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【連載】石黒邦宏の「日米デジタル論考」:われわれはソーシャルネットワークの課題にどう向き合えばいいのか?

【連載】石黒邦宏の「日米デジタル論考」:われわれはソーシャルネットワークの課題にどう向き合えばいいのか?

今回は、2024年4月末に米国・バイデン大統領が署名した「TikTok禁止令」について取り上げてみたい。

日本とはかなり状況が違うため、単純に比較はできないと思うが、ソーシャルネットワークに対して社会がどのように対応しようとしているのかという観点から、一つの示唆を与えるのではないだろうか。

最初のTikTok禁止令

最初にTikTokに対して米連邦政府が関与を始めたのは、トランプ前大統領が在任中の2020年だった。議会の承認を必要としない大統領令の形で、動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」およびインスタントメッセンジャー「WeChat(ウィーチャット)」の使用を禁止する命令を出した。

当初、45日以内にTikTokの運営元である中国・北京字節跳動科技(バイトダンス)が米国企業にTikTokを売却するか、さもなければアプリストアから強制的に排除して提供を禁止するとした。その後、TikTok側が連邦地方裁判所に提出した一時差し止めの要求が受け入れられ、禁止措置の差し止めが行われた。

さらに大統領令の期限が何度か延長された後に、トランプ前大統領が退任。バイデン政権においてトランプ前政権の大統領令自体が取り消されている。

中国というリスク

20年の大統領令にはTikTokだけではなくWeChatも含まれていることから、ソーシャルネットワークに対する懸念というよりも、むしろ中国へのリスク対策という側面のほうが強かったように思える。その前年の19年には、既にファーウェイに対して半導体の輸出規制を開始しており、特にTikTokがというわけではなく中国資本のサービスに対しての規制と受け止められていたのではないだろうか。

大統領令の翌月には裁判所が差し止め請求を認めており、米国のTikTokユーザーにとっても、本当にTikTokが禁止されるという現実味は薄かったのではと思う。

TikTokの公聴会

その流れが変わり始めたのは、昨年23年3月23日に行われたTikTokに対する米連邦議会の公聴会だろう。

『TikTokの「失神チャレンジ」流行で12歳以下の子どもが1年半に15人以上も死亡』(※1)といった報道や、公聴会と同時期の『子どもたちの死、TikTokのアルゴリズムが招くのか-米国で訴訟頻発』(※2)といった報道の中、TikTokの周受資(ショウ・ジ・チュウ)CEOに対する公聴会が開かれた。

質疑内容は、ナショナル・セキュリティ、デジタル・プライバシー、青少年の心のケア、投稿コンテンツに対する検閲など、出席議員それぞれの関心を反映し多岐にわたった(※3)。痛ましい事件が続く中で世論はソーシャルメディアに対する何らかの規制が必要だという流れに傾きつつあったが、そうした規制が中国資本であるTikTokには適用できないのではないかという懸念が中心となった。以前の中国リスクへの対応といった観点は若干後退し、ソーシャルメディアに対する規制の強制力という観点で議論がなされた。

ソーシャルメディア企業公聴会

さらに決定的だったのは、今年24年1月31日に行われたソーシャルメディア企業に対する公聴会(※4)だったのではないかと思う。公聴会には、Meta(旧称Facebook)のマーク・ザッカーバーグCEO、Discordのジェイソン・シトロンCEO、Xのリンダ・ヤッカリーノCEO、Snapのエヴァン・シュピーゲルCEO、および昨年の公聴会に呼ばれたTikTokのショウ・ジ・チュウCEOが参加した。

その時の様子を「WIRED」から引用する。

「あなたの手は血まみれだ」。上院司法委員会の重鎮リンジー・グラハム(共和党)は、

1月31日の公聴会でザッカーバーグにそう告げた。「あなたの製品は人を殺している」。

ザッカーバーグ背後の傍聴席から拍手が起きた。拍手の主はFacebookが子どもの死を招いたと考える親たちだった。

公聴会はかなり一方的なもので、議論を進めるというよりも、ソーシャルメディア企業の経営者を断罪する場のように見えた。ソーシャルメディア企業の経営者に直接的な責任があるかは分からないが、実際に子どもをソーシャルメディアの影響で亡くした親を目の当たりにすると、何かしらの対策をしなければならないと多くの人が感じただろう。公聴会ではザッカーバーグ氏は謝罪に追い込まれ(※5)、ソーシャルメディア企業を規制する「未成年オンライン安全法」と呼ばれる法案を成立させる必要があると議員が主張した。

TikTok禁止令

こうした流れの中、ついに4月24日、TikTok禁止法が下院、上院を通過。大統領が署名をして成立した(※6)。

「TikTok禁止法」とされているが、内容は親会社のバイトダンスから米国企業へTikTokの運営を移管するか、それができなければTikTokのサービスを禁止するというものだ。いわば条件付き禁止令というものになっている。期限は設立の翌日から数えて270日なので、25年1月19日。ちょうど25年の大統領就任式の前日にタイムリミットを迎えることになる。

法案は成立したものの、TikTok禁止令には言論の自由の侵害といった大きな懸案事項があり、施行にはさまざまな課題があると考えられている。TikTok側は「違憲」だと主張し、法廷で争う意向を表明している(※7)。さらに署名に先立って中国はTikTokで使われているようなAIアルゴリズムを海外への輸出制限リストに追加するなどして、中国政府の許可なしにはTikTokを売却できないように規制を強化した(※8)。

モンタナ州での禁止令

実は連邦での禁止令に先立ち、昨年にモンタナ州でもTikTok禁止令が可決されている(※9)。

こちらは州レベルの法律なので、具体的にどのようにTikTokの禁止を実行するのか疑問が提示されていたけれども、実施の前に合衆国憲法修正第1条に反するということで、施行の仮差し止めを命じられている。バイデン大統領が署名した連邦レベルでの法律も同様の判断が下される可能性があるだろう。

合衆国憲法修正第1条

米国がその権力によって中国資本の企業活動に介入し、それに対して中国企業側が、米国不朽の精神とも言える「信教、言論、および出版の自由、平穏に集会する権利、そして苦痛の救済を求めるため政府に請願する権利を保障した」合衆国憲法修正第1条で対抗するという構図は、なかなかアイロニカルに感じられる。

なぜそんな齟齬が起きるのだろうか。ソーシャルネットワークというものに対して、どうしてもわれわれは過大評価か過小評価しかできないことが原因にあるように思える。

インターネットが普及して以来、さまざまな技術が開発されてきた。これまでわれわれは、良いことも良くないこともあったけれど、差し引きすれば良いことのほうが多いのだという考え方をしてきた。Googleの共同創業者、ラリー・ペイジ氏が2013年の「Google I/O」でいみじくも言ったように(※10)。

“Being negative is not how we make progress, and the most important things are

not zero sum,”

「後ろ向きの姿勢は私たちが物事を進歩させるやり方ではありません。最も重要なことは技術の進歩の結果はゼロサムではないということです」

私は会場で直接その発言を聞いていて、まさにその通りだと思い、深い感銘を受けたけれど、今同じ言葉を聞いた時に、約10年前と同じように心の底から同意できるかというと、非常に心許ないというのが正直なところだ。

本来であれば、技術の進歩によって生まれた課題は、技術によって解決するべきと考えるが、ソーシャルネットワークの課題に対しては、まだまだ私たちの技術は追いついていないように思える。

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