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MaaSが都市を変える ~移動×都市DXの最前線~

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次世代モビリティサービス「MaaS(Mobility as a Service)」の普及は、都市や街に大きなインパクトをもたらします。本講演では、未来の交通ビジョンを描くモビリティデザイナーとしての立場から、「都市が抱える課題」、「MaaSの本質とは何か」、そして「MaaSが都市を変える」という視点のもと、モビリティ革命が都市や街づくりに及ぼす影響や、MaaSの実装に取り組む際のポイントについて、先進諸国の取り組みを交えて紹介します。

※この記事は、『ベリサーブ オートモーティブ カンファレンス 2021』の講演内容を基にした内容です。

牧村 和彦

一般社団法人 計量計画研究所
理事 兼 研究本部企画戦略部長
牧村  和彦 氏 

都市が抱える課題

WHO(世界保健機関)の統計によると、交通事故で死亡する方は、世界で年間135万人に上ります。24秒に一人が亡くなっている計算です。また、交通渋滞による全世界の経済損失は毎年十数兆円に及ぶといわれています。これらはモータリゼーションが進む現代の都市が抱える世界的な課題の一つですが、私たちのすぐそばにもモビリティと都市の課題は横たわっています。

95%のクルマが眠っている

図1は、日本全体でクルマがどのくらい動いているかをグラフ化したものです。1日のうち、95%のクルマが「眠っている」(駐車状態である)ことが示されています。例えば自宅から勤務先までクルマを使って片道30分移動したとして、走行時間は往復で1日1時間です。それ以外の23時間は自宅や勤務先などに駐車していることになります。このことは、都市において貴重な空間が駐車車両によって専有されていることを意味しており、都市空間の有効活用という観点で深刻な課題だといえます。

日本の新しい社会像「Society 5.0」

図1:時間帯別の走行および駐車時間の割合(日本全国の自動車動向調査結果より)
出展:IBS Annual Report 研究活動報告 2018

日本における移動格差

高齢者の移動格差という課題もあります。前橋市の資料によると、運転免許や自動車を保有している高齢者の外出率は80%なのに対して、これらを持たない高齢者の外出率は49%にとどまっています。地方都市においては、クルマという移動手段がないと、高齢者の活動が大きく制約される実態を示しており、今後さらに高齢化が進み、免許返納も進む中で、この移動格差はより重要度を増していきます。

こうした近年の都市が抱えるさまざまな課題に対して、クルマの電動化や自動運転だけで解決しようとするのは困難で、新しいサービスやシェアリングなど、交通の新しい代替手段を提供していくことが求められます。

MaaSの本質とは

MaaS(マース)は、マイカーという魅力的な移動手段に取って代わるのではなく、マイカーと同等あるいはそれ以上に魅力的なモビリティサービスを社会へ新たに実装し、人々の選択肢を増やしながら、それによって新しい価値観と持続可能な社会を構築していくことです。あたかもポケットの中に全ての交通手段があるかのようなライフスタイルが実現可能になります。そこにMaaSの本質があると考えています。

図2は、MaaSの発祥地といわれるフィンランドの運輸通信省が提示したMaaSの概念図です。顧客を中心にして、シェアリングサービスなどが展開されます。一人一人が望む移動サービスをAIが分析して提供し、地域などの目的に対して行動変容を促すファシリテーターという概念や、通勤・余暇・買い物といった生活に密接に接続しながら、オンデマンドでサービスを提供することが特徴です。最終的には顧客目線で交通や通信、都市といった産業インフラに大きな影響を与えていく。これがMaaSの全体像です。また、国家政策として交通産業をデジタルによって変革することがMaaSの裏側にある本質だと考えられます。日本においても、未来投資戦略2018※1 に「次世代・モビリティシステムの構築」としてMaaSの推進が掲げられました。具体的な取り組みの一つが経済産業省と国土交通省が共同で推進している「スマートモビリティチャレンジ」です。IoTやAIを活用した新たなモビリティサービスの社会実装に向け、全国で実証実験が続いています。

フィンランド政府が描くMaaSの本質

図2:フィンランド政府が描くMaaSの本質
出展:フィンランド運輸通信省のデータをもとに作成

※1:2017年6月9日に閣議決定されたわが国の成長戦略。「Society 5.0」を本格的に実現するため、これまでの取り組みの再構築、新たな仕組みの導入を指針としている。

世界のMaaS展開例

世界ではすでに次世代ビジョンとともにMaaSの展開が始まっています。欧米の事例をいくつかご紹介します。

1.ヘルシンキの場合~交通ビジョン2050

フィンランドの首都ヘルシンキでは、2050年における「化石燃料ゼロ化」と自動車に依存しない都市の在り方を目指す「交通ビジョン2050」を提案しています。また同市ではこのビジョンを実現するため、公共交通、タクシー、レンタカー、自転車などの交通手段を統合して、移動計画から予約、決済まで一つのアプリで利用できる定額のMaaSサービス「whim(ウィム)」を2016年から展開しています。

2.ボストンの場合~GO BOSTON2030

米国では、大都市ボストンがいち早く「GO BOSTON2030」というビジョンを掲げました。これは、地域に居住する人々に対し、その多様性を尊重しながら公平性を最重視しつつ、一人一人の交通利便性を高めていくというものです。速達性よりも安全性を重視し、さらには2030年までに1人乗りの自動車利用(マイカー通勤など)を半減していこうという非常に野心的な計画となっています。図3は、ボストン市が検討している交通プラットフォームのイメージです。最上部に行政機関があり、その下に自動走行のオペレーターと既存の交通事業者(電車・バスなど)を一体とした交通プラットフォームを作っていく。つまり行政がプラットフォーマーとなり、かつ顧客目線を持って経営することが重要と考えられています。

市全体を統括した交通システムプラットフォーム構想

図3:市全体を統括した交通システムプラットフォーム構想(ボストン市の取り組み)
出展:未来投資会議、シュワブ氏講演資料(2018年4月12日)

3.フランスの場合~モビリティ指針法

2019年にフランスで可決されたモビリティ指針法(LOM法)は、同国内の陸上交通のカーボンニュートラルを2050年までに実現することを目的とした1兆5千億円もの投資計画です。都市圏ごとのMaaSの普及、自動運転や電動化の本格展開も含めた総合的なパッケージ法です。フランスには移動手段を持たない人や公共交通の空白地帯が多いため、この法律には「モビリティに関する空白地域をなくし、全国でマイカーに代わる交通手段を保証していく」ことが明記されています。Universal MaaS(障がい者や高齢者など含めて誰もが快適に移動を楽しめるサービス)の発想に基づく、先駆的な運用事例といえます。

この法律にはもう1点、重要なポイントがあります。フランスでは公共交通機関の各種データが公開されて利活用が進んでいますが(=オープンデータ化)、地域で新しい移動サービスが展開される際にも同様にデータを公開するよう義務付けたのです。フランスではすでに多くの外国企業がMaaS事業を展開しています。事業主体が多様化するに伴って問題も生じています。

行政・地域としてのガバナンスを高めるためには、サービスの状態をモニタリングして品質をチェックする必要があり、データの公開が重要視されているのです。

MaaSを推進するキー・プレイヤー

MaaSを推進していくためのポイントとして、「プレイヤー」の存在を見逃すことはできません。先行しているのは、米国のUber、Lyft、シンガポールのGrab、ソフトバンクが出資する日本のDiDiモビリティジャパンといった配車サービス事業者です。日本ではライドシェアなどと紹介されることが多いようですが、米国では交通ネットワークカンパニー(TNC)と呼んでいます。

図4は、車両、運転手、顧客に関するデータを交通プラットフォーム上で連携させ、新しいサービスを提供するLyftのビジネスモデルです。TNCの多くは同様のビジネスモデルを展開しています。特に注目すべきは「車両」で、自動車・レンタカーだけでなく、シェア自転車や電動キックボード、自動運転まで、多種多様なクルマの中から利用者が選択できる点が特徴です。自動運転については、Googleが展開している「Waymo One」という完全無人の自動運転サービス、ラスベガスのAptivという自動運転車両なども選べるようになっています。今後、自動運転車両の割合が増えることが予想されますが、全ての移動を自動運転で叶えるのはまだ難しい状況です。複数種類の車両を組み合わせて人の移動を支援していく考え方を参考に、いち早く移動サービスを実現し、顧客に利用してもらうことはビジネス上非常に重要になってきます。

日本の新しい社会像「Society 5.0」

図4:配車サービスのLyftが描くデジタル交通プラットフォーム
出展:United States Securities and Exchange Commission(2019)
Form S-1 Registration Statement(Lyft, Inc.

MaaSが都市を変える

MaaSは本来、「移動」についての考え方ですが、多くの場合、移動の先には「目的」があります。観光や買い物、医療などのサービスは今後、交通がデジタル化される過程でMaaSと一体化して新しいサービスが生まれていくとみられます。そのサービスの変化に応じ、都市も姿を変えていくことになります。

住宅・オフィス・商業が変わる

例えばスウェーデンのイエテボリという都市では、2019年からMaaS付き住宅の供給が始まっています(図5)。これは約130世帯からなるカーフリー住宅で、居住者はEC2BというMaaSアプリを通じて、カーシェア、公共交通の電子チケット、自転車のシェアなどのサービスを利用できます。
オフィスビルでは、これまで何フロアも専有していた駐車場が姿を消し、用途が異なる施設への転用が進みます。また、建物内に駐車場を設けず、自転車修理場や自動運転の送迎ゾーンなど、新たなモビリティサービス施設を併設する「モビリティ一体開発」モデルなども登場しています。
一方、オーストリアのウィーンでは、スウェーデンの家具量販店、IKEAがカーフリーショッピングを提唱して現在、駐車場のない店舗を建設中です(図6)。従来の店舗にあった駐車場スペースは屋上庭園やベランダ緑化などに転用され、買い物客の荷物は電動のバンが自宅まで配送します。IKEAといえば、クルマで買い物に出掛けるのが常識でしたが、こういった従来の世界観やライフスタイルは今後、大きく変わることになります。

イエテボリ市のMaaS付き住宅

図5:イエテボリ市のMaaS付き住宅
出展:左写真 Riksbyggen 右画像 EC2B

ウィーンで建設中のIKEAカーフリー店舗(開発イメージ)

図6:ウィーンで建設中のIKEAカーフリー店舗(開発イメージ)
出展:IKEA社

結節点が変わる

結節点(公共交通同士の乗り継ぎや、公共交通と新しいモビリティサービスとの乗り継ぎ)も大きく変わる可能性があります。図7は、フランス・ナントの現存する乗り継ぎ拠点です。信用乗車制度により改札のない結節点が一般的です。
いずれ日本でも顔認証システムが実用化されたその先には、顔認証による乗降に留まらず、図のような改札のない結節点を実現していくことが大切です。キャッシュレス、チケットレスを進める意義は、車椅子やベビーカーを利用する人たちも含めて、誰もが乗り継ぎ容易になり、気軽に街へお出掛けできる環境にアップデートしていくことだと考えます。これこそが真のユニバーサルデザインの実現を目指すものといえます。

ウィーンで建設中のIKEAカーフリー店舗(開発イメージ)

図7:改札がない乗り継ぎ拠点の様子(写真左上:幹線交通、写真右:支線交通、フランス・ナント)

都市が変わる

図8は、シンガポール西部地域テンガに開発中のスマートシティ(フォレストタウン)の完成イメージです。都市開発とMaaSサービスを一体化して地域の価値を高めようという計画で、住宅ではEVカーシェアが導入され、タウンセンターの1F部分は歩行者中心の空間となり、車両は地下を走行し、いずれこれらが電動化、自動化されていきます。目指しているのは人間中心の新しい社会で、人々が本当に住みたいと思える豊かな暮らしの空間づくりです。

日本の新しい社会像「Society 5.0」

図8:都市開発とMaaSサービスが一体となった
シンガポールのスマートシティ計画
出展:シンガポール政府

国内の取り組み

日本でも鉄道交通事業者や自動車会社を中心にMaaSが本格始動しています。これまでにも、鉄道会社は鉄道事業だけでなく、不動産や流通(百貨店)、レジャーとライフスタイルを支える多様なサービスを展開する沿線開発モデルを手掛けてきました。DX時代を迎え、沿線開発モデルから新しい交通とサービスを組み合わせた新しいMaaSモデルを作っていく必要があります。海外の交通事業者の多くは交通サービスだけで事業を展開していたのに対し、日本の鉄道事業者はすでに幅広いサービスと連携してきました。この経験は日本の大きな強みの一つであろうと思います。

品質マネジメントの重要性

世界でMaaSへの取り組みが具体化する中、安全性は十分か、障がいのある人にも利用しやすいサービスとなっているかなど、さまざまな視点からモニタリングし、行政が中心となってモビリティサービスの品質をマネジメントする取り組みが増えています。

図9は、サンフランシスコ市が行っている官民連携による品質マネジメントの一例です。新しいモビリティサービス(カーシェア、自転車シェア、電動キックボードシェア、配車サービスなど)について、10の指標によりモニタリングを実施し、品質の維持・改善に取り組んでいます。

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図9:新しい移動サービスによる行政モニタリング
(サンフランシスコ市の安全指標の事例)
出展:サンフランシスコ市交通局(SFMTA)

先に紹介したフランスのモビリティ指針法では、新たなサービス事業者はオープンデータ化が義務付けられているように、米国の多くの都市でも、交通データの提供が新しいモビリティ事業者が営業許可を受けるための条件に含まれます。データ提供に用いられるMDS(Mobility Data Specifi cation)というデータ仕様は全米90以上の都市で採用され標準化が進んでいます。このように、品質マネジメントにおいてはサービスを提供する側がデータをオープン化するケースが非常に多くなっています。提供するデータそのものの品質も非常に重要です。民間の事業者と行政が連携したサービス形態は、これから本格化する日本のMaaSでもポイントになってくるでしょう。

おわりに

最後に、ここまでご紹介した事例から導かれるMaaSの価値と今後求められる取り組みについてまとめます。

  1. 1.MaaSの価値は「データの品質」にあります。中でもリアルタイムな動的データや、新たなモビリティ、シェアリングに特有のデータ(配車状況や充電カーポートの稼働状況など)は非常に重要です。また、災害やパンデミック禍にあっても人々の移動をスムーズにサポートする柔軟な対応も求められます。

  2. 2.MaaSの価値は「サービスの品質」にもあります。例えば、自動運転が実用化されたときに、全車両に対して同じルートを提示すれば渋滞発生の要因になります。従って、さまざまな状況に適応できるルート検索の品質が求められます。また、MaaSの実現に当たり、移動サービスは共通のプラットフォームに統合されていきます。その結果、統合されたサービスの品質が問われることになります。移動の途中で故障があった場合は、振替・代替輸送を実施するといった柔軟性が求められます。そうしたトータルのサービス設計や品質確保が非常に重要になります。

  3. 3.MaaSはスマートシティの実現にとって中核を担う要素になると考えます。そこでは都市経営のための品質マネジメントが重要になります。移動サービスから得られるデータや都市が持つデータについて、その価値を官民が共有し、相互の連携によって安全性や利便性、信頼性を高めていくことが大切です。

以上が、次世代におけるMaaSおよび都市設計についての私の考察です。次世代のサービスに新たに取り組もうとする皆さまのご参考になれば幸いです。