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自動運転に関する経済産業省の取組・方針

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自動運転には交通事故の削減や高齢化社会における移動手段の確保、物流サービスの安定化といった社会的問題の解決に加え、自動車産業の競争力維持という経済的観点からも大きな期待が寄せられています。本講演では、自動運転の社会実装と普及に向けた経済産業省の方針と取り組みの概要をご説明します。

※この記事は、『Veriserve Mobility Initiative 2023』の講演内容を基にした内容です。

福永 茂和

経済産業省 製造産業局
自動車課 ITS・自動走行推進室
室長
福永 茂和 氏 

自動運転総論

■経産省における取り組みの全体像

モビリティの分野では、電動車に代表されるグリーン化とともに、ここ数年でデジタル化が急速に進んでいます。この流れを受け、経産省では以下の3つを柱とした自動車のデジタル化を推進するとともに、企業や自治体に対する支援を行っています(図表1)。

モビリティ分野でのデジタル化の推進

図表1:経産省が推進する自動車のデジタル化の3本柱。これらを官民が連携して実現していく必要があるとしている

・クルマそのもののソフトウェア化

運転支援や自動運転技術の高度化に伴い、クルマにはPCやスマホのようなOSが搭載され、OTA(無線通信)によるソフトウェアアップデートが行われるなど、設計思想にも大きな変化が起きています。こうしたクルマそのもののソフトウェア化と、それによって実現される自動運転などの技術開発に対し、さまざまな支援を実施しています。

・新しい移動・物流サービスモデルの構築

現在、日本の各地域では地域公共交通の衰退が進んでいる他、トラックドライバーなどの物流関連の労働力不足が深刻化しています。こうした問題の解決に向け、2025年頃を目標に全国 50カ所程度で自動運転による移動・物流サービスモデルの社会実装に取り組んでいます。

・社会インフラ・環境の整備

自動運転技術のさらなる進展と普及に当たっては、それらを支えるための基盤構築が欠かせません。新たな自動車関連技術に対応した人材の育成や自動運転車の安全性評価手法の策定、通信や交通インフラといった環境整備を、民間企業や他省庁とも協力して一体となって推進しています。

■自動運転の意義

自動運転にはさまざまなメリットがありますが、我々が考える代表的なものとしては以下の3つが挙げられます。

・安全かつ円滑な道路交通

昨年の日本における交通事故の死者数は2610人で、年々減少はしていますが、政府では2025年までにこれを2000人以下にすることを目標としています。交通事故の要因は9割がドライバーの運転ミスといわれており、自動運転の普及が事故の削減につながっていくと考えています。

・より多くの人が快適に移動できる社会

先述の通り、地域交通の維持と物流業界の人手不足解消は自動運転によって解決すべき重要な課題です。特に高齢化が進む地方では免許返納も増えており、自家用車に頼らない交通手段を迅速に整備し、交通弱者と呼ばれる方々に移動の自由を提供する必要があります。

・自動車関連産業の強化

自動運転に代表されるデジタル技術は、日本の基幹産業である自動車業界にとっても今後の成長に欠かせない要素となります。日本が自動車関連産業における国際競争力を維持し、引き続き世界をリードしていくため、官民一体となった取り組みが必要です。

■自動運転の実現に向けた取り組みの推移

自動運転には、到達範囲に応じてレベル1~5までの指標が設定されていて、レベル2もしくは2+までは基本的にはドライバーが運転責任を負います。レベル3は一定の条件下ではシステムが運転を担い、それを外れた場合には人間が操作するもので、世界初のレベル3車は2021年にホンダが発売しています。レベル4は一定条件下でドライバー不在での自動運転を実行、そしてレベル5は条件なしの完全自動運転となります(図表2)。

自動運転レベルの定義

図表2:自動運転開発では海外にリードされているイメージがあるが、実は世界に先駆けてレベル3の自動運転車を発売したのは本田技研工業

政府では2016年頃から自動運転の実現に向けた取り組みを本格化し、さまざまなガイドラインや法律を施行してきました。直近では2022年に改正道路交通法が成立、レベル4の自動運転が日本でも実施可能となりました。これを受けて2023年5月には福井県永平寺町でレベル4の自動運転移動サービスを開始、2025年度目途に50カ所程度に拡張することを目指しています(図表3)。

自動運転の実現に向けた取組の推移

図表3:自動運転に関する法整備も進んでおり、2022年には無人自動運転(レベル4)を可能にする改正道路交通法が成立。これにより2023年5月には福井県永平寺町ではレベル4の自動運転サービスが実現している

■自動運転の社会実装へのステップ

自動運転の最終到達点は当然、すべての区間で無人運転が可能なレベル5となりますが、現状の技術では早期実現は困難なため、まずは一定条件下でのレベル4というのが現実的なアプローチと考えています。それには自家用車よりもトラックやバス、タクシーなど、走行ルートや用途が限定された商用車から実用化を図るべきという方針のもと、さまざまな研究開発や実証事業を進めています。

そこで得られた成果を自家用車に導入していくというのが基本方針ですが、自家用車の側でもセンサーやソフトウェアなどの技術向上が目覚ましく、それらを商用車に還元するという流れも期待されています(図表4)。

自動運転の社会実装に向けた取組

図表4:まずは走行ルートや用途が限定される商用車での自動運転の実用化を進め、そこから得られたデータを基に自家用車への実装を進めていく

協調領域の最大化

民間企業では自動運転の開発競争が進んでいますが、必ずしも競い合うだけではなく、協調できる領域もあると考えています。これを最大化することで、各企業がより重要な部分に投資を集中できるようにするのも政府の重要な役割であると認識しています。

その一環として、経産省・国交省が主催する「自動走行ビジネス検討会」を2015年から実施しています。自動走行分野において世界をリードし、社会課題の解決に貢献することを目指し、自動車メーカーやサプライヤー、学識経験者などが参加し、自動運転デジタル化戦略、自動運転移動・物流サービス社会実装、人材戦略、安全性評価という4つのワーキンググループを設置。それぞれの課題について議論を進めています(図表5)。

自動走行ビジネス検討会について

図表5:「自動走行ビジネス検討会」は、経産省製造産業局長と国交省自動車局長の主催で、自動車メーカー、サプライヤー、有識者の参加を得て2015年2月から実施している

自動走行ビジネス検討会では、企業が単独で対応することが困難な課題を協調領域と位置付け、官民一体による解決を目指しています。この中から、3つの重要な領域に関する取り組みをご紹介します。

■高精度3次元地図の整備

2016年に「ダイナミックマッププラットフォーム株式会社」を設立、高速道路の高精度3次元地図データの整備・提供を実施しています。今後は一般道への拡張のほか、信号や事故・渋滞などの動的情報と地図データを組み合わせて、自動運転車が活用できるような仕組みを構築していく予定です。

協調領域の深化・拡大例

図表6:ダイナミックマップとは、高精度3次元地図に交通規制情報、渋滞情報、車両位置などの動的な情報をひも付けた地図データのこと。ダイナミックマッププラットフォーム株式会社は、ダイナミックマップ開発のために官民共同で設立された企業だ

■安全性評価基準の策定

経産省が主催する「SAKURA Project」では、自動運転車の安全性評価基準の策定を推進しています。ここでは高速道路における24個の交通シナリオを作成し、シナリオごとに速度や位置などのさまざまなパラメーターを定義して安全性を検証するという手法を確立しました。その後、これをドイツなどと連携してISOに提案、2022年11月にISO 34502として標準化が実現しています(図表7)。

安全性評価(SAKURA Project)

図表7:「SAKURA Project」は、自動運転の安全性評価の基準策定を日本がリードする取り組みだ

これにより、自動車メーカーは国際的に統一された評価基準に基づく自動運転の開発が可能になります。引き続き、こうした枠組みを日本が主導する形で整備していきたいと考えています。

また、これらの安全性評価を仮想空間上で実施する仕組みの構築にも取り組んでいます。内閣府主導により省庁横断で科学技術の研究開発を進める「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」では、仮想空間における自動運転車の安全性評価を実現するプラットフォームとして「DIVP(Driving Intelligence Validation Platform)」を開発しました(図表8)。

自動運転車の安全性保障に向けた取り組み

図表8:「DIVP」は仮想空間上で自動運転車の安全性評価を実現するプラットフォーム。実現象との一致性の高いシミュレーションが可能

DIVPを利用することで、実車でのテストよりはるかに低コストで効率的な安全性評価が実施できるようになります。さらに、実環境では準備することが困難なシナリオも仮想空間なら容易に再現できるので、より安全な自動運転車の開発が可能になると考えています。

■ソフトウェア人材の育成

これまで自動車メーカーのエンジニアは機械系が中心でしたが、クルマのデジタル化に伴い、今後はソフトウェア人材が大きな役割を担うようになると考えられます。一方、2019年時点の調査では、2025年度に向けて自動車業界全体で2万1000人に及ぶソフトウェア人材の不足が発生すると予想されています。これを解消するため、官民共同でさまざまな人材育成に取り組んでいます。

・トップ人材の確保

AIなどの先進技術に精通したトップ人材を育成する動機付けとして、「自動運転AIチャレンジ」というコンテストを実施しています。これらを通じて多くの有望な人材が自動運転に興味を持ち、自分の腕を磨くチャンスとしてもらえればと考えています。

・人材育成エコシステム

開発現場でのボリュームゾーンとなる人材の育成に向け、「リスキル講座認定制度」を設けています。より多くの方々が受講できるよう、一部の講座には政府から助成金も支給しています。

・グローバル人材の開拓

東南アジアの大学を中心に企業との意見交換会や寄付講座の提供などを行い、海外の優秀な人材を日本に誘致する活動を実施しています。

実証事業の推進

経産省では、レベル4の自動運転サービスを推進する「RoAD to the L4」プロジェクトを国交省と共に立ち上げ、日本各地でさまざまな実証事業を進めています。

■レベル4移動サービスの実証実験と事業化

福井県永平寺町で進めてきたカート型の車両を活用した実証事業は、2023年5月に日本初のレベル4の自動運転移動サービスとして事業化が開始されました。それに先立つ同年2月には岸田総理が視察に訪れ、実際に試乗もしています。総理からは高齢化や過疎化などの社会課題をデジタルの力で解決する好事例であること、また日本全国への展開を進めるべきとの発言もあり、現在その取り組みを進めているところです(図表9)。

岸田総理による自動運転車両の試乗

図表9:2023年2月4日、岸田総理、岡田地方創生担当大臣らが「RoAD to the L4」プロジェクトを実施している福井県永平寺町を訪問し、レベル4認可を取得予定の自動運転車両に試乗

今後は同様のサービスを2025年度目途に50カ所程度に拡大、さらにエリアや車両の種類も増やしていくことを目標としています。具体的な動きとしては、茨城県日立市で専用道であるBRTを走行するバスの自動運転化を図っており、2023年度中の実現を目指しています。

■高速道路での高度物流システム

自動運転の中でも、トラックは社会的要請が非常に強い分野です。物流業界ではトラックドライバーの不足や労働時間規制などによる「2024年問題」が取り沙汰されていて、やがては物流が破綻しかねないとの懸念が生じています。これを解決する手段の一つとして自動運転トラックには大きな期待が寄せられており、東名・新東名高速道路での実証試験が行われています。

具体的には、高速道路に直結もしくは近傍にある物流施設や中継エリアから自動運転トラックが出発、合流部などではインフラ側の支援を受けながら目的地となる施設で自動運転を完了、というモデルを想定しています。高速道路は歩行者もなく、自動運転に適した環境である半面、大型車には車体の制御や分合流が難しいといった課題もあるため、その解決に向けた技術開発を進めています(図表10)。

レベル4自動運転トラックの社会実装のステップ策定

図表10:トラックドライバーが不足する「2024年問題」に対処すべく、自動運転トラックの早期の社会実装が求められる

また、2024年度には自動運転トラックを念頭に、新東名の駿河湾沼津から浜松まで100km以上の区間で深夜時間帯に自動運転車支援レーンを設置することが計画されています。この区間では分合流地点や道路上の落下物に関する情報などをインフラ側から車両に提供するシステムを整備することが予定されています。

今後のロードマップとしては、保安要員を車内に配置する形でのレベル4を2025年までに実現、さらに2030年以降には完全無人化の自動運転走行を目標としています。また、初期段階では1~2台での試験走行になりますが、最終的には複数の物流業者が数百台規模の自動運転トラックを共同で走らせる、新たな形態の物流サービスを実現したいと考えています。

■成果の還元

実証事業で得られた成果を、これから自動運転の導入を目指す事業者や地方自治体の方々に活用していただくための手引きの作成にも着手しています。自動運転の導入前に検討すべき課題の整理や、関連する法律への対処などを分かりやすく取りまとめる作業を現在進めています。

具体的には、事業目的の設定、自動運転移動サービスの枠組み、安全性の確保に向けた設計、役割分担/責任区分、事業成立性の検討──という5つの項目について、それぞれに必要な事項を明示する予定です(図表11)。

国の実証事業

図表11:実証事業や事業者等へのヒアリングを通じて、このような構成を想定し策定中。 (2)については、安全設計・評価ガイドブックの一部を作成し、2023年3月に公表済み

グリーンイノベーション基金

経産省ではカーボンニュートラルの実現に向けた取り組みを支援するため、2兆円を投じた「グリーンイノベーション基金」を設立しています。自動車分野では電池・モーターの開発や水素サプライチェーン構築、CO2を排出しない合成燃料の開発、車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発、スマートモビリティ社会の構築等を支援しています。

自動運転車は各種センサーから取得した情報をリアルタイムで高速処理する必要があり、その際に生じる電力消費量の高さが課題となっています。これを解決する省電力化の技術開発として、現在3つのプロジェクトの支援を実施しています。

■自動運転ソフトウェアの省エネ化
- 株式会社ティアフォー

自動運転ソフトウェアが行う「認識・判断・操作」プロセスの改善により、今後9年間で70%の消費電力削減が見込まれています。

■自動運転センサーシステムの省エネ化
- ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社

カメラ・レーダー・LiDARなどのセンサーからソフトウェアに送られる情報処理手法を高度化することで、70%の消費電力削減を目指しています。

■自動運転に対応する電動車両シミュレーションモデルの開発
- 一般社団法人日本自動車研究所

自動運転や電動化車両の試験評価に必要なシミュレーションモデルの高精度化を図っています。電動車の開発期間を短縮し、より速く市場に投入することで、結果的としてCO2削減に貢献できると考えています。

おわりに

自動運転には未だ数多くの課題があり、開発や事業化を目指す上では技術・コストの両面において、政府による一定の支援が欠かせないと考えています。経産省では、ここでご紹介した取り組みをさらに推し進めるとともに、その成果をより分かりやすい形で整理・公開していく予定です。こうした政策を多くの方々に活用していただくことで、自動運転の普及を加速させていければと思っています。

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