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【連載】石黒邦宏の「日米デジタル論考」:大統領を予測できるか? 2024年アメリカ大統領選に寄せて

【連載】石黒邦宏の「日米デジタル論考」:大統領を予測できるか? 2024年アメリカ大統領選に寄せて

2024年11月にアメリカ大統領選挙が行われた。皆さんご存知の通り、ドナルド・トランプ氏が大統領に選出された。今回の大統領選挙は、選挙のわずか3カ月あまり前の時点で民主党候補がカマラ・ハリス氏に交代したり、トランプ氏の暗殺未遂事件が二度もあったり、とにかく異例ずくめの選挙だった。

結果についてさまざまな意見が出されてはいるが、本稿では結果には触れず、直前まで接戦を繰り広げていた選挙結果の予測について、エンジニアの観点から見てみたい。

選挙予想の新時代

そもそもわれわれ日本人にはアメリカの選挙権がないわけなので、完全なやじ馬根性でしかないのだが、やはりアメリカ大統領選挙というのは選挙予想の中でも、一番の大舞台である。世界最強の国家の政治的主導者を決める選挙だというのはもちろんあるけれども、大統領選挙の予想というのは、マスコミ、選挙予想サイト、大学の調査プロジェクト、政治ジャーナリスト、そして賭けサイトが三つどもえ、四つどもえになって繰り広げられる一大エンターテインメントという側面も持ち合わせている。

特に印象に残っているのは、2008年にネイト・シルバー氏が設立した「FiveThirtyEight」(*1)というサイトが、バラク・オバマ氏の当選をインディアナ州とネブラスカ州第二選挙区を除いて的中したこと。さらに、同時に行われた上院選挙の結果に至っては全て的中したことによって、選挙予想の新時代が始まったと実感した。

それまでは、ほとんどカンで適当な予測を述べるだけだったり、カンよりは若干マシかもしれないけれど、根拠不明な十数個の指標に照らし合わせて予測したりする選挙予想だった。しかしながら、シルバー氏はまったく違ったやり方で大統領選挙の予測をした。

元々、データ分析の活用によって野球に変革を起こしたいわゆる「マネーボール革命」に感銘を受けて、メジャーリーグベースボール(MLB)に所属するプロ野球選手のパフォーマンスを予測するサイト「PECOTA」を24歳の時に設立した。彼は著書「シグナル&ノイズ」の中でこう書いている。

「政治については、前々から少し関心があった──というよりは不満を感じていた。例えば、2006年に、(当時の主な収入源だった)インターネット・ポーカーに対する規制法案が提出されたとき、私は議会での審議を注意深く見守っていた。そのとき気付いたのは、政界でまかり通っている分析や予測の類いは、『マネーボール革命』が広がりつつあったスポーツ界に比べても、はるかに劣っているということだった」

引用:ネイト・シルバー 著、シグナル&ノイズ 天才データアナリストの「予測学」

そして、シルバー氏は、野球選手の活躍を予測したように、多数の世論調査の結果に対して、適切な補正を行えば、精度の高い予測モデルが構築できるというアイデアを発明した。2008年の大統領選挙の後、FiveThirtyEightはNew York Timesの傘下に入り、2012年の大統領選挙では50州全ての結果を的中させた。まさに選挙予想の革命が起こったのだ。FiveThirtyEight以降、選挙予測はまったくそれまでとは違った局面に突入した。

シルバー氏の功績

シルバー氏の手法の特徴は、もちろん高い精度の予測にあるが、最大の功績は第三者の検証に耐えられるということだったと思う。当初は公開していなかった世論調査の補正パラメータについてもシルバー氏は早い時点で公開し、シルバー氏の予測結果の検証が行われ、同時にシルバー氏のモデルを改良した新たな予測モデルの開発競争が生まれることになった。そのうちの一つで有名なものに、「RealClearPolling」(*2)があるだろう。先月の大統領選挙でも、RealClearPollingは、誤差の範囲内という注釈付きで、激戦7州のうち5州でのトランプ氏の勝利を予測した。

FiveThirtyEightは、New York Timesに買収された後、スポーツメディア企業のESPN(Entertainment and Sports Programming Network)を経て、ABCニュースに移る。2023年以降は人員の削減を始めており、シルバー氏も同年5月に退社した。残念ながら以前ほどの存在感は失っている。

大学も選挙予測のためのデータ収集に躍起

多くの人が、FivetThirtyEightやRealClearPollingを見て、あーでもない、こーでもないと、いろいろな予測を競わせているのが、2020年代の選挙の風景になっているのではないだろうか。こうした予測サイトはデータソースを公開しており、いつ、どの調査期間によって行われた世論調査を基にしているか分かるようになっている。

その中でも、高い精度で知られているのが、キニピアック大学(Quinnipiac University)とシエナ大学(Siena College)だろう。

シエナ大学は近年New York Timesと提携して調査を行っており、NYT/Siena Poll Coverageという調査名で知られている。大学の世論調査が定期的に、しかも全国規模で行われているというのは、われわれの感覚からすると、ちょっとびっくりするかもしれない。FivetThirtyEightやRealClearPollingの予測が高い精度を持つためには、そもそも精度の高い、しかも調査の対象の人についての性別、年齢、職業、支持政党といったプロファイルが必要である。こうした大学による中立的で質の高い世論調査が、各種選挙予測サイトの下支えになっているわけだ。

もう一つ忘れてならないのは、賭けサイトのオッズである。アメリカでは選挙の賭けは先物取引法に抵触するのだが、金額や参加人数の制限の下、限定的な運営が認められてきた。一番古株で有名な「Predictlt」、ブロックチェーン技術を活用した分散型予測市場で知られる「Polymarket」、初めてCFTC(Commodity Futures Trading Commission:商品先物取引委員会、以下CFTC)の認可を受けた「Kalshi」など、いくつもの賭けサイトが存在している。そのどれもが、選挙戦直前にトランプ氏の当選に賭けた人数が多くなっていたのだ(*3)。

Predictltは大学とパートナープログラムを持っていて、オッズとプロファイルを学術目的のために共有している。どのサイトも現在CFTCからのさらなる規制によってサイトの存続が不透明になっているが、今後、選挙予測の重要なデータソースとなる可能性があるだろう。

このように、選挙予測はある種の科学になったと言えるのではないだろうか。では、今回の大統領選挙のように、候補者間の差が1から2パーセントの時にわれわれは何というべきだろうか?

シルバー氏はNew York Timesに掲載した選挙直前のコラム「誰の直感も信じるな、もちろんオレのもだ」(Here’s What My Gut Says About the Election, but Don’t Trust Anyone’s Gut, Even Mine)でこう触れている。

In an election where the seven battleground states are all polling within a percentage point or two, 50-50 is the only responsible forecast. Since the debate between Kamala Harris and Donald Trump, that is more or less exactly where my model has had it.

Yet when I deliver this unsatisfying news, I inevitably get a question: “C’mon, Nate, what’s your gut say?”

選挙の戦場州七つがどれも支持率が1~2ポイント以内の接戦なら、50対50ってのが唯一責任ある予測だ。カマラ・ハリスとドナルド・トランプの討論以降、オレのモデルもだいたいその線に落ち着いている。でもな、この満足感ゼロのニュースを伝えると、必ずこう聞かれるんだよ。「なぁネイト、オマエの直感はどうなんだよ?」

So OK, I’ll tell you. My gut says Donald Trump. And my guess is that it is true for many anxious Democrats.

But I don’t think you should put any value whatsoever on anyone’s gut — including mine. Instead, you should resign yourself to the fact that a 50-50 forecast really does mean 50-50. And you should be open to the possibility that those forecasts are wrong, and that could be the case equally in the direction of Mr. Trump or Ms. Harris.

じゃあ言うけど、オレの直感ではドナルド・トランプだ。たぶん、不安な民主党支持者の多くも同じじゃねぇかな。でもな、誰の直感にも価値なんて一切ないと思うぞ、もちろんオレのも含めてな。それよりも、50対50って予測は本当に50対50だってことを受け入れるべきだ。そして、その予測が外れる可能性があること、しかもそれはトランプに有利な方向にもハリスに有利な方向にも同じくらい起こり得ることを理解しておけ。

<中略>

With polling averages so close, even a small systematic polling error like the one the industry experienced in 2016 or 2020 could produce a comfortable Electoral College victory for Ms. Harris or Mr. Trump. According to my model, there’s about a 60 percent chance that one candidate will sweep at least six of seven battleground states.

世論調査の平均がこれだけ接戦だと、2016年や2020年に業界が経験したような小さなシステム的な誤差でも、ハリスかトランプのどちらかに楽勝で選挙人団の勝利をもたらす可能性がある。オレのモデルによると、戦場州七つのうち少なくとも六つをどちらかが制する確率は約60%だ。

<中略>

Don’t be surprised if a relatively decisive win for one of the candidates is in the cards — or if there are bigger shifts from 2020 than most people’s guts might tell them.

引用:New York Times「Nate Silver: Here’s What My Gut Says About the Election, but Don’t Trust Anyone’s Gut, Even Mine

どっちかの候補が比較的ハッキリ勝つ可能性があるってこと、もしくは2020年からもっと大きな変化が起こるってことを、誰の直感よりも大きく考えておいたほうがいい。驚くなよ。


もちろん、今回の大統領選挙の結果には皆驚いたわけだが、シルバー氏のおかげで驚く準備はできていたのだ。

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