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【連載】品質をめぐる冒険:中央大学・中條武志教授「顧客のニーズをつかむのも満たすのも人であり、人を抜きに品質管理は語れない」

中央大学理工学部ビジネスデータサイエンス学科 教授中條武志さん

1986年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。
工学博士。1987年東京大学工学部助手、1991年中央大学管理工学科(現在のビジネスデータサイエンス学科)専任講師を経て、1996年より同教授。開発・製造・サービスにおける人の不適切な行動の防止、TQMおよび小集団改善活動、潜在ニーズの把握に関する研究に従事。日本品質管理学会会員、品質マネジメントシステム国際規格委員会委員、デミング賞審査委員会委員。

化学を学ぶ中で品質管理と出会う

——中條先生が品質管理の世界に足を踏み入れたきっかけは何だったのですか?

私は元々、化学を勉強していました。そういう意味では品質管理をやろうという気はあまりありませんでした。ところが、東京大学の応用化学系の学科に入り、研究室がいくつかある中で縁あって久米均先生の研究室に入ることになりました。元は品質管理のパイオニアである石川馨先生の研究室です。研究室の主要なテーマであったことから、私自身も、ずっと品質管理に携わることになり、今に至りました。

品質管理についていろいろと研究してきましたが、基本的には「人の行動」に興味があります。

——人の行動に興味があるとは?

そもそも化学を専攻しようと思ったのは、メンデレーエフの元素周期表が面白かったからです。混沌としたものの背後に隠れている規則性を見つけることに関心を持ち、そこから化学の道に進み、縁あって品質管理の世界に入りました。元素周期表と同じように、人の行動にも規則性があります。

例えば、人はうっかり間違えたり、言われたことをそのままやらなかったりする。自分の欲しいものが何だか分からない。他人とうまく一緒に行動できる人もいるし、できない人もいる。一つ一つの行動は本当にバラバラなのですが、よく見るとその背後には規則性や共通性があるのです。

最近、いろいろな不祥事がありますが、その根源は人の行動ですし、新しい製品・サービスを開発しようとして、なかなか成功しない原因も人の行動にあります。そんなところに興味を持ち、もう40年余り人のことを研究しているのが実態ですね。

——人の行動というのは、品質に関わるものなのでしょうか?

詰まるところ、品質管理とは、顧客や社会のニーズを把握して、それに合ったものを提供するために人が行う活動ですから、当然、品質に関わるものになります。

人抜きに品質管理は議論できぬ

——長年、品質管理を研究している先生にとって、ズバリ品質とは何でしょうか?

品質を製品に関するものと狭く捉えている方が多いのですが、製品に限ったものではなくて、「顧客のニーズを満たしている度合い」が品質です。ですから、いろいろなところに品質は存在します。

では、ニーズに合ったものをどのように提供していくのか。魔法で行うわけにはいかないので、何らかのプロセスをきちんと作り、狙ったものが提供できるように科学的にアプローチしていくしかありません。その際、ソフトウェア開発でも同じですが、お客さんが自分のニーズをよく分かっていないことが少なくありません。また、複数人が一緒に仕事をする際に、うまく協力・連携できない場合もあります。さらに、人間はいろいろと間違えるので、そういう部分をどう解決していくかも問題です。これら全てが品質管理に関わります。

「品質管理とは何か?」と聞かれた時に、なかなか説明が難しいのですが、教科書的には、お客さんのニーズや、それを実現するプロセスについていろいろと研究する学問分野だということになると思います。

とはいっても、お客さんのニーズや、それを実現するプロセスを実行しているのは人なので、人を抜きに品質管理は議論できません。機械だけで品質管理ができるようになったらまた世の中が変わるのかもしれませんが、今はまだそういう時代ではない気がします。

——逆に、ロボットが働くような時代になったら、今おっしゃった品質管理の在り方は変わるのでしょうか?

変わってくるでしょうね。ただし、多くの仕事をロボットやAIができるようになったとしても、決して人間が不要になるわけではありません。ロボットやAIができない他の仕事を人間が行うことになるでしょうから、やはり品質管理が必要になるでしょうね。

いずれにしても、時代と共にお客さんのニーズそのものは変わるし、それを満たすのに使われる技術も変わる。おのずと品質管理の内容も変わっていくでしょう。ただし、人は変わりませんので、本質の部分は変わらないと思います。

自分の存在価値は何か

——長年、人間の行動を観察されていると、もはや人間の本質は手に取るように分かるものなのでしょうか?

いやいや、まだ理解できません。「人とは何か」というのは本当に難しいテーマです。

一つの側面として、人間は一人で仕事をするよりは、他者と一緒に仕事をする、そういう社会性があって、協力しながら何かをすることが非常に得意な動物です。

もちろん、人と協力しながら仕事をするのが得意な人もいるし、不得意な人もいる。ただ、不得意な人はずっと不得意かというと、そんなことはなくて、うまい仕組みを作って後押ししてやるとうまくいく。そこが人の面白いところでしょう。

——品質は大切だと多くの人が当たり前のように口にしますが、そもそもなぜ品質は大事なのかと問われたとき、先生はどう答えますか?

自分の存在価値は何だろうかという話です。誰かの役に立たないと、自分の存在価値はないと多くの人は考えています。人の役に立つためには、他の人たちが何を求めているかを理解できないといけないし、それを満たそうと努力しないといけない。そうすれば他の人は喜んでくれますし、自分の存在価値も出てきます。

人はいろいろな能力を持っているけれど、能力を持っているだけでは価値を生み出せません。その能力を生かして何か役に立つことを行うことで価値が生まれる。その際に品質管理の考え方が非常に大事になってくると思っています。

——品質を重視している会社は、やはり貢献意欲が高いのでしょうか?

そうだと思います。これも面白くて、人って、貢献して喜んでもらえると、また貢献したいと思う。逆に、貢献できないとずっと内向きになってしまう。これは人間の持っている本来的な性質、ヒューマニティーなので、大切にするべきだと考えています。

先ほど品質管理と人とは切っても切れない縁があると言いましたが、もし品質管理を行う主体が人でなければ、私も品質管理を研究していなかったかもしれません(笑)。

——企業で品質に対して取り組む上では、人間教育も必要になってきそうですね。

そうですね。組織を動かしていく時に、そのベースになるのは人です。一人一人がどう行動するかが問題になるのです。その時に、組織で働く人たちが何を価値だと思うのか、価値を生み出すために自分たちがどう行動するのが良いと考えるのか、そこの理解の深さで活動が大きく変わります。そういった共通の思いや考え方を組織の隅々に浸透させていかないといけないし、組織の文化として育んでいかなければならないわけです。

ソリューションを求めてしまう日本企業

——裏を返せば、組織の品質を高めるためにいろいろな仕組みを導入したとしても、構成する人間が変われば意味をなさなくなるのでしょうか?

その通りです。例えば、A社でうまくいった品質管理の仕組みをB社にそのまま持っていけばうまくいくかというと、そんなことは絶対ありません。だから、「答えを教えてください」というような姿勢だと品質管理はうまくいきません。

——立場的にいろいろな企業から品質管理に関する相談を受けていると思いますが、企業はやはり答えを求めがちですか?

昔よりもそういう傾向が強くなりましたね。以前は問題・課題への取り組み方・解き方を理解して自分で試してみてから相談に来られることが多かったのですが、そういう努力を省いて、最初からソリューションを求めるようになったと感じています。

——それはなぜですか? 日本企業に余裕がなくなったから?

それもあるかもしれませんね。海外企業とお付き合いさせていただくことも多いのですが、海外よりも日本の方が深刻です。自分で汗をかこうという気持ちが弱いように感じます。あまり言うと怒られてしまうでしょうか(苦笑)。

自分で汗をかいてみると自社・自組織のさまざまな問題・課題が分かり、どうしたらいいかが見えてくるのですが、なかなかそこまで取り組んでいない会社・組織が多い印象です。他社・他組織の成功事例をそのまま持ってきて当てはめても、結局は良くなりません。

——いつ頃からそうした変化が起きているのでしょうか?

1970年代、80年代は日本人も努力をして、自分なりに何かを生み出すことに一生懸命だったと思います。それが結構うまくいった結果、もう新しいことに取り組まなくなってしまい、そうした状況がしばらく続いたため、積極的に取り組もうという人が少なくなってしまったのではないかと思います。

ただし、これも会社・組織によって異なります。今でも貪欲にいろいろなことに挑戦している会社・組織もありますし、そうしたところでは新たな価値を生み出すことができています。

——自分たちで手を動かさなければ本当の品質は作れないと。

お客さんのニーズは会社・組織によって異なりますし、それを満たすために必要な自社・自組織の能力や規模も違います。結局は自分たちでいろいろと取り組んで、自社・自組織の状況に適したソリューションを見つけるしかないのです。

その努力ができるかどうか。努力をするとなったら、それに適した品質管理の方法論を探して活用することができます。ただし、努力しようとしなければ、品質管理は役に立たないでしょう。

——ありがとうございました。

中央大学理工学部ビジネスデータサイエンス学科 教授中條武志さん

1986年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。
工学博士。1987年東京大学工学部助手、1991年中央大学管理工学科(現在のビジネスデータサイエンス学科)専任講師を経て、1996年より同教授。開発・製造・サービスにおける人の不適切な行動の防止、TQMおよび小集団改善活動、潜在ニーズの把握に関する研究に従事。日本品質管理学会会員、品質マネジメントシステム国際規格委員会委員、デミング賞審査委員会委員。

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