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【連載】蔵前の珈琲豆屋がソフトウェアテストから学んだこと:障がい者は大切なパートナー、福祉事業所と共に築き上げた焙煎事業(第2回)

【連載】蔵前の珈琲豆屋がソフトウェアテストから学んだこと:障がい者は大切なパートナー、福祉事業所と共に築き上げた焙煎事業(第2回)

みなさま、こんにちは!

縁の木(えんのき)の白羽玲子と申します。2014年から台東区の東側、蔵前で珈琲豆屋を営んでいます。2019年からは地域ぐるみで取り組む地域資源循環プロジェクト「KURAMAEモデル」を主宰、さまざまな商品開発をしてきました。

このたび、これまでの活動をコラム執筆する機会を頂きました。第1回は、起業するまでの来し方を書きましたが、不思議なものですね。書いてみると人の記憶や考えは整理されるものなのか、過去の経験や取り組んだこと全てに意味があり、つながっていると思えました。「人間、無駄なことは何もないのねえ」と、縁側でお茶をすするおばあちゃんのように、存分に過去を振り返ることができました。

さて今回は、縁の木が創業して以来続けている珈琲豆焙煎の事業についてです。

仕事柄、良い珈琲について問われることは多く、その時は決まって「珈琲は偉大なる嗜好品。肩の力を抜いて自分のお好みを見つけるのが一番です」とお話ししています。このコラムも同じこと。縁の木が歩んできた10年を、読者の皆さんも私と一緒に思い出すように振り返っていただければと思います。

障がい者が地域とのつながりを作れる仕事を!

時計の針を創業の少し前に戻します。

母が亡くなった2011年から、相続や次男坊の障がい者サービス申請の傍ら、小児精神科の病院探しや日本の福祉事情を調べる経験をしました。とりわけ知的障がい者が大人になるとどんな生活を送るのか、親が亡くなったらどんな保障の下に生きるのかについては、学ぶための時間をたくさん取りました。

日本の社会福祉制度は(課題はありつつも)ある意味とてもよくできていて、書類の提出や必要な手順を踏めば「見放されて死ぬ」という状況はほとんど起こりません(厚生労働省サイト参照)。別の視点から見ると、最低限の生活が保障されているからこそ、より良い収入や自己肯定感の高い生活を追求する知的障がい者やその家族は少ない、という印象でした。

もう一つ、驚きとともに課題を感じたのは、2011年当時の知的障がい者施設(多くの方が通う就労継続支援事業B型など)には仕事のバリエーションが極端に少ない、という事実でした。療育(個々の発達の状態や障がいの特性に応じて、小さいころからの困りごとを解決しつつ、将来の自立と社会参加を目指して支援をする訓練のこと)や学校生活では、「得意を伸ばして育てます」「大好きなことを見つけよう!」と言ってくださるのに、いざ社会に出たら仕事が「クッキーやケーキを焼くこと」「内職でシールを貼ったり、封入をしたりすること」「清掃をすること」「自治体の発注でリサイクルや廃品の分類などを下請けする」くらいしか仕事の種類が見当たりませんでした。福祉事業所は各地にあるのに、その地域社会に出て、住民などと交わる仕事がないことも実感しました。

今でこそ、アートやデザインなどの表現の世界の他、障がい特性を生かしたいくつかの仕事が注目を集めていますが、当時は子どもから大人へと成長する最後の一段の高さ(低さ?)にとても衝撃を受けました。次男坊は外を歩くのが大好きで、従来の福祉事業所の仕事には当てはまらない“得意”しか見つからなければどうしようと思いました。

そして、工賃(就労継続支援事業B型を利用する障がい者の収入を指します)の低さも気になりました。2011年の統計では、工賃が月額1万円を切っており、「うちの子、推しのCDの1枚も買えないんじゃないかしら……」と、私の方が勝手に意気消沈したこともありました。

それが、

・多くの愛好者がいて、多くの福祉事業所とコラボレーションできる仕事

・知的障がい者の携わる仕事の種類を増やし、ささやかでも毎月の工賃アップにつなげられる仕事

・地域で知的障がい者が大切な役割を持って迎えられるような、外のつながりを作れる仕事

を目指すきっかけになりました。既にクッキーやケーキを作る福祉事業所が多いことから、双方向にコラボレーションができるような仕入れを生み出せる飲料を商材にして、かつ、付帯作業が多くてたくさんの仕事や雇用を生み出せる製造業で起業しようと考えました。

縁の木で提供している商品

焙煎機にこだわった理由

元々、紅茶やハーブティーが趣味だった私。「ようし、紅茶屋さんをやろう!」と思った時期もありましたが、ワクワクしながら紅茶作りの農家さんに教えてもらおうと訪ねたところ、「紅茶は40畳もあれば作れるよ」と言われてすぐに諦めました。当時小学生だった長男坊の学区内で40畳の場所を借りる予算はありませんでした。小さな場所で始められる飲料の製造業ということで珈琲豆の焙煎所にしようと決めたのは、起業決意のずっと後のことでした。

事業を始めるに当たり、何よりもまずは焙煎機を手に入れなくてはなりません。選定にはとてもこだわりました。それは次の理由からです。

次男坊は「かなり障がいが重い部類の大人になるでしょう」と診断されていました。ただし、将来的に焙煎所で障がい者や高齢者の方が働くようになった際、もし作業などに失敗しても損害を最小限にできる仕組みであること、火事になりにくい電動式であること、そしておいしいこと。これらの条件に合う焙煎機は、創業時には今使用している機種だけだったと自信を持って言えます。同じ焙煎機を使っていた荒川区のカメヤマ珈琲さんの下で修行させていただいて、焙煎だけではなく、珈琲豆のこと、商売のこと……本当にたくさんのことを教えていただきました。今でもオーナーの亀山さんは私の師匠です。

焙煎機

こうして2014年5月23日、「焼きたて珈琲で縁をつなごう」をミッションに掲げた「珈琲焙煎処縁の木」は開店しました。珈琲豆は中間業者をなるべく省き、おいしいだけでなく、生産者支援になることも確認できる豆を仕入れていきました。当初、12カ国を選びましたが、その後、さまざまな国の豆を紹介いただいたこともあって、今では常時30カ国以上の豆をそろえています。

30カ国の豆を7種類の焙煎度合いで、注文ごとに焙煎するので、縁の木では実に210種類の珈琲を用意できます。このことは誇りです。世界中を旅するように、自分の好きな珈琲を探し、たくさん試してほしいという思いで日々焙煎に取り組んでいます。

「かわいそう」ではなく「おいしい」から買う

決して珈琲が得意でなかった私でも自信を持って販売できる味をと、試行錯誤の末に作り上げた定番の「縁の木ブレンド」をはじめ、ブレンドには力を入れています。

四季のブレンド、クリスマスやバレンタインなどイベントに合わせたブレンドの他、開店記念日である5月23日に合わせて、毎年、周年のブレンドを作っています。周年ブレンドは、スタッフみんなで相談し、その年の紛争や災害など生産地の出来事を思い出しながらコンセプトを決め、試行錯誤してブレンドレシピを作っています。毎年自慢のブレンドが1カ月だけ店頭を飾るのです。

珈琲にはお茶請けも大切です。私自身、お菓子を焼くのは好きなのですが、お菓子作りは縁の木では封印しました。全国の福祉事業所からお菓子を仕入れ、詰め合わせを作ったり、直売したりしています。地域の特産を目指す各福祉事業所のお菓子は個性豊かでおいしく、お勧めです。

開店当時はパッケージに気を遣わず、かかった原価をほぼそのまま請求してくるような商売っ気のない施設も多かったのですが、長年かけてお話しし、卸売りの概念を理解していただきました。「かわいそうだから、頑張っているからではなく、おいしいから、人にあげたいから買ってもらおう」という思いを共有することで、商品も毎年のようにブラッシュアップされていきました。今では10都道府県14カ所の福祉事業所から定期的に仕入れています。

ミスに対してはきちんと指摘する

福祉事業所とのコミュニケーションで忘れてはいけない前提が、「お菓子を作ることが事業所のメインの仕事ではない」ということです。

例えば、厚生労働省のサイトで就労継続支援B型事業所を調べると、以下の説明書きがあります。

「通常の事業所に雇用されることが困難な障害者のうち通常の事業所に雇用されていた障害者であってその年齢、心身の状態その他の事情により引き続き当該事業所に雇用されることが困難となった者、就労移行支援によっても通常の事業所に雇用されるに至らなかった者その他の通常の事業所に雇用されることが困難な者につき、生産活動その他の活動の機会の提供その他の就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の必要な支援を行います」

福祉事業所は、障がいのある人が継続的に就労や生活の練習をして、慣れるための場所で、その練習の手段としてお菓子作りや清掃、アート活動などがあるわけです(こうした独自の活動で完成した商品を「自主生産品」と言います)。

福祉事業所を運営する皆さんの思いや、優先するべきことをこちらの都合で曲げさせようとしない、そして事業所がありたい形で参加できる仕組みを縁の木側が柔軟に作り上げる。これらのことは各福祉事業所とのお付き合いの中で最も重要視している点です。

例えば、400箱の注文に対して珈琲と5種類の焼き菓子を入れるとします。所定の賞味期限を守りつつ、納期までに焼ける数は各事業所の考え方、利用者の性質や人数、お菓子の種類や厨房の広さによってもさまざまです。800個を仕上げてくれる事業所もあれば、150個、200個と自信のある数字を提示してくれる事業所もいます。それぞれに丁寧なヒアリングとフォローをすることで、無理なく全事業所が充実感を持ちながら参加できる商品づくりを心掛けています。

もう一つ、大切にしているのは、頂いた季節のご進物や株主総会、パートナーカンファレンスの仕事を一つ一つプロジェクトと捉え、「それぞれの役割を果たす事業者を信頼して、つながりながら、多様なチームで取り組み実現する」ことです。

一方で、ミスが起きた時や行き違いがあった時は、原因を探し、次回起こさないための振り返りと共有は欠かせません。ミスした分はやり直しをお願いすることもありますし、悪いフィードバックや商売の常識に合わない対応には嫌われても苦手がられても、指摘をさせてもらいます。

厳しいと感じられるかもしれませんが、お客様に「障がい者の施設で作っているから仕方ない」と思われてしまっては駄目だからです。そうではなく、「本当に頼んで良かった。次もお願いしよう」と心から喜んでもらえることを目標に、縁の木は珈琲の品質と同じくらいに仕組みと段取りを大切にしています。

3万2000行を超えたExcelの顧客履歴

福祉事業所との付き合いとともに、開店当日から大切にしたのは、試行錯誤とデータの集積でした。

まずお客様。「来店2回目からは常連さんとして『いつもの』と言ってほしい」「『夏ごろに買った豆がおいしかった』と言われたら応えたい」という思いから、Excelで顧客データをまとめるようにしました。顧客のマスタを作り、顧客番号を入力すると、珈琲豆の種類、重量、焙煎度合い、購入された粉の細かさが分かる「なんちゃって大福帳」です(10年間で顧客は4000人を超え、購買履歴が3万2000行を超えたExcelはたいそう重く、今や悩みの種ですが)。この大福帳のおかげで、「私がこの店で最初に買った豆は何だっけ?」という質問にお返事できるのはちょっとした自慢です。

次に焙煎機。実は、珈琲焙煎業は常に試し焼きの日々です。新豆の状態、新しい生産国や協同組合、農園との出会い、ブレンドの試作、焙煎機のコンディションの確認……。毎日のように注文以外のテスト焙煎を繰り返します。「釜太朗(かまたろう)」と名付けた焙煎機では1日10㎏~15㎏を焙煎しますが、これまで手掛けたおおよそ18トンの焙煎の中で、テスト焙煎は800㎏ほど。約4.5%がテスト焙煎に費やされたことになります。2014年4月開店前に始めたブラジル産豆の試し焙煎以来、約5万回のデータをずっと残してきました。どの豆を、どんな風量で、どんな温度で、どんな秒数で焙煎したのか、いつ掃除をしてコンディションはどうだったか。当日の天気と湿度、温度のデータも控えています。

開店当時、特に焙煎の記録はこれが何の役に立つのか、具体的には想定していませんでした。ただ、いつか障がいのある人がこの店で焙煎をするとき、データの平均を取ることができれば役に立つのではないか。そう漠然と感じてデータの集積を始めました。今では購買の履歴とともに、縁の木の大切な宝になっています。

こうした日々の積み重ねの中で、少しずつ縁の木を知ってくださる方が増え、豆を扱ってほしい、と輸入事業者からお声掛けを頂けることも増えてきました。「来年は●●国の大学と提携して留学生を受け入れるから、その国の豆を探してほしい」といったご相談も頂けるようになっています。

中でも3年前に株式会社ゼンショーホールディングスさんとのお付き合いが始まり、それまでご縁がなかったコンゴ民主共和国のキブ湖に浮かぶイジュヴィ島の豆や、ブルンジ共和国のCOCOCA生産者組合の豆との出会いは、アフリカの歴史への学びを深め、縁の木の事業の幅を大きく広げてくれました。

ブルンジでの作業風景

2024年11月には、NHKの大河ドラマ「べらぼう」(2025年放送予定)にちなんだ公式珈琲土産も、台東区の福祉事業所と連携して発売します。「焼きたて珈琲」を軸に、これからもお客様に、生産地に、福祉事業所に思いをはせ、自信を持って詰め合わせを提供していきたいです。

さて。少しずつ、道草を食いながら、細いらせん階段を上るように時を重ねてきた縁の木が、新たなプロジェクト「KURAMAEモデル」に取り組むことになったのは、起業して5年目、2019年のことでした。

最終回の次回は、縁の木が地域と共に取り組む「地域資源循環」を中心にお話ししたいと思います。お楽しみに。

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