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【連載】品質をめぐる冒険:ティアフォー・藤井義也氏「高品質な企業として信頼されてこそ、自動運転の社会実装を加速できる」

株式会社ティアフォープロジェクトエンジニアリング部 部長藤井 義也

自動運転レベル4向け開発運用プラットフォームの開発をけん引する。専門はオペレーティングシステム、機能安全、サイバーセキュリティ。日系ベンチャーでエンジニアとして10年、複数の外資系企業で自動車向けオペレーティングシステムのプログラムマネージャーなど自動車業界向け製品開発と自動運転事業開発に13年従事した後、2020年にティアフォー入社。

国際規格の認証を取るだけでは不十分

――現在のお立場と、これまでにどのようなキャリアを歩まれてきたのか教えてください。

ティアフォーの製品の開発をリードしています。当社には三つ製品があり、そのうちの一つに「Web.Auto」という自動運転向けの開発運用プラットフォームがあります。この製品を担当しています。

専門領域はオペレーティングシステム(OS)で、機能安全とサイバーセキュリティが元々の私のバックグラウンドです。

大学を卒業した後は、日系のベンチャー企業で10年間働いた後、複数の外資系企業で13年間、主に自動運転向けOSのプログラムマネージャーや自動車業界向けの製品開発などに従事していました。具体的にはマイクロソフトに6年、ブラックベリーに7年間在籍していました。そして2020年、ティアフォーに入社しました。

最初は自動運転の一番下のレイヤーをつかさどる部署に、一エンジニアとして入りました。その後、社員の皆さんが私の経歴を知り、Web.Auto※1の製品の開発をリードする立場になりました。

※1 ティアフォーが提供する自動運転システム向けのクラウド型DevOpsプラットフォーム。自動運転ソフトウェアの開発・検証・運用を効率化するためのツールチェーンを備え、シミュレーション、CI/CD、データ管理、遠隔監視、OTA(Over-The-Air)更新などをサポートする。ティアフォーの自動運転ソフトウェアプラットフォームであるPilot.Autoと連携し、フルスタックで自動運転の社会実装を支援する。

――部門として特に注力していることは?

レベル4水準の自動運転移動サービスの商用運行と、その拡大を目指しています。車両1台の実証実験でうまくいくことと、既存の商用運行しているサービスを自動運転に置き換えることは次元の違う話です。実社会での自動運転サービス提供を実現するべく、私たちのチームは日々開発に取り組んでいています。

――過去を振り返り、仕事の中で商品やサービスの品質を意識したのはいつ頃ですか?

2003年頃、当時働いていた会社が品質マネジメントシステムに関する国際規格「ISO9001※2」の認証を取った時です。それまではテストや設計の仕方などは自前主義でした。エンジニアが長時間かけてソフトウェアを開発し、いざ完成したと思ったら動かないといったこともありました。このような状況に対して改善策を施すため、当時の社長を筆頭に、ISO9001の取得を目指しました。

※2 ISO:国際標準化機構(ISO)が定めた品質マネジメントシステム(QMS)の国際規格。番号の「9001」は、品質管理に関する「ISO 9000シリーズ」の中で、企業が認証取得の対象とする主要な規格を示している。

外部のコンサルタントから「プロジェクト計画書を作りなさい」という指示を頂きましたが、プロジェクト計画書が何かを理解するところから始まりました。ISO9001では体系立ててプロセスが定義されているので、それに基づいてプロジェクトを進めれば成果物も出せ、レビューの日程などもあらかじめ決めておける。そういったフレームワークになっていることを理解しました。

――以前と比べてどう変わりましたか?

「シフトレフト」という言葉がありますよね。ソフトウェアの品質チェックを開発サイクルの早い段階で行う手法のことで、V字モデル(ソフトウェア開発の各工程をV字で表した開発モデル)の中で実装よりも設計、設計よりも要件定義の段階できちんとテストを行い、バグなどを発見するといった考え方です。しかし当時は、この考え方とは逆で、最後の工程でテストする状態でした。

設計書のレビューも抜けており、単体テストもせずに結合テストをしていたこともありました。エンジニアは自信を持っていましたが、ソフトウェアは動かず、すぐにサービスが落ちていました。

それを是正するためにISO9001を取得しましたが、規格を取っただけでは状況は改善しません。実際、必要性を問うような反発もありました。

時間を経て、私たちがいいプロダクト、いいサービスを提供するためには必要なものということを、皆が少しずつ理解していきました。認証を取ってからプロセスが定着するまでは3年ほどかかったと思います。

安全性をどうやって証明するか

――その経験がベースになっていると思いますが、今はどのような形で品質活動に取り組まれていますか?

ティアフォーが重視するポイントは幾つかあります。例えば、国際規格でいうと、自動車分野向けの機能安全規格の「ISO26262」、意図した機能の安全性の「ISO21448」に規定されたSOTIF(Safety Of The Intended Functionality)※3と呼ばれているものがベースにあります。

※3 SOTIF:意図された機能の安全性を指す概念で、ISO/PAS 21448に規定されている。従来の機能安全(ISO 26262)が対象としない「故障がない状態でも危険が生じる可能性」に対応するための指針であり、特に自動運転や高度運転支援システム(ADAS)など、複雑なソフトウェア制御を伴う機能において重要視される。

まずは機能安全から始めましたが、自分たちでプロセスを決めて実践する点はISO9001と同じなので、以前の経験が生かされ、やりやすかった印象です。ただし、ターゲットは少し異なります。故障に対してどうするかということが機能安全においては求められ、SOTIFの場合だと性能限界や想定外の使い方による事故などをどう防ぐかが重要です。機能は故障せずに動いているけど、性能限界のために動かなかった、もしくは想定する使い方ではなかったためハザードが起きることがあります。ですから、この二つの国際規格を参考にして、自動運転の安定性を評価しています。

具体的には、最初にセーフティーゴールを決めます。走行環境を定義した上で、その環境でどのような事故シナリオがあるのか、その事故はどういうシチュエーションで起こるのかというところを列挙します。そして、特定の事故シナリオで事故を起こさないために、車両が自動運転でどう振る舞うべきかについて検討します。

最終的にV&V(Verification & Validation:検証と妥当性確認)の段階では、シミュレーションと実車評価の二つの試験でエビデンスを出し、セーフティーゴールが達成できているか、リスクが許容できる範囲まで定義されているかということを確認しています。

――どういった議論を経て、このような品質の仕組みが作り上げられたのでしょうか?

ISOの規格を取得することが目的ではなく、私たちは自動運転が安全であり、事故を起こさないということをあらゆる方法で証明しないといけません。その証明は非常に難しいのですが、その際にISO26262やSOTIFをツールとして利用できれば、そのフレームワークの中でセーフティーゴールを決めて、達成しているかどうかが判定できます。あくまでも安全性を証明するための手段なのです。

――さまざまなバックグラウンドを持った社員が集まっていますが、一言で品質と言っても捉え方にばらつきがあるのではないでしょうか?

Web.Autoの製品向けにQA専門チームがあります。そのチームが最終的な品質保証を行っています。グループのリーダーは社員に「品質とは何か」を意識してもらえるように日頃から話すようにしており、新入社員研修の中にも組み込まれています。

――QAチームができた理由は?

当社のクラウドサービスの中には、日々、自動運転車両を運用しているお客様が使う運行管理システムがあります。工場で使われる場合、システムが止まると、工場のオペレーションも止まってしまいます。製品を提供している立場として、このような状況を防ぐ必要があります。

また、Web.Autoには自動運転システムのモジュールが膨大にあり、非常に多くのマイクロサービスが動いています。このため、1カ所で行った変更が、いろいろなところに波及してしまう可能性がありま。だからこそ、品質を専門で管理するチームが必要になりました。

サービスの品質は会社の信頼に直結する

――改めて、藤井さんにとって品質とは何でしょうか?

一言で言うと「信頼」だと思います。個人としても品質のいい商品やサービスが欲しいですし、品質のいいものには価値があります。そして品質の高さとは、そのまま商品やサービスを提供している会社への信頼につながります。ですから、会社の経営戦略として品質はお客様からの信頼を得るためにとても重要な要素だと思っています。

――「品質=信頼」という定義に至った背景は?

私は洋服が好きなのですが、洋服の価値は価格ではなく、品質で決まると考えています。私は企業やブランドを信頼して洋服を買っており、そこで品質を実感しているのです。

ティアフォーでは、日常業務の中で自然と信頼という言葉が出てきています。私たちのミッションは、レベル4の自動運転の社会実装を推進することです。一方で、自動運転車両を不安に感じる一般の方たちもいます。だからこそ、ティアフォーが企業として信頼されないと、自動運転車両の社会実装はできないと考えています。

ティアフォーが開発するロボットタクシーの運用にもWeb.Autoが使われている

洋服やPCと異なり、自動運転では品質が悪いと事故が起き、乗車している方や周囲にいる歩行者などに怪我をさせてしまうリスクがあります。従って、品質に対しては細心の注意を払わないといけませんし、品質が高いからこそ企業への信頼が生まれます。

開発時でもバグが出たら直せばいいのではなく、その一つのバグが誰かを傷つけてしまうという意識を常に持たなくてはなりません。そこに関しては、車両側のソフトウェアチームも、クラウドサービス側のソフトウェアチームもしっかりした共通認識を持っていると実感しています。

――自動運転に対する法規制という“ジレンマ”と戦いながら、どう品質を担保しているのかが興味深いです。

当然、法令は必ず守ります。ただし、その範囲ではできることが限られているのも事実です。そうした状況下において、安全性評価に仮想世界で車両を走行できるシミュレーションを活用しています。例えば、日本でレベル4自動運転サービスを行うには、車両の自動運行装置の認可と、特定自動車運行の許可が必要です。私たちはそのために数十個のリスクシナリオを定義しています。

それら全てを現実世界のテストコースで評価しようとすると、さまざまな機材や専門の施設を手配する必要があり、非常に大きなコストがかかってしまいます。そうした課題に対して、当社はシミュレーションを活用するアプローチを採っています。現状、約5,000ケースのシナリオテストを、ほぼ毎日回している状況です。

――信頼の証明、要するに品質の証明はどのように行うのでしょうか? 世の中が一番納得感を得られるものは何ですか?

僕らが採用しているのは、自動運転モードで何キロ走れたかを示す「Miles Per Disengagement」という指標です。けれども、それだけでは一般の方々の信頼を得るには足りないと思っています。

自動運転は人の運転と比較されることが多いため、人の運転と異ならないレベルまで品質を高めることを大事にしています。

自動運転では、最初はレベル2で走行し、何か問題が起きた時には運転席にいるセーフティードライバーがハンドルを握ります。既にさまざまな地域においてレベル2で実証実験をやっていますし、石川県のJR小松駅と小松空港の間で自動運転バスの運行もしています。試乗会も何度もやっています。次第に、ほとんどの状況で人のサポートなく自動運転で走行できることが分かってくれば、レベル4でも問題ないという認識に変わるでしょう。

このように、まずはお客様に乗っていただき、自動運転を体験し、理解してもらうことが大切です。たった一つの取り組みだけで社会実装を促進することは難しいと考えています。いろいろな切り口で、一般の方々の自動運転への不安を払拭できる取り組みを行うことを心掛けています。

株式会社ティアフォープロジェクトエンジニアリング部 部長藤井 義也

自動運転レベル4向け開発運用プラットフォームの開発をけん引する。専門はオペレーティングシステム、機能安全、サイバーセキュリティ。日系ベンチャーでエンジニアとして10年、複数の外資系企業で自動車向けオペレーティングシステムのプログラムマネージャーなど自動車業界向け製品開発と自動運転事業開発に13年従事した後、2020年にティアフォー入社。

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