アカデミック
人によって千差万別な「品質」のギャップを埋めたい 名古屋大学・森崎修司准教授(後編)

名古屋大学大学院 情報学研究科 情報システム学専攻 ソフトウェア論講座 准教授森崎修司
2001年奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 博士後期課程修了後、ソフトウェア技術者として、情報通信企業に勤務する。通信サービスの開発、無線ICタグシステムの国際標準化に携わる。2013年より現職。ソフトウェア開発の効率化やソフトウェアの高品質化の理論と技法の効果や限界を実際のソフトウェア開発に適用して確かめる実証的ソフトウェア工学を研究の柱とする。IPAのIoT高信頼化検討WG(2016年度)、つながる世界の品質指針検討WG(2017年度)で主査を務める。
前編では、名古屋大学・森崎修司准教授が幼少期にゲーム作りを通じて興味を抱いたプログラミングのこと、企業での4年間の実務経験、そして実証的ソフトウェア工学という学問との出会いに追った。後編では、さまざまな企業との共同研究の実践から見えてきた「品質」の多義性などに言及していく。
1年で終わるような共同研究はほぼない
名古屋大学に着任以来、森崎准教授が共同研究を行った企業は累計60社を超える。自動車関連会社から、電機メーカー、金融機関、インターネット企業と幅広い。
これほど多様な企業と、しかも長期にわたって関係を続けられる秘けつは何か。森崎准教授の答えはシンプルだ。
「最初に、企業側がどういうアウトプットを求めているか、研究としてどこに価値を見いだしたいかを徹底的にすり合わせること。双方の期待がかみ合っていないまま走り始めると、年度末に大した成果が残らないという結末になりがちです」
学生を共同研究先の企業に割り当てて作業を進めるだけでは、一時的な効率は得られても長続きしない。この確信は、前編でも触れたように、会社員時代に産業側として大学との共同研究に関わった経験から来ている。「1年で終わった共同研究はほとんどないですね。長続きしているのは、そのすり合わせの積み重ねがあるからだと思っています」と森崎准教授は胸を張る。
株式会社ベリサーブとの共同研究もその典型例だ。ベリサーブとの縁は、奈良先端科学技術大学院大学(以下、NAIST)で教鞭をとっていた時代にさかのぼる。同社技術フェロー・佐々木 方規氏から声をかけられて以来、10年以上にわたって関係は続いており、現在は月1回程度、打ち合わせやミーティングなどの機会があるという。
「ソフトウェアのQA・テストを専業にしている方々は、テストする製品がユーザーにとってどれほどの価値を持つかを深く理解しています。そのため、仕様書に書いてあることが期待通りに実現されているかどうかだけを確認し、テストを終わることは絶対にしません。打ち合わせのたびにテストの工夫や勘所などを伺うことができ、得るものが大きいです」
その共同研究の成果の一つとして、「アジャイル開発における欠陥検出のフロントローディングのための品質チェック方法の提案」というテーマで、2021年のソフトウェア品質シンポジウムにおいてSQiP Best Report Effective Awardを受賞した。
「品質」とは何を指すのか、人によってバラバラ
森崎准教授が長年の研究を通じて繰り返し直面してきたのが、「品質」という概念の多義性である。具体例として挙げた銀行との共同研究での経験がその本質を端的に示している。
とある金融システム構築プロジェクトにおいて、ベンダー(受注側)が品質という文脈で重視していたのは、システムクラッシュや予期せぬ再起動の件数を極力少なくすることだった。一方、銀行(発注側)が品質面で気にしていたのは、窓口の担当者の負荷やそこに並ぶ顧客の待ち時間が減ったかどうか、コンプライアンスに沿っているかといった点だった。両者はともに「品質向上に努めている」と言うが、見ている方向が根本的に異なる。
これは銀行だけに限らず、アプリケーション開発などでも起きている事象なのだという。
「ダイエットのためのスマートフォンアプリであれば、バグの少なさを求めているユーザーよりも、そのアプリを使って本当に減量できたかを気にしているユーザーのほうが多いでしょう。後者に対してバグを丹念に減らしても、必ずしもユーザーの期待には応えられません。バグと減量の効果をひとくくりにして、品質という一語で全てをくくることには限界があると感じています」
こうした双方の認識のギャップをなくし、根本的な問題を解消する研究ができればと森崎准教授は訴える。そのために取るアプローチは、理想論を押し付けるのではなく、双方が共通理解を持てているデータから出発することだ。
「ISOの定義がこうだから従え、と言ってもなかなか合意できません。例えば、先ほどの銀行の話だと、発注側も受注側も『これバグ(品質問題)だよね』という時には必ず合意が取れていたので、その合意が取れている具体的なデータを使って傾向を示し、それぞれの立場から意見を述べてもらえる前提を作りました」
ソフトウェアがあらゆる分野に浸透する現在、この品質の多様性はさらに拡大していく。だからこそ、品質の共通言語を作るような研究の意義は増しているのだと森崎准教授は力を込める。

生成AIと品質保証
このように品質のあるべき姿を模索し続ける森崎准教授が今、注目している技術は何だろうか。
即座に口にしたのが「生成AI」だった。森崎准教授は「現時点ではまったく予想できませんが」と前置きした上で、「生成AIがどのくらいシステム開発に使えるかは未知数だと思っています」と語る。
それを裏付ける根拠として、100人強のエンジニアに協力してもらった実験を紹介。具体的には、生成AIを使ってコードをレビューした場合と、目視のみでレビューした場合の正解率(コード理解の正しさ)を比較したという。
結果は示唆に富むものだった。「生成AIが間違えた箇所は、人間もだまされやすい」という傾向が確認されたのだ。簡単な箇所では、AIの出力が誤っていれば人間が気付いて修正できる。しかし双方にとって難しい箇所では、AIが誤った答えを示すと人間もそちらに引きずられてしまいやすい。レビューにかかる時間は短縮されるが、品質が確保されているかは別問題なのだった。
予測変換的に人間が即座に介入して選択できる使い方であれば品質を保てる可能性があるが、仕様書全体をAIに投げてコードを丸ごと生成させるような使い方では、ハルシネーション※ のリスクが残る。
※生成AIは事実に基づかない誤った情報をもっともらしく生成することがあり、これをハルシネーション(幻覚)と呼ぶ(引用:総務省令和6年度版 情報通信白書)
「スピードを優先するならそれでもよいかもしれません。けれども、品質を重視するなら、この状況への対策が必要です。生成AIに開発活動を任せた場合の品質保証のあり方は、現時点での研究のフォーカスの一つになっています」
なお、この研究の詳細はこちらの論文で報告されている。
最後に、未来のソフトウェア品質の展望について、森崎准教授はどのように考えているのかを伺った。
「品質が指す意味やユーザーが期待する品質のレベルはさらに多様化していくと思います。もはや『品質』という単語だけでとらえていいのか。だからこそ、先ほどもお話ししたように、それぞれの文脈における品質の意味を明らかにし、あらゆる立場の人たちの共通言語に発展させていく研究を続けなければならないと感じています」

国際学術誌「IEEE Transactions on Software Engineering 2025」や国際会議「International Conference on Software Engineering 2023」への論文掲載を果たすだけでなく、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)のワーキンググループでIoTの品質のガイドライン作成の取りまとめをはじめとして研究成果の社会還元にも継続的に力を入れる森崎准教授。「大学の研究者という立場だからこそ、世の中の問題に向き合うことに強い動機があります。自分の研究が日本のソフトウェア産業の底上げにつながれば」と意気込む。そう語る言葉には、アカデミックと企業ビジネスの両面を生き抜いてきた者の重みがある。
小学生でコンピューターに触れてから約40年。「プログラムが動いた瞬間のゾクゾク感」は、形を変えながら今も研究を駆動し続けている。

名古屋大学大学院 情報学研究科 情報システム学専攻 ソフトウェア論講座 准教授森崎修司
2001年奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 博士後期課程修了後、ソフトウェア技術者として、情報通信企業に勤務する。通信サービスの開発、無線ICタグシステムの国際標準化に携わる。2013年より現職。ソフトウェア開発の効率化やソフトウェアの高品質化の理論と技法の効果や限界を実際のソフトウェア開発に適用して確かめる実証的ソフトウェア工学を研究の柱とする。IPAのIoT高信頼化検討WG(2016年度)、つながる世界の品質指針検討WG(2017年度)で主査を務める。
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