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【連載】概念モデリングを習得しよう:圏Iのモデルを作ることと、人間が思考するということの関係性(第10回)

【前回の連載記事はこちら】
【連載】概念モデリングにおける、二項リンクと関連リンク(第9回)
読者の皆さん、こんにちは。Knowledge & Experience 代表の太田 寛です。
この連載コラムでは概念モデリングの解説を行っています。今回は、圏Iのモデルを作ることと、人間が思考するということの関係性について言及します。
何度も繰り返しとなりますが、圏I のモデルは、モデル化対象の意味の場の写しです。意味の場を構成する存在を一つずつ拾い上げていくこと、それが圏I のモデルを作っていくことです。
拾い上げる存在は、
- 存在の性質 ⇒ 特徴値
- 個々の存在 ⇒ 概念インスタンス
- 存在間の意味的な関係 ⇒ リンク
です。
この過程は、圏論的な観点から、それぞれの圏(意味の場:圏S と圏I)の間の関手を定義しているとも言えます。意味の場から存在を拾い上げるという作業は、一つ一つ指さし(認識)しながら存在を数え上げていく作業であると捉えることもできます。
一方で、人間が意味の場を通じて観ている(あるいは感じている)物理的な現実世界は、連続的にダイナミックに変化する世界です。もしかするとプランク定数※より小さな極微では不連続な世界なのかもしれませんが、その世界は実質的に実数無限で構成されています。数え上げられる自然数もまた無限ですが、自然数の無限と、実数の無限では濃度が異なります。
※プランク定数は光の持つエネルギーの最小単位であり、この定数から電子1個の質量を導出することができる
少しだけ脇道にそれると、分数で表される有理数、√記号で表される無理数(これらは多項式の方程式の解になり得る数です)の数もまた、自然数と同じ数しかなく、自然数の無限の濃度と一致しています。無理数も自然数と同じように数え上げられるというのは驚きの事実ですね。実数はそれらに、円周率や自然対数の底などといった超越数が加わり、順番に数え上げる(つまり自然数無限)ことができない、より濃度の濃い無限になっています。
話を元に戻します。人間の思考のもとである言葉を使って紡いだ文章は自然数無限に過ぎません。“実数無限”という一つの単語を使ったとしても、それは実数無限なるものを切り取って言葉にしているだけで、実数無限な存在そのものを文章にすることはできません。概念モデリングによる圏I のモデル作成時の存在の拾い上げもまた、実数無限の対象を自然数無限に落とし込んでいる作業と言えます。
人間の思考とは、実数無限の対象を自然数無限に落とし込むことではないかと、筆者は考えています。実数無限の対象は、小説家・半村良の「妖星伝」風に言えば、“知る能(あた)わず(ナーマナナンダー)”なのではないでしょうか。
AIが人間を超えるには
ここからは筆者の勝手な意見なので、話半分に読んでほしいのですが、最近なにかと喧伝されている 生成系 AI は、文章や絵に対して目を見張るほどの解釈力と生成力を持っていますが、その仕組みを考えれば、規模の大きい自然数無限に過ぎません。ということは、人間の思考の限界と同じ限界を持っていると言えるのではないでしょうか。
筆者は AI の研究者ではないので、こちらも話半分なのですが、生成系AI のニューラルネットには、圏I なモデル群と関手群が表現されているのではないかと思っています。
一方で、自然数無限の限界を抱えてはいるものの、人間の思考は時に、素晴らしいひらめきを生むことがあり、その源は、脳内に何らかの量子場的な仕組みがあって、それが実数無限的な発想を生み出しているのではないかと筆者は常々考えています。
AI といえば“シンギュラリティ”が話題になります。AI が自然数無限のうちは、計算性能の問題なので、AI が暴走したとしても、同じ思考の限界を抱えていてもひらめきを持っている人間には何とか対処できるのではないでしょうか。しかし、AI が自然数無限の限界を超えて実数無限の思考形式を手に入れたとき、それが本当のシンギュラリティなのではと筆者は思っています。
意味の場の存在に近い絵やアイコンを活用しよう
話を圏I のモデルに戻します。
概念モデリングでは、圏Iのモデル図に対する明確な表記法は、特に決めていません。以前も言及したように、これまで説明してきた制約や項目が網羅されていれば、図でもテキスト形式でも表形式でも、出来上がったモデルを利用する目的に対して適切であれば、どんな表記方法を選んでも構いません。
例に挙げた図では、モデル化対象の意味の場の存在をダイレクトに思い浮かべられるようなアイコンを使っています。読者の中には、図で描くなら、モデリング言語の国際標準である、UML(Unified Modeling Language)を使うべきだろうと考える人もいるでしょう。けれども、作成しているモデル図の提出先から UML で記述するよう求められている場合を除いて、UML で描かなければならない理由はありません。
概念モデリングで重要なのは、モデリングの過程で、モデル化対象の意味の場の存在群を余すところなく抽出することです。筆者の経験から、意味の場の存在に近い絵やアイコンを使うことによって、見落としがちな存在が発見しやすくなります。また、概念インスタンス、特徴値、リンクを使った形式化の過程で、今まで気付かなかった意味的つながりを見つけやすくなることが分かっているので、この形式の図を描いてみることを推奨します。
一方で、絵による表記は、特徴値やリンク、データ型を厳密に書こうとすればするほど、煩雑になってしまうのも事実。そんな時は絵とテキストを併用するのがお勧めです。
21世紀に入ってはや二十数年たった現代においては、モデリング黎明期の20世紀末に比べれば、コンピューティング技術やその利用環境が格段に進歩しています。それらを活用しない手はありません。
例えば、詳細で厳密な記述は、JSON 形式で NoSQL のデータベースに保持し、直感的に精査する目的で絵として扱いたい時は、図として生成系AIの技術を活用した表示・編集ができたり、一覧を見ながら確認したい時は、表形式で表示・編集できたりするような統合的なツールがあると便利です。しかし残念ながら、そんな便利なツールは現存しません。ツールの開発はもしかすると、この一連のコラムを書き上げた後の筆者の責務かもしれません。しかし、そんなツールを開発してくれる人たちが、このコラムを読んだ読者の中から出てきたら、なんと幸せなことでしょう。
これで、モデル化対象の意味の場の、それぞれの時点での状態のスナップショットを、概念インスタンス、特徴値、リンクで記述(=圏Iのモデル)する方法の解説は終了です。
しかし、読者の皆さん、こんなモデルをスナップショットごとに作成していくのはとても大変だとは思いませんか? 今時のビッグデータを基盤として AI が活用できるコンピューティング環境を活用したとしても、状態は時間経過に伴い、実数無限的に変化していくので、無限に書かなければならず、その回数もまた実数無限だけあることになり、人間の思考の限界など容易に超えてしまいます。
このような事態の解決策は、分類と構造の抽出です。概念モデリングでは、圏I のモデルを分類し、構造を抽出したモデルを“概念情報モデル”と呼びます。
概念モデリングを城に例えるならば、概念情報モデルは城の土台に当たります。圏I のモデルの何たるかを理解した今、ようやく、城の大手門をくぐって城郭の中に足を踏み入れたことに相当します。
次回は、概念情報モデル(Conceptual Information Model)について解説します。
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