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【連載】蔵前の珈琲豆屋がソフトウェアテストから学んだこと:台東区蔵前で地域資源循環プロジェクトが誕生したワケ(第3回)
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勤め上げるはずだった会社を辞めてまで、私が起業した理由(第1回)
障がい者は大切なパートナー、福祉事業所と共に築き上げた焙煎事業(第2回)
みなさま、こんにちは!
縁の木(えんのき)の白羽です。2014年から台東区の東側、蔵前で珈琲豆屋を営んでいます。2019年からは地域ぐるみで取り組む地域資源循環プロジェクト「KURAMAEモデル」を主宰、さまざまな商品開発をしてきました。
これまでの活動をコラム執筆という形で振り返る機会を頂き、第1回は起業、第2回は主幹事業である珈琲豆焙煎業についてお話しました。今回と次回はKURAMAEモデルが今まで取り組んできたことと、ちょっと先の未来についてお伝えしたいと思います。
そもそも、「KURAMAEモデルって何?」と、皆さん思われることでしょう。KURAMAEモデルは、地域のカフェや焙煎店から出る珈琲の抽出かすなどを資源として福祉事業所が回収・加工し、それをたい肥やカバン、クラフトビールなどさまざまなアップサイクルプロダクトの開発につなげるプロジェクトです。
当初より小さなスタートで実績を積み重ねることで、私たち自身だけでなく、地域にも、福祉事業所にも自信を付けてもらいたいと考えています。キックオフとして台東区蔵前地区の店舗、近隣住民、子どもたち、福祉事業所の協力も得た結果、これまでにさまざまな商品や仕組みが生まれてきました。地域みんなで持続可能な循環を生み出し、地域のつながり方の一つの形になることを目指して今も活動を続けています。
従来は屋内作業が多く、バリエーションも少なかった福祉事業所が多様な仕事にチャレンジし、地域との対面でのつながりを通して工賃の向上と新たな作業を創出することもKURAMAEモデルのミッションの一つです。
では、このKURAMEモデルはどういった経緯で誕生したのでしょうか。そこには私自身の問題意識が大きく関わっています。
珈琲はゴミが多い業界だな……
KURAMAEモデルを実際に開始したのは2019年ですが、きっかけは縁の木が開店した2014年にさかのぼります。
縁の木が焙煎所を構えた台東区蔵前という場所は、2000年に都営大江戸線が全線開通し、2004年に区立のインキュベーションセンター「台東デザイナーズビレッジ」がオープンしました。玩具や花火の問屋が主体で、土日は地元民以外の人通りがなかった街に、倉庫や工場をリノベーションした店舗ができ、家族用あるいは単身者用マンションの建設ラッシュが起きました。そんな街の過渡期に縁の木はスタートしました。
今では蔵前に7軒の自家焙煎店がありますが、当時は縁の木1軒だけ。その後、焙煎店を近所で出店する方がその都度ごあいさつに来てくださるため、近辺の焙煎店やカフェと自然につながっていきました。
そのように珈琲を扱う店が増えていく一方で、開店当時から私が感じていたのは「珈琲って、ゴミが多い業界だな」ということです。野菜の皮や面取りの残りで漬物を作ったり、作り置きおかずを工夫したりして、生ごみができるだけ出ないような調理を好む私の、ごく主婦的な視点が問題意識を強くしていました。
珈琲豆はまず産地で実を剝がして乾燥させてから、多くの場合は船便で日本にやってきます。農作物の検疫ができる港からは車で各焙煎店へと運ばれます。焙煎時は二酸化炭素を出し、実を砕いてこしたら、残りは捨てられてしまいます。果実自体は種までを含めてほとんどの場合は口に入りません 。
大別すると、珈琲には工程ごとに処分される資源が6種類あります。欠点生豆、欠点焙煎豆、チャフ、テスト焙煎豆や賞味期限切れ豆、抽出後の珈琲、麻袋です。
まずは、原産国から届いた生豆。お店で焙煎する前に、欠けやカビ、虫食いがある「欠点豆」をソーティングします。ここではじかれる豆が4~5%程度は存在します。
焙煎を行うと加熱で豆が膨らむため、生の時には見つからなかった虫食い、欠け、発育不全、加熱がムラになった豆を再びソーティングしなければなりません。ここでまた3~5%は脱落します。
焙煎時にはチャフと呼ばれる珈琲豆の薄皮が出ます。これも、大きな焙煎機を使っているお店は「アフターバーナー」という加熱器で焼却しますが、縁の木のような小さな焙煎機では風量に逆流が起きてしまって設置できないこともあり、チャフとして取り出し、処分することになります。
焙煎機の具合はいいか、今年の新豆はおいしいか、豆が新豆になってブレンドの比率を変える必要があるかなど、調整やテスト焙煎も頻繁に行います。テスト焙煎後はカッピングと抽出しての味見をしますが、使う量は多くても200g程度(全体の4~12%ほど)。大きな焙煎機だと、ここでもロスが出てきます。
生豆を全部焼き終えれば、生豆をはるばる原産国から運んでくれた麻袋がゴミになります。原産国ごとの印刷やステンシルが魅力的な布地ですが、船底や倉庫で3カ月以上経過する麻袋は決して衛生的ではなく、通常はそのまま破棄されます。
そして焙煎された豆がカフェやお客さまの手元に届き、珈琲が抽出されると、今度は抽出かすが出ます。粉の量とほぼ同量の水分を含んで倍の重量となった抽出かすは重く、かびやすく、そのまま水分を切らずに燃すには課題があります。多孔質構造をしている珈琲は、吸臭が良いので防臭など期待できますが、同時に吸湿にも極端に優れているので、乾燥させても何度でもかびる性質があり、商品化は非効率。課題の多いゴミなのです。
すぐ近所の浅草橋で焙煎店を構える「SOL’S COFFEE」のオーナー、リエコちゃんとも、当時から顔を合わせれば、いつもそんな話をしていました。同じように近所のカフェや焙煎店の人たちと会話してみると、効率化や採算第一というよりは、「ゴミがもったいないから何かしたい」という共通の認識がある一方で、フランチャイズや大規模店舗が少ない蔵前ではワンオペ、ツーオペが当たり前。ゴミを活用しようと思っても、その加工や運搬で協力いただくのは、経済合理性の面でなかなか難しいと感じました。それでも、「何かゴミが生かされる仕組みができたら一緒にやるよ」と言ってもらえたのが、KURAMAEモデル立ち上げの大きな原動力になりました。
地元の店舗が協力して珈琲のゴミを生かす取り組みができれば、それは地域資源を循環させることにつながる。その担い手は地域の人たちであるべきだ。そう考えるうち、これまで縁の木がやってきたように、単純でも確実さや丁寧さが必要な仕事、つまり資源の加工や運搬は福祉事業所にお願いしようと決めました。
そのようなコンセプトを固め、何か実際に商品を試作しながらプロジェクトをテスト的に稼働させることができたらいいなと考えていた矢先、縁の木のお客さまの紹介で、珈琲の抽出かすを脱臭効果に生かした肥料を製造するというメーカーと知り合い、初めての商品化に臨むこととなりました。これがKURAMAEモデルのスタートです。
「KURAMAEモデル」とした二つの理由
台東区内の福祉事業所が11店舗から回収した抽出後の珈琲を、肥料メーカーが加工、製品化し、蔵前でも販売を行うという形を作りました。その調整役を縁の木が担いました。
各店舗が福祉事業所に渡した資源は、メーカーの希望の形に加工されるため、基本的には原材料として仕入れていただくことになります。この仕入れ額を工賃向上のために福祉事業所に渡すことを重視しました。「いいことをしているから、社会参加できているからボランティアでも構わない」という地域活動にありがちな構図を、たとえ小さくても経済的なメリットが生まれる形にしたい思いもありました。
プロジェクトの名前をKURAMAEモデルとしたのには、二つの意味があります。
一つは、小さな街の単位でもできるのだということを示すためです。蔵前は観光の目玉になるような大きなランドマークも目抜き通りもありませんが、お祭りを核にした素敵な人のつながりと、個性的なものづくりのお店がたくさんあります。川柳発祥の地であったり、浮世絵や歌舞伎・落語に登場したりと文化や歴史も充分。そして住民も多く、住まいとお店と寺社がバランスよく点在している街です。大きな企業やランドマークがなくても、全国どこでも地域資源循環を創れる、その象徴として蔵前という地域が知られてほしいと思いました。
もう一つは、そんな蔵前のことを、ここに住む人、働く人、そして子どもたちが大好きになり、胸を張れるプロジェクトにしたいという思いがありました。
試行錯誤を重ねること約1年半。2021年3月の発売に向けて、肥料の原材料として珈琲を回収する仕組みを動かしながら気付きや課題をマニュアルに落とし込んでいたころ、別の企画が生まれました。それは、処分されてしまう珈琲豆を活用したクラフトビールをアサヒグループホールディングスと一緒に作るというものです。
元々は蔵前の欠点豆(焙煎後に、目視ではじく味を損なう豆)を集めて、アサヒグループが当時取り組んでいたバイオマスタンブラー「森のタンブラー」のKURAMAEモデル版を作りたいと相談したのがきっかけでしたが、サステナブルクラフトの構想を既にお持ちだったアサヒグループからクラフトビールのお話を頂き、先行して共創することになりました。
こうして2021年に完成したのが、テスト焙煎豆を抽出し、スタウトビールとブレンドして発酵させた「蔵前BLACK」と、昭和から続く蔵前のサンドイッチ屋さん「マルセリーノ・モリ」から日々出るパンの耳を空焼きして副原料にした「蔵前WHITE」です(酒税法上はどちらも発泡酒)。
私が「アップサイクル」や「SDGs」という言葉を本格的に学び始めたのも、このころでした。周囲の方や、KURAMAEモデルを学びに来てくれる学生さんに「KURAMAEモデルや縁の木の活動はSDGsの●番に当てはまりますね」と言われるたびに調べる、というお恥ずかしいまでの不勉強さでした。皆さんに教えていただきながらKURAMAEモデルはブラッシュアップされていきました。
KURAMAEモデルにとってもフラッグシップとなった二つのビールを皮切りに、欠点豆や抽出後の珈琲を生かしたバイオマスタンブラーとコースター、麻袋を生かしたカバンやクロス、テディーベアなどを企画してきました。多様なメーカーさんとお話ししながら継続的に商品を製造・販売するために、課題を持つ企業や福祉事業所に無理のないつなぎ方や役割分担を意識しています。
効率化とは真逆のアプローチ
珈琲事業でもKURAMAEモデルでも変わらず、私が福祉事業所と連携する上で大事にしていることは、利用者さんが負担なく行える作業でありながら、製品化の過程でなくてはならない仕事を提供する仕組み作りです。
例えば、「蔵前WHITE」では、消費期限の延長とビールの香ばしさを添加するという二つの目的で、パンの耳を空焼きして原材料にしています。多くの福祉作業所はクッキーやケーキを焼くオーブンを所有していますが、一般店舗ほどひっきりなしにオーブンは稼働していません。空き時間を有効活用しながら普段のクッキーを焼く作業と大きく変わらない手順書を福祉事業所と相談しながら作ることで、負担を減らすことができました。利用者さんがすでに習得している技術や慣れを生かしながら、簡単には切り取られない役割を担うことを意識しています。
厳然としたマニュアルがあって、 そこに何も知らない人や、その日だけのアルバイトでも入れるようにルール化するのが、一般的な業務効率化の流れですが、それとは真逆かもしれません。それぞれの福祉作業所の事情や希望を聞きながら、カスタマイズすることもよくあります。
このように書き記していくと、KURAMAEモデルはあたかも最初から順風満帆だったと思われる読者もいらっしゃるかもしれません。でも実は、そう見えているのは全体のごく一部で、後は地味な作業と、失敗と試行錯誤の連続だったのです。
(次回へ続く)
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