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【連載】MBAホルダーのエンジニアが影響を受けた5選書:第2回『人を動かす』

【連載】MBAホルダーのエンジニアが影響を受けた5選書:第2回『人を動かす』

こんにちは。Mark Ward(河原田政典)です。

ぼくは2020年10月から2022年9月までの2年間、仕事をしながらMBAプログラムに通って経営学修士(専門職)いわゆるMBAを修了したエンジニアです。エンジニアとしての専門性であるソフトウェア品質保証とアジャイル開発を追求する一方で、特に品質という観点から、技術だけでなくビジネス全般の知見を深めてきました。

本連載では、これまで読んだ書籍の中から、技術・ビジネス・自己成長に役立つ5冊をご紹介します。それぞれの本から、ぼくの考え方や業務の進め方にどのような影響を受けたのかもお伝えしつつ、皆さんの日々の仕事や生活に取り入れられるヒントをお届けできればと思います。

今回は、デール・カーネギーの『人を動かす』です。

友をつくり人を動かす法を説く必読書

心理学で有名なアルフレッド・アドラーによると、悩み事のすべては人間関係にあるそうです。「すべて」と強く言えるかどうかはともかく、ある程度は納得できる気がします。人間関係の煩わしさが他職種よりも少ないだろうと期待してエンジニアになった方もいらっしゃるように、人間関係は人生の選択肢にさえ影響する要素です。

デール・カーネギーほど人間関係を扱った自己啓発書で名を馳せている人物はいないでしょう。代表作『人を動かす』(原著1936年・原題 “How to Win Friends and Influence People”)は、同著者の『道は開ける』と並び、世界中で非常によく読まれている名著です。ほぼ1世紀という時の試練に耐える本書の言葉は説得力と力強さに満ちていて、これならやれそうだという勇気、行動に移そうというエネルギー、そしてもちろん、直面する悩みへの解決策をもらえます。

生きていくうえで、人間関係は切っても切れません。充実した人間関係を築けるかどうかがキャリア、ひいては人生がどう成功するかにも影響を及ぼすでしょう。人間関係を築くのが得意な方にも、そうでない方にも、多大な学びをもたらしてくれる本書には、何度も読み返す価値があります。

真髄の3原則を味わおう

日本語で入手しやすいのは、山口博[訳](2023)『人を動かす 改訂新装版』(創元社)だと思いますので、以下はそちらの版に従って記載します。本書は5つのパートに分かれていて、それぞれ人間関係を良いものとするための大切な原則が提示されています。

  1. 人を動かす3原則
  2. 人に好かれる6原則
  3. 人を説得する12原則
  4. 人を変える9原則
  5. 幸福な家庭をつくる7原則

こうして並べると「3原則に6原則……そんなに覚えられない!」と言いたくなりますよね。大丈夫です、そもそも言葉だけを暗記する必要はありません。どちらかというと、そこで語られていることに納得し、実際に行動できることが大事です。ここでは、最初の「人を動かす3原則」に絞ってお伝えします。つまるところ、最初の3原則こそが『人を動かす』という書籍の真髄だからです。

批判は人を動かさない

皆さんは、毎日良い気分で仕事ができていますか。それとも「部下からの報告が遅い」「他部署との連携がうまくいかない」「上長が現場を理解してくれない」などのトラブルで疲弊して、スムーズに進まないことに苛立ちながら業務をこなしていますか。そんな日々の小さなストレスが積もり積もって、チームの空気や自分のモチベーションにも影を落としてはいないでしょうか。

『人を動かす』の最初の原則は「批判も非難もしない。苦情も言わない。」と掲げられています。まずは相手を理解し、思いやり、認めることの大切さを説いています。ビジネスの場で耳にする「他責にしない」という言葉の、解像度を一段引き上げたものとも言えるでしょう。また、決して相手の言いなりになるという意味ではありません。むしろ、相手の立場を理解しようとすることで、対話の扉を開く力になるということです。言われてみれば基本的なことのように思われますし、会社の研修で同じような話を聞いたことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、忙しい現代に生きていると、もしかしたらこのありきたりな原則を忘れがちかもしれません。

つながりやすさ・すれ違いやすさ

SNSが登場してから、他者とのつながりが爆発的に広がりました。生活上の接点を持たない人同士が趣味を基点につながるようなことも増えました。意見や立場の違いがすぐに対立に発展したり、誹謗中傷がまるで正義のように語られたりする場面も多くなりました。あら探しをし、批判し、相手をやり込めることが常態化したタイムラインを見て、カジュアルなコミュニケーションを楽しむ場であるSNSに疲弊してしまうこともあるでしょう。人の顔が見えない空間に長くいることで、他者を思いやったり認めたりという大切なことを忘れがちかもしれません。

そしてその姿勢は、ふだんの職場や家庭にもじわじわと影響を及ぼします。気づかないうちに、相手の足りないところばかりが目に入り、批判的な態度で接してしまう。それが積み重なると、お互いに信頼を失い、関係がギクシャクしはじめます。大事なつながりがすれ違いになっていくのです。実際、技術的な課題よりも人間関係のストレスのほうが、仕事を難しくしていると感じる場面も多いのではないでしょうか。

批判を控えることは人間関係を良好にし、仕事を前に進めるための第一歩です。これができないと思いやることも認めることもできず、他者の失敗や苦手なところばかりが目につき、気づけばまた非難してしまっている、などという悪循環に陥りがちです。そのままでは、誰も何も変わりません。ぼくはチームをリードするにあたって「傾聴」に力を入れています。まずは相手の主張・考えていることを聞き、受け止めることを重視しているのです。時に苦しく、忍耐力も必要ですし、必ずしもうまくいくわけではありません。しかし、自分がすべてわかっているという思い込みをいったん止めて、相手を思いやり、認め、次にどうするかを一緒に考えることは、実際の成功につなげるためには欠かせないと考えます。

技術の進歩は利便性をもたらす一方で「我慢」を不要なものとして扱うようになってはいないでしょうか。しかし、人間関係には前向きな「我慢」が重要です。『人を動かす』が今なお世界中で読み継がれているのは、このような人間関係の本質に根ざしているからです。だからこそ、現代のビジネスパーソンにとっても変わらず有効なのです。

重要感が動力源となる

皆さんは、職場や家庭で日頃から感謝の言葉を伝えていますか。感謝の言葉は、人が持つ自己の重要感への欲求を満たすために大切なことです。苦労して仕事をし、成果を挙げても、感謝されなければ、やはり誰でもがっかりしてしまうのではないでしょうか。

カーネギーが提示する2番目の原則は「率直で、誠実な評価を与える。」です。これは、自己効力感(セルフ・エフィカシー)という、心理学者のアルバート・バンデューラが提唱した概念と大きく関係がある原則です。感謝や、率直で誠実な評価を与えられることで、人は自分が認められているという前向きな感覚と高いモチベーションを得られ、さらに良い成果をあげられるようになります。

たとえば、誰かが良いアイデアを出したときに「ナイス!」「ありがとう!」のひと言を添えるだけでも、その人のやる気は大きく変わります。評価は必ずしも大げさな表彰や報酬でなくてかまいません。むしろ、日々の小さな行動に対して、気づいた瞬間に返すフィードバックのほうが効果的です。大切なのは、見てくれている人がいる、認めてくれる人がいると感じてもらうこと。人は、誰かの役に立っているという実感があるとき、もっと力を発揮できるのです。

感嘆の言葉とお世辞

ぼくはよく「良いですね!」と口にします。心から良いと思っていて、それを口に出しているだけなのですが、その一言だけでなく、良いと思った理由やポイントを続けてお伝えするようにしています。そうすることで受け手の納得感が増し、さらに良い取り組みを始めたり行動したりするモチベーションにもつながります。感嘆の言葉は前向きなサイクルにつながっていく潤滑油なのです。

感嘆の言葉はお世辞とは異なります。カーネギーによると、感嘆の言葉は「真実」「心から出る」「没我的」「誰からも喜ばれる」ものであり、お世辞は「真実でない」「口から出る」「利己的」「誰からも嫌われる」のだと。さらに、お世辞は「相手の自己評価にぴったり合うことを言ってやること」だという定義にも触れています。

もし、他者に対する誠実な評価を口にしているかどうか不安になったときは、これらの基準に照らして判断されると良いでしょう。

相手の心に火を灯す

同僚や部下に何かを依頼するとき、皆さんはどのように伝えていますか。「急いでいるから手伝ってほしい」「これをやってもらわないと困るんだ」など、つい自分目線で伝えていませんか。自分目線で伝えるのは確かに手っ取り早いかもしれませんし、仕事ですから作業としては対応してもらえると思いますが、やはりそれだけでは相手の意欲や積極的な行動、期待した結果は引き出しにくいでしょう。他社のメンバーも含めたチームで協業していく場面ではなおのことです。

3番目の原則は「強い欲求を起こさせる。」です。人が本気で動くときというのは外からの指示ではなく、自分自身の中から「やりたい」という思いが湧き上がったときです。カーネギーによると「どうすれば、そうしたくなる気持ちを相手に起こさせることができるか」が大事なのです。相手に心から行動してもらうためには、自分目線の希望・常識を押しつけるのではなく、相手が「これをやりたい」「これを達成したい」と思えるような動機づけを行うことが大切です。

チームメンバーに新しいタスクを任せるときに「これは面倒な作業だけど、しっかり取り組んでほしい」と伝えるのと「これを達成すれば、あなたのスキルが一段と伸びるし、チームからの信頼も高まるよ」と伝えるのでは、受ける印象はまったく異なります。後者の言葉には「相手にとっての成長機会」が盛り込まれていますが、このように「相手にとって嬉しいこと」など、モチベーションを上げるような声かけを行っていくことが重要です。

自分目線より相手目線

相手目線はモチベーションだけではありません。ぼくはメンバーのレベル感に応じて毎週の1on1など、安心して仕事に打ち込める環境づくりも約束しています。成長機会になるはずのタスクでも、もしかしたらまだ難易度が高いことがあるかもしれません。しんどいタスクを一人で無理にやっている形になってしまっては精神的にダメージを受けてしまいます。さらなるケアが必要になるだけならまだしも、メンバーが体調を崩してしまうことになりかねません。「何かあったらちゃんとサポートするし、毎週進捗を教えて」と伝えることで、メンバーが安心して業務にトライできるようになると考えています。「過保護だ」と考える方もいらっしゃるかもしれませんし、それも否定はできませんが、それぞれ能力も個性も異なるメンバーをリードして成果をあげるためにも、ここまで意識的にやっています。仕事は単なる作業ではなく「自分がやる意味のある業務」であると理解・納得したうえで、安心して取り組んでもらうことで、しっかりと成長機会を活かし、飛躍的なレベルアップにつながるのではないでしょうか。

いずれにせよ「やらせる」のではなく「一緒に進める」という視点を持つことは、とても大切です。安心感に支えられてモチベーションを高く持ちやすくなり、チームが充実した仕事を進められるようになります。このような取り組みはすぐにはできません。日頃の会話や、観察を通じて少しずつメンバーを理解していくしかありません。時間はかかりますが、こうすることでメンバーと一緒に心を動かし、チーム全体の成果を引き上げていくことにつながります。カーネギーが本書で語っている原則はいずれも「ただ相手を動かすためのテクニック」ではなく、もっと本質的には「組織で仕事をするとはどういうことか」という議論に直結する遠大なテーマなのです。現代のようなAI時代にこそ、あらためて熟読玩味されるべき書籍といえるのではないでしょうか。

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