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新規事業と品質
〜ambieの事業立ち上げを通じて感じた、ユーザーとプロダクトと品質の関係〜

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ambie株式会社は、ソニー株式会社と米国ベンチャーキャピタルであるWiL Fund I, L.P.の共同出資によって2017年に設立された企業です。本講演では、弊社が手がける「耳をふさがないイヤホン」の開発から事業の立ち上げ、市場展開を経験する中で感じた、プロダクトのコンセプトとユーザーとの関係、品質の在り方についてお話しします。

※この記事は、『ベリサーブ アカデミック イニシアティブ 2022』の講演内容を基にした内容です。

三原 良太氏

ambie株式会社
代表取締役CEO
三原  良太  氏 

プロダクトの概要

スマートフォンとストリーミングサービスの普及によって、人と音楽の関係は大きく変化しました。それまでのじっくり没入するスタイルの他に、音楽を環境として楽しみながら気持ちをエンハンスする「ながら聴き」という形態が生まれてきました。普段の生活に音楽を加えることで、日常そのものをコンテンツとして楽しむユーザーが増え始めたのです。

ただし、「ながら聴き」にはデバイスに起因する制約がありました。音楽を聴くにはイヤホン・ヘッドホンかスピーカーが必要ですが、イヤホンには周囲の音が聞こえにくい、スピーカーには他の人にも音楽が聞こえてしまうという制約があります。これを解決するために開発したのが、「聴きながら、聞こえる。聴きながら、話せる。」をコンセプトとした「耳をふさがないイヤホン」です。

形状は、耳を挟み込むイヤカフ型です。オープンイヤー型のイヤホンとしては骨伝導方式もありますが、ambieでは指向性を持って空気中に音を伝える技術を利用しています。周囲の音も聞こえて、かつ自分だけが音楽を聴くことができる新しいソリューションを提案しつつ、骨伝導を上回る音質も実現しています(図表1)。

イヤカフ型を採用することで「ながら聴き」を実現したambieのイヤホン

図表1:イヤカフ型を採用することで「ながら聴き」を実現したambieのイヤホン

街中では、自転車や静かな電気自動車が近づいてきてもすぐに気付くことができます。買い物の際にいちいちイヤホンを外す必要がなく、駅のアナウンスを聞き逃すこともありません。また、職場のデスクワークでも、同僚との会話を絶やすことなく仕事の効率を高める音楽を聴くことができます。さらに、旅行やスポーツに大好きな音楽を添えることで、そのアクティビティをより上質なコンテンツとして楽しめるようになります。

2017年に最初のプロダクトとして発売した有線モデル「sound earcuffs」は200以上のメディアで紹介され、初期ロットが4日で完売しました。2018年には首掛け型のBluetoothモデル、そして2021年9月には満を持して完全ワイヤレスモデルをリリースしました(図表2)。現在では「ながら聴き」は音楽の楽しみ方として定着し、量販店にも専用コーナーが設けられて、多くの競合も参入する新しい市場を創り出すことができました。

有線型だった初期モデルからバージョンアップを重ね、現行モデルは完全ワイヤレス型となっている

図表2:有線型だった初期モデルからバージョンアップを重ね、現行モデルは完全ワイヤレス型となっている

こう見ると順風満帆のようですが、ここに至るまでにはかなりの紆余曲折がありました。この製品はカテゴリーとしては古くからあるオーディオのジャンルに含まれますが、「日常をコンテンツにする」という体験の部分は従来とは大きく異なるものだからです。

新しい事業で新しい体験をユーザーに届けようとする時、どのようにその価値を正確に伝えるのか。ここからは、開発から製品化に至るまでの試行錯誤を、その中で経験した失敗談も交えてご紹介します。

開発~事業化の経緯

■プロダクトの試作

ambieの製品化検討は、2013年にソニー社内で実施したハッカソンにさかのぼります。テーマは常時装着可能なウェアラブルデバイスの開発で、ちょうどその頃「Google Glass」が視覚デバイスとして登場した時期でもあり、音を使うデバイスができないかというのがきっかけでした。

最初は骨伝導を考えたのですが、いろいろなセンサーを組み込むとデバイスのサイズがかなり大きくなってしまいました。ある時、ふと足元に落ちていたアルミの管をイヤホンに突き刺してみると、意外にも耳をふさがずに音が聞こえることに気付きました(図表3)。

最初は骨伝導型を模索していたが、サイズの問題が生じた(左)。そこでアルミの管を通して耳に音を送る方式を試作したところ、有効であることが分かった(右)

図表3:最初は骨伝導型を模索していたが、サイズの問題が生じた(左)。そこでアルミの管を通して耳に音を送る方式を試作したところ、有効であることが分かった(右)

アドリブに近い形でたどり着いた形状でしたが、この試作品をきっかけにambieのハード開発が始まりました。その後は他社製品を分解して改造したり、3Dプリンターを使ったりと、新しい体験を生み出すためのプロトタイプ作りに没頭しました。

■コンセプトの試作

モノの作り込みと並行して、コンセプト作りに取り組みました。この時点では可能性のあるプロダクトではあるものの、何に使うか、何ができるのかを誰もイメージできていなかったので、「これが実現すればこんな体験が可能になる」という未来を描いたコンセプトビデオを制作しました。

この頃はまだいろいろな用途に使えるという想定だったので、朝起きて今日の天気を教えてくれる、通勤途中にニュースを伝えてくれる、会議の時間をリマインドしてくれる、帰り道では気の利いた音楽を流してくれるといった具合に、音のウェアラブルデバイスを付けた1日を動画にしました。

図表4がその時のイメージスケッチです。学園祭のようなノリで作ったビデオでしたが、当時は若かったこともあり、思い切って役員に対してもそのままの形でプレゼンテーションしました。結果的には、やりたいことのビジョンやワクワク感が共有できたので、可能性を広げるというフェーズでは成功だったと考えています。

音のウェアラブルデバイスを身に着けることで広がる可能性を描いたコンセプト動画

図表4:音のウェアラブルデバイスを身に着けることで広がる可能性を描いたコンセプト動画

■コアバリューの確定

その後2016年に、上層部を通じて社外のベンチャーキャピタルに対する提案の機会を得ました。この時に紹介されたのが現在の出資元であるWiLで、この段階から現実的な商品化へと話が進み始めました。

この時、社内から1つ宿題が出されました。ここまではあれもできる、これもできるという可能性のフェーズでしたが、社外から投資を募る以上、ターゲットや何を解決するプロダクトなのかを明確化する必要がありました。

ここで行ったのが、コアバリューの突き詰めです。それまでの多機能なウェアラブルデバイスという考えを切り捨て、「日常の中に音楽を添える」という部分に絞り込みました。図表5が実際にピッチした内容で、現在のambieの製品コンセプトがこの時点でほぼ固まりました。この結果、フィジビリティスタディーの予算獲得に成功し、量産化を前提としたプロトタイプの設計に入りました。

コアバリューを突き詰めていった結果、製品コンセプトが固まった

図表5:コアバリューを突き詰めていった結果、製品コンセプトが固まった

従来のイヤホンの役割が「最高の音楽を100%楽しむこと」であるのに対し、ambieは「音楽を使って生活を100%楽しむこと」が目的です。この違いが本当に受け入れられるかを確かめるため、ユーザーテストの実施に踏み切りました。

■失敗とその解決

失敗その1 髪の毛が長い人もいる

私は試作品をその都度自分でテストしていたのですが、自身は短髪なのでどんなものでも簡単に装着できていました(図表6)。ところが、いざテストで女性に試してもらおうとすると、長い髪が邪魔になって非常に着けづらいものであることが分かったのです。テストの最中にユーザーがイライラし始めるという、散々な目に遭遇しました。

自身が短髪であるため、「髪が長い人が着けやすいかどうか」という視点が欠けていた

図表6:自身が短髪であるため、「髪が長い人が着けやすいかどうか」という視点が欠けていた

大いに反省して試作を再開したものの、すでに予算も時間もギリギリの状態です。自分でCADを使って3Dプリンターで金型を出力、シリコンで部品を成形して同僚に試着してもらうという作業を繰り返しました。1日1個作っては試し、翌日には改良版でもう一度という形で、図らずも今で言うハードウェアリーンスタートアップに近い形でした(図表7)。

まさにケガの功名ですが、高速にテストを回したことで不具合も急速に解消し、髪が邪魔にならないイヤカフ型にたどり着いた結果、市場に出てからも問題の少ない製品をローンチすることにつながりました。

左のタイムテーブルは当時の1日の作業工程。1日単位で試作、テスト、改良を繰り返していた

図表7:左のタイムテーブルは当時の1日の作業工程。1日単位で試作、テスト、改良を繰り返していた

失敗その2 コンセプトが伝わらない

テストの際には、相応の予算を掛けて実際に音が聞こえるワイヤレスのプロトタイプを用意し、「ながら聴き」のコンセプトもしっかり説明しました。被験者は「めちゃくちゃ良い、絶対買う」と喜んでくれたのですが、詳しく聞いてみると「ケーブルがないのに聞こえるのはすごい」と、「ながら聴き」ではなくワイヤレス接続の方に感動しているのです。

当時すでにBluetoothのワイヤレスイヤホンは売られていましたが、さほど認知は進んでいなかったのです。慌てて、ワイヤレス接続は我々の発明ではないこと、そして「ながら聴き」をもう一度説明しても、「私、買います、ジョギングの時にイヤホンのケーブルが邪魔だから」と、やはりワイヤレスに食い付いてしまいました。これは結構なショックでした。開発者の私が直接話してダメなら、マーケティングで市場に伝えるのは無理だろうというのを、その時痛感しました。

実はこの時点ではワイヤレス以外にもいろいろと工夫を盛り込んでいて、コンセプトを絞ったはずが機能までは絞り込めていなかったのはエンジニアとしての反省点でした。これを踏まえて、思い切って「ながら聴き」以外の機能は全て取り払うことにしました。

苦渋の決断ではありましたが、「ながら聴きしか特徴がない有線イヤホン」へシフトしたことで、コンセプトが伝わりやすくなりました。さらに構造が単純化して装着性も改善した上、開発費が抑えられたので、手頃な価格設定も可能になりました。この結果を受けてWiLからの出資が決まり、ジョイントベンチャーの設立と商品化が実現しました。

事業立ち上げで感じたポイント

事業化までの歩みで感じたのは、コンセプトを絞り込み、それを伝える努力にこだわった時から物事がうまく回り始めたということです。これは、プロダクトとマーケティング両面で非常に重要なことでした。

■プロダクト面

これは私の持論ですが、世の中には「ユーザーにモテる」プロダクトというものがあると思っています。その代表が世界的に有名な某スマホで、日本でも人気となった第4世代モデルは背面がガラス製で、落とすと簡単に割れてしまうものでした。エンジニアの立場からすると「落下試験は大丈夫なのか」と心配になる仕様でした。実際のユーザーはすごく大事に扱っていて、背面が割れてしまった写真をWebに上げて「ごめんなさい」と添える人までいました。

もう一つの例は、これも有名な某ロボット掃除機です。段差が超えられなかったり、自動で充電器に戻るはずが目前で力尽きたりします。ところが世の中の評判は非常に良く、知人も「ルンちゃん」と愛称で呼びつつ、掃除の途中でバッテリーが切れた時は「お腹が空いて倒れた」と言いながら抱っこして充電器の場所まで運ぶのです。

この2つの製品では、できることとできないことがデザインや体験を通じてうまく伝わり、ユーザーとの間にとても良い関係性が構築されています。「スマートで新しい体験を提供する」という大事なコンセプトだけを実現して、後はユーザーに委ねるという選択をした結果、モテるプロダクトになれたのです。

ambieもいろいろと盛り込んで失敗した経験を基に、できることを絞り込みました。例えば、耳をふさがない構造上、低音の弱さは否めません。しかし、生活をエンハンスするという目的を第一にした結果、それまで重要視していた音質という軸に対しても、コンセプトに沿ってきちんと優先順位を付けることを決断しました。

■マーケティング面

事業開始に当たり、会社設立と製品の説明を兼ねてメディア関係者を招くローンチイベントを開催したのですが、その場で少し変わったプロモーションを実施しました。集まった方々へ事前にambieを配布し、自身のスマホで好きな音楽をかけながら我々の説明を聞いてもらったのです。会社設立の説明会なので、それなりに堅い話もあります。フォーマルな仕事の話と、耳をふさがないambieから流れる音楽を同時に聴くという、製品コンセプトを具体化した体験をその場でしていただきました。

さらに、当日ambieを持ち帰っていただき、思い思いの場所で体験してもらいました。その結果、新規カテゴリーの商品にもかかわらず、電車の中ではこんな感じとか、職場で意外と音漏れがなかったとか、いつもの散歩道がミュージックビデオのように感じたとか、詳細なレビューが多数のメディアで即座に掲載されました。先にお伝えした初期ロットが4日で完売というのは、ほぼこのイベントのプロモーションのみで達成したものです。

また、ambieのコンセプトに合った販路にも留意しました。従来のイヤホン売り場には、音質にこだわる人が訪れます。そこで何の説明もなしにambieを手に取ると、外の音がノイズとして入ってくる、あるいは音が軽過ぎるといった感想になることを危惧していました。

そこで、初期段階ではあえて量販店には置かず、アパレルやライフスタイル雑貨など、自分の生活を彩る新しいモノを探しに来る場所に販路を限定しました。具体的にはBEAMSやRon Herman、la kagu、蔦屋家電、CHALIE VICE等で、これらの店舗ではイメージがうまく受け入れられ、販売数を伸ばすことができました(図表8)。

セレクトショップなどとのコラボ展開を積極的に行うことで、感度の高い層にアピール

図表8:セレクトショップなどとのコラボ展開を積極的に行うことで、感度の高い層にアピール

おわりに

新規事業の立ち上げ時には、製品や体験の品質を評価する基準がありません。さらに、製品に何を期待するのか、どれくらいで満足すれば良いのかがお客様にも分からないのです。この状態で品質を担保するには、提供する価値をしっかり定義し正しく伝えることが重要で、それは非常に過酷な道のりでした。

本講演をご覧の中にも、新規事業への挑戦に悩みを抱えている方がいらっしゃると思います。その時は、まずコンセプトを徹底的に絞り込んだ上で、ユーザーインタビューなども実施してみてください。私と同様に予想もしない結果に直面することもあり得ますが、そこをうまく乗り越えれば、お客様と良い関係を作れる事業の立ち上げがきっとできると思います。皆さんが手がける新規事業が素敵な形で世に出ることを、私も楽しみにしています。


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