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e-Mobilityが切り拓く新時代
~e-Mobility開発およびサービスに求められる視座とは~

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私は1989年に三菱自動車に入社後、主にインパネやエアバッグなどの内装設計を担当しました。2005年からは電気自動車の量産開発を目指すプロジェクトに移り、そのプロジェクトマネージャーに就任しました。その際はまだ名前は付いておりませんでしたが、後に市販車として世に出た「i-MiEV」です。

その後、三菱自動車の代表として、急速充電規格の1つである「CHAdeMO」の協議会に幹事会メンバーとして参画しました。2015年の独立後は、主に内外の自動車メーカーに対する電気自動車の開発支援や、自動車部品メーカーの中長期的な経営戦略支援などに従事しています。

本講演では、電気自動車の現状と日本の取るべき戦略についてお話しします。今回のプレゼンは私がこれまで培ってきた経験や知識、調査分析などを踏まえた独自の見解であることを、あらかじめご留意いただければと思います。

※この記事は、『ベリサーブ オートモーティブ カンファレンス 2022』の講演内容を基にした内容です。

和田 憲一郎

株式会社 日本電動化研究所
代表取締役
和田  憲一郎 氏 

電気自動車の呼称と分類整理

一口に電気自動車と言っても、以前は国やメーカーによってさまざまな呼称が使われていました。現在は日本でも世界的に統一された表記が採用されています(図1)。一般的に言われるバッテリー充電式自動車はBEV(Battery Electric Vehicle)、燃料電池車はFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle)、プラグインハイブリッド車はPHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)、ハイブリッド車はHEV(Hybrid Electric Vehicle)で、国際的には3つの分類で呼ばれていることが多いです。本講演でも、これらの名称に沿って論を進めていきます。

自動運転実現に向けた政府の推進体制

図1:電気自動車の国際的な分類表記

ゼロエミッション車への流れが加速

現在、多くのメディアでは「ゼロエミッション車」またはZEV(Zero Emission Vehicle)と呼ばれる、排ガスが全く出ないクルマに関する話題が毎日のように取り上げられています。この背景には当然、地球温暖化や大気汚染の問題もありますが、ここ1~2年の間にこれほど活発な議論が巻き起こった要因としては、欧米における厳しい環境規制の影響と考えています。

現在の世界の自動車販売台数を見ると、2021年に世界で販売された新車の販売台数は約8,300万台で、このうちの7割を中国、米国、欧州が占めています(図2)。つまり、欧米中の環境規制強化に対応していかないと、自動車ビジネスが成り立たないことを示しています。

また、2021年の日本の自動車メーカーの全世界での生産台数は2,355万台で、このうちの7割近くを海外で生産・販売しています。国内で生産して海外に輸出している台数を加えると、全体の8割強を海外で販売していることになります。日本の自動車産業を伸ばしていくには、欧米中の市場を抜きには考えられません。このような理由から、日本の自動車産業は欧米の環境規制強化に対応せざるを得ない状況にあります。

世界の新車販売台数(2021年)

図2:世界の新車販売台数(2021年)

米国カリフォルニア州の新ZEV規制

カリフォルニア州は以前から厳格なZEV政策を執行してきましたが、2020年9月には2035年以降に州内で販売する全ての新型車にゼロエミッションの義務付けを決定しました。

ZEV規制では、年度ごとにBEVやFCEV、PHEVの販売比率を定めていて、この比率は2025年まで決定済みでした(図3)。これを達成できないメーカーは罰金を支払う、もしくは達成している他のメーカーから「クレジット」を購入することになります。

ZEV販売比率の2018年以降の要求値

図3:ZEV販売比率の2018年以降の要求値

2035年に100%ゼロエミッションとなった場合、何が起こるかを示したのが図4のグラフです。2025年までの伸び率はおおむね年2.5%でしたが、2026年からは年に約8%は伸ばしていかないと達成できない計算になります。

ZEVに関する2018年以降の要求値

出典:CARBデータを基に筆者作成
図4:ZEVに関する2018年以降の要求値

これは自動車メーカーにとっては大変厄介な問題です。これまでクルマの企画・開発や販売は、各メーカーが独自に計画を立ててきました。しかし、この規制に合わせて計画を立てようにも、バッテリーの供給にめどが立たなければ全ては絵に描いた餅になってしまいます。これだけ膨大な量のバッテリーを確保するには、数千億円から1兆円を超えるような投資を2035年に向けて今から開始する必要があり、もはやメーカー単独では事業戦略も立てにくいというのが現状です。

欧州による環境規制と産業振興のダブル戦略

2021年7月14日、欧州委員会で「Fit for 55 package」という重要な政策が発表されました。これは2030年の温室効果ガスを、1990年比で55%削減するという包括的な法案です。多くのメディアではガソリン車やディーゼル車、PHEV、HEVを禁止する法案だと報道されていますが、「パッケージ」という名が示す通り、自動車だけでなく海運船舶の規制など、非常に多くの法案が含まれています(図5)。

欧州における環境規制と産業振興のダブル戦略

出典:日本電動化研究所が欧州委員会案を整理
図5:欧州における環境規制と産業振興のダブル戦略

実際にどれだけのボリュームがあるかを数えてみたのですが、全部で4,000ページを超えています。これだけの法案を7月14日のたった1日で、それも各業界団体と全て調整済みの状態で出してきたのは私の知る限り初めてです。ここには環境規制と産業振興という2つの戦略が盛り込まれていて、この法案に懸ける欧州委員会の意気込みが感じられます。

開発・販売戦略転換の必要性

図6は、2035年時点での規制を反映した各国での販売可能車両をまとめたものです。本日は説明を省きましたが、実は米国ではトラックについては2045年にBEVとFCEVのみを販売し、中国はBEVとFCEV、PHEVに加えてHEVもありますが、HEVは極力減らす方針のようです。日本は図1で示した「電動車」のくくりで、HEVを含む4種類となっています。

2035年時点での法規による販売可能車両

出典:日本電動化研究所
図6:2035年時点での法規による販売可能車両

一方、これらに関連する非常に重要な動きが2021年のCOP26で起きています。それが全世界450以上の大手金融機関が参加する「グラスゴー金融同盟」で、脱炭素に向けた取り組みとして、産業界としてネットゼロ(温室効果ガスの排出量が実質的にゼロであること)を目指して、2050年までに1京5000兆円に上る桁外れの投資を行うというものです。

自動車ではZEV、つまりBEVとFCEVのみが対象です。ということは、これからPHEVやHEVの工場を作ろうとしても、大手金融機関からは融資を受けられない可能性があるわけです。

また、これまでの慣例ではメーカーは6~7年のサイクルで車両のモデルチェンジを行ってきました。こう考えると、ZEV以外が禁止になるのは2035年だとしても、現実的にガソリン車やPHEV、HEVを新車としてリリースできるのは、私の考えでは2028年前後が限界になります。それ以降は販売禁止の地域が多過ぎて企画が成立しないため、BEVとFCEVへの移行が一気に加速すると考えられます。

自動運転車時代への号砲

EVとの関連で外せない話題として自動運転車がありますが、私は地域ごとの状況によって普及に差が出るだろうと考えています。まず大都市の中心部では、おそらく普及は難しいでしょう。なぜなら、例えば東京の大手町から横浜まで行く場合、電車であれば30分程度といった計算が立ちますが、自動運転では不確定要素が多すぎて何時に着くかが読めません。スピード優先で人が動くような都会では、現実的に普及は困難であると思います。

普及が見込めるエリアとしては、まず実際に実証試験が行われている郊外などが考えられます。欧米や中国などでも同様ですが、こうした地域では自動運転車に合わせた道路やインフラの改良・整備が実施されているためです。そしてこれをさらに推し進めたものとして、最初から自動運転車を念頭に設計された新都市なども誕生しつつあります。

中国・雄安新区の事例

雄安新区は、習近平政権が国家千年の大計として北京の南西に作った全く新しく都市です。最終面積は香川県と同程度の予定で、日本では考えられないくらいの巨大さです。そして最大の特徴は、そこを走るクルマは全て自動運転車であることです。私自身も2018年に行ったことがあり、当時はデモンストレーションでしたが、百度(バイドゥ)が主導する自動運転車の開発連合「アポロプロジェクト」の自動運転車が走っていました。

現在では、新幹線ホームだけで24レーンもある雄安駅が完成、科学技術系の政府機関や大学、研究所などが雄安新区に移動しつつあると聞いています。そして2022年4月には「インテリジェント・ネットワーク搭載車」と呼ばれる自動運転車の運用が開始されています。

中国・BEIJING E TOWNの事例

北京の南にある「BEIJING E TOWN」では、私が訪れた2019年時点で20~30台以上の自動運転車が公道を走っていました。案内をしてくれた人に聞くと、ここには広大なクローズド型の自動運転試験場があり、そこで合格したクルマがBEIJING E TOWNの公道上で走行試験を実施しているとのことでした。

この地域ではクルマだけでなく、信号や5G/6G通信、さらには法律体系の在り方も含めた、自動運転に必要な全てのインフラの検討が行われています。当時は走行可能な公道は44道路123km程でしたが、2021年末には278道路1,028kmにまで拡張され、試験走行の総距離は390万kmを超えています。

米国の事例

2022年3月30日、米国の運輸省道路交通安全局(NHTSA)が、ステアリングのない自動運転システム(ADS)搭載車を連邦自動車安全基準(FMVSS)に最終規則として公布しました。つまり、ハンドルがないクルマの販売が許可されたのです。

この規則は2022年9月26日から有効となり、米国ではハンドルもアクセルもブレーキもないクルマ、もしくは従来通りの装備を持ちつつ、ボタンを押すだけで完全な自動運転に切り替わる「デュアルモード」を備えたクルマが10月以降販売されることになります。

これが実現した背景として、実はカリフォルニア州では非常に多くの自動運転実証試験が行われています。図7は、運転者が乗車している条件下で行われた2021年分の試験結果です。一番多いのがGoogleの「WAYMO」で、約410万km以上を走っています。次がGM系の「Cruise」で、日系の自動車メーカーはご覧の通りごくわずかです。

米国カリフォルニア州における運転者が乗車の自動運転車試験結果(2021年)

出典:米国カリフォルニア州車両管理局(DMV)のデータを基に日本電動化研究所がグラフ化
図7:米国カリフォルニア州における運転者が乗車の自動運転車試験結果(2021年)

これを受けて、テスラCEOのイーロン・マスク氏は2022年2月に行われた第1四半期決算報告の場で、ハンドルもペダルもないロボタクシーを2024年までに販売すると宣言しました。完全無人のタクシーが携帯電話1つで家にやってくる世界が、おそらく2023年には実現すると予想されます。

これらが今、中国や米国で起きている状況です。2022年は自動運転車元年になると思われ、日系企業の出遅れが懸念されるところです。

サーマルマネジメントの重要性

EV化が進むことによって自動車産業の構造は大きく変わります。これに伴い、ガソリン車の部品を製造していたサプライヤーも事業の変革を求められます。変革の方向性の1つとして私が可能性を感じているのがサーマルマネジメントです(図8)。

EVはエネルギー源であるバッテリーによって走行系、電源系、冷暖房系などすべての機能を実現しています。限りあるエネルギーを有効活用するためのエネルギーマネジメントが重要となります。同様に、バッテリーが発する熱や冷暖房に使用する熱をコントロールしてエネルギー効率を高めるのがサーマルマネジメントです。

EVにおけるサーマルマネジメントの概要

出典:日本電動化研究所
図8:EVにおけるサーマルマネジメントの概要

一方で、ECU(Electronic Control Unit=自動車の各機能を電子制御する装置)の統合も進んでいます。機能ごとにECUを用意する従来の「分散型ECU」に代わって、今後は中央集中型の「統合ECU」が主流になると予想されます。統合ECUによってOTA(無線)によるソフトウェアアップデートが標準になるとともに、これまで機能ごとに分かれていたサプライヤーは競争が激化し、統廃合が進むと考えられます。

日本の取るべき環境規制

今後、日本の自動車産業が欧米中と伍していくために何をすべきか。それに必要な環境規制の在り方として、3つの提言をしたいと思います。

「成長戦略」の方針は「規制・法規化」へ格上げを

ご存じの通り、日本政府はグリーン成長戦略の中で2035年までに新車販売の100%を電動車にとうたっています。しかし、これはあくまで自主目標に過ぎず、法的な拘束力はありません。私はこれを「規制・法制化」へ格上げし、強制力を持たせるべきと考えています。

日本版ZEV規制の実現

米国カリフォルニア州のZEV戦略はもちろん、中国にも同様のNEV(New Energy Vehicle)戦略というものがあり、達成できなければペナルティを課されます。日本でも独自のZEV規制を作り、例えば2035年に100%であれば、その間の2025年や2030年には何%達成すべきか、さらにどの車種がどれだけ達成すべきかを示すことが重要です。図9は試案ですが、このように明確化した上で各メーカーに要請することが大切だと考えています。

日本版が実施すべきZEV規制

出典:日本電動化研究所(試案)
図9:日本版が実施すべきZEV規制

他モビリティも含めた包括的なゼロエミッション政策の立案

前述の「Fit for 55 package」で少し触れた通り、欧州ではゼロエミッションをキーワードに、自動車に限らずさまざまなモビリティに対する規制と、それを克服する対策を進めています。実際のところ、現時点では欧州は日本と比べて必ずしも技術が高いとは言えません。しかし、彼らはすでにスタートしているわけで、このまま傍観していればいずれ追いつき追い越され、オセロゲームのように逆転されるのは必然です。日本でも、クルマ以外のモビリティを含めた包括的なゼロエミッション政策を早急に立案することが必要と考えています。

おわりに

最後に、クルマの開発責任者や、これから責任者になっていく方々へ、新たな挑戦に向かう際の心構えについて私の体験談をお伝えしたいと思います。私が「i-MiEV」の開発に着手した時、大きく3つの困難に直面しました。

試作経験はあるが、量産経験はない

平たく言えば「失敗しかしてこなかった」ということです。このような場合には、なぜそうだったかを振り返り、検証してみることが大切です。

人・モノ・金が不足

よくある話ですが、当時も同じような状況でした。打開に向けては、サプライヤーの方々に協力を仰ぐため、各所へ説得に回ったという経緯があります。

市場があるかどうか分からない

ゼロからの出発などとよく言いますが、当時は電気自動車の信頼性が低く、むしろマイナスからというイメージでした。そこで、試乗会を開催する、あるいは電力会社や各国政府の支援をいただくなど、「同志を募る」ことに奔走しました。

その他にも、新しいことに挑む場合にはプレゼン資料だけではなかなか納得してもらえず、「無理だ」「駄目だ」の連続でした。また、一見納得してもらえたように思えても、「一緒にやりましょう」という行動にまでは移らないことも多々ありました。経験として学んだのは、例えば試乗会のように自ら実体験した結果、これはいけそうだと感じてもらえた時、あるいは説明・説得に対して真に腑に落ちたと感じられる時だけが、実際の行動につながったように思います。

変革で最も難しいのは、「これまでの意識を変えること」です。今までできなかったことに挑もうとすれば、過去の失敗を知る多くの人々がそれを否定し、100を超えるNGの言葉を並べ立てるでしょう。それに怯むことなく、これまでの意識を根底から変えてチャレンジしていくことが大切であると考えています。


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