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【連載】品質をめぐる冒険:哥麿会・田島会長「万人に受ける品質はない、品質の答えは己の中にある」

一般社団法人 全国哥麿会3代目会長田島 順市氏

普段は富士総業開発の代表を務めるかたわら、1983年から哥麿会会長を務める。積極的にチャリティー活動を行い、その活動は全国に広がっている。

日本のデコトラブームに火をつけたのは、1975年公開の菅原文太、愛川欽也主演『トラック野郎・御意見無用』を思い浮かべる人が多いでしょう。それより以前、高度経済成長に伴い、デコトラの文化は広がっていきました。この立役者となった『トラック野郎・望郷一番星(1976年公開)』映画の撮影にあわせ、製作協力団体として結成されたのが今回話を伺った哥麿会です。映画撮影協力を終えた後もデコトラ文化を継承する役割を担い、現在はおよそ300名の会員と共に、全国で活動しています。

最近はデコトラ自体もさまざまな環境の変化を受け少なくなる中、過日、デコトラアートエキシビションが栃木県宇都宮市の大谷資料館で開催され、日本のサブカルチャーとして根強い人気を誇るデコトラ7台が展示されました。約1万4,000人の来場者を記録し、その人気の高さがうかがえます。

今回、特別協力として参加した哥麿会の3代目会長をおよそ40年務める田島氏に、“走る芸術”デコトラの品質について話を伺いました。

なお、田島さんのコメントは、ご本人の粋で気っ風の良い雰囲気を読者の方々へお伝えすべく、本記事では田島氏の口調に近い表現でお届けします。

デコトラアートエキシビションWebサイトトップページ
当日は合計7台のトラックが大谷資料館へ展示された。

“走る芸術”デコトラが仕上がるまで

ーデコトラの定義について教えてください。

田島:デコトラはドライバーが所有するトラックに、数年、時には10年以上かけてデコっていくものだ。装飾はいろいろあるけれども、ハシゴ、シートデッキ、ミラーステー、バンパーの四つが基本だな。

トラック自体は頭が小さくてボディーがスッキリしているとデコりやすい。人間で言えば8等身のようなスタイルの良さがあると、装飾を付けてもバランスが取りやすいんだよ。だからアメリカのコンボイみたいなトレーラーだと似合わないんだよ。あれはキャビンだけがデカいから。飾りを付けたら逆にかっこ悪くなっちゃう。だからコンボイ風なトラックはハシゴを付けずに、後ろの絵だけ付けたりするね。

日本の新車も、最近はみんなコンボイ風になってきちゃって、スーパーハイルーフとか、キャビンの上に寝泊まりできるスペースが付いてるでしょ。あれがあると、シートデッキが付かないんだよ。だから、あえてハイルーフじゃない、低いキャビンのほうが飾りやすくて、付けてかっこいいね。

ートラックは個人所有の車両で制作されるのですか?

田島:会社で所有しているところもあるが、会社だと管理にお金もかかるので大変なんだよな。それに仕事を回してくれる会社がこういう派手なトラックを敬遠するんだよ。ほとんどは個人所有だな。会社のトラックでも、半分個人所有で給料から天引きされるようになってるよ。

トラック作り自体は、頼めるいろんな会社があるよ。パーツ屋、絵付け、板金屋。こういった会社や個人もこだわりとプライドがあるから、大体同じところに頼むのが多いかな。ないパーツは特注したり、中古を探したりするんだよ。時にはドライバー同士でパーツを融通し合うこともあるな。『一番星※』に積んでる発電機は俺が前に使ってたやつだね。

※映画『トラック野郎』シリーズに登場する主人公・星桃次郎の愛車で、デコトラ文化を象徴する存在として知られている。

絵は特にすごいね。今まで描いていたものにちょっとでも違う絵師が手を加えると、元の絵師はもう描かないなんてこともある。絵師は特にこだわりが強い。

ー専門の絵師さんがいらっしゃるのですか。

田島:いや、普段はちょうちんや町の看板なんかを作っているんだよ。でもデコトラは看板とかのように細かくは描かなくていいんだ。看板は置いているときにいいなと思えばいいけど、デコトラは逆だからね。動いている姿が映えるように描かないといけない。

だから絵師のために3年待ったこともあるよ。実際描きだしてしまえば15日くらいで出来上がるんだけどね。

ーデコトラ一台を完成させるのに時間やコストはどれくらいかかるのでしょうか。

田島:ピンからキリまであるね。キリのほうで大体3,000万くらい(トラック本体を除き)かな。一台の三面の絵だけで1,000万近くなることもあるよ。

新しくデコトラを作ろうと言って、じゃあ金かければ何だってできるかというとそうじゃない。あの人のがかっこいいから、ここをまねしたい、これはここの部品がいいな… というのをずっとやっていくと、大体10年くらいかかるんだよ。そうやって、だんだん「いっぱし」になっていく。10年でも早い方だよ。

ー絵や装飾だけでなく、デコトラは名前も特徴的ですよね。

田島:そう。コンセプトを作るのに、名前から付けるんだ。生まれた子供に名前を付けるだろう。例えば、「あおい」なら、塗装は青だとか。そこからなんだ。俺のは“桜”だな。(編集部註:田島会長のダンプカーは「第三夜桜丸」と名付けれられている)

名前が決まらないときは、嫁さんや子供の名前をつけるんだな。相談がきて、俺が名付けるときもあるよ。名前と本体が全くイメージが違うとしっくりこないだろう。名前がデコトラの質を決めるんだよ。それからデザインを決めていく。

その次に内装。一年中世話になるところだから。外側は最後なんだよ。

田島会長のダンプカー「第三夜桜丸」前面

完成はない、時代やはやりを取り入れて直し続けるデコトラ

ーさまざまなデザインやこだわりもあるなかで、どんな要素が理想のデコトラを決めるのでしょうか。

田島:テーマの一貫性とバランスかな。さっきも言った通り、どだいのトラックがデコりやすいと、その後もバランスがとりやすい。でも、やってるうちに新しいパーツをつけると、それだけで雰囲気が変わったり、最初の構想と違ってくる。一つ新しいパーツを付けるだけで、隣につけるものが変わってきちゃう。

あとは世の中のブームがあるからな。デコトラ作りに終わりはない。例えばLEDだと、旧型のライトと色合いが全然違うんだよ。だからランプをLEDに全部付け替えたり、逆に流れに逆らって、あえてLEDを使わなかったりする。

デコトラ作ってるやつは“ひねくれ者”なんだよ。世の中のブームだからとか、みんながいいと言ってるから、そのまま取り入れるっていうやつは本物じゃねぇんだよな。だから同じトラックは世の中に一つとしてない。

俺のダンプなんか七回も絵を書き換えてるよ。背面にはメッセージを書くんだけど、その時の時代と、その時考えていることなんかを書く。

ー非常に柔軟なんですね?

田島:そう、時代に合っていればいいのよ。前はだるまの絵に「不動心」って書いてたな。決まったものでもいいけど、そういうのは一番星みたいに変えちゃいけないものだけ。変えていかないと面白くねえよな。

伝統を引き継ぎ、居場所を作り続けた哥麿会 つないだデコトラの文化と助け合いの心意気

ーイベントではトラック野郎世代の現役世代ではない、若い層もたくさん来場していますね。どういった普及活動をされているのでしょうか。

田島:普段は交通遺児のためのチャリティー活動をしているよ。あとは災害が起きれば被災地まで物資を運んだり、災害募金を募ったり。

元々はトラック野郎の撮影協力団体だったけど、映画撮影が5年で終わっちゃった。そうすると、映画に出るために一生懸命トラックを飾ってた連中の「見せ場」がなくなっちゃったわけ。中途半半端な状態で、これからどうしようってなってる仲間がたくさんいた。その時俺が会長になったもんだから、このままじゃみんなが困るだろうと。行く方向を見つけてやらないといけないと思ったんだ。

それで始めたのが、社会貢献活動。その頃はまだ災害は今ほど多くなかったから、まずは交通事故で親を亡くした子供たち、交通遺児を支援する活動から始めた。交通遺児を応援する会と一緒にね。それが俺たちの活動の原点。

ボランティア活動として、災害支援も始めるようになった。熊本地震(2016年)、長崎の雲仙普賢岳噴火(1990ー1996年)、新潟県中越地震(2004年)、そして東日本大震災(2011年)。新聞やテレビで報道されるような大きな災害があった場所は、ほとんど全部行ってる。東北には13年間で150回以上行ったかな。能登半島地震(2024年)も、もう11回行ってる。

行く時は、トラック4、5台分の支援物資や炊き出しの道具を積んでいく。炊き出しも、一回で3,000人分くらい作るよ。全部、手弁当。ここまでやってると、やめるに止められないんだよ(笑)。

最初は、俺たちみたいなのが行くと、周りもびっくりしてたよ。「なんだ、あの派手なトラックは」って。場所も貸してもらえなかった。でも、続けていくうちに、だんだん認めてもらえるようになった。

今じゃ、災害が起きると「哥麿会はまだ来ないのか」って電話がかかってくるくらい。俺らは自衛隊じゃねえんだぞって思うけど(笑)。でも、そうやって待っててくれる人がいると思うと、止められないんだよ。言われてから行くのと、言われる前に行くのとでは、相手のありがたみが違うからね。

変わりゆく社会の中で、根強く人を惹きつけるデコトラの品質ー支えるのは個性派ぞろいのドライバーそれぞれの「己の哲学」

ーデコトラ文化を支える哲学は何なのでしょうか。

田島:哥麿会に入ってくるやつらは、はっきり言って、ひと癖もふた癖もある連中ばっかりだよ。みんなそれぞれ違う。だから、その一人一人に合わせて指導していかないと、まとまらない。

特に癖があって聞かないやつには、「とりあえずゴミを拾え」って言うんだ。どこに行ってもゴミを拾っていれば、周りの見る目も変わってくる。ゴミを拾いながら「己を拾え」ってこと。それが一番楽だろって。難しいこと考えなくていい、ただ拾えばいいんだから。

そうやって、一人ひとりが自分のやり方で輝ける場所、それが哥麿会なんだ。みんな違うから面白い。同じような人間ばっかりじゃ、つまらないだろ。

ーデコトラにとって品質とはなんでしょうか。

田島:自分がいいと思ったものが、一番いい品質だよ。万人に共通するいい品質なんてない。使った本人が満足すれば、それが最高の品質なんだ。デコトラをやってるやつらが社会貢献をして一本筋を通しているから、認められて、周りから涙を流して感謝をしてもらえる。

デコトラやってるのは、みんな「ひねくれ者」なんだよ。人がやってることはやりたくない。だから、一台として同じデコトラはない。みんな違う。それがいいんだよ。

トラック野郎に登場した「一番星」。イベント会期中は多くの人が訪れ、ライト点灯を待っていた。

一般社団法人 全国哥麿会3代目会長田島 順市氏

普段は富士総業開発の代表を務めるかたわら、1983年から哥麿会会長を務める。積極的にチャリティー活動を行い、その活動は全国に広がっている。

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