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【連載】品質をめぐる冒険:SkyDrive・岸信夫氏「製品によって求められる品質レベルは異なる、そのバランスをいかに取るかが勘所」

株式会社SkyDrive技術最高責任者(CTO)岸信夫さん
大阪府立大学工学部卒業。三菱重工、三菱航空機にて戦闘機、旅客機などの開発に37年間従事。 この間先進技術実証機プロジェクトマネージャ、MRJ(SpaceJet)のチーフエンジニア、技術担当副社長を歴任。 2018年から大阪府立大学大学院でシステムインテグレーション、プロジェクトマネージメントを研究。 2020年4月からSkyDrive技術最高責任者(CTO)に就任。
小学生時代から航空機事故の原因などに興味
――過去の取材記事で、幼少の頃に「大阪万博」へ行き、そこで初めてコンピューターや宇宙を体感したと書いてありました。それが後に航空の世界に進むきっかけとなったのでしょうか?
1970年開催の大阪万博は小学校5年生の時だったのですが、実は私は行ってないんですよね。ですからその記事は誤りです。けれども、飛行機にはずっと興味がありました。子どもは新幹線の運転手など乗り物系の仕事に目が行きがちで、その中で私はエアラインのパイロットに憧れていました。
そのため小学校の時から本をよく読んでいました。例えば、「パイロットになるためには」という単行本を読むと、当時は高校を出て航空大学校へ進学するルートが一般的だとか、英語力が不可欠だとか、キャプテンになるなら100人なり200人なりの乗客を安全に降ろすためなどの厳しい訓練が必要だとか書かれていました。
他方で、当時から航空機事故は頻発していました。小学生の時に一番強く記憶しているのは、全日空羽田沖墜落事故です。その後も、東亜国内航空の事故や全日空機雫石衝突事故などがありました。航空機事故は悲惨ですが、なぜ起きるのかという原因に興味があって、「航空知識ABC」(日本航空広報室編)といった書籍も読みました。
――幼少期からそこまで興味を広げていたのですね。
小学校の卒業文集にはパイロットになるためのキャリアプランを書きました。航空大学校に行って航空機の操縦法を勉強し、キャプテンとしてのマネジメントも学びたい。そのためには中学、高校で英語を含めてこういった勉強をするのだと。ただ、高校生の頃に目が悪くなったりしまして……。
私は航空大学校だけを考えていたのですが、周りの人間は皆一般の大学へ行くと言っており、そういう道もあるかと思い直しました。そして、航空工学分野であれば航空機に近いことができるだろうと考え、大阪府立大学の航空工学科へ進学しました。当時、大阪帝国大学の先生方が大阪府立大学に移籍されていて、教授陣のレベルも非常に高かったのと、学生数が少なく先生方との距離がとても近かったです。
大学で勉強しているうちに、航空機を製造したいと思うようになりました。研究者になる、あるいはエアライン会社に就職するといった選択肢もあったと思いますが、航空機メーカーの設計者が最も望ましいと考えました。
戦闘機と自動車では求められる品質レベルが違う
――製品やサービスの「品質」を意識するようになったのは、就職してからでしょうか?
そうですね。ただ、製品の品質よりは安全性という観点の方が強かったです。さまざまな文献を読んで航空機事故を調べていると、ヒューマンエラーも含めていろいろなことが起因しているので、事故を起こさないためにはどうしたらいいのかを考えるようになりました。
三菱重工業株式会社に入社したばかりの時に「F-15」という戦闘機を担当したのですが、頻繁に修理が発生していました。飛行安全には影響しないけれども、何かが壊れたとか、コーションが付いたとか、そういうことが本当に多かったのです。いわゆるMTBF(平均故障間隔)が短過ぎないかとも思いました。確か10時間もなかったです。
ところが、よくよく考えてみると、F1(フォーミュラ1)だってレースを1回走るためにしょっちゅう整備したり、メンテナンスしたりしているわけです。過酷な条件に置かれている製品はそういうものなのだろうと認識しました。
一方で、一般の車や旅客機であればそんなに度々壊れていたら話になりません。つまり、製品によって求められる品質レベルが違うはずだと考えるようになりました。これが最初に品質を意識したきっかけですね。

――なるほど。
設計をやっていると、F-15の部品と「F-16」の部品の値段がずいぶん違っていたことに驚きました。同じ機能を果たす小さなバルブでも、10倍ぐらいの価格差がありました。「F-16の部品はなぜこんなに安いのだろう」と思っていたら、ある時にそのバルブがトラブルを起こしました。調査をしたところ、その部品の品質が良くなかったのです。
そこから学んだのは、最初から高くて品質の良いものを使うのか、ある程度コストのために品質を犠牲にするのか。品質要求が高過ぎると維持費はかからないですが、低過ぎると維持費が高くなる。それを意識しながら適切なバランスで品質を考えることが大事だと気付きました。戦闘機開発を29年、MRJ(三菱スペースジェット)開発を8年、その後は関連会社に1年。さらにSkyDriveに来てから5年目になりますが、そのようにモノの品質についてずっと考え続けてきました。
空飛ぶクルマが過剰品質にならないためには
――そうした中で、現在従事されている「空飛ぶクルマ」については、どのような品質を目指していますか?
空飛ぶクルマは、航空機や戦闘機並みの過剰品質にする必要はありません。例えば、部品の数とか、図面の書き方とか、ハードウェアやソフトウェアの品質保証のやり方とか。航空機はプロセス保証が重視されており、最終製品だけチェックするのではなく、もっと過酷な条件で使われることを考慮して、途中段階のプロセスコントロールも重要になってきます。
料理で例えると、レシピがきちんとできていて、材料の産地も全て把握し、調理の途中で常にチェックをする。おいしい料理ができるのは当然ですが、それはプロセスが適切で、産地が明確になっているからこそという考え方です。ただ、やり過ぎるとコストが高くなってしまう。
一方で、空飛ぶクルマは自動車とも違うのですが、壊れにくさの品質レベルでいえば自動車に近いですね。先ほど話した通り、やはりプロセスにしても品質にしても適切なバランスを考える必要があります。

――その”いいあんばい“にするために、具体的にどういう基準を設けているのでしょうか?
実は今も毎日頭を悩ませながら取り組んでいるところです。例えば、パイロットにしても、当社には戦闘機の操縦士だった人間と、ドローンを操縦していた人間がいます。同じく制御設計担当でも、航空機出身とドローン出身の人がいます。その他にも当社には航空機、自動車、それ以外の産業からやってきた多様な人たちがいます。事あるごとに皆で集まって「こういった基準にしようよ」などと話し合うのですが、なかなか決まりません。コスト、デリバリー、クオリティー、技術、製造と、どの方向から見ても難しい。
ここで気を付けなければならないのは、我慢できない人は“元の世界”の考え方に戻ってしまう傾向があるということです。例えば、パイロットの訓練一つを取っても、有人パイロット出身者はその教育方法に戻ろうとします。有人パイロットは資格維持のために定期的にシミュレーターか実機に乗らなければなりません。そうすると、その間に仕事を止めて訓練に行くわけです。でも、ドローンの人間からすると毎日のように操縦しているため、どのくらいの時間、どんな訓練をやればいいのかは相いれない。
品質保証についても同様です。私は品質保証統括室を兼務していますが、プロセス保証に関して、空飛ぶクルマを旅客機と同等レベルで考えたら、パートナー企業まで足を運び、彼らの品質を全て確認しなければなりません。それをやるべきなのか、それともある程度はパートナーの品質保証に任せて、クリティカルなポイントだけを直接確認するのがいいのか。
例えば、MRJクラスだと100万点の部品があって、そのうちの主要な部品が500点ぐらいでした。空飛ぶクルマだと部品はそれよりも少なくて、主なシステムはフライトコントロール、アビオニクスなどと限られています。パートナーの数も圧倒的に少ないです。前提条件としてはそれだけ異なります。
一方で、自動車のケースだと一つ一つの製造プロセスを直接見に行きませんよね。出来上がった最終製品のチェックが大事で、それまでの過程をさかのぼって確認することは少ないです。つまり、パートナーの品質に任せている部分が大きいわけです。
空飛ぶクルマは航空機の一種なので、最終製品のチェック、テストだけでは不十分です。その前のプロセスにおいていくつかのポイントも確認しなければなりません。ただし、旅客機や戦闘機ほどチェックポイントが多く、厳密ではありません。
日本にはびこる“ゼロリスク”
――先ほど兼務とありましたが、岸さんの役割も多岐にわたると思います。特に今注力しているものは何でしょうか?
私は今CTO(最高技術責任者)という肩書ですが、開発の最前線で設計や試験といったコアの部分は、ドイツの航空機メーカー・Volocopter社でCTOを務めたアーノ・コーヴィルがCDO(最高開発責任者)として担当しています。私はどちらかというと土台の部分で、品質保証や航空安全、製造などを担当しています。
また、中長期の研究開発に関して、日本のいろいろな企業や、JAXA、経済産業省、防衛省、あるいは大学などと対話をする機会があります。
優先順位でいうと、実務的にはまず品質保証をきちんとやっていくこと、それから毎日の航空安全を担保するための活動、そして何か起きたときの対応です。日々飛行試験をしていますが、不測の事態、事故や重大インシデントが起きたときは、会社の中に対策本部を設けて関係先と調整したり、事故でけが人が出たらその方々のケアの指示を出したりする役割も担っています。


フェーズが変わるとすれば、今後、空飛ぶクルマの大量生産が本格化した時ですね。生産数は航空機をはるかに超えていきます。2030年代の中頃には1000機規模のオーダーになっていくでしょう。航空機だと「ボーイング737」が月間50機ぐらい、年間600機くらいを作っていたと思いますが、それを上回る数を生産しなければいけない。今までと同じ作り方ではなかなか達成しません。
そういった生産規模に応じた品質保証をどうするのかも考えなくてはなりません。生産数に応じて人を増やすわけにはいかないので、省人化や、自律的なチェックシステム、オートメーションといったことにこれから注力していく必要があります。
――難しい状況だと思うのは、自動車と異なり空飛ぶクルマは走行時に高度があって、落下した場合のリスクは大きいことでしょうか。
そうですね。日本人には“ゼロリスク症候群”みたいなところがあって、常にリスクがゼロだと信じたい。私たちもそう思いがちですが、エンジニアリングの視点で見た場合、ある程度の故障率は想定しなければなりません。
飛行試験をやっている機体は、目標に掲げる信頼性要求や安全性要求を、最初の段階から完全に達成することは難しいです。トラブルが起きたら新たな対策をして飛行試験を再開し、当初想定していた故障率を下回らないという、データ上の見積もりができるようにならないと、安全神話に押されてしまいます。そこをどうやって作っていくかは課題ですね。
空飛ぶクルマで世界と戦っていこうと思ったら、いわゆるグローバルスタンダードのアプローチが必要です。日本の中ではゼロリスクが当たり前であり、安全に対して非常に厳しい見方がある。ただし、世界と戦っていく時に適切なレベルというのがあるのです。もちろん安全をおろそかにするという話ではありません。ただ、ゼロはないだろうと。そんな形で考えていかなくてはなりません。
品質とは何か
――改めて、岸さんにとって品質とは何でしょうか?
よくQCD(品質・コスト・納期)と言いますよね。これはその時々に応じて優先順位が変わると思います。開発段階では設計品質も含めてクオリティーを厳しく見ている一方で、コストはある意味仕方がないと思います。デリバリーについては、その品質を保てる中で納期を達成できるかどうかが重要で、品質を下げて納期を守っても意味がありません。
そう考えるとやはりいろいろな時点の要求に対するクオリティーは絶対に守らなければなりません。その中でデリバリーを守り、コストも最適化していく。
クオリティーに関してもう少し踏み込むと、製造品質と設計品質は違います。設計品質は、他の人が急にやって来て、図面の品質チェックをするといったことはなかなかできません。なぜならそこには設計者の思想が入っているからです。すなわち、設計品質は設計者がセルフチェックすることが非常に重要です。
片や製造品質については、ここの部分は作る人、ここの部分は見る人と、プロセスを決めてやることが安全性につながります。航空安全は「航空機を落とさない」ことが第一ですから、それを担保する上でそれぞれの品質の分野における見方が必要です。
もっと言ってしまうと、それ以外にも経営品質をどうするのかという話もあります。QMS (Quality Management System)の考え方だとそこまで踏み込む人もいるのですが、まずは開発や製品に関する品質について、こういった考えを持っています。

――品質の世界では、製品にとっての「魅力品質」とは何だろうという話をするわけですが、空飛ぶクルマにとっての魅力品質をどうお考えですか?
まずは安全性に対する品質は、完全に満足するものでなくてはなりません。その上で、お客様の快適性などをしっかり保つ必要があるでしょうね。狭かろう、うるさかろう、それでも乗ってくださいというのはあり得ないと思う。インテリアの質も大切です。つまり、自動車に近い発想だと思いますね。
戦闘機のコックピットに乗られたことあるかどうか分かりませんが、狭くて、座席は武骨で、ベルトでガチガチに固定されます。一方、旅客機に乗ったら、皆さんシートベルトはするけど、結構緩めていますよね。普通のシートベルトで、安全かつ快適に乗ってもらう。快適性もその製品が持つ品質の一つだと思うのです。
空飛ぶクルマの安全性については、航空機に定められた基準である「耐空性審査要領」を満たしたものをわれわれが作り、それを国土交通省航空局が審査してOKを出せば問題ありません。ただし、人はそれが安全だから乗るのかと言えば、安心を得ないとダメで、かつ快適でなければ嫌なわけです。その辺りの品質を今まで以上に意識しなければと考えています。

株式会社SkyDrive技術最高責任者(CTO)岸信夫さん
大阪府立大学工学部卒業。三菱重工、三菱航空機にて戦闘機、旅客機などの開発に37年間従事。 この間先進技術実証機プロジェクトマネージャ、MRJ(SpaceJet)のチーフエンジニア、技術担当副社長を歴任。 2018年から大阪府立大学大学院でシステムインテグレーション、プロジェクトマネージメントを研究。 2020年4月からSkyDrive技術最高責任者(CTO)に就任。
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