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【連載】MBAホルダーのエンジニアが影響を受けた5選書:第3回『ソフトウェアファースト』

【連載】MBAホルダーのエンジニアが影響を受けた5選書:第3回『ソフトウェアファースト』

こんにちは。河原田政典(Mark Ward)です。

ぼくは2020年10月から2022年9月までの2年間、仕事をしながらMBAプログラムに通って経営学修士(専門職)いわゆるMBAを修了したエンジニアです。エンジニアとしての専門性であるソフトウェア品質保証とアジャイル開発を追求する一方で、特に品質という観点から、技術だけでなくビジネス全般の知見を深めてきました。

本連載では、これまで読んだ書籍の中から、技術・ビジネス・自己成長に役立つ5冊をご紹介します。それぞれの本から、ぼくの考え方や業務の進め方にどのような影響を受けたのかもお伝えしつつ、皆さんの日々の仕事や生活に取り入れられるヒントをお届けできればと思います。

第1回はピーター・ドラッカーの『経営者の条件』、第2回はデール・カーネギーの『人を動かす』を取り上げました。どちらも自己成長や人間関係の基盤を築くうえで欠かせない名著です。そして今回は、テクノロジーと組織の未来を考えるうえでの必読書、及川卓也氏の『ソフトウェアファースト 第2版』(2024・日経BP)をご紹介します。

AI時代・DX時代の指南書

マーク・アンドリーセンは2011年に「ソフトウェアが世界を飲み込む(Software is eating the world.)」と彼のブログで語りました。あらゆるビジネスや産業がソフトウェアを基盤に機能するようになり、ビジネス環境は激変を続けています。ぼくが聞いた話ですが、自動車メーカーのディーラーで仕事をしている方は、自動車の状態を把握する作業を、あらかじめ自動車に組み込まれた分析用のソフトウェアを通じて行っているそうです。「自分たちはもうメカニックというよりエンジニアですね」と語った年配の整備士の方は、自身の仕事の変化と適応に少し戸惑っている感じでした。

 加えて、生成AIの登場により、数年前には想像もできなかった仕事の進め方さえ可能になりました。人の手が「絶対に必要」な業務が、今や「本当に必要なのか?」を問われています。たとえば、会議の議事録をAIに記録させると、相当高い精度の議事録が出力されることに驚かされます。議事録を取るのが上手な方は、これで一つ仕事をAIに奪われたことになります。

 専門職であるソフトウェアエンジニアも無関係ではありません。プログラム(ソースコード)を生成AIが出力できるようになりました。それなりに品質の高いコードが出力されることから、専売特許だったはずのプログラミングにこだわることをやめて、ソフトウェア開発の上流である要求定義やUI/UXデザイン、あるいはビジネススキルを身につけるべく、急激なリスキリングを迫られているエンジニアが増えています。もちろん、AIが「あらゆること」を人間よりもうまく・早くこなせるわけではなく、不健全な焦り方をする必要はありません。しかし、それでもホワイトカラーと呼ばれる仕事のうち、かなりの部分の作業をAIが代替できるようになっていることは確かです。

 現代は「ソフトウェアファースト」の時代だと語るのが本書です。著者の及川卓也氏は、MicrosoftやGoogleといった世界の一流企業でプロダクト開発の最前線に立ってきた経験があり、現在は企業や社会の変革を継続的に支援していらっしゃいます。400ページを超えるボリュームとは思えないほど読みやすく、日本企業の多くが抱える問題を鋭く指摘する文章は爽快でさえあります。ぼくが初めて読んだのは2019年のことで、当時得られた危機感や学びが、その後グロービスでMBAを修める経験につながっていきます。本稿で紹介するのは2024年に改訂された第2版ですが、初版からさらに読み応えのある書籍になりました。グローバルを巻き込みながら急激に変化していく時代を生き抜く武器として、経営者や管理職、エンジニアのような技術職も含めて、あらゆるビジネスパーソンに「刺さる」一冊です。

ソフトウェアファーストにならないと勝てない!?

本書は大きく7章に分かれており、そもそもソフトウェアファーストとは何か、なぜ日本企業のDXは失敗を重ねているのか、企業がソフトウェアファーストになるための手段とそのためにビジネスパーソンが学ぶべきこと、組織と個人に求められる変革と提言といった流れで、経営・組織・人材・技術といった切り口を横断しながら語られています。単なるIT導入のマニュアル本ではなく、ビジネス構造全体をソフトウェア的に捉え直す視座を与えてくれます。

日本企業はなぜ出遅れているのか

『ソフトウェアファースト』が特に鋭いのは、日本企業が抱えてきた構造的な弱点を容赦なく指摘しているところです。製造業で培った「ハード偏重の成功体験」、系列や下請けに依存する文化、縦割り組織のしがらみ……これらがソフトウェアのスピード感と真っ向から衝突し、DXを阻んでいると説きます。

世界に目を向ければ、アメリカのシリコンバレーは「失敗してもいいから早く出す」文化のもと、急激な成長を遂げてきました。インドやベトナムを始めとするアジア各国は、人口の多さと研究開発力を武器にITの技術力を伸ばしていき、世界の開発拠点となっています。中国には世界中の名だたるメーカーの大きな工場が立ち並び、安かろう悪かろうと言われた時代を過去のものとする高い品質の「Made in China」のプロダクトを次々と生産しています。

一方、日本企業はどうでしょうか。スピードよりも「時間をかけてでも完璧に仕上げてから出す」姿勢に固執してきた側面があるようです。ハードウェアが関わるプロダクトの品質の安定感はさすがの一言ですが、ソフトウェアにおいてはスピードで大きく遅れを取ってしまっています。その違いが、いまや競争力の差として、ビジネスの成果に現れています。現場では、もしかしたら「元気のなさ」が目立っているかもしれません。これは定量的というより感覚的な話ではありますが、元気のない現場が高品質なプロダクトを世に送り出し続けることは、やはり難しいと思います。

歴史を振り返れば、日本は高度経済成長期に「モノづくり」で世界を席巻しました。その成功体験があまりに大きかったがゆえに、製造プロセスや品質保証の厳格さが「変化の速さ」を犠牲にする結果を招いてしまったのではないでしょうか。すべての企業がそうとは言いませんが、もしかしたら、いつの間にか根付いてしまった「失敗を恐れる文化」「失敗が評価されない方針」が、新しいサービスの挑戦を阻むことになっているのかもしれません。本書は、製造業の成功に由来するやり方がもはや通用しないことを、明確に告げています。

こうした現実を冷静に突きつけられると、背筋が冷たくなる思いがします。普段、あまり危機感を持っていないで生きているせいで、そのあまりのギャップを感じてしまうからかもしれません。しかし、本書は「日本はもう手遅れだ」と断じているわけではありません。むしろ「今からでも変わることができる」と強調しているのです。

手の内化という課題と文化の変革

本書を読み進めると、最初は耳が痛くなるような指摘が続きます。「DX失敗の原因」「顧客視点の欠如」……いずれも、MBAで詳しく学ぶような事例です。そのうえで「では、どうすればよいのか?」という問いへの具体的な道筋が示されます。

代表的なキーワードが「手の内化」です。専門技術が必要なソフトウェア開発をすべて外注頼みにするのではなく、自社の差別化領域においては責任を持って内製化し、知見を組織に蓄積することが大切です。短期的には効率が下がるように見えても、長期的には変化に強い企業体質を育てることになります。多くの日本企業が(もしかしたら、わかっていながらも)見落としてきたポイントを、端的かつ説得力のある言葉で言い表しています。

さらに「組織」「人材」「経営」それぞれの視点から必要な変革が整理されており、読者は自分の会社に照らし合わせながら「どこから手をつければいいのか」が見えてきます。危機を語る鋭さと同時に、希望を感じられます。

「手の内化」は重要ですが、ソフトウェアファーストの意味するところは「コードを自社で書くこと」だけではありません。事業やサービスのあり方をソフトウェア的に捉え直すことであると本書は説きます。

たとえば、顧客フィードバックの取り込み。従来型の製造業では数年単位で製品を開発して市場に投入し、その後に反応を確認するという流れが一般的でした。しかし、ソフトウェアの世界では数週間という短いスパンでアップデートを繰り返し、顧客の声を即座に反映します。こうした速度感を組織全体が受け入れるには、トップダウンとボトムアップの両面から文化を変えていく覚悟が必要です。

文化の変革は技術的課題よりも難しいものです。上下関係、縦割りの部門、リスクを避けたがる風土といった組織の壁を乗り越え、風通しを良くしなければなりません。せっかく取り組んでも定着せず、担当者が無駄な労力を費やしたと思ってしまう可能性もあります。文化醸成の難しさと変革の流れ、マインドセットの涵養などのトピックは、ジョン・P・コッターの「8つのアクセラレータ」などの理論を通じ、繰り返し論じられています。ご関心のある方は書店で組織文化論などの書籍をお手に取ってみてください。

組織の文化を変えるには、組織の成員である一人ひとりのスキルや考え方が変わっていく必要があります。単にテクノロジーによって時代が変わったことを唱えるのではなく、具体的な事例を散りばめながら組織のあり方や個人のマインドセットにまで踏み込んでいる点が、本書を名著たらしめる理由の一つかもしれません。

ソフトウェアファーストとキャリア

本書は「誰もソフトウェアと無関係ではいられない」という現実を突きつけています。現代ではAIの進化により、議事録作成、翻訳、コード生成など、人間が担ってきた業務が次々と代替されています(『LEADING QUALITY』の翻訳者としては、たいへん困った事態です……)。

非エンジニアのキャリア

営業や企画、バックオフィス業務でも、単純作業やルーティンで済む業務は、適切なプロンプトを書いて生成AIに自動でやってもらえます。むしろ人間はそのための仕組みを考えねばなりません。そのひとつが、ソフトウェアを理解し、事業やサービスの設計に参加し、開発部門とも連携しながら必要に応じて意思決定を行い、価値を創出することではないでしょうか。さらには、生成AIにプログラムを出力させて、自分一人でプロダクト開発をすることさえ実現可能です。したがって、起業家の方にとっては可能性に満ちたすばらしいビジネス環境なのです。言い換えると、ソフトウェアの理解を出発点にこうした価値発揮ができることが「ソフトウェアファースト」時代の人材要件かもしれません。いずれにせよ「自分は非エンジニアだからソフトウェアは関係ない」が通用しなくなってきていると感じます。現代のビジネスパーソンが知っておくべき知識の中核が「ソフトウェア」ということです。

業種・職種によっては「今そこまでソフトウェアはキャリアに影響しない」という方もいらっしゃると思います。それはそれで安定しているということで、もちろん良いことです。ただ、ビジネス環境で変化が確実に起こっていることを直視して行動することは「茹でガエル」になることを避ける有効な手段かもしれません。

エンジニアのキャリア

エンジニアにとっても他人事ではありません。「ソフトウェアがいかに開発され、運用され、ビジネスに影響するか、その全体像を理解できる能力」がキャリアを左右するようになっています。非エンジニアが開発部門と連携して価値を発揮できるようになると同時に、エンジニアにとっては、自身の可能性をビジネス側に拡大しやすいのです。

ぼく自身が本書から受けた影響は大きいです。MBA進学を考える契機になったことはすでに述べたとおりですが、最近本書を再読したことで、新たに要求定義の知見をインプットするようになりました。「プロダクトマネージャー」や、IPAのビジネススキル標準でいう「ビジネスアーキテクト」の領分ですが、ソフトウェア品質保証の根源が要求の正しい理解と分析にあることと、要求をAIフレンドリーに表現する技術が今後は必要になるのではないかと考えてのことです。QAエンジニアとしてはあまり接点の無いカテゴリーですが、自身の品質観をアップデートすることや、業務上もプロダクトマネージャーと会話するときのスムーズなコミュニケーションにつながっています。これも生成AIがもたらしたキャリアへの影響でしょう。

スマートフォンのアプリを使ってタクシーを呼んだり、食事のデリバリーを頼んだり、SNSでコミュニケーションを手軽に行うことが、生活の一部となっています。読者がどんな職種であれ、ソフトウェアはすでにキャリアや生活に深く関わっています。『ソフトウェアファースト』は、この日常的な実感を、経営と組織の原理や個人のキャリア構築にまで引き上げてくれます。

本書を読んだ後にすべきこと

本書の良いところは、読んだあとに自然とアクションを起こしたくなる点です。ぜひ未読の皆さんにはご一読いただきたいのですが、ここでは読後にできそうなことをいくつか挙げてみます。

  • 社内業務の中で「外注に依存している領域」を洗い出してみましょう。たとえば、自社のメンバーが要求を整理し、あとは丸ごとアウトソーシングして納期までにシステムを作ってもらう、というオペレーションになっていないでしょうか。
  • 顧客からのフィードバックがプロダクトに反映されるまでの期間を確認してみましょう。その期間が長いと、顧客を失う可能性が増します。
  • 自分自身のキャリアにおいて「ソフトウェアを理解する力」を高めるための学習計画を立ててみましょう。たとえば「ITパスポート」「情報セキュリティマネジメント」などの資格試験合格は良い目標になるかもしれません。生成AIと対話しながら勉強を進めるのがおすすめです。
  • 同僚を誘って『ソフトウェアファースト 第2版』の読書会を計画してみましょう。読書会を行うことで、書籍から学べることは何倍にもなります。

いろいろ挙げられますが、いずれもすぐに着手できるものです。千里の道も一歩からといいます。小さな一歩が文化を変え、時代の潮流に耐える組織づくりやキャリア構築のきっかけになります。「ソフトウェアファースト」が本質を突いているからこそ、こうした活動を自発的に行いやすく、読みっぱなしになりにくいのだと考えます。

400ページに詰められた危機感と希望

本書は400ページを超えるボリュームですが、ビジネス書を読み慣れている方であれば案外一気に読めてしまいます。著者が長年グローバル企業で培ってきた知見が非常にうまく言語化されているからでしょう。読み終えたときに「やってみたい」「動き出せる」という前向きな感覚が得られます。

危機感と希望の両方を真正面から描いた『ソフトウェアファースト』は、今の時代を生き抜くために、多くの人に手に取ってほしい書籍です。経営者や管理職の方にとっては企業を未来につなぐ羅針盤に、現場のビジネスパーソンにとってはキャリアを築くための指針になります。それぞれが自分ごととして読める稀有な書籍です。

そして何より、この本は「読んで終わり」にはならないのです。ページを閉じたとき、自然と「自分の会社では? 自分のキャリアでは?」と問いが湧いてきます。危機を直視しつつも希望を得られる。とても貴重な体験ができる書籍だと思います。

『ソフトウェアファースト』は、AI時代・DX時代に求められる強い組織を作り、また個人が生き抜く方法を説く指南書なのです。

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