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【連載】品質をめぐる冒険:「食べることは社会との接点。食べることで生まれるコミュニケーションを支えるカトラリーでありたい」

株式会社michiteku 猫舌堂ブランドマネージャー・看護師柴田敦巨(あつこ)

24年間関西電力病院で看護師として勤務。2014年に耳下腺がんに罹患し、3度の手術と化学放射線治療を経験。食べること・外見の変化などQOLの変化から心理社会的な影響を受ける。同じ境遇の仲間と出逢い、「ひとりじゃない」と思えたことで、経験したからこその視点を新たな価値があると気付く。
関西電力(株)社内起業チャレンジ制度に応募し、2020年2月(株)猫舌堂を設立。「生きることは食べること」をコンセプトに、オリジナル商品の企画販売とコミュニティの運営を通じて、食べるよろこびを感じるきっかけつくりを提供。2024年1月(株)michitekuと合併し、猫舌堂ブランドマネージャーとして継続運営中。
つながり・ご縁がチカラとなる。その想いを胸に「ピアメイド(=同じ課題・悩みをもつ仲間と一緒にデザイン)」が広がり、どんな状況になっても焦らず、慌てず、諦めなくてよいその人らしい生き方ができる世の中の実現に向けてチャレンジ中。

株式会社michiteku 猫舌堂事業開発マネージャー髙橋智子

~2021年:求人情報メディア・人材紹介サービス等の運営を行う企業にて、営業事務兼
営業アシスタント。市町村のまちづくりをサポートする企業にて、コンサルタントアシスタント。
2021年~現在:がん経験者や食べることにバリアを感じている方向けにデザインしたカトラリーの販売や、同じ悩みを抱える人が集いつながるコミュニティを運営する猫舌堂にて、事業開発マネージャー。
「あなた色でいいんだよ、あなた色がいいんだよ」ひとりひとりの「わたし色」(選択肢)
に向かって、猫舌堂と共に歩み続けていくべく活動中。
2016年~:キャンサーペアレンツ創設者 西口洋平さんと元同僚の関係から、キャンサーペアレンツが誕生した2016年4月より活動に携わる。2020年5月、西口さんの旅立ち以降も、仕事と並行して、キャンサーペアレンツ会員のみなさんと一緒に「つながりは、生きる力になる。」の想いのもと活動に励む。

『猫舌堂』の始まりは、がんをきっかけにした出会いから

 

ーーまず、ブランド『猫舌堂』について教えてください。

柴田:ブランド『猫舌堂』は、同じ悩みや課題を持つ仲間と一緒にデザインするという意味の「ピアメイド」の思想の元に生まれました。

最初は私自身ががんを患ったことで、食べることに関する悩みを持ったのがきかっけでした。「生きることは食べること」「食べるよろこびは生きるよろこび」食べることに悩みがあっても自分らしく生きられる世の中にしたいと     いう強い思いがあり、同じ病気で食べることに悩みを持つ仲間と創業に至りました。多くの方々との出逢いと支えがあり、今に至ります。

ーーお二人の出会いについて教えてください。

髙橋:私自身はがんの罹患経験がないのですが、お子さんを持つがん患者のオンラインコミュニティ「キャンサーペアレンツ」の運営に携わっており、そこで2016年頃に柴田と出会いました。

その後、2020年5月、キャンサーペアレンツ創設者が旅立ち、それまでは彼が主となって活動をリードしてくれていたため、今後どのように運営・活動を続けていけばよいか、ただただ試行錯誤の連続でした。つながりが生まれる場所の一つとして、キャンサーペアレンツという場所は存続させたい一心ではあるものの、仕事と活動の両立を実現させるには、勤務時間の調整等が難しく、働き方に悩んでいたと時、柴田から猫舌堂へ誘われました。

コミュニティを運営する中で、いかに自分ががんについて無知で、無意識のうちに先入観を抱いていたかを痛感し、「知らないこと」を自覚できていないことこそが、がんに対する偏見を生み出し、生きづらさへとつながっているのだと実感する日々を過ごしていました。どうすれば、そんな社会を変えていくきっかけを作れるのだろうと考え続けながら活動をしていたため、すぐにジョインしました。

柴田:猫舌堂ブランドを一緒に創設した仲間が引退するタイミングで、後任にふさわしい人を探していました。私たちの思いを芯から理解し共感してくれて、共に事業を進めるパートナーとして、髙橋しかいないと思い、声を掛けました。    

機能的・審美的、両面で使いたくなるカトラリーを目指して

猫舌堂は現在、スプーンとフォークの他、お箸の製作も行っている

ーー企画や設計はどのように行われたのですか。

柴田:オリジナルカトラリーを作るなら、国内カトラリー生産の95%シェアを誇る新潟県燕市で作りたいと当時考えていました。世界に誇れる国産にこだわりたいのと、嚥下(えんげ)の「嚥」には「燕」という文字も入っています。新潟県燕三条地場産業振興センターへ行き、私たちが作りたいカトラリーを作ってくれそうな事業所を紹介していただきました。

100種類以上のカトラリーを使ってみたけれど、どれもしっくりこず、その中で仕方なく日常で使っていたカトラリーを持っていき、見せながら理想とするフォルムやサイズをお伝えすると、すぐに理解してくださり、試作品の製作に取り掛かってくださいました。    

ーーどのような点をこだわったのですか。

柴田:ヘッド部分の幅にこだわりました。口の中で小回りが利いて、すっと引き抜ける。経験者でないと分からない人間工学的な視点です。

スプーンは幅が狭くて先に向かって平らな形状にしています。そうすることで食べ物をつぶしたり切ったりもできます。フォークは口の中がデリケートな状態の方でも安心して使えるように先端が丸みを帯びています。丸みを帯びた先端を使って、お肉などの塊をほぐして食べやすい形状にすることもできます。

また、見た目がシンプルでおしゃれで社会に溶け込むデザインにもこだわりました。

がん治療などで食べることに何かしらの悩みを持つ仲間たちに試作品を使ってもらい、フィードバックを重ね、職人さんに協力いただき、イイサジーカトラリーが誕生しました。 

いずれもWebサイトより

誰にでも使いやすいイイサジーの品質は、ピアメイドの視点から

マイカトラリーとして、このような入れ物に入れて持ち運んで使う

ーー出来上がったイイサジー、使われた方からはどのような反応でしたか。

柴田:食べづらさが解消され、食べられなかったものが食べられるようになった、という声や、家族や友人と外食ができるようになった、食べられることで社会復帰しようと思えた、などという声を頂きました。お友達にプレゼントして、喜んでもらえたという方もいました。本人だけでなく、周囲の人との関係性に関わるお声も多く頂いています。    

食べる喜びは、社会とのつながりを感じることだと改めて思います。

髙橋:機能面だけを追求するなら、すでに介護用のカトラリーが世の中にありましたが、それだと自分しか使わないアイテムになってしまうため、疎外感を生み出してしまうこともあります。

その点、イイサジーは機能面だけでなく、社会に溶け込むデザインとして見た目にもこだわったこともあり、誰もが使いたくなるようなアイテムになりました。がん患者のための、と言われなくても、大人から子供まで使いやすく、見た目にも美しいユニバーサルデザインのカトラリーです。同じカトラリーでみんなと一緒に食事ができることで、疎外感を感じることなく、体験を共有することができます。そんなふうに社会との接点をつなぐことができれば、病気を抱えて不安な時でも、これがあれば大丈夫と、安心感を持っていただけると考えています。

実際、病気が再発された後の手術後、イイサジーを使ってくださった方から、術後にこれだけ食べられたという喜びの声を頂きました。食事が「できた」ことも大切なポイントで、できることが回復への自信にもつながります。イイサジーは食事そのものをできるようにするだけでなく、精神面でも患者さん自身と周りの人を支えてくれるものだという確信を得ることができました。

猫舌堂にとっての品質とは

ーー猫舌堂の品質を一言で言うとどう表現できるでしょうか。

髙橋:ピアメイド、つまり『経験者の視点が盛り込まれているというのが、猫舌堂の品質の高さ』を保っていると思います。イイサジーの小さく、薄く、平たい、軽いという特徴は、決してどれも特別な要素ではありませんが、1ミリ単位でこだわって作ったのは、柴田や猫舌さんの食べづらさの経験があってこそです。こだわりの中に経験者の声が入らなければ、作り手の自己満足の世界に終わってしまったのではないでしょうか。

そして、イイサジーは単に機能的な部分を改善しただけではありません。食事のもっと先にある社会とのつながりに関する悩みを解消する、本質的な課題へと向き合い続けている猫舌堂の思いそのものではないでしょうか。当事者の経験に基づいた本質的な価値提供を実現していることが、品質維持につながっていると思っています。

食べることの先にある、生きることを支えるブランドへ

ーー今はがんの患者さんだけでなく、幅広い層にユーザーが広がっていると伺っています。

髙橋:そうなんです。50~60代の方から、歳を重ねていく中、「今までより、口が開きづらくなった」「最近食欲が落ちてきた」など、心身にもさまざまな変化が生じてくる中、イイサジーのことを知ったというお声を頂きました。おしゃれで使いやすいスプーンがあることで、「食べたい」という気持ちが高まり、食べやすくもなるし、食べづらさを感じることがあったとしても、「イイサジーがあるから大丈夫」と、これまでと変わらない自分でいられることへの安心・自信にもつながるという、うれしいお言葉です。

売り場も増やしており、公式オンラインショップや病院のコンビニや売店で販売する他、全国の百貨店にも置いております。食べづらさを抱えた人に対してというのではなく、毎日(日常生活の中で)使うカトラリーとして手に取る方も増えています。

今食べることに悩みを抱える方に届いてほしいということもありますが、手に取って使ってみて良かったものが、たまたまがん患者の経験を元に作られたものだったという広まり方も目指しているところです。というのも私たちはがんを特別視する見方を変えていきたいと思っているからです。そういった偏見がなくなってこそ、がんになっても生きやすい社会になると考えています。そのきっかけがイイサジーであれば、とてもうれしいですね。イイサジーをきっかけに、病気の有無や食べづらさの有無を超えて、一人一人が「お互いさま」の気持ちで受け止め合えると、優しい社会になっていくと思いますし、それこそ猫舌堂を支えるピアメイドの考え方につながっていくものと考えています。

ーー『猫舌堂』のブランドは、株式会社michitekuで成長しています。michitekuでは他の事業も展開されているのでしょうか。

柴田:michitekuは、がんの治療と日常生活を支えるWebサービスと通院日管理アプリを展開しています。20名ほどのチームは、猫舌堂の開発に直接携わることは少ないものの、議論やアイデアの共有を通じてブランドの成長を後押ししています。リモートワークを中心とした環境でも、互いに連携しながら「より良いサービスを届ける」という思いを大切にしています。また、今後は口腔ケアや嚥下など、食べることを支える新たなサービスの展開も検討しています。『イイサジー』はその一例に過ぎません。私たちが目指しているのは、食べることの先にある「生きる」を支えること。そのための選択肢を、これからも一つでも多く増やしていきたいと考えています。

Webサイトより
https://nekojitadou.jp/

株式会社michiteku 猫舌堂ブランドマネージャー・看護師柴田敦巨(あつこ)

24年間関西電力病院で看護師として勤務。2014年に耳下腺がんに罹患し、3度の手術と化学放射線治療を経験。食べること・外見の変化などQOLの変化から心理社会的な影響を受ける。同じ境遇の仲間と出逢い、「ひとりじゃない」と思えたことで、経験したからこその視点を新たな価値があると気付く。
関西電力(株)社内起業チャレンジ制度に応募し、2020年2月(株)猫舌堂を設立。「生きることは食べること」をコンセプトに、オリジナル商品の企画販売とコミュニティの運営を通じて、食べるよろこびを感じるきっかけつくりを提供。2024年1月(株)michitekuと合併し、猫舌堂ブランドマネージャーとして継続運営中。
つながり・ご縁がチカラとなる。その想いを胸に「ピアメイド(=同じ課題・悩みをもつ仲間と一緒にデザイン)」が広がり、どんな状況になっても焦らず、慌てず、諦めなくてよいその人らしい生き方ができる世の中の実現に向けてチャレンジ中。

株式会社michiteku 猫舌堂事業開発マネージャー髙橋智子

~2021年:求人情報メディア・人材紹介サービス等の運営を行う企業にて、営業事務兼
営業アシスタント。市町村のまちづくりをサポートする企業にて、コンサルタントアシスタント。
2021年~現在:がん経験者や食べることにバリアを感じている方向けにデザインしたカトラリーの販売や、同じ悩みを抱える人が集いつながるコミュニティを運営する猫舌堂にて、事業開発マネージャー。
「あなた色でいいんだよ、あなた色がいいんだよ」ひとりひとりの「わたし色」(選択肢)
に向かって、猫舌堂と共に歩み続けていくべく活動中。
2016年~:キャンサーペアレンツ創設者 西口洋平さんと元同僚の関係から、キャンサーペアレンツが誕生した2016年4月より活動に携わる。2020年5月、西口さんの旅立ち以降も、仕事と並行して、キャンサーペアレンツ会員のみなさんと一緒に「つながりは、生きる力になる。」の想いのもと活動に励む。

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