キャリアNEW
【連載】冒険者の地図: 日本の優れたQA活動を海外に発信、QAエンジニアの地位向上を願うイエソド・江川さおりさん(後編)

株式会社イエソドQA Manager江川さおりさん
株式会社イエソド(以下、イエソド)のQA(Quality Assurance)スペシャリストとして、同社が開発する製品・サービスの品質を支える江川さおりさん。これまでのキャリアでも、さまざまな企業のプロジェクトに参画しながら、QAエンジニアとしての知見と経験を着実に積み上げてきた。
そのキャリアの変遷については前編で詳しく紹介した。後編では江川さんがQAエンジニアとして成長する上で欠かせなかった「コミュニティー活動」を取り上げたい。
札幌の書店でたまたま手に取った雑誌がキャリアを変えた
前編でも紹介した通り、北海道出身の江川氏は2004年、QAの道を究めるべく上京し、さまざまなソフトウェア開発プロジェクトでQAエンジニアとして奮闘。やがてはさまざまな企業から引っ張りだこになるほどの腕利きエンジニアへと成長を遂げる。
この過程において欠かせなかったのが、会社や組織の垣根を越えてQAエンジニアが自主的に集まり、互いに情報や知見を共有する勉強会、イベントといったコミュニティー活動だった。
江川さんがコミュニティー活動に参加するようになったのは、とある雑誌がきっかけだった。
「2005年、帰省していた際に立ち寄った札幌の書店で『ソフトウェア・テスト PRESS Vol.1』という雑誌をたまたま手にしました。当時はソフトウェアテストを題材にした書籍もまだ珍しかった時代だったため、大きな驚きを覚えました」(江川さん)

この雑誌を通じて、江川さんは初めてソフトウェアテストシンポジウム「JaSST」や「TEF(ソフトウェアテスト技術者交流会)」などの存在を知る。当時QAエンジニアとして生きていくことを一大決意し、そのために必要な知識や経験を得ることに貪欲だった江川さんは、すぐさまコミュニティー活動にのめり込むことになる。
「当時はQAやテストについて勉強したくても、参考になるような書籍はほんのわずかしかなく、勉強会のような場に直接出向いて情報を仕入れるしかありませんでした。さっそくTEFのメーリングリストに入り、さまざまな情報を仕入れながら、勉強会やイベントにも積極的に参加するようになりました」
こうして他の参加者との交流を深めるうちに、やがては自身がコミュニティーの運営側に回る機会も増えてきた。当初はJaSSTの講演をもっぱら聴く側だったのが、自らも登壇してこれまで学んだ知見や経験を披露するように。さらにはJaSSTの運営を裏で支える実行委員のメンバーに名を連ねるようにもなった。
ユーザーや顧客に寄り添うQA活動
コミュニティー活動は、江川さんの働き方にも大きな影響を与えたという。コミュニティーにはさまざまな企業・組織からQAのエキスパートが集結するが、そうした人々との交流を深める中で「今度うちで新しいプロジェクトが立ち上がるので、手伝ってくれないか?」と声が掛かるようになった。
こうした要請に応える形で、江川さんは数多くのプロジェクトにQAエンジニアとして参画してきた。次第にマネジメント職としての役割も求められるようになり、QAチームの新規立ち上げを任される機会も増えてきた。
「直近10年ほどは、QAチームの新規立ち上げの仕事ばかりをやってきたように思います」という江川さん。そうした依頼の多くは、企業が上場前にプロダクト品質やコンプライアンスを向上させるための施策の一環だというが、企業側のソフトウェアQAに対する理解が浅いために苦労するケースも少なくないと江川さんは語る。
「企業の経営者の方々は、『ソフトウェアQA=テスト』としか捉えていないケースが残念ながら大半です。しかし言うまでもなく、QAは本来プロダクト品質の改善だけにとどまらず、企業全体のプロセス改善や事業成長にも直接寄与し得る広範な取り組みです。このことをまずは理解していただいて、会社全体として目指す方向性にQAがいかに貢献できるかというイメージを共有することから始めるようにしています」(江川さん)
また、実際にQAの業務を遂行する際にも、単に目の前のバグをつぶすことだけにとらわれるのではなく、「今テストしている製品・サービスは、ユーザーにどのような価値を提供しようとしているのか」「この製品・サービスの提供を通じて、クライアントは何を成し遂げようとしているのか」という点を常に念頭に置いて仕事に当たるようにしている。
「仕事の進め方に迷ったときには、必ず『お客様がどう思うか』『お客様にどう喜んでもらえるか』という点に立ち返るようにしています。そうすれば自分がどの方向に進めばいいか、おのずと明らかになりますし、単にテストケースを消化するだけでは気付かない製品の使い勝手の面にも自然と目が向くようになり、お客様により高い価値を提供できるようになります」(江川さん)
テスト自動化ツールやAIなどの技術に寄せる期待
一方、江川さんのように豊富な知見と経験を有するQAスペシャリストは、国内においてまだまだ少ないのが実情だ。世の中のあらゆるシーンでデジタル技術が当たり前に使われるようになり、ソフトウェアの品質が社会や経済に大きな影響を与えるようになった今日、QAエンジニアの人材不足の問題はますます深刻化している。
こうした課題を解決するための手段として、現在テスト自動化ツールやAIなどが注目を集めているが、江川さんは現時点ではまだ「過度な期待はできない」と前置きしつつも、今後の技術進化次第では十分に戦力になるのではないかと述べる。

「QAエンジニアの人材不足やテスト戦略を補完するものとして、現在自動化ツールの活用が注目を集めていますが、このツールがカバーできるのはQA活動全体のほんの一部だけ。そのことをきちんと理解した上で導入するのであれば、一定の効果が得られると思います。一方、自動化ツールでカバーできない業務もたくさんありますから、そういった部分の効率化にAIが役立てられればいいと考えています」
例えば、過去のテスト実績やその際に検出したバグに関するデータをAIに学習させて、新たにテストを実行する際に「どの辺りで不具合が発生する可能性が高いか」をある程度予測できるようになれば、テストをより効率的に実施できる。
江川さんもQAにおけるAI活用の可能性について、「現状ではAIの使い方を覚えるより自分でやってしまった方が早いことがほとんどですが、テストケースの期待結果の出力までAIでできるようになればゲームチェンジャーに成り得るような気がします」と期待を寄せる。
日本のQAの強みを海外に発信したい
既に述べてきた通り、QAエンジニアのコミュニティー界隈で幅広く活動している江川さん。最近ではSNSなどを通じて若手QAエンジニアのキャリア相談に乗ることも多いという。今後は、これまで深く携わってきた国内のコミュニティー活動に加えて、海外に向けて英語で情報発信することにもトライしたいと江川さんは抱負を語る。
「製品・サービスの品質をとても重視する日本のQAの取り組みは、海外と比べると非常に丁寧かつ細やかで、他ではあまり見られない独自のノウハウを蓄積しています。これらに関する情報を海外に向けて発信することで、何か面白い化学反応が起こせるのではないかと考えています」(江川さん)
また、こうした活動を通じて「日本のQA活動の国際的なプレゼンス向上にも寄与していければ」と江川さんは意気込む。
仕事面では、企業のQAチームの一員として業務に当たるだけでなく、長年の経験の中で培ってきた知見やノウハウを生かして、企業の外部からQA活動を支援するコンサルタントとして働く可能性も模索する。
「多くの企業が自社の製品・サービスの品質に課題を抱えていて、それを解決するために多くの時間とコストを費やしていますが、QAの専門家から見ると『それはちょっと方向性が違うのではないか……』と感じるものが多く見受けられます。そうした企業に対してもっと効果的な道筋を示せるはずだと考えています。私は70歳まで働くことを目標にしているので、そのためにも今後はコンサルティング分野にもキャリアの幅を広げていきたいですね」(江川さん)
常にアグレッシブな姿勢で仕事に臨む江川さんのチカラは、これからも多くの企業にとって無くてはならないものだろう。

株式会社イエソドQA Manager江川さおりさん
この記事は面白かったですか?
今後の改善の参考にさせていただきます!