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【連載】概念モデリングを習得しよう:“現状の姿”と“あるべき理想の姿”を記述し、共有する(第2回)

【連載】概念モデリングを習得しよう:“現状の姿”と“あるべき理想の姿”を記述し、共有する(第2回)

読者の皆さん、こんにちは。Knowledge & Experience代表の太田寛です。

この連載では、概念モデリングの解説を行っています。第2回は、概念モデリングを用いて、“現状の姿”と“あるべき理想の姿”を他者と共有する術(すべ)をご紹介します。

【連載過去記事はこちら】

概念モデリングとは(第1回)

“現状の姿”と“あるべき理想の姿”を記述し、共有する

前回、ソフトウェア開発だけでなく日々の問題解決においては、“現状の姿”と“あるべき理想の姿”を理解し、記述し、共有することが重要だと説明しました。 現状の姿とあるべき理想の姿に対して概念モデリングを行うことは、それぞれの姿を理解し、記述することに相当します。また、概念モデリングの過程で出来上がった概念モデルは、他者との共有の基盤になり得ます。

そのような概念モデルは、対象となる姿を適切に記述するために、どのような特徴を持っているべきでしょうか。考えてみましょう。

随分前から、ビジネスにおいては“見える化”が重要だと言われてきました。“姿”を他者と共有できる形で記述することは、“見える化”と同義です。まずは、特にモデリングなどを用いない場合にどんな風に見える化を行ってみるか、振り返ります。

姿の表現方法は、図やグラフ・表と説明文で記述することが一般的でしょう。最近のIT技術を活用している読者の中には、動画を使ったり、グラフ・表が現在の最新の値を表示するダッシュボードを使ったりする方もいるでしょう。

ここで、図やグラフ・表について考えてみます。例えば、商品販売事業についてありそうな図を想像してみると、その図にはいくつかの商品と店舗、顧客が書かれていたり、商品の納品から販売までの流れや、商品の販促情報が顧客に届く様が書かれていたりするでしょう。グラフや表には、店舗ごと、あるいは陳列棚ごとの商品の売り上げやその推移を示す折れ線や数値が書き込まれているかもしれません。

内容を図で表現することで、文章で書くと冗長になりがちな事項間の関係を、見た人の直感に訴えることで、内容の理解を促進させます。

しかし、言葉が一切書き込まれていない図や、数字しか書かれていないグラフ、表の場合、図に描かれているアイコン的なものが何を意味するのか、数字が何を意味するのか定かではありません。図や表には、それらを補足する文章が最低限必要です。

動画にしろ、数値をリアルタイム表示可能なダッシュボードのグラフにしろ、これらを見た人は、必ず言葉への置き換え、あるいは、ひも付けを行いながら、内容を理解しています。例えば、図に描かれた店舗それぞれや個々の商品とそれらの関係、グラフに描かれた右肩上がり(常にそうありたいものですね)の時系列的な折れ線の傾き、ある商品の月次ごとの数値の増減など、対応する言葉に置き換えて理解していきます。

つまりは、他者と理解を共有するために描かれた図(グラフや表も含むことにします)は理解の促進を図るための表現の一形式であり、その内容は、全て言葉(文章)にして理解するのが人間の思考の形であるということです。

ウィトゲンシュタインの言語哲学によれば、文章の意味とは、記述された内容が、記述対象の姿の中に実際に存在する場合は、“真”であり、実際には存在しない(つまり嘘)場合は、“偽”であるとされています。姿を正しく記述しようとしているのですから、記述された文章が真でなければ、その記述は妥当とは言えません。

文章は単語の羅列で構成されますが、その文章の意味はそれぞれの単語の意味によって決まるのではなく、単語の並びと単語間の関係で決まります。かつ、一つの単語は複数の意味を持つものであり、ある単語がどんな意味を持つか(現実世界の何に対応するか)は、その文章中の位置と他の単語との関係だけでなく、言語全体の論理空間においてのみ決まると、言語哲学では考えられています。

この哲学的な言説と文章と図の特性を併せて考えて、まとめると、

●言語全体の論理空間における言葉を使って、“姿”に存在する“事項の数々”と、“事項間の関係群”を記述すること

これが、“姿”の適切な記述ということになります。

数式なら文章説明はいらないのか?

制御系のソフトウェアをいつも書いている制御系エンジニアの方は、物理現象を記述する方程式を頭に浮かべているかもしれません。数式なら文章は、いらないのではないかと。

では、

は、いかがでしょう。

こちらは?

これは?

う~む……、門外漢には全くチンプンカンプンだと思います。最初の方程式は、流体力学の粘性率が一定の場合のナビエストークスの方程式です。2番目の方程式は、大学で物理学を専攻した人なら必ず目にしている力学のラグランジュの方程式です。そして3番目は、宇宙の時空を記述する一般相対性理論の方程式です。

どれも、単に複数の変数の間にある関係を規定しているだけであるため、門外漢には、使われているアルファベットが現実世界の何を表すのか、数学に疎い一般人には、数学記号や演算子がどういう意味なのかが、文章で説明されていないと、何が何だか分からないことでしょう。

数式もまた、図と同じ特徴を持っているということになります。ただし、数式は、数学という深遠な論理体系によって、表記に使われている言葉の関係が厳格に規定されているため、単なるスケッチ的な図が持つ曖昧さを排除できるメリットがあります。そのメリットを活用して、集合論や圏論をはじめとする数学的な論理に則った図を描くことで、図の曖昧さが排除され、姿を記述する図の妥当性が高まります。この理屈は、表やグラフにも当てはまっています。

以上をまとめると、

●人間は対象を理解する際、言葉を紡ぐことによって思考する。

●対象を記述するのは、対象の世界に存在する事項と事項間の関係である。

●言葉で紡がれた思考の記述は文章でなされるのが基本だが、その曖昧さ、冗長性を排除するには、数学的な論理に則った図を使うことが有効である。

これらが、姿を記述する方法としての前提になります。

概念モデリングは、この前提を満たすような概念モデルによる記述ができるよう、定義されています。

さて、現状の姿とあるべき理想の姿を、それぞれを対象とする概念モデルで記述したとします。例えば、稼働中の IT ソリューションを置き換える開発を行う場合、現在稼働中の IT ソリューションは、現在の姿の概念モデルと同値なソフトウェアであり、新たに開発する IT ソリューションには、あるべき理想の姿の概念モデルと同値なソフトウェアで構成されることになります。

機器の組込み制御ソフトウェア開発の場合は、現行の機種が現在の姿の概念モデルと同値の制御ソフトウェアが、新機種にはあるべき理想の姿の概念モデルと同値の制御ソフトウェアが組み込まれることになります。かつ、現行機種は、その機器の使用環境の現状の姿の概念モデルの一要素であり、新しく開発する機種は、その機器の使用環境のあるべき理想の姿の概念モデルの一要素であることになります。

次回は、ドメイン(意味の場)ごとに概念モデルが必要である理由について解説します。ぜひご覧ください。

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