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『宇宙兄弟』の熱気と民間宇宙時代の到来 SPACETIDE 2026で見えた宇宙産業の現在地

2026年7月6日から9日まで、東京・虎ノ門ヒルズフォーラムとVISION CENTER TOKYO TORANOMONで、宇宙ビジネスカンファレンス「SPACETIDE 2026」が開催されました。SPACETIDE 2026のテーマは「Unlocking Space for All Humanity/すべての人のために宇宙を拓く」。宇宙を一部の専門家や国家プロジェクトだけのものではなく、多様な産業や人々に開かれた領域として捉えるイベントです。
会場では、AI、衛星データ、通信インフラ、民間宇宙ステーション、国際連携、人材育成など、いまの宇宙産業を象徴するテーマが幅広く議論されました。HQW!では7月7日のプログラムから、山﨑直子氏と池上高志氏による講演、宇宙関連企業・団体の合同記者発表会、そして『宇宙兄弟』作者の小山宙哉氏らが登壇したセッションを取材しました。そこで見えてきたのは、宇宙が「遠い夢の場所」から、民間企業や社会が信頼して使うインフラを備えた「使う場所」へと近づきつつある姿でした。

民間参入は、宇宙を“使う場所”へ変えていく
午前に行われた「宇宙への生命圏拡大において民間参入はどのような意義を持つか?」には、宇宙飛行士でVast Japan(以下、Vast) ゼネラルマネージャーの山﨑直子氏、東京大学大学院総合文化研究科 特任教授/跡見学園女子大学情報科学芸術センター長・教授の池上高志氏が登壇。SPACETIDE共同創設者兼理事兼CSOの佐藤将史氏がMCを務めました。
セッションでは、宇宙開発を「地上の技術を宇宙へ持っていくこと」として見るだけでなく、宇宙という環境だからこそ新しい技術や考え方が生まれるという見方ができるのでは、という問いが投げかけられました。なかでも印象的だったのは、AIやロボットをめぐる議論です。
池上氏は、「自動化」と「自律化」は違うという趣旨で語りました。自動化は、人間が行ってきた作業を機械に置き換えることです。一方、自律化は、システムが環境の中で判断し、自ら動く(律する)ことを意味します。
宇宙では、通信に時間がかかったり、未知の環境に直面したりする場面があります。全てを地上の人間だけで判断するのではなく、AIやロボットにどこまで判断させるのか。池上氏は、AIと人間では物事の理解の仕方が大きく異なる可能性にも触れ、人間に分かる形へ翻訳すること自体が、時にボトルネックになり得るのではないかという問いを投げかけました。
ただし、それは「AIに全てを任せればよい」という話ではありません。山﨑氏は、有人宇宙機では安全を守る設計思想が欠かせないと指摘しました。AIの判断ミス、ハードウェアやソフトウェアの不具合、ヒューマンエラーなど、どこで問題が起きてもバックアップや上書きができる仕組み ※1 が必要になるからです。
※1 故障や異常が起きても、人命やシステムに重大な被害が出ないよう、安全側に制御する設計
山﨑氏はまた、ISS ※2 のレガシーを引き継ぎながら、より多くの人が宇宙を活用できる世界を作っていきたいと語りました。民間だからこそ、トライアンドエラーを重ねながら新しい使い方を生み出しやすいという視点も示されました。宇宙を“行く場所”から“使う場所”に変えていくには、挑戦しやすさと安全性の両立が必要となります。人がするのか、AIがするのか。どこまで任せ、どこで人が介在するのか。その設計自体が、宇宙を信頼して使うための重要なテーマになっています。
※2 国際宇宙ステーション。地球の周回軌道上にある有人実験施設
記者発表会で示された、3つの新しい連携
続いて行われた宇宙関連企業・団体による合同記者発表会では、3つの発表が行われました。いずれも、宇宙ビジネスの広がりは、同時に「信頼して使える仕組み」をどう作るかという問いでもある、ということが示されました。地上局、民間宇宙ステーション、国際連携。それぞれの発表の背景には、失敗をどう防ぐか、起きた異常にどう備えるか、国や企業をまたぐプロジェクトで誰がどこまで責任を持つのか、という課題があります。

一つ目は、SSC Spaceジャパン、株式会社インフォステラ、セーレン株式会社による地上局サービス連携プロジェクトです。セーレンが運用するCubeSat ※3 に対して、SSC Spaceが展開する小型衛星向け地上局サービス「SSC Space Go」とインフォステラの地上局仮想化プラットフォーム「StellarStation」を通じ、衛星運用に必要な通信機会を利用できるようにする、という内容でした。
小型衛星の数が増えるほど、衛星を打ち上げるだけではなく、地上局 ※4 サービスを安定して運用することが求められます。発表では、宇宙インフラの構築には国際協調や冗長性(システムの信頼性を⾼めるための予備的な仕組み)の確立が重要になるという見解も示されました。
※3 10cm四方程度の単位を組み合わせて作られる超小型人工衛星
※4 衛星と地球上で通信するための設備で、衛星からデータを受け取り、かつ指令を送る役割を担う

二つ目は、有人宇宙システム株式会社(以下、JAMSS)と米国VastおよびVast Japan合同会社による、民間宇宙ステーション時代に向けた戦略的MOUです。国家間による連携プロジェクトであるISSの運用から、民間主導の宇宙ステーションへと移行する転換期を背景に、日本およびアジア市場での民間宇宙ステーション利用拡大と市場創出を目指すものです。
Vastは民間宇宙ステーション「Haven-1」の開発を進めています。JAMSSはこれまでもISSの「きぼう」日本実験棟の運用、宇宙飛行士や地上管制要員の訓練、宇宙実験の支援などに携わっている企業です。セッション終了後も、ISSで培われた運用や訓練の知見を、民間宇宙ステーション時代へ引き継ぐ活動に携わっています。このような状況で今後問われるのは「宇宙に行けること」だけではなく、安全訓練、ミッション設計、運用支援、サービスとしての使いやすさを追求する必要がある、と示されました。

三つ目は、SPACETIDEとNew Space Alliancesによる、日本・ポルトガル間の宇宙産業連携に関するMOU締結(協力の方向性や合意内容を確認する覚書)です。発表では、1543年にポルトガル人が種子島に到達した歴史にも触れられました。現在、種子島は日本の宇宙への玄関口となっています。海を越えて始まった関係が、今度は宇宙を通じた協力へつながるという説明が印象的でした。
宇宙産業は、衛星を打ち上げることだけで成り立つわけではありません。データ、通信、研究開発、サプライチェーン、デュアルユース ※5 など、多くの領域が関わります。記者発表会からは、宇宙産業が国境を越えてつながり、社会や産業の基盤になっていく流れが見えてきました。
※5 民生用途と防衛・安全保障用途の両方に使える技術やサービス

『宇宙兄弟』が広げた、宇宙を「自分ごと」にする入口
午後には、多くの来場者が注目していたセッション「宇宙の魅力はどれほど次の世代に届いたか?─『宇宙兄弟』が宇宙産業に与えたインパクト」が行われました。登壇したのは、『宇宙兄弟』作者の小山宙哉氏、JAXAアジア太平洋地域宇宙機関会議事務局長の山方健士氏、宇宙飛行士でアクシオムスペース アジア太平洋地域最高技術責任者の若田光一氏です。
SPACETIDEの会場には、宇宙産業に関わる企業、研究者、行政関係者、学生、メディアなど、もともと宇宙への関心が高い人々が集まっていました。その中でも『宇宙兄弟』セッションへの注目度はひときわ高く、会場は多くの聴講者で埋まり、登壇者の言葉に熱心に耳を傾ける姿が見られました。セッション終了後も、小山氏をはじめ講演者の周囲には多くの参加者が集まり、言葉を交わそうとする人の姿が見られました。
小山氏は、作品を描くにあたり、山方氏をはじめとする専門家に取材を重ねてきたことを振り返り、決して最初から宇宙に詳しかったわけではなく、「僕自身が分からないので、まず僕が分かるまで理解するようにした」と語りました。専門的な内容を、宇宙に詳しくない読者にも届く形にする。その姿勢が、作品の分かりやすさにつながっていたことがうかがえます。
山方氏は、『宇宙兄弟』の中に描かれるトラブルや技術設定について、「宇宙で起こり得る課題を考えるきっかけとして散りばめてきた」と話しました。例えば、日本にある宇宙センターの外で道路工事があり、通信線が切れてしまうような、一見宇宙とは関係なさそうなトラブルも、ミッション全体には大きな影響を及ぼします。そこから、バックアップをどう取るか、同じ問題をどう防ぐかを考えることができます。
若田氏は、作品から学べることとして「目的は失敗しないことではなくて、ミッションを成功させること。失敗はそのツールの一つだ」という趣旨を語りました。この考え方は、宇宙だけでなく、ものづくりやソフトウェア開発にも通じます。失敗をゼロにすることだけを目指すのではなく、失敗から学び、最終的にミッションを成功へと導く。その姿勢は、ミッションクリティカル ※6 な環境で求められる考え方そのものです。
※6 止まることや誤作動が、ミッションの失敗、人命、安全保障、社会インフラに大きな影響を与え得る性質のこと
また、若田氏は海外で講演した際にも、『宇宙兄弟』を読んで宇宙を学ぶことを決めたという学生が多くいたと紹介しました。山方氏も、「宇宙兄弟をきっかけに宇宙業界を目指した学生やスタートアップ創業者に出会ってきた」と話しました。『宇宙兄弟』は、世界中の宇宙好き同士の共通言語であると同時に、宇宙をまだ知らない人にとっての入口にもなっているのでしょう。
宇宙産業は、社会実装の段階へ
今回取材した三つのセッションを通じて見えてきたのは、宇宙産業が大きく広がりつつあるということでした。山﨑氏と池上氏の講演では、AIや民間参入を通じて、人が宇宙をどう使うのかを問いかけられ、記者発表会では、地上局サービス、民間宇宙ステーション、日本とポルトガルの国際連携という具体的な動きが示されました。そして『宇宙兄弟』のセッションでは、宇宙の魅力を次世代に届け、人材や挑戦の入口をつくる力が語られました。
宇宙産業は、ロケットや宇宙飛行士だけの世界ではありません。通信、データ、地上局、教育、エンターテインメント、素材、運用、ソフトウェアなど、さまざまな領域が重なり合って成り立っています。宇宙産業はミッションクリティカルな分野です。だからこそ、社会実装へ進むほど、求められるのは挑戦する力だけではなく、異常に備え、安全に動かせるため、国や企業をまたいで信頼できる仕組みが重要になります。
SPACETIDE 2026の会場で見えたのは、宇宙を「特別な場所」から「社会を支えるインフラ」へ近づけようとする多くの挑戦でした。後編の記事では、出展企業へのインタビューを通じて、「教育・人材」「インフラ」「素材」を切り口に、間違いが許されない宇宙ビジネスの現場がどのように支えられているのかを紹介します。
(後編へ続く)
※登壇者の所属・肩書は、SPACETIDE 2026開催時の公式掲載情報に基づいています。
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