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『日本車は生き残れるか』
~CASE、MaaSの現状とカーボンニュートラルの影響を探る~

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クルマのIoT化が進み、自動車産業はIT産業との連携が求められるようになりました。また、世界中で脱炭素化が叫ばれる中、自動車メーカー各社はEV化の流れを加速させています。

本講演では、このような変革に直面する自動車産業の構造変化や各国自動車メーカーの取り組み、さらに欧州におけるCO2排出規制の動向をご紹介します。最後に、スケーラブルかつ持続可能な事業を作っていくためのアプローチ方法についても考えていきたいと思います。

※この記事は、『ベリサーブ オートモーティブ カンファレンス 2022』の講演内容を基にした内容です。

川端 由美

ジャーナリスト/戦略イノベーション・スペシャリスト
川端  由美 氏 

自動車産業の構造変革

昨今の自動車業界の変化を象徴するキーワードにCASE(Connected=コネクテッド、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス、Electric=電気自動車の頭文字を取った造語)があります。この4つの分野の中で、モノづくりに重点を置く日本の感覚からすると「電動化」と「自動化」が重視されがちですが、これらは実は「今すでに起きていること」であり、言い方を変えれば車載技術に過ぎません。これに対して「これから起きること」、今後のモビリティ社会や自動車産業の構造を変えてしまう可能性を持った分野とは何でしょう。私は「サービス」であると考えます。

CASEの流れが本格化しモビリティの変革期に突入

図1:CASEの流れが本格化しモビリティの変革期に突入

「サービス」の代表的なものは「シェアード(共有)」ですが、これ以外にデジタルコンテンツの提供、MaaS(Mobility as a Service)といったものも含まれます。将来的にどのようなサービスが登場してくるかについては未知数ですが、「サービス」が今後の自動車産業で大きく伸びる分野であることは確実だと思われます。

一方で、これらのサービスを可能にしたのが「コネクテッド」です。
実は高速で走るクルマが安定してインターネット回線につながるようになったのは最近の出来事で、パソコンやスマホに遅れること約10年、ようやくクルマのIoT化が進んできました。そしてこのつながるところから本来の意味での産業構造の変化が生じていきます。自動車メーカー以外の第三者がさまざまな「サービス」を提供できるようになり、モビリティ産業はここからさらに拡大していくことになります。

■変わる自動車メーカーの位置付け

「自動車産業」が「モビリティサービス」へと転換すると、自動車産業の構造も従来のものから大きく変化します。 これまでの自動車産業の構造は図2(左側)のように、自動車メーカー(OEM)を頂点とした垂直統合型でした。これがモビリティサービスとなると、インフラやプラットフォーム、ミドルウェア、OS、さらにデジタルコンテンツといったIT企業やコンテンツ事業者が参加してきて単純なピラミッド構造ではなくなってきます(図2右側)。

自動車産業の最上位に君臨してきたOEMが、IoTの世界では「oT」に過ぎない位置付けになる

※1:Advanced Driver-Assistance Systems=先進運転支援システム。安全・快適な運転を実現するための車両システムの総称

図2:自動車産業の最上位に君臨してきたOEMが、IoTの世界では「oT」に過ぎない位置付けになる

自動車メーカーの影響が及ぶ領域は全体の一部となり、かつて自動車産業の最上位に君臨してきた自動車メーカーが、IoTの世界では「oT(オブ・シングス=全体の一部)」に過ぎない位置付けになります。とはいえ、これによって自動車産業内の構造が変わるわけではなく、また産業の規模が小さくなるわけでもありません。単純に、自動車産業そのものがインターネット産業の中にすっぽりと組み込まれる、そのような構造変化だと捉えるべきでしょう。

■さまざまな産業分野と対等に連携

そうなったとき、自動車メーカーはさまざまな産業分野と連携して新たなエコシステム(生態系)を作っていかなければなりません(図3)。モノづくりだけやっている間はこういった生態系は意識しなくてよかったのですが、広範囲のモビリティサービスを進めていく上でこうした連携は不可欠になります。インフラやエネルギー業界と連携するケースもあり得ますし、数十万人を雇用している自動車メーカーやサプライヤーが鍵となる重要な技術を持つ社員数十人のソフトウェアベンダーと対等に話をしなければならない、そんな時代になってきています。

このような時代には、モビリティのあるべき姿についての正解はありません。これからは、個々の人々が身の周りで感じた社会課題を起点にしてモビリティの事業企画を考えていく必要があるでしょう。

次世代モビリティのエコシステム

図3:次世代モビリティのエコシステム

自動車産業におけるソフトウェア産業の成長

図4は、自動車産業全体の売上高推移をまとめたものですが、2017年の2兆7800億ドルが2030年には5兆5000億ドル(推計)とほぼ倍増しています。また、ハードウェアの伸びが微増なのに対して、ソフトウェアとSaaS(Software as a Service)関連が急増していることが分かります。自動車産業全体の中でハードウェアの占める比率は51%に縮小し、利益が上がると見込まれるソフトウェアとSaaS関連は合わせて49%を占めるまで成長していきます。

自動車産業全体の売上高は2030年には5兆5000億ドルとの予測

図4:自動車産業全体の売上高は2030年には5兆5000億ドルとの予測

こうした流れを実証するかのように、今国内外の自動車メーカーではビジネスの在り方を大きく変える動きが見られます。ここからは各社の事例を見ていきましょう。

■GMのEV/プラットフォーム戦略

まずゼネラルモーターズ(以下、GM)ですが、今年1月に開催されたCES※2 2022で、同社のメアリー・バーラCEOは「われわれは自動車メーカーからプラットフォームイノベーターに変貌する」と宣言しました。これはこれまでのGMからは考えられないほどの思想的転換で、業界にも大きなインパクトをもたらしました。現在は自動車販売台数でトヨタ、フォルクスワーゲンの後塵を拝するGMですが、実際には今、この2社に劣らぬ規模で次世代技術への投資を行っています。その内容についてバーラ氏は「2040年のカーボンニュートラル達成を目指し、すでに電動化ソフトウェア、自動運転への投資を実施、さらに2025年までに350億ドルの大型投資をしていく」と語っています。

※2:全米民生技術協会(Consumer Technology Association、CTA)が主催し、毎年1月に米国ラスベガスで開催される電子機器の見本市(https://www.ces.tech/international.aspx

また、続くプレゼンテーションでは、GM独自のソフトウェアプラットフォーム「Ultifi」を紹介しました。「Ultifi」は自動車のハードウェアをマネジメントするアーキテクチャー「VIP」上に構築されるプラットフォームで、ソフトウェアやアプリケーション開発を加速させるとともに、新たに開発された機能やアプリを通信によって瞬時に顧客に提供できます(図5)。こうした試みからも、GMという自動車メーカーの中でソフトウェアへの関心がいかに高まっているかを見て取れます。

GMは、ソフトウェア開発会社「Ultifi」にて、独自のモビリティソリューションを開発・提供

図5:GMは、ソフトウェア開発会社「Ultifi」にて、独自のモビリティソリューションを開発・提供

さらに、2020年に発表した商用EVバンについても続報がありました。このEVバンは「brightdrop」という物流マネジメントの包括サービスの一部として提供するそうです。単にEVバンを作って売るのではなく、提供した後にどう活用するかまで、つまり従来はソフトウェア産業が担ってきた部分までをGMが手掛けるという発表でした。

■車載コンテンツ拡充に注力するアウディ

フォルクスワーゲングループでは自動運転や電動化をリードするアウディの動向が注目されます。同社がCES 2020で発表した自動運転EVのコンセプトカーは、クルマの中でVRコンテンツを楽しめる車載VR機能や、乗員に健康体験を提供するウェルネス機能などを搭載。さらにシートポジションやルート案内、車内の温度や香りまでユーザーの嗜好を分析して提案する機能なども車載していく予定だといいます。

現在アウディはディズニーとのジョイントベンチャーとしてHoloride社を設立しており、車内で映画やゲーム、インタラクティブコンテンツを提供するためのプラットフォームづくりを進めています。さらに自社開発によるSDK(ソフトウェア開発キット)を公開するなど、他社も含めたコンテンツやアプリの拡充を推進しています(図6)。

アウディはディズニーとのJVであるホロライドによる車内でのバーチャル体験を実施

図6:アウディはディズニーとのJVであるホロライドによる車内でのバーチャル体験を実施

■ステランティス

イタリアとフランスの自動車メーカーによる合弁企業であるステランティスもCES 2022でEVプラットフォームを発表しました。もう1つ、フォックスコンとのジョイントベンチャーMobile Drive社を設立し、IoT家電、HMI、サービスなど車内でのユーザー体験を提供していくことが発表されたことも注目に値します。

■VINグループ

ベトナムの財閥企業VINグループが設立した自動車メーカーVinFast社なども今後注目すべき“伏兵”的存在と見られています。2018年に新車を発表して以来驚くほどの速さで開発を進めており、CES 2022では新たなEVの市販予定と販売戦略を打ち出しました。また早期予約者を対象にした独自のメンバーシッププログラム「VinFirst」を導入。ブロックチェーン技術で管理する顧客IDをベースにさまざまなインセンティブを提供していく予定だといいます。今後、モビリティサービスを展開しようと考えた場合に顧客情報をIDで一気通貫で管理できるようになるため、非常に有効だと感じられます。

■ソニーはサプライヤー/プラットフォーマーの両面戦略

国内の動向ですが、自動車メーカー外からの参入組としてソニーが本格的なEVコンセプトカーをCES 2022で出展してきました(図7)。ソニーはCMOSセンサーをはじめ高機能半導体イメージセンサーのサプライヤーでもありますが、これらは自動運転の分野で欠かせない基幹部品となります。

さらに、映像配信サービスやゲーム、クラウドサービスといった自社グループ/ブランドで培ってきた技術やノウハウが豊富にあり、これを車載配信していくことも考えられます。ソニーの戦略的優位性は、サプライヤーとモビリティサービスのプラットフォーム、その両面から利益を生み出していける点にあるといえます。

なお、ソニーはホンダとEV分野で提携合意しており、2022年中に合弁会社を設立、2025年には第1号EVを市場投入していく予定だといいます。ホンダもまたIoT時代を迎えてモビリティベンダーとしての生き残るための技術を身に付けていく必要性に迫られています。

ソニーは「Safety」「Adaptability」「Entertainment」の3つの領域で検討を進める

出典:ソニーHP
図7:ソニーは「Safety」「Adaptability」「Entertainment」の3つの領域で検討を進める

■トヨタの低カーボン戦略と独自のE/Eアーキテクチャー

トヨタは2021年の末に、カーボンニュートラルを見据えてバッテリーEV(BEV)の年産350万台を目指すと発表しました。BEVだけでなく、ハイブリッド車、PHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)、水素などの代替燃料の利活用と、全方位での戦略を取っており、すでに低カーボンを実現しています。

2025年以降、E/Eアーキテクチャー(電装機器を効果的・効率的に相互接続させるためのシステム構造)の搭載が本格化すると見られますが、トヨタもこのE/Eアーキテクチャーについて積極的に言及しています。世界的な主流はEVプラットフォーム上に中央集中型E/Eアーキテクチャーを搭載したスケートボード型(図8)ですが、トヨタのBEVプラットフォームはこれとは大きく異なり現在のエンジン車に近いモジュール型を採用しているため、フロント、センター、リアという3分割構造となります。この部分は事業戦略的に見て重要なところではないかと感じています。

2025年以降にE/Eアーキテクチャーの搭載が本格化

出典:ホンダHP
図8:2025年以降にE/Eアーキテクチャーの搭載が本格化

■サプライヤーがミドルウェア開発に進出

サプライヤーがミドルウェア分野に進出する動きも出てきました。トランスミッションの世界的サプライヤーであるゼットエフ(ZF Friedrichshafen)は、CES 2021で車載コンピューターのOSとアプリを仲介するミドルウェアを開発し、2024年から量産車に実装予定であると発表しました。このミドルウェアの開発は、自動運転、統合安全、車両制御、電動化のようなモビリティ領域におけるアプリケーションソフトウェアの開発と密接につながっていると述べています。

カーボンニュートラル最新情報

各社の事例に見られる通り、もはやEV化の流れは世界的な趨勢となっています。そしてその背景にはカーボンニュートラルという目標、さらには欧州で進められているCO2排出規制の実態があります。この背景を知ることで、自動車産業の変化の読み解き方が容易になると思います。

■欧州で進む排ガス規制と電動化

ヨーロッパではいち早く自動車のCO2排出量規制が導入されています。自動車メーカーごとに排出量規制が求められ、2015年の時点で新車の平均排出量は130g/km以下、さらに2021年には95g/km以下という目標が設定されました。この数字はかなり厳しく、電動化なしでは達成できないといわれています(実際に過去多くのメーカーが目標に達せず罰金を支払うこととなりました)。なお、2030年の目標値は59g/km以下となっており、その頃にはより大きな業界の変化が予想されます。

将来の見通しとしては、2040年には世界の乗用車販売台数の58%はEVとなり、自動車販売台数全体の31%を占めるようになるだろうといわれています。

欧州における自動車排気ガスの2020年以降の規制

出典:WEBER SHANDWICK (https://www.upei.org/images/WS_overview__final_compromise_text_LDV.pdf
図9:欧州における自動車排気ガスの2020年以降の規制

■ドイツにおけるEV普及のシナリオ

EVが短期間に普及するのは困難と見られる中、ヨーロッパではどのような取り組みがなされているのでしょうか。一例としてドイツにおけるEV普及のシナリオを紹介します。

ドイツでは2010年に「電気自動車のための国家プラットフォーム(NPE)」を策定、以降メルケル首相直轄のボードメンバーが8年間にわたって検討を行い、EV普及のための政策提言をまとめました。2018年の発表によれば、2020年までにドイツをEV市場として転換させる(=国内でのEV販売を増やしていく)、さらに2025年までにEVの発展とマスマーケット参入を目指すと宣言しています。これが発表された時点ではその実現可能性は疑問視されましたが、現状を見ると、いまヨーロッパではフォルクスワーゲンのEVがテスラの2倍ほど売れているといいます。徹底したマーケティングを行ってクルマの魅力をしっかりと打ち出していくことで着実にEV市場を拡大しているわけです。ちなみにNPEでは、AC充電装置の充実や、DCの急速充電装置の構築といった目標も設定され、電池産業など他業界を含めた業界構造再編まで視野に入れられています。

■欧州ではICEの開発を2030年に終了予定

E欧州では内燃機関(ICE)開発の「着地点」に関しても議論されています。主要国では2030年までにICEの開発を終了し、その後の10年間を投資回収の期間に充てる予定です。それと並行して、HEV/PHVのフルラインアップ化やBEVの販売などEV化を進めていくとしています。また、長距離トラックやバスなどEVに向かない分野については、代替燃料や水素を用いるICEの活用が考えられています。

これからの事業の作り方

ここまで自動車業界をめぐる環境変化について見てきましたが、ここから得られる教訓は、もはや今までと同じ事業の作り方、進め方では時代の変化に追いついていけないということです。従来の産業構造やサービスモデルを前提に事業を作るという考え方を転換していかなければなりません。これからの事業化とは、製品を作ることではなく、顧客(人)、サービス、プラットフォームの全体像を考え、それを循環させるように設計していくことです(図10)。

事業化とは「顧客(人)←サービス←プラットフォームの全体像」を設計すること

図10: 事業化とは「顧客(人)←サービス←プラットフォームの全体像」を設計すること

昨今プラットフォームというと、ソフトウェアやアプリなどのデジタルプラットフォームを指すことが多いですが、本来プラットフォームというのは「サービス提供のための手段」です。自動車産業を例に取るならば、クルマを作る(モノづくり)だけでなく、移動に伴うさまざまなサービス提供を考え、その手段を作ることがプラットフォームになります。プラットフォームは手段を考えるだけでなく、デジタルの良さである体験の共有と顧客のサービス体験のフィードバックを行い、さらに便利な機能や改善に結び付ていく必要があります。

おわりに

昨今、スケーラブルな事業、持続可能な事業というものが求められるようになってきました。そうした事業を考える時に大切なポイントが2つあります。

1つは、「社会課題を起点にして事業のあるべき姿を考える」こと。つまり社会に必要とされる、意味のある、欲しいと思われるサービスとは何かを考えていく必要があります。またそのためには社会課題を解決できるモビリティのあるべき姿のイメージを、一人一人が常に持っておく必要があると考えます。

もう1つ重要なのは「異なるケイパビリティ(能力や可能性)を持つプレイヤーとの連携」です。プラットフォームを提供するためには自社製品・技術だけで完結できない時代になっています。必要に応じて社外の多様な企業・組織と積極的に連携していただきたいと思います。

日本の自動車産業が崩壊することはないでしょう。しかし、産業構造は劇的に変化しつつあり、戦い方のルールも大きく変わっています。そして、新しいルールに適応できる企業だけが、生き残ることができると私は思います。


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