終的にはそれらを要件として定義し、スコア化していきました。

“ダンボールのニワトリ”を作ればいい

——製品開発を円滑に進める上での工夫はありましたか?

説明責任が発生しない中でプロトタイプをたくさん作り、どんどん試せる状態を確保することが大切です。

ambieの場合、当初は内輪の有志活動という意味合いもあったので、比較的ハードルは低かったです。後は、僕自身がエンジニアなので、プロトタイプを作って自分で試したり、職場で残業している人に使ってもらったりしていました。とにかく失敗してもいい状況を作ることがリーンスタートアップにおいて非常に重要。

特に大企業だと、やってみたことや失敗したことに対する説明コストがかかります。ですから極力、初期コストはゼロのほうがいいです。

新規事業には“ニワトリ・タマゴ”問題があります。新しいことを始めるのが目的ですが、予算を取るには実績が必要。やってみて失敗だったら、次は予算が付かない。そう成りがちです。

この問題をクリアするために、僕は“ダンボールのニワトリ”を作りましょうとよく言います。新規事業の最初の検証用プロトタイプを作る際、エンジニアは技術的にも動作するものをイメージして、予算が必要と考える人が多いように思います。

そこまでする必要はなくて、例えばambieであれば適当なテープをイヤカフ型に耳に貼って、それで一日過ごしてみるだけでいい。付け心地は大丈夫かとか、周囲からどんな目で見られたかとか、生活を阻害していないかどうかのサンプルにはなります。

物を作らずにテストをする方法もあります。初期のユーザーテストの際、ファッション誌の雑貨が並んでいるページをスキャンして、そこにある商品の1つを画像編集ソフトでambieのプロトタイプのイメージに差し替え、「こういう感じのなんだけど」と見せてインタビューをしました。そうした雑誌に載っていることで、何となく販路や価格帯のイメージが伝わります。紙一枚でも販路とマーケティングに関わるプロトタイプに十分成り得るのです。

伝えたい項目を絞り込めば、実はプロトタイプにお金はかかりません。これによってストレスなく新規事業を始められるし、その後にコストをかけて製品を検証する段階では芯を食ったものを作ることができます。製品開発ではそれを強く意識しました。

ストレス解消のためにプロトタイプを作る

——プロトタイプというと機能的なものを作ってしまいがちだけど、今検証すべきことはライトにできる。もっと小さく、早くできることがあるわけですね。

企業の中でいえば、上司にも誰にも見せなくていい。まったく恥をかかない方法で取りあえず試すのが一番です。

コミュニティーの中にいると説明責任や関係性のコストが発生するし、出したアイデアに対してイマイチだと思われたらどうしようなどと考えてしまうわけですよね。でも、そうしたことがない環境で始めると、自分が気に入ったものだけ見せればいいから、すごく加速します。

後、なるべく自分がやっていてストレス解消になることを、プロトタイプ作りの手法に採用するといいです。僕は工作するのが好きだったので、例えば午後10時まで仕事をして、まだもう少しオフィスに居られるとなれば、10分間は好きなことをしようと勝手にモノづくりをしていました。それって誰にも説明しなくていいし、そもそも自分はストレス解消のためにやっているから、毎日続けられるわけです。

これをプロトタイプの手法にすると、お金かけずに、しかもストレス解消になって、1日1個のプロトタイプを作れます。ずっとそんなことをやっていると、周りから「あいつは何か1つのものに取りつかれている。成功するかも分からないけど、それを繰り返している」と言われるけど、いつの間にか格好良く見えてくる時が来ます。

得意なこと、やっていて楽しいことでプロトタイプを作る。まずは一人でイノベーションを始めようとしたら、こうした方法を実践するといいと思います。

——多くのエンジニアが共感できる話ですね。

エンジニアの皆さんなら、止められても続けたくなることがきっとあるはず。それを手法にすると、100個くらいのプロトタイプはすぐにできますよ。

新規事業が苦労する理由

——三原さんの個人活動から数多くのプロトタイプが作られ、商品化につながっていったのは興味深いです。

元々は、社内のハッカソンで音を使ったアプリケーションを提案して、そのモックアップというか、動くプロトタイプを作ってくれないかと言われたのが始まりでした。ただ、先ほど言ったように、いつもゴソゴソと何かを一人で作っていたので、予算をかけずにものを作るのが得意な人だという認知はあったと思います。

ソニーには「机の下活動」という言葉があって、何かしらのプロトタイプをこっそり作って、うまくいったら上司などに見せるというのが、文化として良しとされています。また、クリエイティブラウンジという、社員が自由に創作活動できる、3Dプリンタも置いてあるような場所があったりもします。説明責任なくコソコソ作業をする環境には恵まれていました。

「これをやればうまくいくだろう」というアイデアは、最初からお金をかけやすいけど、誰でもできる。でも、新しい物事だと何回も失敗しないと成功にたどり着けませんし、そこまでの工程にコストは当然かけられません。まだ誰もやっていないことへ挑戦する際に、失敗し続けてもつぶれないよう、低コストで、続けるほどモチベーションが上がっていく検証方法を見つけることが大切でしょう。

よく会社で新規事業の部署が立ち上がって苦労するのは、最初に予算を付けないといけないから。できるだけ偶発的に何かを起こすには、説明責任を気にせず、かつ楽しく人が動ける状態を作ることが大切だと思います。

——新規事業と銘打ってしまうと、いろいろな制約が出てくるわけですね。

目的地ができてしまうと大変。新規事業をやろうと口に出した瞬間、結構なリスクが伴いますからね。

(後編に続く)

ambie株式会社代表取締役三原良太さん

2010年にソニー入社後、ヘッドマウントディスプレイやBluetoothイヤホンの設計を担当。2017年「ambie sound earcuffs」を開発し、ソニーとWiLのジョイントベンチャーとしてambie株式会社を立ち上げ出向。プロジェクトリーダーとして開発から流通、マーケティングまでを中心となって行い、2020年CEOに就任。

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