キャリア
【連載】冒険者の地図:「感覚的な仕事の進め方を止めよう!」——AbemaTV・木村公一さんが挑んだQAチームの標準化(後編)

株式会社AbemaTVDemelopment Div.木村公一
(前編はこちら)
業務委託として携わった「AbemaTV(現ABEMA)」立ち上げの成果が認められ、専属のQAチームで働くことになったAbemaTVの木村公一さんは、2017年4月にサイバーエージェントグループの正社員となった。
ローンチの当初から上層部に言われていたのは、ABEMAをテレビと同等の品質にしたいということ。「テレビはどの端末でも、どこでもちゃんと映ります。その高いレベルが求められました。ですから、予算を最小に抑えて最大効率を出すのではなく、ある程度のリソースを投じてでも品質を高めてほしいというオーダーでしたね」と木村さんは振り返る。
実際、QAチームは木村さんの下に3人のメンバーが就いた。これだけの人員規模は、立ち上がったばかりのサービスにおいては異例だった。
そうした状況の中、社員になった木村さんに、新たに課せられたミッションは、サービス品質のさらなるレベルアップに加えて、強い組織を作ること。個の力だけでQAをスムーズに回していくのは限界だと、木村さん自身も痛感していたからだった。
人によってQAの基準などがバラバラ
時は少しさかのぼる。15年に木村さんがQAエンジニアになったばかりのこと。他のメンバーの仕事の進め方を見ていて、多くの人たちが感覚で仕事をしていたことに問題意識を持った。
「例えば、こんなシステムを作るなら、こういうテストが必要でしょ、と各人が経験則で語っていました。戦略を立てて、テストを設計して、テスト要求分析をして、ということをしていなかったのです。実際にはやっていた人もいたかもしれませんが、それも人によってバラバラで、感覚的なものだったと思います」
物事をきっちりと定義し、根拠をもって進めたい性分の木村さんには苦痛だった。QAに限らず、営業なら営業、マーケターならマーケターと、自身の経験などに基づいて、感覚で仕事をする人は少なくないだろう。ただ、木村さんが痛感したのは、品質保証や品質管理を担うQAにチームで取り組む以上、それは足かせになるということだった。
チームとして統率を図り、サービス品質を担保しながら安定運用するにはどうすればいいか。マネジメントする立場になった木村さんは、その難題と真剣に向き合う必要があった。そこで採った作戦が、チームメンバーに優秀な人間をアサインするというものである。

「とりあえず、QAのスペシャリストをどんどん入れようと思いました。かつての私と同じように、業務委託で働いてくれるQAエンジニアなどにアプローチして、何人かに加わってもらいました」
しかしながら、このもくろみは失敗する。いくら優秀なQAエンジニアであっても、それぞれが感覚的に仕事をしてしまうことは変わらなかった。
「皆、できることも、やることもバラバラ。例えば、『項目書を作れます』と言っても、できるレベルがまちまちで、チームとしては機能しませんでした。この取り組み自体が失敗でしたね。スペシャリストだからといって、うまく標準化できるわけではなかったです」と木村さんは反省する。
「マクドナルドのハンバーガー」を目指そう!
そうした発想を捨てて、ゼロから人を育てるしかない。結果的に、そのほうが近道だと木村さんは気付く。わずか3カ月ほどでチーム体制を変え、新たなパートナーに選んだのが、沖縄に拠点を置くサイバーエージェントの子会社、シーエー・アドバンスである。この会社とともに強固なQAチームを作ることを心に決めた。
「沖縄の人たちをしっかり育成することで、チームとしてワークするようにしようと思いました。そのとき掲げたキャッチコピーが『マクドナルドのハンバーガー』。マクドナルドはどこで食べても同じ味ですよね。それと同様に、誰がやっても一定の品質にすることを目指しました」
そのために、テストの各工程で何をすべきなのかという情報をどんどんまとめていき、それを人材育成のマニュアルとしても活用していった。ここにはかなり長い時間を費やしたと木村さんは力を込める。
では、具体的にどう取り組んでいったのか。とりわけ東京と沖縄、さらにはテスターを抱える大阪という多拠点のマネジメントは一筋縄ではいかないだろう。
「(slackなど)テキストでのコミュニケーションがメインになると、ミスコミュニケーションが多くなってきます。例えば、依頼した内容に、想定外のアウトプットが来たということはよく起きました。ですので、拠点のリーダーや現場の担当者との振り返りミーティングを重視しました。問題が起きたら関係者で集まって、とにかく振り返る。そうすると『あ、私はこう思っていました』とか、『私はこういう理由で作業しました』とか、いろいろと真意が出てきます」
問題の原因についてヒアリングをした上で、マニュアル化する情報をよりブラッシュアップし、品質などにばらつきが出ないような仕組みを一つ一つ作っていく。とにかくこれを繰り返した。
加えて、「言語化」することにもこだわった。円滑なコミュニケーションには共通認識や共通言語が必要だと、かつての営業職経験からも感じていた木村さんは、自分たちのQAプロセスにおいて、具体的に「このタイミングではこういうことをする」というルールを細かく言語化していき、それをベースに各拠点での認識合わせを徹底した。
当然、メンバーからはさまざまな反応があった。
「『これってどういう意味ですか?』というQAに関する用語や内容についての質問は多かったです。例えば、仕様に対して必要な要求分析ができる、と書いてあるとすると、『要求分析とは何か?』『要求分析ができるというのはどのレベルを指すのか?』など。その都度コミュニケーションを取り、私が求める仕事のレベルはこのくらいだと具体的に示すことで、勉強してもらいました。多拠点で連携して仕事する上で、この明確な基準作りは大いに役立ちました」
モデルベースドテストの導入
組織の基盤が作られていくにつれ、次第に成果も生まれてきた。木村さんはABEMAローンチ後の約6年を振り返り、ABEMAのQAチームには大きく3つのステップアップがあったという。
1つ目は、既に述べたように、シーエー・アドバンスと共に組織力を強化していった取り組みである。
2つ目が、19年4月に導入された「ABEMAコイン」のプロジェクト。ABEMAコインとは、サービス内で購入・使用できる通貨で、番組を応援(投げ銭)したり、ペイパービューを購入したりできる(23年6月15日に機能廃止)。この実装がABEMAにとって品質面での転換点だったとする。
「当時、QAの品質をどう定義するのかを考えている中で、テスト対象のシステムを抽象的な概念に置き換えてテストする、いわゆる『モデルベースドテスト(MBT)』の考え方を取り入れました。その成果がABEMAコインの実装でした。例えば、コイン購入の流れをフロー図で書くなど、きちんとアウトプットとして作り、テストを設計していったのがこの頃です」
QAチームの集大成となったW杯
MBTを導入してサービス品質の高度化を図っていくとともに、人材育成にも打ち込んだ。その積み重ねでQAチームは強化され、効率的なテストができる技術力が備わっていった。
このチーム力の強さを発揮する格好の場が、2022年の「FIFAワールドカップ カタール 2022(W杯)」全64試合無料生中継となった。これが3つ目のステップアップである。
「W杯は、スケジュールの過密さや開発ボリュームなど、今までのプロジェクトとは桁違い。それこそ一人では絶対無理でした。でも、その何年も前から地道にQAチームを育ててきたおかげで、結果的にうまく乗り切ることができました」と木村さんは胸を張る。
とはいえ、W杯は苦闘の連続だった。木村さんが特に覚えているのは開幕直前のこと。試験運用をしている時に、新たな改善点が見つかったり、iOSが新バージョンをリリースしたことで直面したクリティカルバグに対応しなければならなかったりと、自分たちだけではコントロールできない事案が次々と噴出した。
さらには、W杯期間中も毎日のように何かが発生する。それに対峙する木村さんらQAチームは、問題を一個一個つぶしていった。まさにチーム力がなくてはできないし、メンバー一人一人が育っていたからこそ成し得たことだろう。
「この6年で人員の入れ替わりはありましたけど、個々のレベルも上がっていきました。それこそW杯の時にガンガン動いてくれたメンバーの一人は、未経験で入って、まだ半年しか経っていませんでした。それでも、戦力としてワークしました」

驚くべきことに、沖縄のメンバーの大半が元々は未経験者だったという。それをしっかりとQAエンジニアに育て上げていたのだ。
「エステティシャンとか、飲食店で働いていたとか、ITのバックグラウンドが何もない人たちが、今では沖縄のQAチームのテストマネジャーになっています。どうやって学んでいけば、こうなれるのかというモデルケースができました。未経験でも1カ月経てばテスターとして戦力になりますし、3カ月から半年後にはテスト管理者の役割を果たしています。さらにそこから1、2年も働くと、テストコンサルタントとして活躍できる道筋が立つようになりましたね。教育をしっかりすれば、メンバーの安定度は格段に上がります。そこは特に力を入れました」
木村さんはサラリと語るが、並々ならぬ苦労があっただろう。ただ、そうして築き上げられたチームが一丸となってW杯を乗り切った。この事実は、メンバーたちの大きな自信につながった。
「単にテスターとして動くだけではこの感動は得られないし、ものづくりの担い手として価値ある仕事をしないと、面白さは味わえない。でも、オペレーターや作業者として仕事をするよりも絶対に楽しいし、クリエイティブだと、沖縄のメンバーにはずっと言っていました。それをW杯で実感してもらえたし、自分たちがメディアを作っているんだと感じてもらえたのでは」
実際にその影響は表れていて、今ではメンバーから改善案などが提案されるようになったのだ。
「ABEMAは、QCD(品質・コスト・納期)がより高い次元で求められるようになるから、もっとこういうことをしたいといった意見が出るようになりました。今までは私が主導だったことを考えると、大きな変化です」と木村さんは顔をほころばせる。
“化石”にならないよう、プレイヤーとしての実力も磨く
これからABEMAのQAチームをどう進化させていくのか。
「今まで私がやっていたのは、ある意味、ユニークなことは何一つなくて、QAマネジャー,としてやるべき当たり前のことを整備しただけです。でも、その当たり前があることで、開発チームも安心してドライブできるようになったと実感しています。組織作りが一段落したので、今後は新しい武器をしっかりと作る必要があります」
一例を挙げると、品質テストの自動化や、ChatGPTに代表される生成AIの活用だ。これらによって、人間の手によるテストと自動化それぞれの利点を組み合わせながら、ABEMAのサービス品質をより高いレベルに持っていけると考える。
木村さん個人としては、どういったキャリアを描いていくのだろうか。

「プレイヤーとしてもやっていきたいです。例えば、既に取り組み始めているテストの自動化を実現するためには、QAアーキテクトの深い理解や、プレイヤーとしての能力をもう一度伸ばしていく必要があります。技術系チームのマネジャーは、常にプレイヤーとしての腕を磨かないと。“化石”がマネジメントをやっていてもダメだと思うのです」
木村さんの仕事観は、求められた以上の結果を残すこと。これに尽きるという。その思想はQAにとっても必要不可欠だという。
「仕事をする上で大切にしているのは、期待値を超えるものをどれだけ作ることができるか。そうすることで、QAの仕事をクリエイティブなものに変えていきたいです」
「QAをクリエイティブに!」。この思いを持って、これからもABEMAのサービス品質を高めていく。

株式会社AbemaTVDemelopment Div.木村公一
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