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JR東日本のMaaS
~都市を快適に・地方を豊かに~

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東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)では現在、シームレスでストレスフリーな移動と多様なサービスのワンストップ化の実現を目指し、各地域の事業者や官公庁・自治体等と連携しながら多様なMaaSサービスを提供しています。また、首都圏エリアで培われた情報の集積や、グループ一体でのデジタルソリューション、東北・甲信越エリアの魅力豊かな地域資源は当社の強みであり、これらを相互に活かすことで「都市を快適に」・「地方を豊かに」の実現を目指しています。

ここでは、JR東日本が掲げるグループ経営ビジョン「変革2027」および、これまで展開してきたMaaSの機能や特長、さらには今後の展望等について紹介します。

※この記事は、『Veriserve Mobility Initiative 2023』の講演内容を基にした内容です。

得永 諭一郎

東日本旅客鉄道株式会社
マーケティング本部
プラットフォーム部門
執行役員 統括(MaaS)
得永 諭一郎 氏 

JR東日本の主な事業と経営ビジョン

JR東日本グループの事業は、世界最大級の旅客鉄道会社として69線区、7,400km強の営業路線からなる「輸送サービス」、エキナカを含むショッピングセンターやテナントビル、ホテル事業などを展開する「生活サービス」、そしてSuicaを基軸としてリアルとデジタルのネットワークを融合させお客さまに新たな価値を提供する「IT・Suicaサービス」の三本柱から成り立っています。現在Suicaカードの発行枚数は9,000万枚強、モバイルSuicaについては1,700万人強のお客さまにご利用いただいています。

■新たな経営ビジョン「変革2027」

当社は1987年の会社発足から30年にわたり、「鉄道インフラ」を起点として主に鉄道の進化を通じたサービスのレベルアップに努めてきました。しかし、2018年に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」においては、この基本方針を大きく転換し、今後10年の間に「ヒトが生活する上での豊かさ」を起点とした社会の新たな価値を提供していくことを新方針として掲げました(図表1)。目指すものは、重層的で“リアル”なネットワークと交流の拠点となる駅等を活かし、外部の技術・知見を組み合わせた新たな価値とサービスの創造です。

グループ経営ビジョン「変革2027」の基本方針

出典:JR東日本グループ経営ビジョン「変革2027」
図表1:JR東日本が2018年に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」。これまでの「鉄道のインフラ等を起点としたサービス提供」から、「ヒトの生活における『豊かさ』を起点とした社会への新たな価値の提供」への転換を企図している

■MaaSプラットフォームの構築

「変革2027」の実現に向けて当社が提唱したのが、MaaSプラットフォーム「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」です。JR東日本グループは非常に大きな鉄道ネットワークを持っていますが、「自宅から駅まで」や「駅から目的地まで」といった二次交通の運営はほとんど行っておりません。このような状況において、当社は「モビリティ・リンケージ・プラットフォーム」を通じて他の輸送サービス企業などと連携し、交通のシームレス化や移動時間の短縮、ストレスフリーな移動、さらには交通の検索・手配・決済のワンストップ化の実現を目指しています(図表2)。

「シームレスな移動」「ストレスフリーな移動」の実現

出典:JR東日本グループ経営ビジョン「変革2027」に一部加筆
図表2:バスやタクシーなどの二次交通に加え、決済サービス企業等ともプラットフォームを介して連携することで、自宅から目的地までのストレスフリーな移動を実現する

JR東日本のMaaSサービス ~都市を快適に~

まず、「都市を快適に」を実現するためにJR東日本が取り組んでいるMaaSサービスを紹介します(図表3)。

これまでの取り組み

図表3:運行情報を提供する「JR東日本アプリ」をはじめとするスマホアプリやWebサービスの拡充に注力している

■JR東日本アプリ

JR東日本アプリは、スマホ用のネイティブアプリです。現在まで約800万ダウンロードの実績があり、列車の位置・運行情報やリアルタイムの混雑情報提供のほか、きっぷの予約ができる「えきねっと」アプリへのシームレスな接続を実現しています。2014年から提供していた旧アプリを2019年に全面的にリニューアルし、航空会社の予約サービスとの連携やリアルタイム経路探索の拡大など、さまざまなサービス強化を図ってきました。

■リアルタイム経路検索

現在ではさまざまなアプリで列車やバスの時刻や乗り継ぎ情報を調べることができますが、当社のリアルタイム経路検索のポイントは、列車やバスが遅れている時は、その遅延をリアルタイムに加味した検索結果を提供できる点にあります。これは当社のみならずJR西日本、私鉄各社やバスなど他の交通事業者が所有するリアルタイムデータとの連携によって実現したもので、今後も連携事業者の拡大を進めてまいります。 また、このサービスを実現するために、交通事業者同士が無償で相互にデータ利用できる「RT-DIP(リアルタイムデータ連携基盤)」を構築しました。これによって、事業者相互のデータ利用を可能にするとともに、検索会社への有償提供も可能になりました。

■Ringo Pass

「Ringo Pass」はスマートフォン上で利用するMaaSアプリです。「現在地から駅まで・駅から目的地までの移動を快適に」をコンセプトに、二次交通のワンストップサービスを提供します。事前にSuicaとクレジットカードを登録することで、シェアサイクル・タクシー・バスなど複数のモビリティの手配・決済ができます。Suicaで直接利用できないモビリティでも、Ringo Passがあれば利用が可能です。例えばシェアサイクルでは、日本の二大事業者であるドコモバイクシェアとハローサイクリングの両社合わせて全国37,000台強が利用できます。タクシーでは、東京・甲府・京都・札幌の大手タクシー会社を対象に、QRコード決済や空車タクシーの走行位置表示、配車サービスなどを提供しています。バスでは、東京都のお台場エリアと神津島においてスマホのNFCタグでの乗車、クレジットカードまたはモバイルSuicaによるポストペイ(後払い)ができます。

JR東日本のMaaSサービス ~地方を豊かに~

次に、「地方を豊かに」を実現するためにJR東日本が取り組んでいるMaaSサービスを紹介していきます。当社グループではこれまで東北6県を中心とした「TOHOKU MaaS」のほか、北海道の「道南MaaS」や京都市北部エリアを中心とした「奥京都MaaS」へのMaaSプラットフォームの提供など、地域と一体となってさまざまな「地域・観光型MaaS」を展開してきました。いずれも地域における観光や生活での移動を便利にするサービスとして、それぞれの地域特性に応じたサービス内容としています。

■共通プラットフォーム「Tabi-CONNECT」

MaaSの開発に当たっては、当初はサービスごとにオーダーメイドで開発していましたが、共通する機能については標準装備とし、それぞれのエリアのニーズに応じてカスタマイズやオプションを追加できるようにすることを目指し、共通プラットフォームである「Tabi-CONNECT」の構築を進めてきました。これにより、導入エリアに関わらず必要な機能を共通装備とすることにより、安価かつ短期間でサービスを提供できるようになりました。また、「Tabi-CONNECT」のコンテンツを拡充するに当たり、宿泊施設や体験型コンテンツとの連携を進めています。移動だけでなく、宿泊やアクティビティに関する情報までを一気通貫に提供することで、MaaSプラットフォームとしての価値向上を図っています。

ここからは、当社グループが地域と共に展開してきた「地域・観光型MaaS」の中から、特徴的なものをいくつか紹介します。

■「TOHOKU MaaS」

「TOHOKU MaaS」は、東日本大震災から10年を経た2021年、JRグループ6社と地域が一体となって、復興が進んだ東北エリアへの観光流動創造の拡大を目指して実施した「東北デスティネーションキャンペーン」に合わせて提供したシステムをベースに構築した地域・観光型MaaSサービスです。2022年4月に社会実装化し、継続的にサービス展開しています。主な機能は次の通りです。

・旅行のプランニングサービス

モデルコースの提供に加え、お客さまご自身が旅行プランを組み立てることのできるサービス。

・デジタル交通チケットの販売

鉄道、バスなどのフリーパス、高速バス、定期観光バス、観光施設、駅レンタカーなどの交通チケット購入(予約も含む)。

・エキトマチケット

JR東日本が提供する電子チケット。レストラン、土産物店、観光施設等、全エリアの対象店舗で利用可能。

・オンデマンド交通

オンデマンド交通とは、乗りたい時間に、行きたい場所まで利用できる乗り合いタイプの新たなモビリティで、バスとタクシーを融合したようなサービスです。スマホで簡単に事前予約・決済ができ、観光はもとより地域住民の皆さまの足としても利用できます。「TOHOKU MaaS」運用開始と同時に、弘前(青森県)、角館(秋田県)、一関(岩手県)、秋保(宮城県)の4エリアで半年間サービスを提供し、その後は、2022年5月から仙北市とJR東日本の共同事業として角館地区で「よぶのる角館」の愛称名で継続運行しています。これはJR東日本として初めてオンデマンド交通を自治体と共同で運行しているものです。

■「GunMaaS」

当社は、前橋市や群馬県からの委託を受け、「MaeMaaS」・「GunMaaS」のシステムを提供してまいりました。「GunMaaS」は、前橋市が市内の公共交通の有効活用と最適化を目的に運営していた「MaeMaaS」をベースに、群馬県域へ拡大したものです。自家用車の保有率が非常に高い同県において県域の公共交通の利便性向上を図るため、2023年3月15日よりサービスを開始しています。「MaeMaaS」で提供していたサービスに加え、群馬県内の3つの私鉄でのスマホ認証・決済や、群馬県の汎用ウェブの構築やイベント情報の表示などの施策に対応しています。またこのエリアでは、前橋市を中心にオンデマンド交通サービスがすでに提供されており、これに対応した経路探索と連動した予約機能や、マイナンバーカードとの連携などをいち早く提供してきました。
「GunMaaS」の主な機能は次の通りです。

・地方鉄道会社のきっぷのデジタル化

従来、上信電鉄、上毛電気鉄道、わたらせ渓谷鐡道の3社ではSuicaを含む交通系ICカードが使用できませんでした。「GunMaaS」では、利用者はあらかじめ交通系ICカードの番号をご自身のスマホに登録した上で、「GunMaaS」できっぷを購入すると、そのICカードやモバイルSuicaで改札を通ることができます。なお、スマホの画面に表示したQRコードを改札口のリーダーにかざして乗車することもできます。

・Suica-マイナンバー連携

Suicaとマイナンバーカードの連携により、そのSuicaでさまざまな住民サービスの割引決済が可能になりました。これにより、特定エリアの居住者向けサービスや特定年代を対象にしたサービスなども提供できます。マイナンバーカードにひも付けする情報は市町村までの住所と誕生年月までです。例えば、特定年代向けサービスを提供する際には現在年月と誕生年月の比較により年齢が判定でき、「敬老割引」や「小児割引・学生割引」などが提供できます(図表4)。

またマイナンバーカードとSuicaを連携すると、クレジットカードを持たない利用者でも移動や買い物などさまざまなシーンで市民向け割引を含むキャッシュレス決済ができるといったメリットもあります。すでに前橋市では特定エリアの居住者向けサービスにおいて、市民割引や若年層に向けた公共交通の割安なチケット販売などを行っています。

Suica マイナンバーカード連携

図表4:個人を特定できない範囲でSuicaとマイナンバーカードを連携することで、対象者を絞ったキャンペーンなどの施策が可能になる

■「旅する北信濃」

「旅する北信濃」は、長野県北部エリアにおける観光の利便性向上と広域周遊促進を目的としたMaaSサービスで、2度の実証実験を経て2023年4月1日より社会実装しました。
バスや電車がお得に利用できる交通電子チケットや、県立美術館、葛飾北斎の天井画で有名な岩松院等の観光電子チケットの販売、エキトマチケット加盟店の拡大を進めています。また、この「旅する北信濃」の展開に当たっては、JR東日本の駅員や乗務員等の現場第一線の社員が中心となってサービスの企画から現地の事業者の皆さまとの話し合いを含めて運営しています。この取り組みが評価され、内閣官房が主催する2022年度「冬のDigi田甲子園」で準優勝を獲得しました。

■「伊豆navi」

東急・伊豆急とJR東日本が共同で2022年11月から社会実装したMaaSサービスです。エリア内の東海バス・伊豆箱根鉄道などの交通・観光電子チケットの販売のほか、LINEによるプロモーションの実施(イベント・新着情報の発信やお得なクーポンの案内など)、エキトマチケット加盟店拡大などを進めています。LINE公式アカウントによる情報発信、オリジナルマップ作成ソリューション「Platinumaps」のマップ機能活用、そしてチケッティング・経路探索を提供する当社の「Tabi-CONNECT」が相互に連携することによって、比較的安価に地域・観光型MaaSの提供を可能にしました。

新たな挑戦

今後も、JR東日本はこれまでの経験をもとに新たな事業領域への挑戦を検討するとともに、自治体や地域の事業者が抱える課題を起点として、「地域と伴走した取り組み」を継続していきます。例えば、環境負荷の少ない低速走行のグリーンスローモビリティや、ドライバー不足の課題解決につながる自動運転、水素などの再生可能エネルギーを活用したバス・列車の活用なども検討しています。

■顧客体験を最大化する取り組み

JR東日本は、冒頭に述べた経営ビジョン「変革2027」の実現に向け、「Beyond Stations構想」を掲げています。これは駅を「暮らしのプラットフォーム」と定義し、モノやコトをつないで顧客体験を最大化していこうという取り組みです。大都市圏の駅と地方の駅にはそれぞれの役割がありますが、これにさまざまなサービスを付加することによって、お客さま一人ひとりの可能性を広げ、豊かな生活が実現されるものと考えます。

Beyond Stations 構想

出典:JR東日本「Beyond Stations構想」
図表5 駅の機能にさまざまなサービスを付加することによって顧客体験を最大化する

おわりに

地方は今、地域経済の疲弊や過疎化の進展、人手不足に起因する公共交通の縮減といったさまざまな困難に直面しています。私たちJR東日本グループは自社コンテンツやソリューションなどグループの総合力を提供しながら、熱意ある地域の皆さまと共に都市・地方の活性化と持続可能な輸送サービスを実現します。


※数値等本稿の内容は、2023年5月末時点の情報となります。

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