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デジタル先進国に学ぶデジタルトランスフォーメーション
~アフターデジタルの世界~

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近年、多くの企業が既存システムの見直しとともに、デジタル技術による変革の必要に迫られています。本講演では、デジタルトランスフォーメーション(DX)とは何か、その実現のために必要なデジタルの考え方とはどのようなものかについて、デジタル先進国の事例を基にご紹介します。

※この記事は、『ベリサーブ アカデミック イニシアティブ 2021』の講演内容を基にした内容です。

松本 国一

富士通株式会社
シニアエバンジェリスト
松本  国一 氏 

いま求められるデジタル改革

新型コロナウイルスが世界を変えた

新型コロナウイルスの流行は世界を大きく変えました。
日本では2020年4月に最初の緊急事態宣言が出され、人々の行動が制限された結果、経済活動は大きく後退して同年の実質GDP(国内総生産)は前年比マイナス4.8%となりました。
同時にコロナ禍は、それまで日本社会の中にあって見えていなかった不都合を「見える化」しました。地方自治体では、感染者数の報告を電話やファクスで行ったため集計結果が不正確になった他、緊急経済対策として実施した特別定額給付金の申請処理においてもデジタルが十分に機能せず、手作業に頼らざるを得ない状況に陥りました。他方、民間企業では、テレワークが導入されながら、押印のためだけに出社する「ハンコ出社」という言葉も生まれました。結果的に、社会システム全体の古さが明らかになってしまいました。
その一方で、確実に進化した面もあります。オンライン化のニーズが急増し、ZoomやTeamsなどのウェブ会議が普及した他、ネット通販や
Uber Eatsのようなデリバリーサービスの利用も広がりました。人手に頼らないサービスやシステムの自動化を検討する企業や工場も増えています。

コロナ後の日本経済を活性化し立て直していくためには効果的なデジタル改革、つまりデジタルを活用して社会を変えていくことが求められます。

デジタルトランスフォーメーション

昨今、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉をよく耳にするようになりました。DXとは何か。それは単なる「ITの活用」でも「デジタルへの置き換え」でもありません。答えは「デジタルによる改革」を実現することです。

生活必需品の宅配サービスを例に考えてみます。各地の生活協同組合(生協)では従来、カタログを見ながら注文書に記入し、それを配達スタッフに渡したりファクス送信したりして注文するのが主流でしたが、今はパソコンやスマホを使ってウェブから注文するケースが多くなっています。アナログからデジタルに置き換わっていますが、これはDXではなく「デジタイゼーション(デジタル化)」です(図1)。

生活必需品の宅配サービスにおけるデジタイゼーションの例

図1:生活必需品の宅配サービスにおけるデジタイゼーションの例

もう一歩進んで、ウェブ注文を通じて消費者データがシステムに蓄積され、これが配送システムに連携されると、注文から配送までの効率が上がります。これは「デジタライゼーション(デジタル化による効率化・付加価値向上)」であって、やはりDXではありません(図2)。

生活必需品の宅配サービスにおけるデジタライゼーションの例

図2:生活必需品の宅配サービスにおけるデジタライゼーションの例

消費者が求めているのは本来、商品を注文することでも、迅速に受け取ることでもありません。消費者は「必要な時に必要なものを継続して使い続けられる状況」を望んでおり、こうした環境を作り出すのがDXの世界です。

人を豊かにするデジタル

トイレットペーパーを例にとると、DXの世界ではペーパーホルダーにセンサーデバイスが搭載され、紙がなくなりそうになったら自動でオーダーが飛び、使いたい時には手元に届いている。サブスクリプション※1 で提供され注文1回ごとの支払いの手間も生じない。つまりDXとは、ユーザーエクスペリエンス(サービスを通じてユーザーが感じる使いやすさや感動体験)をデジタルで作り出すことだと言えます。この実現のためには運輸業者、製造業者、通信業者といったさまざまな業種の連携が必要不可欠です(図3)。

生活必需品の宅配サービスにおけるDXの例

図3:生活必需品の宅配サービスにおけるDXの例

これまで向き合ってきたITが「現場の仕組み目線」だったのに対し、DXは「利用者目線」であり、利用者の「ありたい姿」を実現することをゴールとしています。ITをいくら積み上げてもDXは実現しませんし、逆にDXだけではITの代わりにはなりません。ITとDXが両輪となり「人を豊かにするデジタル」を実現することが今まさに求められています。

※1 定額で一定期間サービスを受けることができる契約形態。雑誌の定期購読などを意味する英単語subscriptionより名付けられた。音楽や映像などコンテンツの配信以外にも、ゲームやソフトウェアの使用などにも幅広く普及している。

アフターデジタルの世界へ

DXが当たり前になった世界を「アフターデジタル」と表現することがあります。人はリアルな空間の存在ですが、多くの人はスマホに代表されるスマートデバイスを持っており、これを通じて常にデジタル空間につながっています。このように、リアルな世界空間がデジタルの世界に包含された状態をアフターデジタルと呼びます(図4)。

ただ、現在の日本はいまだに「ビフォーデジタル」の世界にあります。多くの人がスマホやパソコンでデジタルの世界につながってはいますが、人が中心となってスマホをどう使うか、パソコンを使ってどう検索するか、を考えています。ところがアフターデジタルでは人々の情報はすでにデジタル上に存在しており、この情報を基に人々は行動します。仕事や勉強の仕方、生活習慣などがデジタルによって導かれていくのです。

アフターデジタルとビフォーデジタルの世界観

図4:アフターデジタルとビフォーデジタルの世界観

デジタル先進国の事例

中国・深圳の進化と原動力

ここからは、アフターデジタルを実現しているデジタル先進国の事例を紹介していきます。 中国に深圳(シンセン)という都市があります。「改革開放」政策に沿って経済特区に指定された1980年頃は人口3万人ほどの漁村でしたが、その後iPhoneの部品製造を担うなど「世界の工場」として飛躍的に発展し、現在では人口約1800 万人(2020年末)と、東京都の人口(約1400万人)を上回る大都市となっています
(写真1)。

深圳のランドマークである平安国際金融中心を望む町並み

写真1:深圳のランドマークである平安国際金融中心を望む町並み

私は2012年に初めて深圳を訪れて以来、コロナ禍に見舞われる前まで毎年この先進都市を訪問し、観察を続けてきました。2012年当時の深圳は、20年前(1990年代)の日本のような町並みだったのが、2018年には同時代の日本の都市と変わらないほどまでに成長し、さらにその翌年には日本より5年先を行っているとも思える世界が実現されていました。日本の30年分の進化をわずか6年で実現した深圳。その進化は100万人を超える若い起業家が支えていると言われています。

深圳の中心に華強北という電気街があります(写真2)。電気街としての規模は東京・秋葉原の30倍で、約1万店舗ものパーツ店が集まっています。

深圳の電気街、華強北(写真提供:松本氏)

写真2:深圳の電気街、華強北(写真提供:松本氏)

2019年1月にここ華強北を訪れた際、街の一角に、1メートル四方にも満たない小さなブースを設置している男性と出会いました。男性は「VRゴーグルで実際に遊んだことがない」人が多いことに着目し、VRのプレイブースを自ら開発していました。ブースが完成したら毎日その場所に出向き、実際にプレイした人たちの意見を聞いてシステムをアップデートすると言います。目標は、1カ月後に投資家をその場に招き、出資交渉をすることです。彼は、1カ月という短期間で企業設立を目指し、新たなビジネスを起こそうと考えていました。

かの地には、この男性のように短期間で起業する若者が何万人もいると言われています。華強北の位置する深圳は「思い付いたことをすぐに行動に結び付ける」ことができるチャレンジの地であり、これが原動力となって新しいビジネス創出の拠点となっているのです。

中国におけるアフターデジタルの事例

深圳だけでなく、中国全土でも現在、アフターデジタルがあらゆる場面で進んでいます。
1つ例を挙げると、調理も配膳もロボットが行う全自動レストランがあります。来店客は座席の横にあるQRコードを読み取ってメニューを選ぶだけ。注文と同時に支払いも完了です。こうした仕組みによって、人々が普段、どんな場所で、どんな料理を食べるのか、その情報が収集され、デジタル上に人々の人格が再現されていきます。このような概念を「デジタルツイン」と呼びます。このようにして集められる中国14億人のデータを使って、「未来のニーズ」をデジタル予測することも実際に行われています。

世界で加速するデジタル化の流れ

デジタルで急速に発展しているのは中国だけではありません。
例えばアフリカ。ケニアのナイロビ~モンバサ間を走る新幹線の乗車予約には、QRコードによるネット予約が採用されています。ナイジェリアでは、広範囲に海を埋め立ててスマートシティを建設中です。今、アフリカでは20歳以上の人のスマホ保有率が急速に高まっており、ケニアではコロナ禍において、携帯電話のショートメッセージを用いた送金サービス(M-Pesa)で給付金が瞬時に配布された実績があります。アフリカを変えているのは主に若者、デジタルネイティブと呼ばれる人たちです。

インドも急速に進化しています。2020年時点ですでに100都市がスマートシティ化され、インターネット人口は7.5億人に上ります。個人認証番号制度「アドハー」に生体情報を登録している人は12億人。このアドハーを使って、農村部に住む貧しい人々へ給付金が配られています。インドの平均年齢は28歳。活躍しているのは若者です。

2020年2月に米国の発展途上国リストから除外されたベトナムについても見ていきましょう。こちらは2025年までに行政サービスの100%オンライン化を目指しています。経済成長は著しく、コロナ禍においても2020年のGDPは前年比2.9%の伸びを実現しています。国民(約9800万人)の約8割がインターネット利用者で、モバイル端末は人口の1.5倍の台数が稼働しています。個人認証番号カードは人口の半数に当たる5000万人が保有しています。平均年齢は31歳で、やはりデジタルネイティブの若者が成長の原動力になっています。
世界は今、デジタルと若者の力で急速に発展しているのです。

デジタルでリアルを変える

ここからは再び中国に目を向け、実際にデジタルでリアルを変えている事例を紹介していきます。

生鮮食品のある生活を再定義する

アリババが展開する盒馬鮮生(フーマーフレッシュ)は、食品スーパーと生鮮EC、食品倉庫、イートインを融合した商業施設です。例えば、魚を食べたい人は生鮮アプリで注文します。イートインの場合は、いけすから揚げられた魚をその場で調理してもらえ、配達を希望する場合は30分以内に自宅に届けてもらえます。もちろん、注文は自宅に居ながらでも可能です。実は彼らは単にECを提供しているのではなく、「欲しい時に新鮮な食材がすぐに入手できる生活を楽しむ」という「生鮮食品のある生活」の再定義を行っているのです。

車のある生活を再定義する

EVのスタートアップメーカー「NIO」では、特徴的なサービスとして「出張バッテリー交換システム」を提供しています。デジタル接点は、やはりアプリ(NIO App)です。ユーザーがカーナビに予定を設定しておくと、当日、バッテリー交換車が自宅を訪れ、3分以内にフル充電のバッテリーに交換してくれます。また、車検の予約も必要ありません。ユーザーが外出しない日(行き先を設定していない日)を検知して、ディーラーが車を取りに来てくれるからです。彼らは単に車を売っているのではなく、「車のある生活」を再定義しているのです。

健康な生き方を再定義する

平安保険という生命保険会社では、ユーザー向けに医師検索アプリ「平安グッドドクター」を提供しています。なぜ保険会社が医師の検索サービスを提供するのでしょうか。彼らはデジタルユーザー4億人の検索情報をビッグデータとして蓄積し、それを基に保険営業を行っています。検索履歴から健康のことで困っている人を特定し、営業が彼らの困り事の相談を受けます。保険会社と顧客の接点を強め、顧客の健康と保険との関係性を改革する。これは「健康な生き方」の再定義と言うことができます。

おわりに

中国は今、「アジャイル型」で進化しています。「とりあえずやってみる」ことで進化が加速し、プラス成長につなげています。これに対して日本は「ウォーターフォール型」での開発が主流です。計画をしっかり立てる、数年単位で実行するやり方は、確かに失敗は少ないかもしれませんが、急速な変化には対応しにくいという欠点があります。その点、デジタルには時間・場所・環境は関係ありません。今直面している大きな変化をチャンスにできるかどうかが問われています。その鍵は従来の発想にとらわれない、デジタルネイティブ世代の活躍にあります。
大切なのは「デジタルを難しく考えない」こと、そして「人を豊かにするデジタル」を目指すことです。デジタルによって人々の生活を豊かにするDX、これをいち早く実現するためにも、「まず始めてみる」ことから取り組んでみてはいかがでしょうか。


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