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【連載】自動車開発におけるシミュレーションの基本(第2回)

【連載】自動車開発におけるシミュレーションの基本(第2回)

第2回:シミュレーション対象となる自動車システムの工学的観察

前回、シミュレーションとは端的に言えば模倣であり、その活用に当たってはシミュレーション対象について理解を深めることがまず重要である、と記述しました。

そこで、今回は例としてACCを取り上げ、工学的に観察します。

ACC(Adaptive Cruise Control)

ACCとはAdaptive Cruise Controlの略で、代表的なADAS(Advanced Driver-Assistance Systems:先進運転支援システム)機能の一つです。設定した速度の範囲内で前走車との車間距離を一定に保ちつつ走行するために、システムがセンシング情報を基に自動的に加減速の制御を行います。

図1:ACCのイメージ(前方車に追従走行をする自車両のイメージ)

機能を実現するためのシステム構成は、本稿では図2の構成を前提とします。

なお、実際のACCの構成は、ドライバ操作系やHMIなども含めてより複雑なシステムであり、かつ必ずしもここで記述したセンサやアクチュエータを採用しているとは限りませんが、ここでは説明のために図2の構成を前提としています。

以下、構成とメカニズムを観察していきます。

図2:本稿におけるACCシステム構成のイメージ

概要構成

● ネットワーク(CAN通信)

ここでは、センサやコントローラ、アクチュエータ間の全ての通信は、CAN(Controller Area Network)により行われます。CANとは、自動車業界で広く利用されているシリアル通信プロトコルです。

● センサ

レーダ:ミリ波などの電磁波を送受信することで周囲の物体のセンシング(距離測定など)を行います。センシングしたデータはCANで送信します。

カメラ :カメラで前方を撮影することで車両・歩行者やレーンマーカの検知などを行います。検知したデータはCANで送信します。

● ADASコントローラ

センサやアクチュエータから送信されたデータを受信し、パワートレインやブレーキをどれだけ動作させるかを指示するデータ(制御指令値)を計算し、送信します。情報の送受信はCANで行います。

● アクチュエータ

パワートレインシステム:ADASコントローラからCANで送信されたデータを受信し、その制御指令値に従ってパワートレインを動作させます。また、システムの状態などをCANで送信します。

ブレーキシステム:ADASコントローラからCANで送信されたデータを受信し、その制御指令値に従ってブレーキを動作させます。また、システムの状態などをCANで送信します。

● 車両

アクチュエータの動作により、車両の状態が変化します。ACCの場合、主として車速の増減が生じます。実際にはそれ以外の現象も起きますが、そちらは後述します。

各構成要素の観察

各構成要素を細かく観察していきます。

● ネットワーク(CAN通信)

CANは、車載用途で幅広く活用されている車載ネットワークの一つで、バス型のネットワークトポロジーを前提とした、マルチマスタ方式の通信プロトコルです。通信の衝突を検知し、優先度に基づいて送信権を制御する調停機構や、エラー検出機構を備えています。OSI参照モデルでは物理層とデータリンク層に該当します(図3)。

物理的には、2線式差動電圧方式の通信(図4)です。

情報伝達における一連のルールのことをプロトコルと呼びます。前述の物理層で言えばハーネスを2線式とすることや電圧レベルなどもプロトコルで指定されるでしょうし、その物理層を用いて通信を行うに当たって必要となる通信フレームの構造(図5)や、通信の調停・エラー検出の方法なども規定され、その一連のルール全体=プロトコルによりCAN通信が規定されます。

図3:OSI参照モデルにおけるCAN の位置付け
図4:CANの物理層
図5:CANデータフレームの構造(標準フォーマットの例)

● センサ

レーダ:センシング方式にも依存しますが、基本的には電磁波(ミリ波など)を送信してその反射波を受信し、その時間差や周波数変調を基に距離や速度の計測を行います(図6) [1]。

図6:レーダシステムのイメージ(参考文献 [1]を参考に筆者作成)

カメラ:レンズやフィルタを通った可視光をイメージセンサで受け、そこからの電気信号をチップやソフトウェアで信号処理し、物体検知などを行います。(図7)

図7:カメラシステムのイメージ

これらセンサの振る舞いを、いくつかの部分に分けて観察します。ここでは一例として、①電磁波の伝播、②電磁波の受信~センシング処理、③処理したデータの送信(通信)に分けます。

①電磁波の伝播

レーダや光は(古典電磁気学的には)電磁波であり、電界と磁界が相互作用しながら空間中を伝播する波動的現象です(図8)。

図8:電磁波は電界と磁界の相互作用

②電磁波の受信~センシング処理

空間中を伝播した電磁波は受信デバイスにより電気信号へ変換されます。ミリ波レーダの場合はミリ波をアンテナで受信、カメラの場合はレンズやフィルタを通った可視光がイメージセンサで受光され、電気信号に変換されます。電気信号は、デバイス上の電気/電子回路によりハードウェア的に処理されます。さらにセンシングユニットには通常SoC(System on a Chip)やMCU(Micro Controller Unit)が載っており、前述のハードウェア処理に加えてソフトウェア的にも信号処理や測距計算などが行われます。

以下に、レーダ信号処理方式の一例として、FM-CW(Frequency Modulated-Continuous Wave)方式の距離・相対速度検出原理を示します(図9) [2]。

図9:レーダ信号処理方式の例(FM-CW方式)(参考文献 [1]を参考に筆者作成)

③処理したデータの送信(通信)

センシング処理後、通信ソフトウェアや通信用デバイスを経て通信データとして送信されます。本稿で前提とする構成ではCANにより送信します。この処理については次項(ADASコントローラ)で詳説します。

● ADASコントローラ(ECU:Electronic Control Unit)

本稿で前提とするシステム構成では、ADASコントローラはCAN入出力をするECUとなります。ECUは電子制御ユニットであり、筐体(きょうたい)内に素子が実装された基板などが格納されています。実装されているハードウェア(素子・回路群)とその上で実行されるソフトウェア群が組み合わさり、ECUとしての機能を実現します。

ハードウェア上で実行されるソフトウェアは、近年急速に大規模複雑化していますが、その概念上、モジュール化され階層構造を取るように設計されており、AUTOSAR Classic Platform [3]のソフトウェアアーキテクチャ例は図10の通りです。大きく分けると、アプリケーション層とベーシックソフトウェア(BSW)と その間に存在するRTE(RunTime Environment)に階層分けされます。

図10:AUTOSAR Classic Platformアーキテクチャ(参考文献 [4]を参考に筆者作成)

RTE上に載るアプリケーション層には、今回の例で言うとACCの制御アルゴリズムが実装されます。RTEを介して伝達されたデータを用いて、「前方車に近づいたら減速する」「前方車が車線変更して自車線前方に他車両がいなくなった場合は設定した速度まで加速する」といったACCとしての機能を実現するアルゴリズムが実装されます。

ここで、「前方車に近づいたら減速する」という日本語からは、if (前方車との距離<所定の値) {ブレーキをかける}のようなアルゴリズムを想像されるかもしれませんが、一般的にはこういったルールベースのON/OFF制御のようなものではなく、制御工学に基づくアルゴリズムが用いられることが多いでしょう。

もっとも広く使われているフィードバック制御の一つであるPID(Proportional-Integral-Derivative)制御器 [5]の例を図11に示します。そもそも制御器とは、制御対象に所定の出力をさせるための制御対象への入力を算出する装置ですが、PID制御器の場合は目標値と制御対象の出力の差分の値を基に、比例項・積分項・微分項を合算して算出します。

図11:PID制御器のイメージ

このようなアルゴリズムがプログラムとして実装され、アプリケーション層に配置されます。

こうして計算された制御入力(以降、制御指令値と呼びます)は、本記事のACCシステム構成においてはパワートレインシステムやブレーキシステムに伝達されて初めて車両運動に作用することができます。そのためにはアプリケーション層で算出した制御指令値をCANで送信する必要があります。また、逆にセンサからCANで送信されたデータを受信してアプリケーション層に届ける必要もあります。

こういった通信処理はBSWやハードウェアが担う主要な機能の一つです。例えば、CAN通信機能に関しては、BSWの通信に関わるソフトウェアモジュール群およびCANトランシーバやCANコントローラといったデバイスによって実現されます。

なお、図10のようなソフトウェアの構造を示すものをソフトウェアアーキテクチャと呼びますが、SDV(Software Defined Vehicle)に向けては、ECU統合化に伴う複数OSの共存や、OSアップデートなどへの対応のため、今後はハイパーバイザを用いたハードウェア仮想化なども取り込んだアーキテクチャとなっていくといわれています(図12)。これまでのアーキテクチャとの関係性を非常にざっくりと言うと、図10で示した一連のソフトウェアを、図12上のVM(Virtual Machine)に当てはめるような形で拡張されていくイメージです。

図12:ハイパーバイザを用いたハードウェアリソースの仮想化を伴うアーキテクチャ

● アクチュエータ

ここでは、各アクチュエータの振る舞いについて記述します。

いずれのアクチュエータでも共通ですが、ADASコントローラからCANにより送信される制御指令値を、ADASコントローラと同じような仕組みで受信・解読します。読み取ったデータを基に、アクチュエータの制御を行います。アクチュエータの動作によって起きる現象は、立脚している物理法則に依存します。

 〇 パワートレインシステム

アクチュエータの方式に依存しますが、例えば電動パワートレイン(ここでは、モータは永久磁石同期モータとします)の場合、インバータを用いたモータ制御をします。具体的には、図13に示すように、モータは永久磁石の回転子(ロータ)と、コイルによる固定子(ステータ)により構成され、インバータによりステータのコイルに交流電流(通常は3相)を発生させ、ロータが電磁気学的な力を受けて回転方向の力学的な力を発生します。また、ロータの回転に応じた座標変換を計算しつつ、電圧や電流の指令値を算出するためにベクトル制御などの技術が使われます(ここでは詳細は割愛します)。

図13:永久磁石同期モータの構成イメージ(参考文献 [6]を参考に筆者作成)

 〇 ブレーキシステム

ブレーキの機能は主に車両を減速・停止させることですが、その機能は、例えばディスクブレーキの場合、最終的に車輪と共に回転するディスクロータにブレーキパッドを押し当てることにより実現されます。ブレーキシステムは、ブレーキフルードの液圧を調整してその押し当てる力を制御します。アクチュエータの方式に依存しますが、例えば図14に示すようなシステム構成の場合、ブレーキブースタでのアクチュエータによる液圧制御や、ブレーキアクチュエータのポンプやバルブによる液圧制御などを行い、各輪に伝達されるブレーキ液圧が制御されます。

図14:ブレーキシステムの構成イメージ(参考文献 [2]を参考に筆者作成)

● 車両運動

パワートレインシステムやブレーキシステムでのアクチュエートは、動力伝達系(シャフトやギヤ、リンク機構、油圧回路など)を介して、ホイール・タイヤ・路面・車体へと伝達され、車両運動に作用します。

これらの一連の作用によって生じる現象ですが、まず想像しやすいこととして、自動車の加減速や車両の姿勢(ピッチなど)の変化が生じます。それに伴い車体に取り付けられているセンサの路面に対する姿勢も変化します。加えて、車速や姿勢の変化に伴って、車体が受ける空気抵抗の大きさや向きも変化します。

図15:車両運動のイメージ

上記のような自動車のマクロな状態変化とそれによる影響だけでなく、それを構成する各部品の状態変化も生じます。例えば、ピッチ運動などに伴いサスペンションがストロークしているので車体に対するホイール姿勢・位置の変化が生じます(図16)。また、全ての構造物は剛体ではありませんので力を受けて変形が生じます(図17)。

図16:サスペンションストロークによる、車体に対するホイール姿勢の変化のイメージ
図17:力を受けて変形する構造物のイメージ

さらに、パワートレインやブレーキの動作に応じて各アクチュエータ・動力伝達系には熱が発生します。走行に伴いタイヤにも熱が発生します。各部分の温度は、発生する熱だけでなく、外気温や各部品の熱伝達や熱伝導などによって決まってきます。部品の温度が変わると、機械的特性などの部品特性に影響します。また、各アクチュエータの動作に伴い、熱だけでなく音や振動も発生し、車体に伝わります(図18)。電力をエネルギー源とするユニットが動作すれば、電力消費によりバッテリーの状態も変わります。

図18:熱や音や振動の発生と伝達のイメージ

さらに、これらの状態変化は自動車の各部分に取り付けられたセンサでセンシングされてソフトウェアに伝達され、それによってソフトウェアの振る舞いにも影響します。

これら全ての振る舞いが、自動車の状態に影響を及ぼします。

● さらに詳細な観察

さらに、それぞれの現象をより細かく見ることもできます。例えば、各ユニットを構成する部品を考えたとき、それぞれの部品には前述した剛性や温度特性があるだけでなく、摩擦やクリアランスもあります。製造上の公差(寸法などの物理量の大きさに許容する最大値と最小値の差 [7])もあります。

部品をよりミクロに見れば、例えば金属製の部品を考えた時、金属材料は結晶構造を成していますが、その結晶構造は高校の教科書に載っているような理想的な構造を全体としては取っておらず、一部原子配列が不規則に乱れた領域(結晶粒界と呼ばれます)を内在し [8]、これが材料特性に影響を与えることが知られています。

さらに言えば原子は素粒子から構成されていて、といった具合に、さらにミクロな構造を見ていくことができます。ミクロな領域になると、古典的な物理学ではその振る舞いを記述できなくなっていき、量子力学による解釈が必要になることが知られています。筆者はこれらの領域を専門としませんが、突き詰めていくと「物質とは何か?」「宇宙とは何か?」といった問いは、今なお物理学の中心となる問いになっています。

図19:金属材料と結晶粒界のイメージ

システム全体を見渡すと

ここまでで記述した現象はシステム全体として相互作用を引き起こします。

依存関係の観点では、ADASのようなシステムはしばしば「センサで取得した情報を基にコントローラで制御してアクチュエータが動作する」といった説明がなされるため、センサからアクチュエータにかけて一方向的に作用するように聞こえますが、実際にはそれによって車両の状態が変化してセンシングデータにも影響を与えるので、一方向的に作用するわけではなくループ的に作用します。

時系列の観点では、センサで取得した情報がアクチュエータの動作を通じて最終的な車両状態へ反映されるまでには、相応の時間がかかります。具体的には、センサでの処理⇒通信系による情報伝達⇒ADASコントローラでの処理⇒通信系による情報伝達⇒アクチュエータでの処理⇒アクチュエータの動作に伴うハードウェア的な応答(電気的・機械的)といった各ステップに時間がかかります。

なお、ソフトウェア的な処理にかかる時間は、あるタスク(ある一連のプログラム)そのものの純粋な実行時間だけでなく、タスク間の実行順序やタイミング(例えば通信タスクとアプリケーションタスクのタイミングなどがあり、OSなどのスケジューラによって制御されます)も影響します。

システム全体の振る舞いを理解するためには、ハードウェアとソフトウェアの両者を含む各コンポーネントの振る舞いとその関係性・相互作用を把握する必要があります。

シミュレーションに向けて

本章では、自動車システムとしてACCを例に、工学的に観察しました。

ハードウェアもソフトウェアも、さまざまな要素が相互作用して全体の振る舞いに影響します。

ハードウェアはミクロに見ていけば原子(やさらにミクロな構造)により構成され、ソフトウェアもソースコードレベルで1億行にも及ぶ [9]規模になっています。

それらをシミュレーションするというのは一体どういうことなのか、その考え方を次回以降で解説を進めていきます。

参考文献

[1] デンソー カーエレクトロニクス研究会, 図解カーエレクトロニクス 下 要素技術編 増補版, 日経BP社, 2014.

[2] デンソー カーエレクトロニクス研究会, 図解カーエレクトロニクス 上 システム編 増補版, 日経BP社, 2014.

[3] AUTOSAR, “Classic Platform,” [オンライン]. Available: https://www.autosar.org/standards/classic-platform. [アクセス日: 8 4 2025].

[4] AUTOSAR, “Layered Software Architecture,” [オンライン]. Available: https://www.autosar.org/fileadmin/standards/R24-11/CP/AUTOSAR_CP_EXP_LayeredSoftwareArchitecture.pdf. [アクセス日: 04 04 2025].

[5] Wikipedia, “PID制御,” [オンライン]. Available: https://ja.wikipedia.org/wiki/PID%E5%88%B6%E5%BE%A1. [アクセス日: 8 4 2025].

[6] 東芝デバイス&ストレージ株式会社, “モーターの駆動原理(2),” [オンライン]. Available: https://toshiba.semicon-storage.com/jp/semiconductor/knowledge/e-learning/brushless-motor/chapter2/driving-principle-motor-2.html. [アクセス日: 04 04 2025].

[7] 一般社団法人 日本機械学会, “機械工学事典,” [オンライン]. Available: https://www.jsme.or.jp/jsme-medwiki/doku.php?id=16:1003925. [アクセス日: 07 05 2025].

[8] 講座・現代の金属学 材料編 第3巻 材料強度の原子論, 日本金属学会, 1985.

[9] 経済産業省 製造産業局 自動車課, “IT利活用分野について(自動車分野),” [オンライン]. Available: https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/daiyoji_sangyo_skill/pdf/002_06_00.pdf.

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