ナレッジ
【連載】概念モデリングを習得しよう: 圏I のモデルによるシミュレーション(第6回)
読者の皆さん、こんにちは。Knowledge & Experience 代表の太田寛です。
この連載コラムでは概念モデリングの解説を行っています。今回は、圏Iのモデルによるシミュレーションについて紹介します。
【連載過去記事はこちら】
圏I のモデルによるシミュレーション
前回のコラムでは、圏I は意味の場の、時々の状態を記述した図であると説明しました。今後の連載コラムで詳しく解説する予定ですが、ある一つの概念インスタンスに対して発生する出来事(事象)群と、それぞれの出来事に対して変化が起こった後の概念インスタンスとリンクでつながっている概念インスタンス群を含む状態を記述した図を集めて、その概念インスタンスが、それぞれの事象が発生した時にどんな状態変化を起こすかを集めて分析すると、状態変化のモデルが出来上がります。
複数の概念インスタンスの状態変化のモデルを集めれば、ある状態の時に、なにかの出来事が発生した時の状態変化を予測できる、つまり、シミュレーションができるようになります。シミュレーションの具体的な方法はまた改めて詳細に解説することにして話を進めます。
圏論によれば、圏I のモデルと圏S のモデルが自然同値な関係にあることから、圏S のモデルでも、この予測は成り立つことが保証されます。言い換えると、圏S のモデル≌現実の世界(意味の場)なので、圏I のモデルを使った現実の世界(意味の場)の予測ができるということです。
圏I のモデルは、図の形式でも表形式でも JSON などのテキスト形式でも書くことができ、それらの内容は同等であると説明しました。表や JSON フォーマットで記述されたモデルは、NoSQLデータベースを使って、デジタルデータとして IT ソリューション上で保持し、参照、更新が簡単に実現できます。現実の世界(意味の場)に存在する事柄と、事柄にひも付いた性質と事柄間の意味的つながりの写しがデジタル空間上に保持されているということは、Digital Twins(デジタルツイン)が実現していることを意味します。
昨今の進んだ IT 技術を使えば、ビジネスプロセスを実装したITソリューションによる人の活動のキャプチャーと、センサーや AI による画像認識などの技術によって物理世界から収集したデータを組み合わせて、デジタルツイン上で保持された圏I のモデルと、現実の世界(意味の場)の状態を一致させることが可能です。
また、デジタルツイン上で保持された圏I のモデルのデータを基に、数理モデルや予測用 AI を使った計算結果を使って、デジタルツインが保持するデータを更新したとします。その更新に応じて、アクチュエータやモーターなど現実の物理世界の状態を変えるような機構を備えたネットワークに接続された機器を操作することも、最新のテクノロジーを使えば実現可能です。このような物理世界からのデータ収集と物理世界の状態を変える機能を持つ機器をネットワーク越しにデジタル的に制御する技術を IoT(Internet of Things)と呼び、それに対応する機器のことを IoT 機器と呼びます。
つまり、圏I のモデルのデータを保持するデジタルツインと IoT、さらには、AI を組み合わせれば、
- l 現実の意味の場の状態 ⇒ デジタルツイン上の圏I のモデルのデータ更新による同期
- l デジタルツイン上の圏I のモデルのデータ ⇒ 現実の意味の場の状態更新による同期
という双方向の更新が可能な IT ソリューションが出来上がります。
さらに、デジタルツイン上のデータとそのデータ更新履歴を記録していけば、膨大なデータ、つまりビッグデータが出来上がります。そのビッグデータを使えば、予測精度の高い AI の開発も可能でしょう。
IoT 機器を使わない場合は、状態の同期作業を人間が担うことになります。IT技術に投資するか、人件費のコストを払い続けるかは、実際のところ難しい判断ではありますが、少なくとも、圏I のモデルによるシミュレーションは、無駄を生んでいる作業を発見するための強力な手段に成り得るので、この連載を最後まで読んで、概念モデリングにチャレンジしてみてください。
DXの実現に概念モデリングは不可欠
デジタルツイン、IoT は一時、とても注目されたバズワードでしたが、最近は沈静化している感があります。一方、DX(Digital Transformation)は、単なる掛け声の場合も多くあるようですが、いまだにバズワードとしての存在感を保っています。経済産業省DXリテラシー標準では、DXは、
と定義されています。
この定義によれば、DX の実現において、概念モデリング、デジタルツイン、IoT、AI は必須であると筆者は思うのですが、読者の皆さん、いかがでしょう。
これは、AI の専門家ではない筆者の私見なのですが、Open AI が基盤としているLLM(Large Language Model)も、多層化されたニューラルネット上で、言葉や文章にひも付く、事柄、事柄の性質、事柄間の意味的なつながりで記述されるのではないでしょうか。ニューラルネットそのものを圏論で記述した論文はいくつか見かけましたが、ニューラルネット上で保持された内容を圏として記述し、従来の言語論理学を基にした圏と比較すると、何らかの発見が生まれるのではないかと思っています。
今回の最後に、もう一つだけ、圏論の定義を挙げておきます。
圏同値は、今後のコラムにて、圏Iと概念情報モデルの関係を説明する時に使います。その時にもう一度詳しく解説するので、用語だけ頭の片隅に覚えておいてください。
余談になりますが、冒頭で軽く触れた集合論の矛盾は、圏論を使って集合を“集合圏”として再定義し、矛盾が生じない公理が組み立てられているようです。他にも圏論は、特徴値の値で使われるスカラー量やベクトルなどの基礎付けにも使われています。また、プログラム理論で圏論といえば、モナド(単子)という感がありますが、このコラムではあまり関係ないので割愛しています。
次回は、哲学と数学を基礎とした、圏I のモデルの詳細について解説します。
この記事は面白かったですか?
今後の改善の参考にさせていただきます!