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【連載】蔵前の珈琲豆屋がソフトウェアテストから学んだこと:プロジェクトが長続きするには、既存の仕組みや各人ができることを生かそう!(最終回)
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勤め上げるはずだった会社を辞めてまで、私が起業した理由(第1回)
障がい者は大切なパートナー、福祉事業所と共に築き上げた焙煎事業(第2回)
台東区蔵前で地域資源循環プロジェクトが誕生したワケ(第3回)
みなさま、こんにちは!
縁の木(えんのき)の白羽です。2014年から台東区の東側、蔵前で珈琲豆屋を営んでいます。2019年からは地域ぐるみで取り組む地域資源循環プロジェクト「KURAMAEモデル」を主宰、さまざまな商品開発をしてきました。
前回のコラムでは、KURAMAEモデルが誕生した経緯について紹介しました。おかげさまで今でこそ多くの人たちや企業とのつながりができ、地域資源循環モデルの事例として注目してもらえるようになりました。ただし、実際には決して順風満帆だったわけではなく、失敗と試行錯誤の連続でした。
小さい失敗は枚挙に暇がありませんが、一番つらかったのは、情報交換や視察と称して縁の木にいらした後、KURAMAEモデルをそのままなぞったり、一部を改変してあたかも自分たちが考えたモデルのように振る舞われたりしたことです。自治体や大きな企業の新しい取り組みに、明らかな「コピペ」を見つけると、そのことを心ある多くの方が教えてくださるのですが、小さな縁の木の力ではいかんともしがたく、そのたびに一緒に取り組んでくれるみんなに申し訳ないと落ち込んでいます。
対策として2022年にソフトウェア特許の出願もしましたが、結局、発明を尊重する意識がない人たちにとっては特許の出願はいくらでも抜け道があり意味がないことを、身をもって知りました。いまだ解決策のない課題にどっぷりと浸かっています。
それでも地域の課題を地域ぐるみで解決していきたいという方からの講演依頼や、学校授業の依頼はできる限りお引き受けするようにしています。これまでに一都三県の自治体や自治会、学校の他、奈良県、福岡県にも出張しワークショップを行いました。
そうした活動の中で改めて感じたことがあります。もちろんKURAMAEモデルを採用したアップサイクル商品が完成することも大切ですが、自分たちの地域の困りごとなどをみんなで話し合う過程で、さまざまな結び付きや新たなイベントに発展する意外性、化学反応も醍醐味だと思いました。地元の福祉事業所の方の自主製品開発にご協力したり、アップサイクルの提案書を作ったりと、私自身も学びながらお手伝いしています。
他の地域でKURAMAEモデルが最初に採用されたのは、墨田区の「すみだCoffeeLoopプロジェクト」でした。福祉事業所による企業やカフェ、焙煎店への回収と資源加工の勘所やこれまでの課題の解決方法がそのまま生かされたプロジェクトになっています。
たい肥がハーブに、ハーブがビールに
もちろん、KURAMAEモデル自体も進化を続けています。
2022年、珈琲豆とカカオ豆の焙煎時に出る皮を生かして紙容器を製造するという取り組みをお手伝いしていた際、その会社の商品コピーの中に「何度でも土に還る容器」という言葉を見つけました。
「どうやったら土に還るの? 埋めればいいの?」という問いの答えは、コンポストマシン(生ごみ処理機)など、ある一定の好条件の環境下の微生物たちだけが紙器を分解できる、というものでした。それならば、コンポストマシンを設置して生分解できる環境を作り、生分解した土を台東区に還元する取り組みをやってみようと、KURAMAEモデルで新たな循環をスタートさせました。
台東区立蔵前小学校の給食の端材をはじめ、抽出後の珈琲や各カフェの生ごみ、ダンデライオンチョコレートさんのカカオハスク(焙煎時に出るカカオの皮)など、「蔵前の生ごみ」という地域資源のたい肥化に取り組みました。今ではおよそ250㎏の生ごみが隔月でたい肥に生まれ変わっています。たい肥は近隣の小学校、中学校をはじめ、たいとう福祉作業所、蔵前JPテラス、鶯谷ハニーラボ、墨田区のたもんじ交流農園でも活用され、お花、ホップ、ハーブ、野菜、藍などたくさんの実りをもたらしています。
中でもハーブはハーブソルト、ハーブティを作ってもまだ余るほど収穫できるので、「第3の蔵前ビール」として、台東区のたい肥で育てたハーブを醸造した「蔵前エールbotanical」を作りました。ブルーワリーも台東区のお店にするというこだわりで、浅草橋の「ベクターブルーイング」にお願いしています。
レシピの立ち上げ時には蔵前BLACK、蔵前WHITEを醸造したアサヒユウアス、多くのクラフトビールの立ち上げに関わる「TAP&GROWLER」にも参加いただき、わいわいと3種の飲み比べを楽しめるラインナップへの工夫をしました。チームで話しながら、イメージを共有して創り上げる喜びはそのまま商品の個性にもつながります。皆さんに胸を張って飲んでいただきたい3種のビールが出来上がりました。
コロナ禍で子どもたちと地域の関わりが希薄に……
KURAMAEモデルを立ち上げて以来、今まで以上に地域に深く根を張った活動をする中で、気になっていたことがありました。
2020年から新型コロナウイルスが猛威を振るったことで、大多数の子どもたちが近所の店の人と話していない、店に入ったことすらないという状況が起きていることを目の当たりにしたのです。
当時は感染防止の観点から、店は「一人が買い終わって出てきたら、次の人が入る」といったルールを推奨するようになりました。給食も黙食、向き合って食べることすら禁止されていました。公園の遊具も感染源として封鎖される中、自宅と学校の往復だけを繰り返した子どもたちはびっくりするほど道を知らず、地図を見ることもなく、人に話しかけることもなくなっていると感じていました。
彼ら、彼女らはものすごく諦めがよく、聞き分けも良いのですが、自分の意志でいいこと(悪いことも!)をやってやろう、という雰囲気が消えているように感じます。
将来、彼らのことを「コロナ世代」だから駄目なんだと突き放すようなことはせず、みんなで助け合って生きていくためには、今からでも遅くはないので、相互理解できるような声掛け、発信、直接話して解決し合うことの大切さを教えていきたいとも考えました。
蔵前には、KURAMAEモデルだけでなく、お寺、教会、薬局、企業にもサステナブルな取り組みをしているところがたくさんあります。そんなスポットに子どもたちが気軽に足を運び、敷居をまたいでつながってくれること、それが地域を結び、有事にも備える第一歩になるのではないかと考えました。
気軽に足を運ぶためのツールとして選んだのは、足で回り、手で印を押すスタンプラリー。スマホを持っていなくても、お小遣いが少なくても、差がなく回れるように、全てアナログで完結するルールを作りました。
スポット側にはちょっとした制約があります。中小企業診断士さんと一緒に協議して、スタンプラリーの参加申込書に独自のチェックリストを設けました。例えば、「資源を適切に分別・リサイクルを行っている」「学びの機会を従業員に提供している」などです。こうした項目に合致するかどうかをチェックし、合計で15点以上になるスポットだけが参加できるルールにしました。決して難しいチェックリストではありませんが、項目を読みながらどんな小さな気付きでもSDGsやウェルビーイング(Well-being)につながるのだ、ということを伝えていけたらと考えました。
2022年にスタートした「下町そぞろめぐりスタンプラリー」は今年で3年目。浅草橋と蔵前の71の地区や、地球にやさしいスポットを6カ月かけてのんびり回るイベントです。年に2回のペースで参加店によるマルシェも開催しています。
2023年からは修学旅行や探究学習で子どもたちがスタンプラリーに取り組む機会も増え、蔵前の子どもたち以外にもおよそ400人の学生や児童を受け入れました。みんなの地域でも楽しくお店と子どもたちがつながる取り組みを考えてくれたらと思っています。
大河ドラマとのコラボも
最近の新しいニュースとしては、これまでの縁の木の珈琲事業とKURAMAEモデルの考え方とご縁を融合させ、NHKの2025年の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)」にちなんだ珈琲土産を発売します。
台東区の福祉事業所5カ所と連携して「焼きたて珈琲」のオリジナルブレンドを、各事業所が模写した浮世絵のオリジナルラベルで作りました。各事業所のイラストを使用するロイヤリティを、ラベルを貼る内職と同時にお支払いする管理手法を考案して、販売ごとに収入が増える仕組みを作っています。
この珈琲が世に出ることで、知的障がい者アートの独自性や視点の楽しさが注目され、他の商品にも採用されていくよう願っています。そして、台東区以外でも「ご当地浮世絵をご当地福祉事業所が模写して創る現代アート」が広がることを目指します。いつものんびりと流れに任せている縁の木にしては珍しく「絶対に来年中に1万セット売るぞ!!」と意気込んでいます。購入、販売に興味のある方、ぜひお声掛けください。
KURAMAEモデルも下町そぞろめぐりスタンプラリーも、立ち上げ当初からさまざまな企業、お店、地域の方のご協力で進めてきました。よく頂く質問があります。「プロジェクトを推進するコツは何ですか?」と。
プロジェクトを進めるときに私が一番優先していることは、既存のコミュニティや団体に軸足を置いたまま、「持続可能性」や「SDGs」というテーマに興味がある人が参加できる場作りです。
こうすることで、例えば、商店街、町内会、PTAやマンションの理事会、趣味のサークルやお稽古事まで、メインの活動と並行して多様なバックボーンを持つさまざまな人が関わってくれることが強みになり、DAO(分散型自律)的な考え方で情報交換や共有をすることができています。KURAMAEモデルも、下町そぞろめぐりスタンプラリーも、参加者全員でLINEのオープンチャットを組んでいます。LINEの運用では以下の三つを意識しています。
- メンバーそれぞれが自由に参加したいとき、意思表明したいときにできる仕組みと空気が整っていること。
- メンバー間の協力や連携が「できる範囲」で行われ、「地球や地域にやさしくありたい」という決して具体的ではない共通の目標に向かって進むことができること。
- 環境や社会に対してできる小さなこと常に意識し、持続可能性を基本に街のつながりや発展を考えることを日常にできること。
持続可能性やSDGsに興味がある人々が多様性を持ったまま自律分散型でつながり合うことで、新しいアイデアや柔軟な解決策が生まれています。各人の思いやちょっとした工夫がさまざまな形で表現できる場としてこれからも工夫を重ねていきたいと思います。
もう一つ、私がKURAMAEモデルを始めて改めて学んだのは、「多くの人は継続できる活動に参加したいと思っている」ということです。不安がある賭けよりも、安定を選びたいのは当然のことで、当初からメンバーになってくれたり、協力してくれたりしてくれた方になぜ参加してくれたのか聞くと、みんな「白羽さんは投げ出しそうもなかったから」という趣旨の話をされます。現にKURAMAEモデルは私の生涯のミッションと思い定め、下町そぞろめぐりスタンプラリーも「まずは最初の10年、店が1店舗になっても続けるから」と宣言しています。私の諦めの悪さや根気強さを見抜いてくださっているのかもしれません。
「今までとは違う、真新しいことをやる!」というイノベーションよりも、今ある仕組みや各人が既にできることを生かしながら、まだまだ新しいことや楽しいことを創れると考えています。
地域の中で今既にあるコミュニティ(町内会、PTA、コミュニティ、商店街、檀家さんなどなど)を縦串と見るなら、「サステナブルに興味がある」「地域にやさしいことをやりたい」という思いはまさに横串。業種も、立場も、年齢も問わずにみんなで取り組めるボトムアップの横串をKURAMAEモデルでこれからも創っていきたいと思っています。
(完)
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