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品質をめぐる冒険:ミヤタビール・宮田昭彦氏「目指すのは、自然に次の1杯に手が伸びるビール。基礎的な衛生管理がポイント」

ミヤタビールオーナー、醸造家宮田昭彦氏

神奈川県出身。大学卒業後、光学機器メーカー勤務を経て、2014年に東京都墨田区で「ミヤタビール」を創業。都市型マイクロブルワリーの先駆けとして多数のビールを世に送り出し、現在はブランデー、シードルなどの製造も。

品質を守るための工夫は、どの業界でも競争力を左右する重要なテーマです。

ソフトウェア開発では再現性やテスト工程の徹底が欠かせませんが、食品製造の現場でも同様に、品質管理は事業の信頼性に直結します。今回は、その一例としてクラフトビール造りに注目し、都市型マイクロブルワリー「ミヤタビール」のオーナー兼醸造家の宮田昭彦氏に、品質へのこだわりとAIを活用した新しい挑戦について伺いました。

異なる分野に共通する品質への視点を探ります。

自然に高まり始めた、「お酒に関する仕事」への関心

――宮田さんはもともと会社員をやっていたそうですが、どのような仕事をされていたのでしょうか。

光学機器メーカーの海外営業部で、貿易事務をやっていました。といっても、何か特別な志望理由があって入社したわけではなくて、学生時代にふらふらしていたら、就職活動をやらないまま卒業を迎えてしまいまして。卒業後にハローワークでたまたま見つけたのがこの会社だったんです。

ただ、昔からものづくりには興味があったので、メーカーは性に合っている気がしましたし、海外営業部なら海外出張に行かせてもらえるのではないかという期待もありました。わりと前向きな気持ちで就職したのを覚えています。

――酒造りに興味を持つようになったきっかけは?

興味の端緒はビールではなく、ウイスキーでした。会社員時代によく通っていたバーでいろいろ教わるうちに、ウイスキーについてもっと知りたいと欲が出て、週末だけその店で働かせてもらうことになったんです。

もちろん、素人なのでシェーカーを振ることはありませんでしたが、それでも店を通じてインポーター(輸入代理店)さんと知り合えたり、プロ向けのセミナーに参加させてもらったり、いろんな役得がありました。そうやって業界のことを知っていくうちに、自分の中で自然と「お酒に関する仕事をやってみたい」という気持ちが芽生え始めたように思います。

――当時、宮田さんがイメージしていた「お酒に関する仕事」とは、どのような職種ですか。

それが具体的なプランは何もなくて、漠然と「小売店など売る側よりは酒を造る側に行きたい」と思っていた程度でした。ウイスキーの蒸留所に転職できれば良かったのでしょうけど、なにしろ2000年代後半の話なので、今のように日本各地に蒸留所が存在するわけではなく、求人もほとんどありません。そうかといって酒蔵やワイナリーに勤めたいかというと、なぜかあまり興味が持てなくて。

唯一、ウイスキー以外で気になっていたのが、当時少しずつ話題に成り始めていたクラフトビールでした。きっかけは白州の蒸留所へ行った際、たまたま近くにあった八ヶ岳ブルワリーというブルワリー(醸造所)に立ち寄ったことで、そこで飲んだクラフトビールが抜群においしかったんです。

時代的には、1990年代後半から始まった「地ビール」ブームが一段落して、しばらく冷え込んでいた市場が少しずつ活気を取り戻していた時期です。「地ビール」ではなく「クラフトビール」という言葉が一部で使われ始めたのもこの頃からだったと思います。

ビール業界への「転職」を諦め、「独立」を決意

――当時は独立ではなく、あくまで転職先の候補としてクラフトビール業界を捉えていた、と。

そうですね。ただ、栃木マイクロブルワリーの横須賀貞夫さんという方にお願いして、醸造の勉強は始めていました。横須賀さんは宇都宮市(以下、宇都宮)でマイクロブルワリーを営んでいて、小規模ながら多彩なビールをオーダーメードで造っている方です。そこで会社勤めの傍ら、定期的に宇都宮へ通って、醸造を一から経験させてもらっていたんです。

ちょうどこの時期、リーマンショックの余波で仕事が激減していて、時間的に余裕があったのも個人的には幸いだったかもしれません。宇都宮で醸造を学びながら、マイクロブルワリーの求人をチェックしたり、履歴書を持って押しかけたりしていました。

東京都墨田区にある「ミヤタビール」

――それが一転して、自ら起業してブルワリーを興そうと考えたのはなぜですか?

ブルワリーへの転職活動がなかなかうまく進まなかったというのもありますが、会社内でのタイミングも大きかったと思います。退職を考え始めた頃に、上司の業務を引き継がなければならなくなり、「この仕事を引き継いでしまったら、当分辞められなくなるかもしれない」と危機感を覚えたんです。

今ならもう少しうまく立ち回れたのかもしれませんが、結局これを機に退職することになり、引き続き宇都宮で醸造を学びながら、ブルワリーを開くための物件を探し始めました。数カ月かけて地道に探し続けて、ようやく見つけたのが現在のテナントで、もともとはラーメン屋だった物件です。

醸造直後の鮮度とおいしさを保つ秘訣とは

店頭では3種類のビールと蒸留酒が楽しめる

――そして「ミヤタビール」を開いたのが2014年。基本的な質問ですが、ビールはどのような手順で造るれるのでしょうか。

簡単にいうと、まずお湯に麦芽を入れ、麦芽の酵素が働く温度に保つと、酵素がでんぷんを糖化します。これをろ過した後、煮沸してホップなどで風味付けをします。そうして出来上がった麦汁を冷却して酵母を入れると、その酵母が糖をアルコールと炭酸ガス(二酸化炭素)に分解するのです。

クラフトビールの場合はさらに、野菜や果物、ハーブなど多種多様な副原料を使うことになりますので、宇都宮で醸造を学び始めた時にまず思ったのは、「ビールとひと口に言っても、こんなにいろんな造り方があるのか」ということでした。例えば黒ビールにかんきつ系のフルーツを合わせているのを初めて見た時にはすごく驚きましたが、バーなどのお通しでよくチョコレートとドライフルーツがセットで出てくることを思えば、むしろ相性はいいわけです。

――宮田さんがビールを醸造する上で日頃から心掛けていることは何でしょうか。

何か特別なことをやっているつもりはないのですが、強いて言えば衛生面への配慮は大きいかもしれません。初めて宇都宮で醸造作業に立ち会った時、「こんなに頻繁に手指や器材を消毒するのか」と驚いた記憶があります。だから、雑菌が混入して汚染されることを最も恐れています。

また、これもいろんな考え方があるので一概には言えないのですが、例えばビールの醸造にはドライホッピングという手法があります。通常ですとホップは麦汁を煮沸するタイミングで投じるものですが、ドライホッピングは冷却後にホップを投じることで、香りをより際立たせる手法です。

ただ、この手法は衛生管理がより難しいことや、醸造から時間がたてばたつほど香りが抜けてしまう不安があり、私はこれまでトライしたことはありません。自分なりのこだわりとして、時間と共に味が変わってしまうビールよりも、数週間、数カ月たっても最初に設計した通りの味を楽しんでほしい気持ちがあるからです。

再現性の高い品質で仕込める醸造家でありたい

――味や風味をいかに保つか。これは非常に難しい問題ですね。

そこはもう、細かな試行錯誤の連続ですね。以前は、ビールを醸造してタンクに詰めた後、そのタンクの中にホップを投じて香り付けをしていた時期もあるのですが、タンクの上の方と下の方で微妙に風味が変わってしまうのが嫌で、このやり方は止めることにしました。

――一方で醸造酒の場合、そうした変化や違いを楽しむ愛好家も多いと思います。

そうなのですが、私は毎回、同じ造り方で同じ味に仕上がるという、再現性を重視しています。飲み手の方にも、いつ飲んでも同じ品質を楽しんでいただくのが理想で、再現性が確立されていることが、造り手としての安心感につながっているんです。

もちろんクラフトビールですから、タンクごとの微妙な仕上がりの違いを楽しむ方がいるのも理解しています。ただ、私はその微妙な違いを狙って造れなければいけないという気持ちが強いのです。この辺りは単に、性格や好みの問題なのかもしれませんが。

ミヤタビール内、醸造と蒸留の設備が所狭しと並ぶ

――ビールの醸造は酵母が主役の一つであるように、生き物相手の仕事だからこその難しさがありそうですね。

それはその通りだと思います。私の場合、同じ酵母をできるだけ使い回しているのでなおさらです。

――酵母を使い回すとは、どういうことですか?

繰り返しになりますが、ビールは麦芽の糖を酵母が食べて、アルコールを生成する飲み物です。この酵母を一度の醸造で使い捨てにせず、可能な限り再利用しているんです。これにはコスト削減の目的もありますが、買ったばかりの新しい酵母よりも、すでに活性化している酵母の方が食い付きが良く、発酵が早くスタートするメリットを感じています。

理論的に考えても、発酵が早く始まった方が他の菌が繁殖するリスクが下がるので、それだけ仕上がるビールの品質も向上するはずです。もう何年も新しい酵母を仕入れていないというと、同業者の方には結構びっくりされますね。

――なるほど。酵母の再利用もまた、宮田さんが造り出すビールの品質に寄与しているわけですね。

結局、自分が目指す理想のビールを言語化すると、「欠点を極力排除した、もう一杯飲みたくなるビール」ということになるのだと思います。私自身、一人の飲み手としてビールを口にした際、香りや味などどこかに引っ掛かる点を感じると、「どのプロセスで何が起きるとこうなるのだろう」と、原因を考えてしまいます。理想はそういうことをごちゃごちゃ考えず、自然に次の一杯に手が伸びることですから。

話題を呼んだ「AIビール」プロジェクト

宮田さんはさまざまま原料を組み合わせでオリジナルの酒を造りだす

――ミヤタビールではこの10年、さまざまな種類のビールをリリースしてきたと思います。とりわけ印象的なものを挙げていただくとすると?

副原料についてはショウガや紅茶、タカキビ(イネ科の穀物)など、いろんなものを使ってきましたが、レシピを作る上で目新しかったのは「AIビール」でしょうか。

これはあるビアバーとのコラボレーション企画で、これまでの私の醸造レシピを、当時話題に成り始めていたChatGPT(対話型AIサービス)に読み込ませて新しいレシピを生成し、それを実際に醸造するという取り組みです。

――ユニークな試みですね。普段のビール造りと比べて、勝手が異なるものなのでしょうか?

私の立場としては、ただ過去のレシピを提供し、生成されたレシピを再監修するのみなので醸造作業自体はいつも通りなのですが、ChatGPTに与えたプロンプトに「この醸造家が過去に使ったことのない副原料を使う」というのがありました。その結果、自分ではまず思い付かないだろうという100のレシピがアウトプットされてきました。この辺りは短時間で量を出せる、AIならではの特性を感じましたね。

ただ、あまり現実的ではない食材、口にするのに適さない原材料なども含まれていたため、企画担当者が10~20までレシピを絞り込み、最終的に私が醸造スケジュールに見合ったレシピをセレクトする、というプロセスを踏みました。

――実際に出来上がったAIビールは、どのようなビールだったのでしょうか?

抹茶をフレーバーに利かせたビールでした。私の頭の中には、抹茶を使う発想はなかったので、これは面白かったですね。この時はアメリカ産のホップを使っていて、抹茶との相性が予想以上に良くて驚きました。抹茶は今後も使う機会があるかもしれません。

店内に貼られたポスター。抹茶等の副原料の情報を基にAIで作成(筆者撮影)

――ビールの品質をチェックする際、どこを見るべきでしょうか。

一般的なテイスティングの手順でいうと、まずはグラスを光にかざしてボディーの色味を見ます。酸化が進むと少し黒っぽくなることがあるので、もともとの設計に対してどのような色をしているかチェックしているわけです。そして次に香り。よくいわれるのは劣化から生じる“段ボール臭”で、これも酸化による劣化を示すサインです。

そして最後は味ですが、あまりクリアに感じられないビールは、例えば発酵にかかる時間が長過ぎるとか、何らかの理由があるはずです。そもそも予定より長く時間を要している時点で、イレギュラーな原因を疑うべきで、その原因が特定しにくいのが醸造の難しさだと思います。

――醸造の難しさと奥深さを表す言葉ですね。

実際、人的なミスによるところも往々にしてありますからね。だからこそ、造り手としてできる限りのことをやり、毎回同じ品質を保つ努力をしなければなりません。ビールをタンクに詰める作業一つを取っても、先に炭酸ガスを使ってタンクの内部から酸素を抜く作業を徹底するのがセオリーですが、このプロセスが甘いと出荷後にどんどん酸化が進んでしまいます。

でも、こうして何年やっていても、正直まだまだ分からないことだらけです。考えられるケアを全て完璧に徹底したつもりでいても、なぜか酸化が進んでしまうようなこともありますし、逆に意外なくらい品質が長く保たれるケースもあります。日々、勉強ですね。

――クラフトビールが人気を呼んでいる今、国内のマイクロブルワリー数は間もなく1,000社に達するといわれています。これはミヤタビール創業時のおよそ4倍の数字です。このブームに何か思うところはありますか。

市場が盛り上がるのはいいことですし、全体的なレベルもすごく上がっていると思います。ただ、香りや風味の強い副原料を使い、個性を際立たせようとするあまり、酸化が進んでいることに気付かずビールをリリースするようなことがあってはいけません。一見普通の、オーソドックスなビールでこそ本当の腕前が問われるはずですから、やはり基礎をおろそかにしてはならないと思います。

――宮田さんはビールだけでなくワインやブランデー、シードルなど他の酒類の製造にも幅を広げています。酒造りを縦横無尽に楽しんでいる様子がうかがえますね。

ビール造りを追求するうちに、いろんな資料や文献に目を通すようになり、そこにちょっと変わったお酒や製法が載っていると、ついつい手を出したくなってしまうんです。

私の場合、ビールに続いて果実酒を造るようになりました。当初は麦汁を果汁に置き換えればいいのだろうとシンプルに考えていたのですが、実際には果物には状態が常に一定ではないからこその難しさがありました。

ワイナリーが一般的に行っている手法として、理化学分析を行って足りない成分を足すことで安定して醸造できるようにする方法もあるのですが、私は余計なものを足したくない気持ちもあります。

そこで、酸っぱくなり過ぎるなどシードル(*1)としての出来がいまひとつの場合は、蒸留してリカバリーすることもやっています。また、シードルとしてうまくできた場合でも、澱の部分を蒸留して使うこともできます。こうして果実酒の免許を持っていたことでブランデー(蒸留酒)免許が取りやすく、数年前からラキヤ(*2)という東欧の蒸留酒も造り始めたんです。

*1 りんごを発酵させて造る蒸留酒
*2 さまざまな果物を発酵させて造る蒸留酒

こうしてその時々の興味や関心をすぐに実現できるのはとても楽しいことです。酒造りの難しさには毎日直面していますが、いずれのお酒においても引き続きより品質を上げていけるよう、さらに勉強したいと思っています。


ソフトウェア開発とクラフトビール醸造は異なる領域ですが、品質を守るための取り組みには共通する視点が見えました。宮田氏が語った「再現性」「衛生管理」「プロセスの徹底」は、ITの世界における「テスト工程」や「リスク管理」に通じる考え方です。
また、AIを活用したレシピ生成は、データを基に新しい価値を生み出すという点で、ソフトウェア開発の進化とも重なります。
品質を追求する姿勢は、分野を超えて重要なテーマであるということを感じさせられるインタビューでした。

ミヤタビールオーナー、醸造家宮田昭彦氏

神奈川県出身。大学卒業後、光学機器メーカー勤務を経て、2014年に東京都墨田区で「ミヤタビール」を創業。都市型マイクロブルワリーの先駆けとして多数のビールを世に送り出し、現在はブランデー、シードルなどの製造も。

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