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【連載】品質をめぐる冒険:「単なるこだわりではなく、本当に品質を追求している人」と作るものづくり

株式会社陽と人(ひとびと)代表取締役小林味愛(みあい)氏
慶應義塾大学 法学部 政治学科卒業後、衆議院調査局入局、経済産業省出向、株式会社日本総合研究所を経て、福島県国見町に株式会社陽と人設立。 福島県の規格外農産物の流通など福島の地域資源を活かして地域と都市をつなぐさまざまな事業を展開。2020年には国見町のあんぽ柿の製造工程で廃棄される柿の皮を活用したフェムケアブランド『明日 わたしは柿の木にのぼる』を立ち上げ。第9回環境省グッドライフアワード特別賞など数多くの賞を受賞。商品の販売にとどまらず、経済産業省フェムテック実証事業など、女性の健康課題に関する研修など医療の専門家と連携しながらさまざまな普及啓発活動も行う。内閣官房「新しい地方経済・生活環境創生会議」有識者構成員など政府の委員も務める。
目次
「社会の役に立ちたい」祖父から教えられた利他の精神
ーー社会的起業されている小林さんですが、どのようなバックグラウンドをお持ちなのでしょうか。
もともと本当に社会の役に立ちたいな、という純粋な思いがすごくありました。
私は1987年生まれなのですが、物心ついた幼少期に、地下鉄サリン事件(1995年)や阪神・淡路大震災(1995年)、そして9.11(米同時多発テロ、2001年)といった出来事をテレビの映像を通して目の当たりにしてきました。その映像が幼少期に焼き付いてしまったのです。

――衝撃的な出来事が続いた時代でした。
はい。小学校、中学校の時に、「人間って何なんだろう」とすごく考えさせられました。こんなにあっという間に人の命はなくなってしまうのかと、ものすごくショックを受けました。そして、「何のために生きるんだろう」ということを、ずっと考え込んでしまった時期がありました。
――その問いに、どのように向き合われたのですか。
祖父が言ってくれた言葉が大きかったです。「困っている人がいたら助けるのが人間だよ」と。その時に、ああ、そうか、と思いました。「何のために生きるか」という答えのない問いに暗く考え込んで生きているよりも、「どう生きるか」をもっと選んでいこう、と決めたのです。
「鉄の女」と呼ばれた官僚時代と女性活躍の現実
ーーそのような学生時代を経て、その後はどのようなキャリアを歩んでいるのでしょうか。
大学を出て、衆議院事務局へ入局し、出向先の経済産業省で働きました。ちょうど私が経済産業省にいた頃、「女性」と「経済」という言葉が深く結びつけられる大きな転換期がありました。「なでしこ銘柄」や「女性活躍」がうたわれ、企業の生産性向上や企業価値の向上に、多様性や女性の力が必要だ、という経済のロジックにうまく組み込まれていった時期です。私も「追い風だ」と思って、本当に一生懸命働きました。ただ、私自身がアンコンシャスバイアス、つまり無意識の思い込みをすごく持っていたな、とも思います。私が衆議院事務局に入った時、「女性で私立大学出身のキャリア採用は初めてだ」と言われたんです。大学時代までは意識しなかった「女性である」という性別を、社会に出てから一気に意識させられました。

――当時の職場環境はどのようなものだったのでしょうか。
やはり男性が多い中で、実質的に評価されていたのは「長時間労働ができる人」でした。長時間労働ができるということは、仕事の処理が速いだけでなく、さらに膨大な量をこなせるということです。結果としてその人に仕事が集中し、ずっと働き続けるというような姿が評価されるモデルのように感じていました。
――ご自身も、相当な長時間労働を経験されたと伺いました。
残業が月300時間なんていうこともありました。当時は役所で「鉄の女」というあだ名をつけられていましたね。とにかくがむしゃらに働くし、弱音も吐かない。それどころか「(他の人が)できないならやります」と、自ら仕事を引き取りに行くような働き方をしていました。
――なぜ、そこまで働かれたのでしょうか。
女性活躍と言われ始めた時代ではありましたが、「自分も結果を出さなければいけない」と、どこかで強く思っていたのだと思います。しかしその裏で相当な無理が生じていると感じていました。いわゆるロールモデルとして活躍されている女性たちも、子育てと仕事を両立している方は、やはりご両親のサポートがすごく手厚かったりします。あるいは、早く帰宅しても、お子さんが寝た後の深夜2時に平気でメールが飛んでくる。「こうしないと女性は活躍できないのか」と思うと、本当に嫌になりました。その歯車から抜けたい、どこかで耐えられなくなるとも思っていました。
もちろん男性も大変だということは理解していますが、現状では家事や育児を含め、女性の役割が暗黙的に多くなっています。働き方に関する暗黙のプレッシャーを抱え、さらに体の仕組みが違うからこそ、健康にも影響が出やすいのです。実際私も女性特有の影響が出ていて、でも周囲に知られたくないので、昼休みにこっそり職場を抜け出して通院する時期もありました。
いざ福島へ移住。働くには起業するしかなかった
ーーその後、福島で起業される間に、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
経産省で働いた後、より手触り感のある仕事を求めて、地方創生のコンサルタントに転職しました。そこでもがむしゃらに働いていたところ、業務で訪れた福島がとても印象に残りました。
転職先の仕事で地方を飛び回りながら、現地の方々と話していくわけですが、実際自分は何もしていません。ですが、給料は上がっていきます。そのギャップに疲れ、先を決めないまま、仕事を辞めて、移住するならばここにしたいと考えていた福島に引っ越しました。ですが、働くところを決めずに先に移ってしまったんです。町役場に職はあったのですが、女性なので事務職しか選択肢がありませんでした。なので心機一転「起業するしかない!」と思い、陽と人を創業することを決めたんです。
地産地消で、現地に根付く商品を扱いたいと考え、目を付けたのが果物でした。果物を扱う業界にいざ飛び込んでみると、新しく入った私の視点からはとてもごちゃごちゃしているように感じました。果物という商品の特性上、見た目だけでは中身の質が分からないので、生産者でも商品の差別化ができないこともあるのです。ですが、桃は栽培方法によって、見た目どころか味や食感までも全然変わってしまうことが分かりました。糖度計を使って、糖度が高いか低いかだけを見てもダメなんです。土壌までしっかりチェックして、嘘をつかない生産者がどれくらいこだわって、どういうことをしているかを見ないと品質は分からないことを身をもって学びました。
陽と人の考える品質とは:「人との信頼」

ーーでは、どのように品質を担保されているのでしょうか。
実際に果樹農家さんや流通に携わる方々からさまざまな話を見聞きしたり、実際にできたいい桃と向き合ったりしたので、陽と人は「単なるこだわりじゃなく、本当に品質を追求している人」としか取引しないと決めています。狭い町なので、生産者同士は誰がちゃんとやってて、誰が嘘をつくか知っているからです。私たちは株式会社ですが、ある意味組合的な意思決定で「この人は取引先には入れたくない」と仲間の誰かが言ったら入れないようにしています。その際、栽培方法はもちろん、生産者の人柄まで見ています。だからこそ、みんな「うちの会社としての品質を落とせない」と言ってくれるんです。
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そうやって、生産者の実践を聞いて、本当に良いものだけを出荷する。規格外品の中からでも、しっかり品質を保つ。科学的なセンサーだけじゃなく、人間の味覚が「美味しい」と感じる品質を追求しています。経済的なセーフティーネットとして、誰でも桃を出荷できる場所も必要だと思います。ですが、私たちのビジネスは顔が見える形で責任を持って売っていくと決めました。だからこそ人柄まで見るというのは、すごく大切にしています。
品質を創る信頼を、未来へ
ーー小林さんのお話から、果樹農家さんの長年の努力が伺えます。
そうなんです。果物の木は生育に10年以上かかるんですよ。それを維持するのは、やっぱり家族代々の仕事です。それぞれの家庭でやり方も違います。最近はそれらをもっと良くしていくにはどうしたらいいんだろうと考えています。
例えば、AIの活用です。天候は、特に収穫時の雨や台風は、とても重要な要素になりますよね。AIによる天候予測や台風リスクの分析などは、発展が進む分野の一つです。作物によっては、肥料をやる時期やコストなどのデータを入れて最適化できるようになります。一番やりやすいのは温室栽培ですが、露地栽培の桃は難しいですね。この辺りは取り組んでいきたい分野の一つです。
働く女性、女性ならではの悩みに贈る、果物の力
ーー陽と人では、果物を使った商品も開発されているのですよね。
はい。あんぽ柿の製造工程で廃棄される柿の皮を活用したフェムケア製品を開発しました。
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あんぽ柿は福島の名産品です。廃棄される果物の皮と、自身の経験からも課題感を持っていた、女性に向けた製品を開発しました。免疫が落ちると女性特有の病気にもかかりがちですから。
また、働く女性、さらに更年期が重なると睡眠に悩みを持ちやすいので、パラマウントベッド社と、更年期女性のセルフマネジメントと睡眠状態に関する研究を行いました。そこでは働く更年期女性の約7割が不眠の症状を有する可能性があることが分かりました。その調査結果をもとに、睡眠を助けるアロマスプレーを共同で開発しています。
他にも、日本郵政グループ・JR東日本グループと連携し、畑から食卓まで責任あるサプライチェーンを構築するための輸送実証実験を行うなど、サステナブルで一人ひとりのウェルビーイングが両立する取り組みを広げています。
ーー今後予定されている取り組みはありますか。
出荷できない「落ち桃」で何かできないかなと考えています。国見町や福島県内の企業と連携して、新たな特産品を作りたいです。
そして、ビジネスと信頼関係がイコールになっている世界をもっとスケールさせたいです。
冒頭お伝えした残業300時間なんていう重苦しい経歴をお伝えすると、すごく硬くて重い人間だと思われてしまうかもしれません。ですが、もともとは本当に社会の役に立ちたいなという純粋な思いが、私の原動力です。この情熱を胸に、日本の果樹産業の未来と可能性を切り拓いていきたいですね。

株式会社陽と人(ひとびと)代表取締役小林味愛(みあい)氏
慶應義塾大学 法学部 政治学科卒業後、衆議院調査局入局、経済産業省出向、株式会社日本総合研究所を経て、福島県国見町に株式会社陽と人設立。 福島県の規格外農産物の流通など福島の地域資源を活かして地域と都市をつなぐさまざまな事業を展開。2020年には国見町のあんぽ柿の製造工程で廃棄される柿の皮を活用したフェムケアブランド『明日 わたしは柿の木にのぼる』を立ち上げ。第9回環境省グッドライフアワード特別賞など数多くの賞を受賞。商品の販売にとどまらず、経済産業省フェムテック実証事業など、女性の健康課題に関する研修など医療の専門家と連携しながらさまざまな普及啓発活動も行う。内閣官房「新しい地方経済・生活環境創生会議」有識者構成員など政府の委員も務める。
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